研究 2
演奏を終えて戻って来た父さんとヴィルヘルムさんは、僕達の姿を見て困惑していた。僕はスマラクト様とサーシャを抱え込んでわんわん泣いているし、サーシャもいつの間にか泣いているし、スマラクト様はおどおどしながら僕とサーシャの背中をさすっているし。これで平然としている方がおかしい。
「ええと、坊ちゃま……? 一体、何があったのです?」
「ぼ、僕が泣かせたんじゃないぞ? 話をしていたら急に泣き出したのだ」
「アベルが? サーシャ様が?」
「アベルだ。それで、サーシャが寄って来たら、アベルがサーシャと僕を抱え込んで、それでこの状態だ」
「何の話をしていたのです?」
「ええと……。王族とは、常に狙われる立場だという話だったか……?」
少し考え、ちょっと自信無さげにスマラクト様がそう口にする。僕が泣いてしまった事に動揺して、直前に話していた内容が頭から飛んでいたようだ。
「そういう……。おいで、アベル」
父さんはそう言って膝をつくと、僕に両手を広げた。そんな父さんに僕は駆け寄り、ひしと抱き着いた。
「とうさぁん! スマラクト様がぁ……!」
「いなくなる事を想像して、悲しくなりました?」
「違うのぉ! ずっと覚悟して生きてて、それで……! 僕、悲しくて……! 悔しくてぇ……!」
「坊ちゃまの為に泣いてくれているのですね」
「サーシャもぉ……!」
「そうですね。お二人とも難しい立場ですからね。でもね、アベル。排除する必要が無い人間は、狙われる事は無いんですよ?」
父さんの言葉に、僕はハッとして父さんを見上げた。父さんは僕を安心させるように微笑んでいる。
「次代の竜王様を担える年齢の王族は、今のところは坊ちゃまだけ。それだけでも坊ちゃまにとっては追い風となっています。それに、何故、坊ちゃまはあんな田舎で過ごしていると思います? 本来なら、幼い頃から城で過ごし、王の資質を養っても良いはずなのに」
言われてみれば……。スマラクト様が領地にいる事が当たり前すぎて、そんな事、考えた事も無かった……。
「旦那様にしてもです。本来なら、ラインヴァイス様が臣籍に降りた際、城に戻っても良かったのです。しかし、城に戻ったのはつい最近。竜王様に乞われて、渋々戻られました。何故だと思います?」
領主様がお城に戻った詳しいいきさつも時期も、僕は何も知らない。ただ、父さんの言い方からして、領主様はお城に戻る事を自ら望んだ訳ではないし、戻ったのも、多く見積もっても数年前って事だ。
二人が城に自ら近づかなかった理由……。そんなの、考えても分からなかった。だから、僕はフルフルと首を横に振った。
「旦那様も坊ちゃまも、権力に興味が無いんです。まあ、私にはお二人の本心は分かりませんけれど、多くの人間がそう思っています」
「権力に興味が無いって思われてたら、スマラクト様は安全……?」
「完璧ではありませんが、比較的安全ですね。あと、うちの坊ちゃまは超優秀ですから。比較的の度合いをご自分でも高めていらっしゃいます」
父さんの言いたい事の意味が分からなくて、僕は父さんとスマラクト様を見比べた。
「アベルは、政争において、どういう人間が真っ先に排除されるか分かります?」
「ええと……。優秀な人?」
ライバルは蹴落としておかないとって思うのは普通だよね、きっと。だから、争いごとが起きたら、自分より優秀な人は排除しようと思うはず……。
「そうですね。あと、その真逆、拙劣な人間も排除されます」
拙劣……。出来が悪すぎても駄目なの……? そう考えてピンとくる。排除が簡単だと狙われやすいのか! それに、王様にしたら絶対に駄目だよねって人も狙われる!
