投げナイフ 2
カリカリ、カリカリと羽ペンを走らせる。季節の挨拶を書いて、朝の鍛錬と魔物を倒してくれたお礼を書いて――。あ。ナイフの事も書いておかないと。そうして書き終わった手紙を丁寧に折りたたんで封筒に入れる。
「出来たぁー!」
手紙が書けた! 手紙が書けた! 封をした手紙を掲げ、満面の笑みを浮かべる。ヴィルヘルムさん、ナイフ、喜んでくれるかな? 僕がお手入れしたなんて驚くかな?
「それ、町に出しに行くように頼んできましょうか?」
そう言った父さんがにっこり笑う。そうか。自分で出しには行けないのか……。ちょっと残念。でも、それより――。
「ちょっと待ってて。一緒に小包出したいから。部屋から取って来る」
「小包? もしや、贈り物か!」
スマラクト様ががたりと椅子から立ち上がる。過剰とも言える彼の反応に、僕は首を傾げた。
「そうだけど……」
何? 何でそんな……? 思わず父さんを見る。すると、父さんは微笑んだまま固まっていた。スマラクト様みたいな過剰な反応はしなかった父さんだけど、思わず固まってしまうくらい驚いたみたい。何故?
「え? 何? 二人ともどうしたの?」
「どうしたの、ではないだろう! 贈り物など、アベルにはまだ早い!」
「まだ早いって……。お礼に物を渡したら駄目なの……?」
「駄目だ!」
駄目なんだ。知らなかった。だいぶここでの生活にも慣れたと思ってたけど、僕はまだまだ知らない事ばかりのようだ。
「何で駄目なの?」
「誤解されるかもしれないだろう!」
「誤解って? 何を?」
「良いか、アベル。よく聞け。異性への贈り物というのはな、好意を表すものなんだ! 感謝しているからといって、軽々しく渡すものではない!」
スマラクト様の言葉に、僕はほうほうと頷いた。
「つまり、僕がヴィルヘルムさんを好きだとか、そういう誤解をされるって事?」
「そうだ!」
自信満々にスマラクト様が頷く。僕はジトっとした目でそんな彼を見た。二人が驚いた理由がよ~く分かったよ。僕がヴィルヘルムさんを好きとか、そんな誤解をしたって事だ。僕はただ、お礼がしたかっただけなのに!
僕はむすっとしながら椅子から立ち上がった。そんな僕を、スマラクト様がきょとんとした顔で見る。
「どこに行くのだ?」
「部屋! ヴィルヘルムさんに送る小包取って来るの!」
「だから、さっき言っただろう。それは駄目だと!」
僕はツンとそっぽを向いた。変な誤解してるのはスマラクト様のくせに! お手紙にはお礼の品だって書いたんだから、ヴィルヘルムさんはそんな誤解しないもん!
「じい、アベルが言う事を聞かない!」
「仕方ありませんよ、坊ちゃま。アベルにも自我がありますから。坊ちゃまの思う通りにはなりません」
「だが、誤解されて困るのはアベルだぞ!」
「アベルがどうしてもお礼の品を渡したいというのなら、私がヴィルヘルムに一筆書いておきますから」
なんか、大事になってきたような……。ただのお礼なのに……。そう思いながら、僕はスマラクト様の執務室を後にした。そうして部屋に戻って小箱にナイフを入れ、紙に包んで小包にする。そして、それを手に、スマラクト様の執務室へと戻った。
すると、僕の小さな研究机で父さんが何やら手紙を書いていた。さっき言っていた、ヴィルヘルムさんへの一筆だろう。そう思って手紙を覗き込み、文面を読んでいく。
父さんの手紙は、要約するとこうだった。小包は僕からヴィルヘルムさんへのお礼であって、それ以上の意味は無いから変な誤解はしないように、と。それと、僕とのやり取りは、保護者である父さんを通す事とも書いてあった。お礼ってところと、保護者ってところが変に強調されているような……。
父さんは手紙を書き終わると、それを封筒に入れた。そして、僕の封筒もその中に入れる。まるで、サーシャが獣王様にお願いして手紙を出してもらっている時のように。こういうのも悪くないかも、なんて。うふふ。
「それで大丈夫か、じい。誤解されたりしないだろうな?」
スマラクト様がそう言うと、父さんはにっこりと笑った。
「大丈夫でしょう。それに、ヴィルヘルムが悪い虫になるようでしたら、排除すれば良いんですよ。その際は、坊ちゃまも協力して下さい?」
「うむ。分かった!」
いやいやいや。ちょっと待ってよ。そんな物騒な事、満面の笑みで言わないでよ、父さん! スマラクト様も笑顔で頷かないの!
