演奏会 3
そうしてスマラクト様の演奏が始まった。オルガンの音は、お腹の底に響くよう。初めての感覚だ。荘厳で、華やかで、スマラクト様が好みそうな音の楽器だった。ただ、この楽器を弾きたいかと問われたら、う~んとなってしまう。だって、僕には絶対に似合わない音色なんだもん。こういう重厚な音の楽器は、スマラクト様みたいな人が弾いてこそだと思う。
スマラクト様の演奏が終わり、とうとう、父さんの番になった。壇上に上がった父さんが笛を構える。
父さんが持っているのは、銀色に輝く横笛だった。あの横笛は金属製なのか。ヴィルヘルムさんが冬のお祭りで吹いてくれた横笛は木製だったような……。高音が綺麗な笛で、凛とした感じがヴィルヘルムさんに凄く合っていて……。父さんが吹く笛はどんな音なんだろう! ワクワクしながら演奏が始まるのを待つ。
一呼吸した父さんが笛を吹き始めた。優しい音色があたりに響く。ヴィルヘルムさんの笛の音は人を寄せ付けないような孤高さがあった。例えるなら、夜に降りしきる雪のような音。けど、父さんの笛の音は包み込むような優しさがあった。夜空を優しく照らす月のよう。何だか心がホワホワする……。
「何度聞いても素晴らしい音色だ……」
スマラクト様の言葉にこくこくと頷く。音色で譲ってもらうって決めただけあって、父さんの笛は人を魅了するような、そんな力があるようだった。広間にいるみんな、うっとりしたような顔で父さんを見つめている。
父さんの笛を聴いていて思う。笛を習うのは、ちょっと二の足を踏んでしまうというか……。父さんもそうだしヴィルヘルムさんもそうなんだけど、身近に素晴らしい演奏者がいると、どうしても比べてしまいそう。演奏の腕が多少上がったくらいじゃ、恥ずかしくて人前で吹けそうにないし……。だから、笛を習うのは止めておこう。そうしよう。
一人結論を出し、父さんの笛の音色に集中する。凛としているのに優しくて、まさに月の光って銘がぴったりの音だった。広間の中に大きな月と満点の星空が広がっているようだ。音色一つでこの空気を作り上げるんだから、父さんって凄い! 尊敬の眼差しで見つめる僕を見て、父さんが目を細めた気がした。
ほぅと聞きほれていると、父さんの演奏はあっという間に終わってしまった。もっと聞いてたかったのに。残念。
笛を手に戻って来た父さん。彼は優しく僕とスマラクト様に微笑みかけた。
「どうでした?」
「素敵だったよ、父さん!」
ひしと父さんに抱きつくと、父さんは僕を片腕で抱き上げてくれた。そんな父さんの首に手を回し、しっかりとしがみつく。うふふ。幸せ。
「やはり、じいの笛は素晴らしい。心が洗われるようだったぞ」
「お褒め頂き光栄です」
スマラクト様の賞賛の言葉に、父さんが腰を折る。
「あのね、あのね、父さん! 僕ね、習いたい楽器、決めたよ!」
「早いですね。もう少し悩むかと思ったのですが」
「僕ね、竪琴習いたい!」
「竪琴……」
呟いた父さんは、ちょっとショックを受けているようだった。もしかしたら、父さんは、僕が笛を習いたいって言うのを期待していたのかも……。
「あ、あのね、笛もね、素敵だなって思ったんだよ? 本当だよ? でもね、父さんが上手すぎて、ちょっと上手になったくらいじゃ人前で吹けないなって思ったの」
「確かに、アベルの言う事も一理あるな」
スマラクト様がうんうんと頷く。スマラクト様は僕の気持ち、分かってくれたらしい。
「僕もじいの前で笛の練習などしたくない。それよりも、アベル。楽器を決めたのなら、教えてくれるように頼みに行かねば。竪琴を弾いていたのは――」
スマラクト様がええととあたりを見回す。誰だったかと、スマラクト様の顔に書いてあった。
「師匠だよ」
「ああ、グリンマーだったか。教えてくれる気になってくれると良いのだが……」
スマラクト様の心配はもっともだった。師匠、そんなの面倒くさいって言いそう……。
「大丈夫じゃないですか。悪態は多少吐くでしょうけど」
「じいがそう言うのなら大丈夫なのだろうな。では、行こう!」
スマラクト様が先頭に立ち、師匠を目指して歩き出す。僕も父さんに降ろしてもらって、その後に続いた。父さんも僕達の後を付いて来る。壇上では、有志による合奏が始まっていた。楽し気な音楽があたりに響いている。
師匠は部屋の隅でボーゲンさんと一緒にお酒を飲んでいた。いつも思ってたけど、二人って親子くらいの年齢差があるのに、凄く仲良しだよね。ウマが合うって、こういう事を言うんだろうな。
「グリンマーもボーゲンも、もう飲み始めているのか。ちゃんと食事もしているのだろうな?」
「おう、坊ちゃん。言う事が奥様に似てきやがったな!」
そう言った師匠がガハハと笑う。師匠はご機嫌って感じ。こういう催し物、師匠も好きなんだね。これなら、お願い、聞いてくれそう!