「坊ちゃまの世間の評判、知っています?」
父さんの言葉に、僕はフルフルと首を横に振った。だって、スマラクト様の評判なんて、エルフ族の里とお屋敷しか知らない僕には、聞く機会なんて無かったもん。
「幼いながらに聡明ではあるが、奔放で、稚拙な問題行動も多い方だと」
そう言ったのはヴィルヘルムさんだった。思わずそんな彼を、続いてスマラクト様を見る。スマラクト様はヴィルヘルムさんの言葉に、満足そうにうんうんと頷いていた。まるで、狙った通りの評判だなとでも言いたげに。
「つまり、優秀ではあるけれど問題行動が多い、他の選択肢があるのなら王にしたくない方だと思われているのです」
父さんが苦笑しながら補足を入れてくれる。確かに、スマラクト様って優秀だけど、それを打ち消す残念なところがあるよね。
「そういう人は狙われないの?」
「狙われにくいだけです。坊ちゃまは、言い方は悪いですが、現竜王様や次代の竜王様の代替品です。ですから、その代替品としての価値は最低限認められていなければなりません。しかし、それと同時に、王を脅かすほどの人材ではないと思われておかないといけない。そして、坊ちゃまは、その針の穴を通すような難しい人物像を演じておられる、と」
「僕、今までずっと、スマラクト様って優秀だけど、残念な人だなって思ってた……。でも、それって素じゃなかったんだね……」
「いえ。半分以上は素です」
「おい、じい! 綺麗に話がまとまりかけていただろう! 何故、余計な事を言うッ!」
「いや、だって素じゃないですか」
「演じているって事にしておけば、アベルも納得しただろう!」
「私、嘘は吐けませんので」
「むきぃ~!」
スマラクト様は顔を真っ赤にして悶えている。そうそう。こういうところが子どもっぽくて残念なんだよね。僕がくすりと小さく笑うと、スマラクト様もにやりと小さく笑みを返してくれた。たぶん、スマラクト様の残念評価、父さんによるものも大きいと思う。一人じゃ残念な人を演じきれないからね。そうやって父さんは、スマラクト様を守る一役を担っているんだろうな……。
「アベルぅ、元気になった……?」
サーシャがべそをかきながらそう口にする。はっ。サーシャの事、忘れてた。僕が泣いたせいで、サーシャまで泣いちゃってたんだった。
「うん。元気になった」
そう言って、僕はサーシャの元に行き、その小さな体を抱きしめた。
「ごめんね、サーシャ。驚いたよね……」
「ん~ん。アベルが元気になったなら良いよ」
「ありがとう」
「どーいたしまして」
サーシャと二人、うふふと笑い合う。サーシャは心優しい子だ。悲しかったり辛かったりしたら一緒に泣いてくれて、寄り添ってくれる子。
世間知らずの僕は、自信を持っては言えないけれど、サーシャには王様としての資質があると思う。人の気持ちが分からない人より、人に寄り添える人の方が断然良い王様になれるもん。人の上に立つ上で、重要な資質だと思う。
でも、サーシャには逃げ癖があるし、スマラクト様と同じですぐ感情的になるし、駄目な部分も目立つ子だ。きっと、もう少し大きくなったら、スマラクト様の聡明なってところが心優しいに置き換わった評価になると思う。
きっと、サーシャも排除されない評価が得られる。大丈夫。そう、大丈夫だ。何も心配する必要なんてない……。サーシャには獣王様だってアキムさんだってローベルトさんだって付いてるんだ。でも……。
考え出したらやっぱり不安で。僕はサーシャから離れると、父さんの元に戻った。そして、その膝の上に陣取る。不安な時は、誰かの体温を感じているに限る!
そんな僕を見て、サーシャも獣王様の膝の上に移動した。そして、満足げに、ふんすと鼻を鳴らしている。
「まだまだ子どもだな、二人とも」
そう言ったスマラクト様はというと、隣同士に座った父さんとヴィルヘルムさんの間に身体をねじ込んで座った。そんな狭い所……。それに、そこ、席じゃないし。僕達を子どもだって言う割に、自分だって甘えたいんじゃん。
そうして父さんに甘えて過ごしてしばらくして、日が沈み始めた頃、夕食のお膳が配られた。僕やスマラクト様が父さんに引っ付いているせいで空いている空間にも、均等にお膳が置かれる。
これは……。ちゃんと席に戻って食べましょうねっていう、無言の圧力を感じる……。仕方ない。僕は渋々席に戻った。それを見たスマラクト様やサーシャも席に戻る。
夕食を食べ始めて少しして、気が付いた時には、父さんとヴィルヘルムさんの言い争いが始まっていた。誰か止めて。そう思ってスマラクト様を見るも、彼は面白そうに事の成り行きを見守っているだけ。獣王様達は苦笑気味に見守っている。ああぁぁ……。僕は思わず頭を抱えそうになった。
「ツラ貸せ、クソジジイ」
「望むところだ、クソガキ」
ああああぁぁ。さっきまでは和やかに過ごしてたじゃん。一緒に笛吹いてたじゃん! どうして少し目を離すとこうなるのさッ!
