父親 7
みんなで熱々のスープに舌鼓を打っていると、一足先にお腹いっぱいになってしまったのだろうサーシャが、残っていたスープを獣王様にはいと渡し、かまくらの出入り口へと向かった。そうして外を覗く彼女のお尻には獣の尻尾が出ていて、それがゆっくりゆらゆらと揺れている。
「どうした、サーシャ? 何か気になるものでもあったか?」
獣王様の言葉に、サーシャは振り向かない。外を見つめたままだ。
「んー。静かだなって……」
サーシャの言葉にふと思う。ここはお祭り会場。外にいくつもあるかまくらの中では、各々宴会の真っ最中のはずだ。それなのに、その騒がしさは一切ない。サーシャの言う通り静かだ。
「雪が降っておるからの。雪が音を吸収しているんじゃよ」
そう言ったのはローベルトさんだ。その言葉にサーシャがほうほうと頷いている。
「お祭りなのに静かなのって変なの……」
サーシャは獣王様の元に戻って来た。と思ったら、その膝の上によいしょと座った。そんな彼女の頭を、獣王様がよしよしと撫でる。
「いつも賑やかな祭りばかりだったからな」
「うん……」
サーシャは静かすぎて不安になってしまったのだろうか? 獣王様の膝の上に乗ったのも不安の表れなのかな?
「だがな、静かでもそれぞれ祭りを楽しんでいるのだぞ。後で他のかまくらを覗きに行ってみるか?」
「いい……」
興味がないわけじゃないんだろうけどこの反応……。もしかして、静かすぎて外が怖くなっちゃったとか?
「何だ。怖いのか、サーシャ!」
そう言ったのはスマラクト様。ああ……。そういう言い方すると……。
「怖くないもん!」
サーシャは眉を吊り上げて立ち上がった。そして、たたたっとスマラクト様に駆け寄ると、彼の頭をべしっと叩く。こうなる事は分かりきっていた。サーシャは口より先に手が出るタイプだから。
「こら! サーシャ!」
「スマラクトが悪いの! 嫌な事言ったから!」
「嫌な事を言われても、叩いたら駄目だ!」
そして、獣王様に注意されるこの展開も分かりきっていた。このままいくと、サーシャがお昼寝の時のように泣いてしまう……。せっかくのお祭りなのに……。
「よいよい、獣王。幼子のやる事だ」
そう言ったスマラクト様はご満悦って顔をしていた。分かっていた事だけど、スマラクト様ってかなり変わっている。叩かれて喜ぶとは……。しかも、わざと叩かれるようにサーシャを誘導したでしょ?
「しかし――」
「良いか、サーシャ。僕以外の者は叩いては駄目だぞ? 喧嘩になってしまうし、嫌われてしまうからな。それが約束出来るのなら、僕の事はいくらでも叩いて良いぞ!」
「スマラクトは、あたいが叩いても嫌いにならないの?」
「うむ! 僕にとってはご褒美だからな!」
「分かった。叩くの、スマラクトだけにしとく」
「良いのだろうか、これで……」
素直に頷くサーシャと頭を抱える獣王様。獣王様の不安はもっともだ。将来が心配になるよね、サーシャも、スマラクト様も。
「坊ちゃまがそれで良いと言っているのですから良いのではありませんか……」
カインさんはちょっと諦めたというか、投げやりというか、そういう言い方だった。たぶん、思うところはあるんだろうけど、スマラクト様の矯正は諦めているんだろう。
「割れ鍋に綴じ蓋だと思って諦めるんじゃな」
ローベルトさんは苦笑しながらそう言った。アキムさんもそれに同意するように苦笑しながら頷いている。この二人も、サーシャの口より先に手が出るところを矯正するのは半ば諦めているのかもしれない。まあ、この二人がサーシャに叩いたら駄目だって怒ったら、サーシャに嫌われちゃうのは目に見えているしね。スマラクト様以外叩かないって約束するのなら、様子見でも良いかなって感じなのかな?
