竪琴 4
四人で楽しく鍛錬していると、ドタドタと騒がしい足音が聞こえて来た。音の方を見ると、スマラクト様が。おお。今日はちょっとだけ早起きだ!
「ズルいぞ! 僕も混ぜろ!」
スマラクト様も鍛錬に参加したかったようだ。大方、父さんに僕がもう鍛錬に出掛けたって言われて、慌てて起きたんだろう。たぶん、鍛錬に参加するの、楽しみにしていたんだろうな。
スマラクト様も加わって五人で鍛錬をしていたんだけど、気が付いた時には、スマラクト様とサーシャはゴーレムで遊び始めていた。ヴィルヘルムさんとアキムさんはそれを興味津々に観戦している。真面目に鍛錬してるの、僕だけじゃん……。
「ちょっと、スマラクト様! 鍛錬しに来たんじゃないの? 真面目にやりなよ」
「人聞きの悪い! これもサーシャの鍛錬だぞ! 僕はサーシャの鍛錬に付き合ってやっているのだ」
自信満々、スマラクト様はそう口にする。でも、サーシャの認識は違ったようだ。不思議そうな顔で口を開く。
「そうだったの? あたい、てっきり遊んでるのかと思ってた」
「ほらぁ。サーシャは遊んでるつもりじゃん」
「サーシャは屍霊術を勉強しているのだろう? ゴーレムの扱いの練習は立派な鍛錬だ。自信を持て、サーシャ!」
サーシャはなおも不思議そうな顔をしている。サーシャは自信満々に遊んでるって思ってたもんね。自信を持てなんて言われても困るよね。
「んもぉ! 真面目にやらないと父さんに言いつけるよ!」
「それは困る」
「じゃあ真面目にやって!」
「むむむ……」
スマラクト様はサーシャと僕を見比べた。心底困った顔で。
「まあまあ、アベル嬢。スマラクト様の言う事も一理ありますので。ここは私の顔に免じて」
そう言ったアキムさんは苦笑していた。
「姫様がこうして魔術で遊ぶなど、少し前までは考えられなかった事ですし」
「それは……。僕も分かってるけど……」
「見て、アベル。あたい、ちょっとだけ、上手にゴーレム動かせるようになったんだよ!」
サーシャのゴーレムは、見た目はほとんど前と変わっていない。四つ足ゴーレムだ。それがカサカサと俊敏に動き回っている。確かに、動かすのは前よりも上手になったように思う。でも、そのせいで、より一層、虫感が増したと言うか……。
「サーシャ……。せめて二足歩行になろう……」
「えぇ~! こっちの方が動かしやすいんだよ!」
「そ、そっか……。あ。そう言えば、飛翔の術は? 練習したの?」
「うん! 見てて! 見てて! フルーク!」
サーシャはゴーレムの術を破棄すると、得意げな顔で飛翔の術を使った。ふわりとサーシャの身体が浮く。ほんの少しだけ。僕の拳くらい。
「凄い~?」
「う、うん……。移動は? 出来るの?」
「うん!」
頷いたサーシャが、ふよふよと頼りなく動く。たぶん、浮いているのが怖いのだろう。超低空飛行だ。今にもつま先を引きずりそう。
「頑張って練習したんだよー!」
「そっか。でも、競争は、もう少し練習しないと出来ないね」
「うん。あたいね、いつか、アベルみたいにぶわ~って雪巻き上げながら飛びたいの! あ。あたいの国だと砂なんだけどね、全然巻き上げられないの!」
「そ、そっか……」
それで巻き上げられるつもりでいるのか……。思わずそう思ってしまうくらい、サーシャの飛翔の術は頼りない。
「サーシャ! 今度は飛翔の術を練習しようではないか!」
スマラクト様が良い事を思いついたとばかりにそう口にする。とたん、サーシャの顔が曇った。
「ここ、落っこちたら痛いよ……?」
「だが、練習しなければ上手になれぬのだぞ?」
「落ちたら痛いもん……!」
ん? もしかして、サーシャってば、落ちて痛い思いした? そう思ってアキムさんを見る。すると、彼は苦笑しながら頷いた。
「国に帰ったら、落ちても痛くない砂地で練習しましょうね、姫様」
「うん」
アキムさんの言葉に、サーシャが素直に頷く。僕の予想通りだったようだ。サーシャってば、練習中に墜落して、痛い思いをして怖くなっちゃったみたい。そういう時の恐怖感はなかなか解消されないから、しばらくは競争出来ないだろうな……。
「アベルは? 投げナイフ、上手になった?」
サーシャが興味津々、僕の手の中のナイフを見る。スマラクト様も興味津々だ。
「うん。まあ……。あ。みんな、父さんには内緒にしててね? 上手に出来るようになったら驚かせたいんだから」
そう言いながら、的に向かってナイフを投げる。ヴィルヘルムさんに投げ方を修正してもらったおかげか、見事的に命中した。よし!