立ち上がった父さんとヴィルヘルムさんを見て、きびきび動いて場所を開ける人々。もうね、みんなやらせる気満々って感じ。
「スマラクト様ぁ!」
「慣れろアベル。あれはあれで、愛情表現みたいなものなのだ」
「どんな愛情表現さッ!」
「この里では、息子は父親を越えねばならぬという掟みたいなものがあるのだ。だが、ヴィルヘルムには父親がいない。越えるべき相手がおらぬのだ」
ヴィルヘルムさんのお父さんは、ヴィルヘルムさんが小さい頃に亡くなってしまっている。そんな彼を育ててくれたのは、この里の族長さん。師匠とお酒を飲みながら、敷物の中央に立った父さんとヴィルヘルムさんを囃し立てている厳つい顔のおじいさんだ。
「育ての親の族長は、あの通り、棺桶に片足を突っ込んでいるような年齢だ。越えるべき相手というには、いささか、なぁ……?」
歳がいき過ぎていて相手にならないだろう。スマラクト様はそう言いたいのだ。
「まあ……」
そうだねとは、はっきり言いにくい内容だ。だから、僕は曖昧に頷いた。
「じいはな、ヴィルヘルムが里を出て、城勤めをし始めた頃の上官なのだ。しかも親戚筋で、父親とは友人だったとも聞く。もし、じいが、一般の上級騎士だったのなら、ヴィルヘルムを育てたのはじいだったのだろう。城で生まれ育ったヴィルヘルムにとっては、環境も変わらぬし、その方が断然良かったはずなのだから。しかし、ヴィルヘルムの父親が亡くなった時、じいは既に連隊長で、多忙を極めていた。両親を亡くしたばかりの幼子を抱える余裕など無い程に」
「もしかして、ヴィルヘルムさん、父さんを恨んでたりなんて……」
本当なら、父さんが育てるべきだったんだって。お城でずっと暮らして、城勤めの準備を小さい頃から始めたかったんだって。
「僕もそう思って、昔、聞いた事があるのだ。しかし、奴は恨んではいないと言った。それどころか、感謝している、と。里に帰されたおかげでオーガ族の伝統的な暮らしも出来たし、祭りの時は常に気にかけてくれていた。そして、城勤めし始めてからは、よく面倒を見てもらった、と。だからこそ、じいを越えたいらしい」
「ええと……。ヴィルヘルムさんにとって、父さんは目標だってこと……?」
「そういう事だろう。僕的にはこう考えている。ヴィルヘルムには父親が三人いるのだ。実の父親と育ての父親、そして、越えるべき父親の三人だ」
「だから愛情表現……」
「うむ。じいもそれを分かっているから、ああして受けて立っているのだろう。だから、じゃれ合いだと思っておけ。あ! 決まった!」
スマラクト様の視線の先を見る。すると、ヴィルヘルムさんが膝をついていた。何とか立ち上がろうとする彼を、周囲の大人達が止めている。
「今回は瞬殺だったな。やはり、じいは強いなぁ。僕達もじいを越えられるよう、頑張らねば」
「うん」
ヴィルヘルムさんにとっても、父さんは父親なのか。仲間を見つけた気分。言うなれば、ヴィルヘルムさんは僕のお兄さん的な立場って事だ。うん。悪くない。
小さく笑った僕に、スマラクト様が苦笑する。やっと納得したかと言いたげに。
お兄さん的立場のヴィルヘルムさんが、頑張って父さんを越えようとしているんだ。妹的立場の僕としては応援してあげないとだろう。でも、負ける父さんは見たくない。という事で、僕、両方の応援する!