「ねえねえ、師匠! お願いがあるんだけど!」
「おう。何だ。俺にこれ以上、何させようってんだ?」
「あのね、竪琴、教えて欲しいなぁって」
「ああ? 面倒くせぇな……」
予想通りの答えを呟いた師匠。でも、満更でもないって顔をしていた。父さんが言う通りだった。悪態は吐いても、断りはしないんだ。
「そんな事言って、本当は嬉しいくせによぉ! 素直じゃねえな、じいさん!」
そう言ったボーゲンさんが師匠の背中をバシバシ叩いた。たまらず、師匠がむせる。怪力のワーベア族のボーゲンさんが背中を叩いたら、いくら頑丈だって定評のあるドワーフ族の師匠でもああなるのが当たり前だ。
「おめえ、少しは手加減しろッ!」
「あはは。すまんね。手加減ってのは、昔から大の苦手なんだ。んな事より、じーさん。せっかくの申し出、断ったりしないんだろ?」
「お、おお……」
「だってよ。良かったな、嬢ちゃん」
「うん!」
にかっと笑ったボーゲンさんが親指を立てる。僕はそれに笑顔で頷いて答えた。
「では、アベル! 明日、早速、町に竪琴を買いに行こうではないか!」
バッと両手を広げ、スマラクト様が高らかにそう宣言する。スマラクト様がノリノリな理由は分かっている。町に行けば、普段出来ない買い食いが出来るから。それに、買い物だって出来る。つまり、遊ぶ気満々なんだ。
「あ~……。坊ちゃん、せっかくノリノリのところ申し訳ないんだが、その必要はねえわ」
「なん、だと……!」
師匠の言葉に、スマラクト様が愕然とする。
「アベルが良ければ、だけどよ。使ってない竪琴が一台あるからやるよ」
「ホント?」
「おう。ずいぶん昔に買ったんだけどよ、とうとう弾けず仕舞いだからな。誰かに弾いてもらえるなら、その方が良いだろうよ」
そう言った師匠がグラスを傾ける。その目はどこか寂しそうで。弾けなかったというのには、それなりの理由があるんだろう。
「良いのか、じいさん。その竪琴、何だかんだ大事にしてたんだろ?」
「良いんだ。俺が持ってても、どうせ弾かねえし。楽器なんてのはよ、弾いてくれるヤツの手元にある方が良いに決まってんだ」
「そうか……。ま、じいさんがそれで良いんなら、俺からは何も言えねえな……」
そう言ったボーゲンさんもグラスを傾ける。二人がどこかしんみりしているように見えるのは、僕の気のせいだろうか……?
「その竪琴って、本当に僕が貰っても良いもの……?」
僕は思わずそう聞いてしまった。くれるって言ったのは師匠なんだから、そんなの改めて確認する必要なんてないんだろうけど……。でも、そう聞きたくなってしまうような雰囲気が二人から漂ってきていたんだから仕方ない。
「大事にすんなら、だぞ。高え竪琴なんだからよ。手入れの仕方覚えたら、弾き方も教えてやる」
「高いって……。もしかして、銘が付いてたり――」
「馬鹿野郎。んなもん、俺が持ってる訳ねえだろ。まあ、なんだ……。銘付きの兄弟みたいなもんだよ」
「兄弟……? 作った人が一緒って事?」
「そうだ。探しに探して、やっと手に入れた逸品だ。粗末に扱ったら引っ叩くからな」
「分かった」
師匠が引っ叩くって言ったら、本当に引っ叩くと思う。僕は引っ叩かれるのは嫌。スマラクト様とは違うんだもん。だから、大事に扱おう。素直に頷くと、それを見た師匠が尊大に頷く。
「練習はいつだ?」
「えっと……。スマラクト様の執務が無い日の夕食後?」
そうだったよねと、父さんを仰ぎ見る。すると、父さんがこくりと頷いた。
「早速、明後日から始めようと思います」
「明後日か。分かった。面倒臭えが、付き合ってやるよ」
「明後日は禁酒日だな、じいさん!」
ボーゲンさんがそう言っておかしそうに笑う。すると、師匠が眉を吊り上げた。
「何言ってやがる。寝る前にしこたま飲むに決まってんだろ!」
「そこ、えばるところじゃないぞ、グリンマー。せっかく飲む量が減っているのだから、定期的に禁酒日を作っても良いのではないか?」
スマラクト様がそう言うと、師匠が「うぇっ」と呻いた。それよりも、師匠、お酒飲む量、減ってたの? それは気が付かなかった。
「本当にうちの坊ちゃんは、言う事が奥様に似てきやがったな……」
はぁと深い溜息を吐いた師匠がお酒をあおる。師匠って、いつも酔っぱらってるか二日酔いなんだけどなぁ……。スマラクト様が言うんだから、きっと、飲む量は減っているんだろう。僕は師匠に一日でも長く元気でいて欲しい。だって、魔術の同時行使の研究のアドバイスをしてもらいたいし、武器の手入れも色々教えてもらいたい。それに、竪琴だって教えてもらいたいもん!
「禁酒日、賛成!」
だから、ハイと手を挙げてそう口にする。
「ガキ二人が、俺から楽しみを取り上げようとする……」
師匠がそう言って項垂れた。でも、断固拒否はしないんだね。竪琴の練習日は、師匠の禁酒日になったりして。僕はスマラクト様と顔を見合わせて、むふふと笑い合った。