「おぉ~! アベル、凄い!」
「見事なものだな。ヴィルヘルムが教えたのか?」
スマラクト様の問いに、ヴィルヘルムさんが頷く。
「僕にも教えろ!」
「明日の朝でもよろしいですか?」
「何故だ! 朝食まではまだ時間があるだろう!」
「そうですが、朝食前に温泉には行かれないのですか? 昼は祭りですから温泉に行けませんし、てっきりこの後、温泉に行かれるのかと」
「温泉! 行く!」
サーシャが目を爛々とさせてそう答える。サーシャにあそこまでワクワクした顔で温泉に行きたいって言われたら、スマラクト様ならそれを無視して練習出来ないだろうな。
「では、明日、絶対に教えてくれ」
スマラクト様は苦笑しながらそう答えると、仕方ないなって顔でサーシャを見た。分かっていた事だけど、うちのスマラクト様もサーシャには弱いね。
「この後、皆で温泉に行こうではないか! アベル、じいとグリンマーを呼んで来てくれ。アキム殿は獣王とローベルト殿に声を掛けてみてくれぬか?」
「分かった!」
頷き、僕は泊っている部屋に向かった。そうしてみんなで温泉に行き、それを満喫すると、その後は朝食。みんなで大広間で食べて、それを食べ終わると、みんな揃ってキッチンに向かった。
何でも、この後、昨日摘んだ草でお菓子を作るのだとか。奥様からお誘いがあって、サーシャが乗り気だからみんなでお手伝い。草が入ったモチなる生地で、あんこなる豆のお菓子を包む。
これがなかなか大変だった。お祭りで出すお菓子だし、あんまり不格好なのはとも思うんだけど、上手に出来ないし、量が多いから全然終わりが見えない……。
「これ、甘くない……。薬湯みたいな味がするよ、父ちゃん……」
見ると、サーシャが何やらモグモグしていた。つまみ食いしたな! いけないんだぁ!
