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のけ者エルフのセレンディピティ  作者: ゆきんこ
第三章

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投げナイフ 2

 カリカリ、カリカリと羽ペンを走らせる。季節の挨拶を書いて、朝の鍛錬と魔物を倒してくれたお礼を書いて――。あ。ナイフの事も書いておかないと。そうして書き終わった手紙を丁寧に折りたたんで封筒に入れる。


「出来たぁー!」


 手紙が書けた! 手紙が書けた! 封をした手紙を掲げ、満面の笑みを浮かべる。ヴィルヘルムさん、ナイフ、喜んでくれるかな? 僕がお手入れしたなんて驚くかな?


「それ、町に出しに行くように頼んできましょうか?」


 そう言った父さんがにっこり笑う。そうか。自分で出しには行けないのか……。ちょっと残念。でも、それより――。


「ちょっと待ってて。一緒に小包出したいから。部屋から取って来る」


「小包? もしや、贈り物か!」


 スマラクト様ががたりと椅子から立ち上がる。過剰とも言える彼の反応に、僕は首を傾げた。


「そうだけど……」


 何? 何でそんな……? 思わず父さんを見る。すると、父さんは微笑んだまま固まっていた。スマラクト様みたいな過剰な反応はしなかった父さんだけど、思わず固まってしまうくらい驚いたみたい。何故?


「え? 何? 二人ともどうしたの?」


「どうしたの、ではないだろう! 贈り物など、アベルにはまだ早い!」


「まだ早いって……。お礼に物を渡したら駄目なの……?」


「駄目だ!」


 駄目なんだ。知らなかった。だいぶここでの生活にも慣れたと思ってたけど、僕はまだまだ知らない事ばかりのようだ。


「何で駄目なの?」


「誤解されるかもしれないだろう!」


「誤解って? 何を?」


「良いか、アベル。よく聞け。異性への贈り物というのはな、好意を表すものなんだ! 感謝しているからといって、軽々しく渡すものではない!」


 スマラクト様の言葉に、僕はほうほうと頷いた。


「つまり、僕がヴィルヘルムさんを好きだとか、そういう誤解をされるって事?」


「そうだ!」


 自信満々にスマラクト様が頷く。僕はジトっとした目でそんな彼を見た。二人が驚いた理由がよ~く分かったよ。僕がヴィルヘルムさんを好きとか、そんな誤解をしたって事だ。僕はただ、お礼がしたかっただけなのに!


 僕はむすっとしながら椅子から立ち上がった。そんな僕を、スマラクト様がきょとんとした顔で見る。


「どこに行くのだ?」


「部屋! ヴィルヘルムさんに送る小包取って来るの!」


「だから、さっき言っただろう。それは駄目だと!」


 僕はツンとそっぽを向いた。変な誤解してるのはスマラクト様のくせに! お手紙にはお礼の品だって書いたんだから、ヴィルヘルムさんはそんな誤解しないもん!


「じい、アベルが言う事を聞かない!」


「仕方ありませんよ、坊ちゃま。アベルにも自我がありますから。坊ちゃまの思う通りにはなりません」


「だが、誤解されて困るのはアベルだぞ!」


「アベルがどうしてもお礼の品を渡したいというのなら、私がヴィルヘルムに一筆書いておきますから」


 なんか、大事になってきたような……。ただのお礼なのに……。そう思いながら、僕はスマラクト様の執務室を後にした。そうして部屋に戻って小箱にナイフを入れ、紙に包んで小包にする。そして、それを手に、スマラクト様の執務室へと戻った。


 すると、僕の小さな研究机で父さんが何やら手紙を書いていた。さっき言っていた、ヴィルヘルムさんへの一筆だろう。そう思って手紙を覗き込み、文面を読んでいく。


 父さんの手紙は、要約するとこうだった。小包は僕からヴィルヘルムさんへのお礼であって、それ以上の意味は無いから変な誤解はしないように、と。それと、僕とのやり取りは、保護者である父さんを通す事とも書いてあった。お礼ってところと、保護者ってところが変に強調されているような……。


 父さんは手紙を書き終わると、それを封筒に入れた。そして、僕の封筒もその中に入れる。まるで、サーシャが獣王様にお願いして手紙を出してもらっている時のように。こういうのも悪くないかも、なんて。うふふ。


「それで大丈夫か、じい。誤解されたりしないだろうな?」


 スマラクト様がそう言うと、父さんはにっこりと笑った。


「大丈夫でしょう。それに、ヴィルヘルムが悪い虫になるようでしたら、排除すれば良いんですよ。その際は、坊ちゃまも協力して下さい?」


「うむ。分かった!」


 いやいやいや。ちょっと待ってよ。そんな物騒な事、満面の笑みで言わないでよ、父さん! スマラクト様も笑顔で頷かないの!


