父親 8
色んな歌を練習して、時々お菓子やお茶を飲んでおしゃべりしながら休憩して。そうしてお祭りを楽しんでいたら、いつしか夜は更けていった。
「ん~……」
最初にダウンしたのはサーシャだった。一番身体が小さくて体力が無いからね。目を擦りつつ不機嫌そうに唸ったサーシャは、獣王様の膝の上にもぞもぞとした動作で乗っかった。そして、その膝の上で小さく丸まってしまう。完全に寝る体勢だな、あれは。
「どうした? 眠くなったのか?」
そう言った獣王様が膝の上のサーシャの頭をよしよしと撫でる。サーシャは返事をする代わりにもう一度不機嫌そうに唸った。
「限界のようですね。このままですと風邪をひいてしまうかもしれませんし、屋敷に戻りましょうか」
カインさんがそう声を掛けると、獣王様が申し訳なさそうに頭を下げた。
「すまないな。もう少し祭りを楽しんでいたかっただろうに……」
「いえ。坊ちゃまとアベルも寝る時間ですし、お気になさらずに」
確かに、僕とスマラクト様も寝る時間。ちょっと眠くなってきたし、サーシャがダウンしなかったら、僕がダウンしていたと思う。
そうして僕達はお屋敷に戻る事になった。雪道をみんなで歩く。寝落ちしたサーシャは獣王様が抱っこしていた。幸せそうにすやすや寝息を立てるサーシャ。それを優しい眼差しで見つめる獣王様。理想の親子って感じ。
「カインさん! 僕も! 抱っこ!」
僕はむくれながらそう言って、カインさんに両手を上げて抱っこを求めた。そんな僕を、苦笑したカインさんが抱き上げてくれる。僕はカインさんの首に腕を回して抱き着くようにしがみ付いた。僕を、続いてサーシャを見たスマラクト様が少し考えて口を開く。
「ヴィルヘルム、僕もだ!」
スマラクト様も誰かに甘えたくなったようだ。でも、カインさんは、僕が先に取ってしまった。命令して僕をどかしても良かったんだろうけど、そうしなかったのはスマラクト様の優しさだ。あとは、ヴィルヘルムさんが抱っこしてくれるかなんだけど……。
「抱っこでよろしいのですか? おんぶや肩車も出来ますが?」
「肩車……!」
ヴィルヘルムさんの提案に目をキラキラさせるスマラクト様。あれは、肩車で決定だな。
ヴィルヘルムさんに肩車してもらったスマラクト様はご満悦って顔をしていた。これでカインさんを取られる心配はない。うふふ。
「肩車など、じいにはしてもらった事が無かったが、良いものだな! 遠くが良く見える!」
「はしゃぐのは結構ですが、暴れて落ちないようにして下さいよ?」
そう言ったカインさんは苦笑していた。確かに、スマラクト様って、そういうところ、危なっかしいよね。心配は分かる。だから、カインさんはスマラクト様を肩車した事が無いんだろうな。万が一にでも落っことしたら大問題だもん。
「じいは心配性だな。そんな心配ばかりしていると禿げるぞ?」
「私の髪の心配までして下さるとは。私の髪を散々毟っていた坊ちゃまが……!」
「あ、あれは、白髪を取ってやっていただけだろう!」
「はいはい。お優しい事で。ヴィルヘルムの髪は毟らないでやって下さいよ? まだ若いのに薄くなっては可哀そうですからね」
「む……」
スマラクト様は、ヴィルヘルムさんの頭に乗せていた手を見た。スマラクト様の性格的に、はしゃぎすぎて、事故的にヴィルヘルムさんの髪を毟っちゃうかもしれないからね。注意喚起は必要だと思う。うん。
「だ、大丈夫だぞ、ヴィルヘルム。僕は髪、毟ったりしないからな。安心して良いぞ!」
「先ほど少し毟られましたけど」
時すでに遅し。もう毟っちゃってた……。ああ……。
「すみませんね、うちの坊ちゃまが……」
「いえ。肩車をしていたら、そういう事故もあるでしょう」
肩車も出来るよって言った時から、ヴィルヘルムさんは髪の毛を毟られるのも想定していたようだ。しかも、あんまり気にしてないみたい。見た目に寄らず、おおらかな人だ。神経質そうに見えるのにね。
「うちのアキムもついこの間、姫さんに髪の毛を毟られておったし、子どもの世話っちゅーのは大変なもんじゃなぁ」
ローベルトさんがそう言ってふぉっふぉっふぉと笑う。サーシャもアキムさんに似たような事をやったのか……。子どもの世話も楽じゃないね。