「あらあら。生地だけじゃ美味しくないでしょう」
奥様はそう言うと、あんこと生地で一口大のお菓子を手早く作ってくれた。それをサーシャにはいと渡す。サーシャはそれをポイっと口に入れると、うふふと嬉しそうに笑った。
「おいしい!」
ずるい……。僕だって食べたいのに……! そう思っていたら、奥様は僕の分とスマラクト様の分もちゃんと作ってくれた。スマラクト様と二人でそれを食べ、むふふと笑い合う。
「春って感じのお菓子だね」
例えるなら、口の中に新緑が広がっている感じ。苦くて嫌な感じがしないのは、中の甘い豆のお菓子のお陰だろう。
「うむ。だが、僕はどちらかというと、冬の大福の方が好きだ」
「そうなんだ……」
僕は草入りの方が好き。だって、空腹をしのぐ為に食べていた草が、こんなに美味しくなるなんて思いもしなかったんだもん。意外性ってやつだ。
「あたい、どっちも好き! もっちゃもっちゃしてるもん!」
そう言ったのはサーシャだ。彼女は生地の食感が好きらしい。冬の大福を食べた時も、もっちゃもっちゃしてるって喜んでたな、そういえば。
そうして大量のお菓子を作り終わると、僕達はお祭りの準備を始めた。今回もオーガ族の伝統衣装を貸してもらえるらしい。
秋のお祭りと違うのは、着替えを手伝ってくれるのが父さんじゃなくて奥様だってところ。奥様の部屋にサーシャと二人でお邪魔すると、そこには二着の小さな伝統衣装が。小さめのがサーシャので、少し大きめなのが僕のだろう。二着とも華やかな花柄の上着。上着と合わせるように、赤色と紫色のズボンもどきも準備してあった。
「おぉ~! かわいい~!」
サーシャが伝統衣装にタタタっと駆け寄った。そして、大きい方を手に取る。それ、どう見ても僕のだと思うんだけど……。
「サーシャ様のはこちらですよ」
濃い赤地に白とピンクの大輪の花の絵が描かれた小さいほうの上着と濃い紫色のズボンもどきを奥様が差し出す。サーシャが駆け寄った方よりも、奥様が差し出した方がサーシャらしい雰囲気だ。
僕のらしき上着は、白地に図案化された大輪の花が描かれている。サーシャのが綺麗系なら、僕のは可愛い系だ。
「義母様の若い頃の着物を譲ってもらって、私が仕立て直したのよ。きっと、二人ともよく似合うと思うわ。さあ、サーシャ様から着替えましょうか?」
「うん!」
先にサーシャ、次に僕が着替えさせてもらい、準備万端! 三人で大広間に戻ると、すでにみんな準備を終えていた。
「二人ともよく似合うではないか! 見違えたぞ!」
真っ先に褒めてくれたのはスマラクト様。こういうところ、スマラクト様の良いところだと思う。サーシャは照れ臭そうにはにかんでいる。褒められてまんざらでもないらしい。
「これね、ルカがね、作ってくれたんだよ!」
「ほう! 奥方は仕立ても出来るのか! 素晴らしい!」
「この里では嗜みみたいなものですから。お嫁に来たら、真っ先に教えてもらうのが伝統衣装の仕立てなのですよ?」
奥様が微笑みながらそう答える。たぶん、冬にくれた半纏も、奥様が見立てたんじゃなくて、わざわざ仕立ててくれたんだろう。
「そうなのか?」
スマラクト様が父さんを見る。すると、父さんは苦笑しながら頷いた。
「この里では、自分の服や家族の服を仕立てるのは、女達の重要な役目の一つですから」
父さんの言葉に、スマラクト様がほうほうと頷く。何度もこの里に来ているスマラクト様でも、まだ知らない事があったようだ。それくらい、この里と僕達が住んでいる地域とでは文化が違うらしい。同じ国なのにね。不思議だ。
「それでは、全員揃いましたし、お祭りに行きましょうか?」
父さんの号令で、僕達はお祭り会場となっているお山に向かった。もちろん、竪琴は忘れずに。ハードケース入りのそれを携え歩いていると、サーシャが興味津々って顔でこっちを見ていた。サーシャの顔に書いてある。あれ、何だろう、と。
「これ、気になる?」
だから、僕は歩きながらサーシャに声を掛けた。すると、獣王様と手をつないで歩いていたサーシャがこくりと頷いた。
「これね、竪琴だよ。僕ね、お祭りで竪琴弾くの」
「アベル、竪琴弾けるの?」
「うん! 練習したんだ!」
「スマラクトは? 弾ける?」
「いや。僕は竪琴には触った事は無いな」
「スマラクト様はね、オルガンが上手なんだよ。でも、オルガンって大きい楽器だから、お祭りには持って来れないの」
「ふ~ん……」
サーシャはそっけなく相槌を打つと、ぷいっと前を向いてしまった。僕、何かサーシャの機嫌を損ねる事を言っただろうか? 普通の会話だったと思うんだけど……。まあ、考えても仕方ないか。この後、竪琴の演奏があるんだから、そっちに集中せねば!