 あわあわと僕が慌て出すと、父さんとスマラクト様がおかしそうに笑った。どうやら、さっきのは冗談だったようだ。


「んもぉ! からかわないでよ!」


「からかってないぞ? 半分は本気だ!」


 自信満々、スマラクト様がそう口にする。すると、父さんもうんうんと頷いていた。は、半分本気って……。もしかして、僕が大人になって、好きな人が出来たとかになったら、この二人、大騒ぎするんじゃないだろうか……? でも、それは、僕をそれだけ大切にしてくれているという事で。悪い事じゃない。そう思っておこう……。


 そうして、ヴィルヘルムさんにお礼の品を送ってから一月あまり。何と! お手紙の返事が届いた! スマラクト様の執務室で父さんに渡された封筒には、力強い字で僕の名前が書いてある。


 ヴィルヘルムさんからのお返事、何て書いてあるのかな? ドキドキワクワクしながら封を切る僕を、スマラクト様と父さんが面白くなさそうな顔で見ている。でも! そんなの気にしたら負けだと思う!


 ええと、最初は季節の挨拶だね。寒い日が続いているけど、風邪などひいていませんか、だってぇ! うふふ。今日も僕は元気いっぱいだよ!


「なあ、じい。アベルのあの顔、何だか面白くないのだが。僕達にあんな顔、見せた事無いよな?」


「ええ」


 二人とも不機嫌そう。でも! それも気にしたら負けだと思う! ええと、投げナイフの練習は順調ですか、だって。うん。順調、順調。だいぶ狙い通りに投げられるようになったもん。今度会ったら、練習の成果を見てもらおう。うん。そうしよう!


 ええと、ナイフの事は……。あ。あった。良い武器をありがとうございますだってぇ! 喜んでもらえたみたい! わ~い! 頑張ってお手入れした甲斐があった!


「いやに嬉しそうだな、アベル」


 不機嫌そうな声でスマラクト様がそう言う。でも、僕はそれに気が付かないフリをする事にした。だって、気にしたら負けだもん!


「うん! だってね、お返事がもらえるなんて思ってなかったんだもん!」


「嬉しそうなのは、思いがけず返事が来たからなのか……? アベルの、ヴィルヘルムに対する評価が全く分からぬのだが……」


 スマラクト様はそう言うと、頭を抱えてしまった。僕、何か変な事を言っただろうか? 助けを求めるように父さんを見る。すると、父さんは苦笑しながら口を開いた。


「アベルは、ヴィルヘルムをどんな人間だと思っているのです?」


「あんまり人付き合いが好きじゃないおじさん」


「いろいろと誤解しているようですね……」


 どこが? そう思って首を傾げる。


「まず、人付き合いに関してですが、好きじゃないのではなく、得意ではないのですよ」


「違いがよく分からない……」


「好きか嫌いかと言ったら、好きなんだと思いますよ。上手くいかないだけで」


「えぇ?」


「だから、人の事は良く見ているでしょう? 一緒に過ごしていて、良く見ているなと思った事はありませんか?」


 それは、まあ……。ヴィルヘルムさんって、周りの人を良く見てるなって思ってた。でも、それはオーガ族の気質なのかなと思っていた。父さんもそういうところあるし。


「人見知りですし、不器用ではありますが、決して人嫌いではありません。突き放すような発言をしてしまったり、思った事をそのまま口にしてしまったり、自分から距離を縮めようとは微塵も思わなかったり、問題点は多々ありますが」


 父さんの言葉に、ほうほうと頷く。


「次に、おじさんという点ですが――」


「あ。おじさんじゃなくてお兄さんだった! 間違えた!」


 バルトさんにおじさんって言っちゃった時、凄く気にしてたんだった。ヴィルヘルムさんもバルトさんと年齢近そうだし、そういうの、気にする年齢だ、きっと!


