竪琴 5
お祭り会場に着くと、結構な人がすでに集まっていた。半数近くの人が、楽器が入っているらしいケースやバックを持っている。交代で演奏するらしいからね。数人って訳じゃないとは思ってた。
こうして見ると、楽器が弾ける人って結構多いんだな。お屋敷の人達もかなりの確率で何かしらの楽器が弾けるし、大人の嗜みの一つなのかもしれないな。
案内された席に着いてお祭りが始まるのを待っていると、そよそよ吹く風で、ひらひらと花弁が舞った。幻想的な光景だ。柔らかい春の日差しの中、雪が降っているようにも見える。ずっと見ていても飽きない光景だ。
スマラクト様とサーシャは、空に舞う花弁を取ろうと手を伸ばしたり、ひっこめたり、パチッと手を叩いたり。んもぉ。落ち着きないなぁ……。
そうしてしばらくすると、会場の席の大半が埋まり、お祭りが始まった。花に囲まれた会場で、楽器の音を聞きながら食事をするこのお祭り、雅という言葉がぴったりだ。花弁に夢中になっていたスマラクト様とサーシャの二人も、食事に夢中で静かだし、この雰囲気を思う存分堪能せねば!
食事を始めて少しして、係の人が僕と師匠を呼びに来た。とうとう、僕達の演奏の順番が回って来たらしい。緊張しながら竪琴を取り出し、それを携えてステージに上る。うぅ……。何だか変に緊張してきたぞ。手汗がびっしょりだ。
「何だ、緊張してんのか?」
師匠の言葉に、僕は一つ頷いた。こんな大勢の前で演奏するの、今日が初めてだもん。緊張するなって方が無理だよ。
「一応言っておくが、ここにいる半分は演奏聞いてねえからな? 緊張するだけ損だぞ?」
「そうは言ってもぉ……」
「おら。始めるぞ」
そう言った師匠がポロンと竪琴を鳴らした。それに呼応するように、僕がポロロンと竪琴を鳴らす。師匠が主旋律を弾きだすと、僕は伴奏パートを弾き始めた。
弾き始める前は緊張していたのに、演奏を始めたらだんだん楽しくなってきた。主旋律を鼻歌で歌い、伴奏を弾く。こういうの、弾き語りっていうらしい。竪琴の演奏方法は、弾き語りの方が主流なんだって、教えてくれたのは父さんだった。町の酒場では、そうして歌と楽器演奏で生計を立てている人がいるんだよって。僕が談話室で竪琴を演奏していると、町の酒場にいるみたいで楽しいって。
僕達が弾いている曲はかなり有名な曲らしく、あっちからもこっちからも手拍子が上がり、歌が聞こえ始めた。みんなノリノリだ。それが何だか嬉しいし、楽しい! 大合唱の声に負けないよう、僕も一生懸命竪琴を鳴らす。最初は主旋律を弾いていた師匠も、いつの間にか僕と一緒に伴奏を弾き始めていた。
そうして僕達の演奏が終わると、盛大な拍手が巻き起こった。囃し立てるように口笛を鳴らしている人もいる。みんな楽しんでくれたようだ。でも、雅とは程遠い雰囲気になっちゃったような……。
「この後の奴に悪い事しちまったかな、これ」
そう言った師匠を見ると、師匠は苦笑していた。音楽の楽しみ方の路線が違っちゃったもんね、僕達。この後の人が、静かに聴き入る系の曲を用意していない事を祈るばかりだ。
そんな事を考えながら席に戻る。すると、サーシャが目をキラキラと輝かせていた。竪琴の事を話した時はご機嫌斜めのように見えたけど、僕の勘違いだったのかな?
「アベル、竪琴って難しい?」
サーシャの言葉に、僕はう~んと腕を組んで考えた。これ、なんと答えるのが正解なんだろう?
サーシャの顔色を見る限り、竪琴に興味があるようだ。それは良い事だと思う。だって、サーシャは一国の王の娘で、楽器演奏くらいは嗜んでいた方が良い立場だから。
簡単だよって言えば、サーシャは国に帰って竪琴の練習を始めると思う。ただ、サーシャにとって竪琴が思いの外難しかったら、彼女の性格的に、すぐに練習を投げ出すだろう事は想像に難くない。
僕が難しいと言った場合、サーシャの竪琴への興味はそこで終わり。それどころか、楽器演奏自体、難しそうだからしたくないとなる可能性すらある。むむむ……。
「簡単ではないけど、練習は楽しい、かな……?」
悩みに悩んで、僕が出した答えはこれ。これが最善の答えだと思う。
「そっかぁ。難しいのかぁ……」
僕の答えを聞いてしょんぼりとしたサーシャ。もしかして、僕、答え間違えた……?
「姫様、竪琴に興味があるのでしたら、一度、練習してみてはいかがです?」
苦笑しながらそう言ったのはアキムさんだ。こういう助け舟を出してくれるって事は、アキムさんも、サーシャに何かしらの楽器演奏が出来るようになって欲しいのだろう、きっと。
「アキムは竪琴弾けるぅ……?」
「いえ。竪琴はちょっと……」
「ローベルトじいはぁ……?」
「儂も弾けんなぁ……」
「そっかぁ……」
あぁ、サーシャのやる気が! どんどん下がっていってる!