「スマラクトって変わってるよねぇ」
スマラクト様の頭や背中をぺちぺちぽこぽこ叩きながら、サーシャがそう口にする。叩かれているスマラクト様はご満悦の顔だ。
「叩かれて嬉しそうにする人、あたい、初めて見た」
「そうか? そんな珍しいものでもないだろう」
いや。珍しいよ。普通は叩かれたら嫌な気持になるし、叩いた人を嫌いになるよ。そんな、ご満悦な顔になったりしないよ。
「あんたみたいなのがそこら中にいてたまるかよ……」
ぽつりとカインさんが呟く。本音が駄々洩れだし、素が出てる。僕は思わず苦笑してしまった。
「天才とナントカは紙一重というからの。凡人には理解出来ん部分があるものなんじゃろ。大物になるぞ、スマラクト坊は」
そう言って、ローベルトさんがひょっひょっひょっと独特の笑い声を上げる。何気に、ローベルトさんってスマラクト様の事、気に入ってるよね。ボードゲームの好敵手だからなのかな?
「まあ、言う事も分かるのですが……」
将来が心配。その一言に尽きると思う。カインさんは深々と、それは深々と溜息を吐いた。苦労してるんだね、カインさん。
「幼子の将来を悲観していても仕方ありませんし、ここらで余興といきましょうか」
そう言ったヴィルヘルムさんが何もないところから笛を出す。たぶん、投げナイフと同じ要領で取り出したんだろう。でも、何度見ても不思議だ。どこに隠してたんだろうとか、どうしたら何もないところから出しているように見えるんだろうとか。僕と同じように、サーシャもスマラクト様もヴィルヘルムさんを興味津々に見ていた。
「ヴィルヘルム殿は多才ですな」
そう感心したように言ったのはアキムさん。確かに、彼の言う通り、ヴィルヘルムさんって多才だと思う。剣はもちろん、料理でしょ、投げナイフでしょ、笛の演奏。色んな事が出来るよね。
「私よりも多才なのがいますけどね」
ヴィルヘルムさんがカインさんをちらりと見る。確かに、カインさんも多才だ。剣も魔術も一流で、料理も出来るし、投げナイフも出来るみたいだし。果たして、彼に苦手なものはあるのだろうか……? 真剣にそんな事を考えてしまうほど、カインさんは何でも出来る。
「じいも出来るのか!」
そう言って、目をキラキラ輝かせるスマラクト様。意外。付き合いの長い二人だから、カインさんが出来る事は全部、スマラクト様は把握していると思ってたのに。
「笛が出来るのはご存じでしょう? 昔、坊ちゃまにせがまれて、さんざん吹いて差し上げたはずですよ。お忘れですか?」
「違う! さっきの! ヴィルヘルムがやってた、笛を取り出すのだ!」
「これですか?」
そう言って、カインさんはパッと手の中に小さなナイフを取り出した。ヴィルヘルムさんが言っていた通りだ。カインさんも投げナイフを仕込んでたんだ!
「それだ! どうやるのだ! 僕にも出来るのか!」
「興味持つのがこれとは……」
やれやれと、カインさんが溜息を吐く。でも、僕はスマラクト様だって興味持つと思ってたんだ。似た者同士のサーシャが興味持ってたくらいだからね。
「僕も出来るようになりたい! じい、教えろ!」
「あたいも! おじちゃん、教えて!」
キラキラ目を輝かせる二人の圧が凄い。カインさんが気圧されてる……。
「こんなの使えても、何の役に立たないでしょうに……」
「だが、出来たら格好良いぞ!」
「そーだ、そーだぁ!」
二人とも、何が何でも教えてもらうつもりだな……。苦笑しながら事の成り行きを見守っていると、笛の音が鳴りだした。僕はナイフを取り出す練習より、笛、聴いてたい。
「ちょっと! 静かにしててよ、二人とも! 笛の音、聞こえないでしょ! せっかくヴィルヘルムさんが吹いてくれてるのに!」
「む……。すまない。じい、スプーンでも出来るのか?」
僕に謝った後、スマラクト様は囁くような小声でカインさんに話しかけていた。そして、スープを食べていたスプーンで袖口からの取り出し方を教えてもらっている。サーシャもスマラクト様と一緒になって練習を始めていた。
僕と獣王様、ローベルトさん、アキムさんの四人でヴィルヘルムさんの笛を聞いて過ごす。綺麗な音。それに、綺麗な曲。雪がしんしんと降る今の情景にぴったりだ。そうして少しの間、ヴィルヘルムさんの笛を聞いて過ごしていると、僕の隣にちょこんとサーシャが座った。スプーンを取り出す練習にもう飽きちゃったみたい。一方、スマラクト様はまだ真剣な表情で練習している。年齢的なものなのか何なのか、サーシャはスマラクト様よりも飽き性みたいだ。