「何というか、その感覚自体が間違いというか……。ヴィルヘルムは、たぶん、アベルが思っているよりもずっと若いです。アベルの知っている中では、ラインヴァイス様と一番年齢が近――」


「ええ? バルトさんじゃなくて?」


「バルトはだいぶ年上ですね」


「だいぶ? 少しじゃなくて?」


「だいぶ、です。バルトは、先の大戦時には成長期が終わっていました。対して、ヴィルヘルムの成長期が終わったのは、ついこの間、先の大戦後です」


 な、なんと……。人族で例えると、バルトさんは二十代中盤で、ヴィルヘルムさんは二十歳前後って事だ……。


「まあ、バルトはエルフ族にありがちな若作りですし、ヴィルヘルムはオーガ族にありがちな老け顔ですから、間違えても仕方ないと言えば仕方ないのでしょうが……」


「間違えたら可哀そうな年齢差だぞ、アベル」


 スマラクト様の言葉に、僕は神妙な顔で頷いておいた。まさか、だ。ヴィルヘルムさんがそんな若かったなんて……。でも、思い返してみると、秋のお祭りの時、父さんが言っていた。「ついこの間、成長期が終わったガキ」だと。あれは父さんの感覚でではなく、本当についこの間、成長期が終わったって事だったようだ。


「アベルは、ヴィルヘルムを特別気に入っているとかではないのか?」


 スマラクト様の言葉に、僕は腕を組み、う~んと首を捻った。ヴィルヘルムさんを格好良いとは思う。キリッとしている感じとか、オーガ族の伝統衣装が凄く似合うところとか。でも、特別気に入っているかと聞かれると困る。


「分かんない」


 僕が出した答えはこれ。考えても分からなかった。嫌いではないのは確かなんだけど、特別好きって自信満々に答えられる程、交流がある訳でもない。


「分からぬのか? 自分の事だろう?」


「そうだけど、分からないものは分からないよ」


「ふとした時に思い出したりしないのか? 声を聞きたいと思ったり――」


「スマラクト様、そうなんだぁ。サーシャの事を思い出したり、声聞きたいなって思ったりしてるらしいよ、父さぁん」


 ニヤニヤしながら僕がそう口にすると、父さんもにやりと笑った。


「みたいですね」


「ぼ、僕の事はどうでも良いだろう! それよりも、アベルだ! アベルはどんな男が好みなんだッ!」


 顔を真っ赤にして机をバシバシ叩くスマラクト様が面白い。スマラクト様って、本当にからかい甲斐があるよね。


 それよりも、僕の好みねぇ……。考えた事もなかった。だって、誰かを好きになるとか、そういう環境じゃなかったから。里のやつらと恋仲になるとか、死んでも嫌だ。


「同族は嫌かも……」


 同じエルフ族を見ると、嫌でも里での生活を思い出してしまいそう。だから、将来結婚するなら、エルフ族以外の人が良いなぁ。


「条件はそれだけなのか?」


「んー……。料理上手な人が良いかなぁ……」


 毎日美味しいものを食べられる生活とか憧れる。それに、僕は、下ごしらえは出来ても料理は出来ないから、是非とも料理を教えてもらいたい。


「料理上手でエルフ族以外……。ボーゲンみたいなのが良いのか?」


「ボーゲンさん……。僕、どっちかって言うと細身の人の方が良いかも……」


 ボーゲンさんは筋肉質ながっちり体形だ。僕の好みは、父さんやヴィルヘルムさんみたいな細身の体形、だと思う。


「他の条件は無いのか?」


「う~ん……。強くて頼り甲斐がある人とか?」


「他は?」


「優しくて、上品な感じがしてぇ……。普段の厳しい感じとのギャップがある優しい笑顔が素敵でぇ……」


「おい。だんだんじいに寄っていってないか?」


 スマラクト様が不機嫌そうにそう言った。


「だって、仕方ないじゃん。僕が一番好きな人は父さんだも~ん!」


「可愛い事を言ってくれますねぇ」


 最近気が付いたんだ。父さんって、僕が好きだよって言うと、物凄く嬉しそうな顔をするって。


「じいもじいだ。いつの間にか父さんなどと呼ばせて……」


「違うよ、スマラクト様! 僕が父さんって呼んで良いって聞いたの! 前にも話したでしょ!」


「ふん! 面白くない! 面白くなぁ~い!」


 ありゃりゃ。スマラクト様が拗ねちゃった。んもぉ。すぐ拗ねるんだから。仕方のない人だね。僕と父さんは苦笑を交わし、そう目で語り合ったのだった。

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