そんな話をしながらお屋敷に戻ってきた僕達は、各々の部屋へと向かった。スマラクト様は、玄関でヴィルヘルムさんに降ろされてちょっと不服そう。でもね、室内で肩車は無理だと思う。ヴィルヘルムさんの背が高いのもあるし、ここの里の建物が、全体的に天井が低いのもあるし。スマラクト様の頭、天井擦っちゃうよ。
そうして部屋に戻ってきた僕達は、のそのそと着替えを済ませ、お布団に潜り込んだ。すると、すぐに隣の布団、スマラクト様から寝息が聞こえてくる。さっきまではしゃいでいて元気だったけど、意外と疲れてたんだね。
僕は何だか眠れない。ごろり、ごろりと寝返りを打っていると、スマラクト様とは反対側の隣、カインさんからくすりと笑い声が聞こえた。そんな彼の方に寝返りを打つ。
「眠れませんか?」
「うん。疲れてるんだけど、何だか目が冴えちゃってるの」
「ありますよね、そういう事」
そう言ったカインさんが僕のお腹のあたりをトントンしてくれる。大人しく寝なさいねっていう圧を感じるな。
「あのね、トントンよりね、手、つないで欲しい……」
駄目かな? 流石に甘えすぎかな? 甘えても良いんだよって言われて、調子に乗りすぎたかな? 断られたりなんて、したりして……。でも、それは杞憂だった。再びくすりと笑ったカインさんが手を差し出す。
「どうぞ」
差し出された手を僕はおずおずと握った。自分から言い出した事だけど、ちょっと照れ臭い。それにしても、温かくて大きい手だ。節ばっていてごつごつしているのは、剣を持つ人の手だから。たくさんたくさん戦って、僕の想像も及ばないくらいの壮絶な体験だってしたんだろうな。
「カインさん、変な事聞いて良い?」
「何です?」
「カインさんは何で結婚しなかったの?」
「何故と聞かれると少し困りますが……。強いて言えば、相手の人生に責任を持てなかった、いえ、持ちたくなかったからですかね……」
「責任……」
「ええ。幸せにする責任とでも言いますか……。そういうのを重いと感じてしまったんですよね……」
「そっか……」
僕は握っている手を見つめた。責任か……。結婚して子どもがいたら、子どもとこうして手をつないで寝ることだってあったはず。そういうのも、カインさんは望んでいなかったという事で。やっぱり調子に乗りすぎたかも……。
「じゃあ、僕、迷惑……?」
「随分、話が飛躍しましたね」
カインさんがくすくす笑う。でも、結婚して子どもが欲しいなって思わなかったって事は、親になりたいなんて思わなかったって事で。僕の父親代わりをじーちゃんから引き継ぐって言ってくれたけど、カインさんに無理させるくらいなら、父親代わりなんていらない……。
「だってぇ……」
「こういうのも悪くはないと思ってますよ。坊ちゃまが小さい頃にもよくやって差し上げましたが、妻や子がいても良かったのかもしれないと思わずにはいられませんでした。まあ、その頃には適齢期をとっくに過ぎていましたし、望むべくもなかったのですが……」
「じゃあ、迷惑じゃない?」
「ええ」
「僕がたくさん甘えても嫌にならない?」
「ええ」
微笑んで頷いたカインさんを見て、僕はホッと安堵の息を吐いた。
「じゃあさ、じゃあさ」
「はい?」
「父さんって呼ばれるのは? 嫌?」
僕の言葉に、カインさんは戸惑ったようだった。そんな雰囲気が漂ってくる。流石にこれは図々し過ぎたか……。
「ごめんなさい……。今の無しで……」
甘えて良いんだよ、迷惑じゃないよって言われてちょっと浮かれ過ぎてた。普通、自分の子じゃない子にお父さんなんて呼ばれたくないよ。ちょっと考えれば分かる事だったのに……。
「……無しで、本当に良いのですか?」
「え?」
「今の提案。忘れても良いのですか?」
「だって……。嫌でしょ……?」
「驚きましたけど、嫌ではありませんよ」
「本当……? 図々しかったかなって思ったけど、そんな事無い?」
「ええ」
「本当に本当? 父さんって呼んで良いの?」
「ええ」
「じゃあ……。父さん……」
おずおずと呼んでみる。すると、カインさん――父さんはにこりと笑ってくれた。
「はい」
「父さん」
「はい。何でしょう?」
「父さん!」
「はいはい。分かりましたから、もう寝なさい」
カインさんは苦笑しながらそう言うと、僕の手を離し、僕の頭を優しく撫でてくれた。手つないでるのも良かったけど、こっちも悪くない。僕はそう思いながら目を閉じた。