「お祭り、楽しいね……」
そう言ったサーシャだけど、その顔はちょっと浮かない。言っている事と雰囲気が合っていないような……。
「それにしては浮かない顔だね」
だから僕は率直にそれを口にした。サーシャは楽しくないのに楽しいと言う子ではない。でも、何か思うところがあるんだと思う。
「あのね……ルカがね……」
「奥様?」
「うん。ルカね、怪我してお祭り参加出来なかったでしょ?」
奥様は絶対安静で、今頃、お屋敷で寝ているはずだ。昨日の今日でお祭りには参加していないだろう。
「そうだね」
「美味しいごはんも食べられなかったしね、楽しい事も出来なかったんだなって……」
ああ、そうか。奥様の事を思い出して、ちょっと申し訳なくなったんだ。
「それにね、独りぼっちで寝ててね、寂しいと思うの……」
「独りぼっちではありませんよ」
いつの間にか笛を吹くのを止めていたヴィルヘルムさんがそう答える。そんな彼の言葉にサーシャは首を傾げた。
「奥方にはアレクが付き添っていますから。それに、アルバートが食事を届けているでしょうし、美味しいものも食べています」
「でも、せっかくのお祭りなのに楽しくないよ……」
「それは……そう、ですね……」
ヴィルヘルムさん、もうちょっと頑張ってよ! そんな事無いよって、サーシャを元気付けてよ! 一緒になってしょんぼりしないの!
「こういうのはどうだ!」
そう声を上げたのはスマラクト様だ。みんなの注目が彼に集まる。と、彼は得意げな顔でパッとスプーンを手の中に出した。と思ったら、パッと手の中のスプーンが消えた。次の瞬間、消えたはずのスプーンがスマラクト様の足元に落ちた。取り出すのは成功したけど、しまうのは失敗したみたい。彼は気を取り直すように咳ばらいをすると、足元に落ちていたスプーンを拾った。
「奥方が祭りを楽しめていないと思うのなら、楽しませてやれば良いんだ!」
何事も無かったかのように、両手を広げて自信満々そう言うスマラクト様。
「でも、今みたいに失敗したら楽しませられないよ……」
「失敗しないものをすれば良いんだ! サーシャは何が出来るのだ?」
スマラクト様の問いに、サーシャは助けを求めるような顔で獣王様を見た。何が出来るって、改めて聞かれると困るよね。
「この子が出来る、余興になるようなものか……」
獣王様が腕を組み、難しい顔で考え込む。と、そのすぐ隣に座っていたアキムさんが苦笑しながら口を開いた。
「姫様は歌がお上手ですよ」
「ほう、歌か! よし、サーシャ! 歌ってみろ!」
スマラクト様にそう言われたサーシャがアキムさんを見る。すると、彼は優しく微笑みながら頷いた。サーシャがおずおずと歌い出す。歌う曲は、僕でも知っている童謡だ。アキムさんが言った通り、年の割に上手かもしれない。音程、ちゃんと取れてる。
そんなサーシャの歌に合わせるように、ヴィルヘルムさんが笛を吹く。確かに、これなら余興になるな。うん。
「僕も歌うぞ! アベルもだ! 歌え!」
「え? 僕も?」
「もちろんだ!」
答えたスマラクト様が歌い出す。言っちゃ悪いけど、スマラクト様よりサーシャの方が上手かもしれない……。歌うスマラクト様に突っつかれ、僕も歌い出す。そうして三人で一曲歌ってみた。
「どうだ、じい! 奥方への余興になりそうか!」
「ええ。三人とも、大変お上手でした」
拍手をするカインさんがスマラクト様の言葉に笑顔で頷く。どうやら、奥様への余興はこれで決まりのようだ。まあ、これなら大失敗することもないだろうし、無難だと思う。
「では、明日、奥方に披露しよう!」
「今日じゃないの?」
サーシャの疑問はもっともだ。僕もてっきり、今から披露しに行くのかと思った。
「奥方は昨日怪我をしたばかりなのだから、今日はゆっくり休ませてやろう。明日の昼にでも披露するぞ!」
「分かった!」
「では、声が枯れるまで練習するぞ!」
「お~!」
サーシャとスマラクト様は盛り上がってるけど……。声が枯れるまでって……。そこまで練習したら、明日、のどが痛くて歌えなくなっちゃうよ。程々にしようよ、程々に……。