あわあわと僕が慌て出すと、父さんとスマラクト様がおかしそうに笑った。どうやら、さっきのは冗談だったようだ。
「んもぉ! からかわないでよ!」
「からかってないぞ? 半分は本気だ!」
自信満々、スマラクト様がそう口にする。すると、父さんもうんうんと頷いていた。は、半分本気って……。もしかして、僕が大人になって、好きな人が出来たとかになったら、この二人、大騒ぎするんじゃないだろうか……? でも、それは、僕をそれだけ大切にしてくれているという事で。悪い事じゃない。そう思っておこう……。
そうして、ヴィルヘルムさんにお礼の品を送ってから一月あまり。何と! お手紙の返事が届いた! スマラクト様の執務室で父さんに渡された封筒には、力強い字で僕の名前が書いてある。
ヴィルヘルムさんからのお返事、何て書いてあるのかな? ドキドキワクワクしながら封を切る僕を、スマラクト様と父さんが面白くなさそうな顔で見ている。でも! そんなの気にしたら負けだと思う!
ええと、最初は季節の挨拶だね。寒い日が続いているけど、風邪などひいていませんか、だってぇ! うふふ。今日も僕は元気いっぱいだよ!
「なあ、じい。アベルのあの顔、何だか面白くないのだが。僕達にあんな顔、見せた事無いよな?」
「ええ」
二人とも不機嫌そう。でも! それも気にしたら負けだと思う! ええと、投げナイフの練習は順調ですか、だって。うん。順調、順調。だいぶ狙い通りに投げられるようになったもん。今度会ったら、練習の成果を見てもらおう。うん。そうしよう!
ええと、ナイフの事は……。あ。あった。良い武器をありがとうございますだってぇ! 喜んでもらえたみたい! わ~い! 頑張ってお手入れした甲斐があった!
「いやに嬉しそうだな、アベル」
不機嫌そうな声でスマラクト様がそう言う。でも、僕はそれに気が付かないフリをする事にした。だって、気にしたら負けだもん!
「うん! だってね、お返事がもらえるなんて思ってなかったんだもん!」
「嬉しそうなのは、思いがけず返事が来たからなのか……? アベルの、ヴィルヘルムに対する評価が全く分からぬのだが……」
スマラクト様はそう言うと、頭を抱えてしまった。僕、何か変な事を言っただろうか? 助けを求めるように父さんを見る。すると、父さんは苦笑しながら口を開いた。
「アベルは、ヴィルヘルムをどんな人間だと思っているのです?」
「あんまり人付き合いが好きじゃないおじさん」
「いろいろと誤解しているようですね……」
どこが? そう思って首を傾げる。
「まず、人付き合いに関してですが、好きじゃないのではなく、得意ではないのですよ」
「違いがよく分からない……」
「好きか嫌いかと言ったら、好きなんだと思いますよ。上手くいかないだけで」
「えぇ?」
「だから、人の事は良く見ているでしょう? 一緒に過ごしていて、良く見ているなと思った事はありませんか?」
それは、まあ……。ヴィルヘルムさんって、周りの人を良く見てるなって思ってた。でも、それはオーガ族の気質なのかなと思っていた。父さんもそういうところあるし。
「人見知りですし、不器用ではありますが、決して人嫌いではありません。突き放すような発言をしてしまったり、思った事をそのまま口にしてしまったり、自分から距離を縮めようとは微塵も思わなかったり、問題点は多々ありますが」
父さんの言葉に、ほうほうと頷く。
「次に、おじさんという点ですが――」
「あ。おじさんじゃなくてお兄さんだった! 間違えた!」
バルトさんにおじさんって言っちゃった時、凄く気にしてたんだった。ヴィルヘルムさんもバルトさんと年齢近そうだし、そういうの、気にする年齢だ、きっと!