「姫さんや、ウードなら、儂もアキムも教えられるぞ? 特にアキムは、ウードの名手なのは姫さんも知っておるだろう?」
「んー……」
サーシャは生返事。その顔には気乗りしないと書いてあった。
「ウードとは、確か、貴国の伝統楽器だったか?」
そう声を上げたのはスマラクト様だった。サーシャとアキムさん、ローベルトさんがそんなスマラクト様を見る。
「スマラクト、ウード知ってるの?」
「知っているというと語弊があるな。書物で読んだ事があるだけだ」
へ~。サーシャの国の伝統楽器かぁ。初めて聞いた楽器だけど、どんなのなんだろう?
「スマラクト坊は勉強家だのぉ」
そう言ったローベルトさんは目を細めていた。スマラクト様が名前だけでもウードを知っていたのが嬉しいらしい。
「歌や踊りの伴奏に使うのだろう? エキゾチックな音色の弦楽器と書物にあったが、サーシャはウードの音があまり好きではないのか?」
「嫌いじゃない……。でも、竪琴の方が可愛いもん……」
え? 見た目が好きだから興味があった、と? サーシャらしいと言えばらしいけど……。
「見た目、か……。因みに、ウードとはどれくらいの大きさなのだ? 挿絵で見た時は、丸っこくて可愛いと思ったのだが」
「これくらい」
サーシャが両手を広げて大きさを示す。サーシャが示す大きさは、大人でも一抱えありそうだった。見た目が丸っこくても、可愛いサイズではなさそうだ。
「ほう。結構大きいのだな。だが、持ち運びは出来るのだろう? 旅芸人が持っているとも書物に書いてあったぞ?」
スマラクト様の問いに、サーシャが助けを求めるように獣王様を見た。サーシャは楽器を見た事があっても、手に取った事は無いようだ。
獣王様はアキムさんに目配せをした。それを見ていて思う。今回の滞在、獣王様はアキムさんにサーシャのお世話をなるべくさせたいようだ。今までは獣王様が全面的にサーシャのお世話をしていたし、今回はみたいな場合は助け舟を出していたけど、今は見守っている感じ。もしかしたら、近い将来、スマラクト様にとっての父さんみたいなお世話係に、アキムさんをさせたいのかもしれない。
「中が空洞ですので、大人であれば片手で持てます」
「どうやって弾く楽器なのだ? 竪琴のように、指で弦をはじくのか? それとも、弓や撥なんかを使うのか?」
たて続けにスマラクト様がサーシャに問う。でも、ウードを触った事が無いらしいサーシャは、それに答えられなくて。代わりにアキムさんが答えてくれていた。
「――よく分かった。勉強になったぞ」
「いえ」
「だが、惜しむらくは音色を聴けない事だ。我が国にウードを弾ける者などいないだろうからな……」
一通り聞きたいことを聞き終わったスマラクト様がそう口にする。確かに、ウードを弾ける人って、うちの国には少ないと思う。でも、皆無じゃない。獣王様の国とうちの国とは陸続きで、交易だってある。国境付近の町に行けば、ウードを弾ける人は見つかると思う。じゃあ、何でスマラクト様はこんな言い方をしたのか。それはサーシャにウードの練習をしてもらいたいからだろう。
サーシャは王族。何か楽器を習うとしたら、伝統楽器の方が絶対に良い。だって、サーシャが将来、楽器演奏を披露するのは、他国からの使節をもてなす時だろうから。ありきたりな楽器より、伝統楽器の方が喜んでもらえるはず。他の場所では聞けない特別感があるからね。
「スマラクト、ウード聴いてみたい……?」
「うむ。聴けるのなら聴いてみたいな」
「アベルは? 聴いてみたい?」
「うん。僕も聴いた事ないから聴いてみたい」
「ふ~ん……」
サーシャはそっけなく相槌を打つと、ぷいっとそっぽを向いてしまった。あれ? ご機嫌斜め? そう思ってスマラクト様を見る。すると、彼は苦笑しながらこそっと僕に耳打ちをした。
「どうやら心が揺れているようだ」
心が揺れて……? ああ。悩んでるのか。返事がそっけないのは、心ここにあらずだからか。納得。
会場に来る時、竪琴の話をした時ににも、この行動はあった。あの時は、僕やスマラクト様が楽器演奏を出来るのを知って、サーシャも楽器をやろうかどうしようか悩んだんだろう。それで、やる方向で心が決まって、今はウードを習うかどうかで悩んでいる、と。
「そっとしておいた方が良いと思う? それとも、もう少し背中押した方が良い?」
僕もこそっとスマラクト様にそう耳打ちをした。
「大丈夫だろう。サーシャはアキム殿かローベルト殿に楽器を教えてもらいたかったようだからな。二人の事は師として信頼しているのだろう。良い傾向だ」
「うん。何だかんだ懐いてるよね」
「二人とも、末席とはいえ王族だ。サーシャの良き理解者になろうとしてくれている結果だろう」
良き理解者、か……。確かに、王族には王族にしか分からない苦労とか苦悩とかありそうだ。うちのスマラクト様にだって、色々とあってもおかしくない。僕にはそういうところ、全く見せないけど……。