「何というか、その感覚自体が間違いというか……。ヴィルヘルムは、たぶん、アベルが思っているよりもずっと若いです。アベルの知っている中では、ラインヴァイス様と一番年齢が近――」
「ええ? バルトさんじゃなくて?」
「バルトはだいぶ年上ですね」
「だいぶ? 少しじゃなくて?」
「だいぶ、です。バルトは、先の大戦時には成長期が終わっていました。対して、ヴィルヘルムの成長期が終わったのは、ついこの間、先の大戦後です」
な、なんと……。人族で例えると、バルトさんは二十代中盤で、ヴィルヘルムさんは二十歳前後って事だ……。
「まあ、バルトはエルフ族にありがちな若作りですし、ヴィルヘルムはオーガ族にありがちな老け顔ですから、間違えても仕方ないと言えば仕方ないのでしょうが……」
「間違えたら可哀そうな年齢差だぞ、アベル」
スマラクト様の言葉に、僕は神妙な顔で頷いておいた。まさか、だ。ヴィルヘルムさんがそんな若かったなんて……。でも、思い返してみると、秋のお祭りの時、父さんが言っていた。「ついこの間、成長期が終わったガキ」だと。あれは父さんの感覚でではなく、本当についこの間、成長期が終わったって事だったようだ。
「アベルは、ヴィルヘルムを特別気に入っているとかではないのか?」
スマラクト様の言葉に、僕は腕を組み、う~んと首を捻った。ヴィルヘルムさんを格好良いとは思う。キリッとしている感じとか、オーガ族の伝統衣装が凄く似合うところとか。でも、特別気に入っているかと聞かれると困る。
「分かんない」
僕が出した答えはこれ。考えても分からなかった。嫌いではないのは確かなんだけど、特別好きって自信満々に答えられる程、交流がある訳でもない。
「分からぬのか? 自分の事だろう?」
「そうだけど、分からないものは分からないよ」
「ふとした時に思い出したりしないのか? 声を聞きたいと思ったり――」
「スマラクト様、そうなんだぁ。サーシャの事を思い出したり、声聞きたいなって思ったりしてるらしいよ、父さぁん」
ニヤニヤしながら僕がそう口にすると、父さんもにやりと笑った。
「みたいですね」
「ぼ、僕の事はどうでも良いだろう! それよりも、アベルだ! アベルはどんな男が好みなんだッ!」
顔を真っ赤にして机をバシバシ叩くスマラクト様が面白い。スマラクト様って、本当にからかい甲斐があるよね。
それよりも、僕の好みねぇ……。考えた事もなかった。だって、誰かを好きになるとか、そういう環境じゃなかったから。里のやつらと恋仲になるとか、死んでも嫌だ。
「同族は嫌かも……」
同じエルフ族を見ると、嫌でも里での生活を思い出してしまいそう。だから、将来結婚するなら、エルフ族以外の人が良いなぁ。
「条件はそれだけなのか?」
「んー……。料理上手な人が良いかなぁ……」
毎日美味しいものを食べられる生活とか憧れる。それに、僕は、下ごしらえは出来ても料理は出来ないから、是非とも料理を教えてもらいたい。
「料理上手でエルフ族以外……。ボーゲンみたいなのが良いのか?」
「ボーゲンさん……。僕、どっちかって言うと細身の人の方が良いかも……」
ボーゲンさんは筋肉質ながっちり体形だ。僕の好みは、父さんやヴィルヘルムさんみたいな細身の体形、だと思う。
「他の条件は無いのか?」
「う~ん……。強くて頼り甲斐がある人とか?」
「他は?」
「優しくて、上品な感じがしてぇ……。普段の厳しい感じとのギャップがある優しい笑顔が素敵でぇ……」
「おい。だんだんじいに寄っていってないか?」
スマラクト様が不機嫌そうにそう言った。
「だって、仕方ないじゃん。僕が一番好きな人は父さんだも~ん!」
「可愛い事を言ってくれますねぇ」
最近気が付いたんだ。父さんって、僕が好きだよって言うと、物凄く嬉しそうな顔をするって。
「じいもじいだ。いつの間にか父さんなどと呼ばせて……」
「違うよ、スマラクト様! 僕が父さんって呼んで良いって聞いたの! 前にも話したでしょ!」
「ふん! 面白くない! 面白くなぁ~い!」
ありゃりゃ。スマラクト様が拗ねちゃった。んもぉ。すぐ拗ねるんだから。仕方のない人だね。僕と父さんは苦笑を交わし、そう目で語り合ったのだった。




