父親 6
温泉に入ってお祭り会場に行くと、会場の中央に巨大なかまどが出来上がっていた。魔術で作ったのだろうそれには火が入れられ、子どもなら二、三人は入れるだろうこれまた巨大なお鍋でお湯を沸かしている最中だった。至る所でかがり火が焚かれ、お祭り会場は昼のように明るい。
「冬の祭りは、里の皆で協力して鍋を作ります」
カインさんの簡単な説明に、みんなほうほうと頷く。僕もカインさんに抱っこされながら頷いた。鍋というのは、毎食食べていた、スープの親戚みたいな料理だろう。調理器具であるお鍋を作るって事は無いと思う。
「そこで、皆様の料理経験をお伺いしておきますが――」
自信を持って料理が出来ると言えるのは、カインさんとヴィルヘルムさんだけだった。僕と師匠、アキムさんは下ごしらえと簡単な料理なら何とかって感じ。スマラクト様、サーシャ、獣王様、ローベルトさんの四人は、全く料理経験なし、と。まあ、料理経験なしの四人は王族だしね。そう考えると、アキムさんが王族なのに簡単な料理が出来るっていうのが凄いんだと思う。
「料理経験がない四人は、野菜を千切る係ですね」
カインさんがそう言って、お祭り会場の一角を見る。視線の先には小さな子ども達。この里の中でも特に小さい子が集められているようだった。女の人二人に見守られながら、一生懸命、葉野菜を千切っていた。
「アベルはどうします? 坊ちゃまもいますし、野菜を千切る係に行きますか?」
優しい口調でそう聞いてくれるカインさん。僕はスマラクト様と葉野菜を千切っている小さな子達を見比べた。里の子達は、サーシャくらいの子や、それよりも小さい子ばかり。あの中に入って一緒に作業するの、ちょっと嫌だ。だから、僕はフルフルと首を横に振った。
「そうすると、野菜や肉の下ごしらえか、火の番になりますが……」
「カインさんは? どっち?」
「火の番は力仕事もありますし、それは若手に任せて、野菜と肉の下ごしらえですかねぇ……」
「じゃあ、僕も!」
一緒! 一緒にする! テンションが上がって足をばたつかせながら身体を揺する。すると、カインさんが苦笑した。
「アベル。暴れると落ちますよ?」
「一緒にするの!」
「分かりましたから」
「アベルー。抱っこされてる時はしっかり掴まって、暴れたら駄目なんだよー。父ちゃん、いつも言ってるもん」
見ると、サーシャは獣王様に抱っこされたまま大人しく獣王様にしがみ付いていた。僕はハッとして、身体を揺するのをやめた。抱っこされてる時は大人しく、ね。うん。覚えた。
「とすると、私は火の番ですかね」
ヴィルヘルムさんが声を上げる。と、アキムさんがはいと手を挙げた。
「私も火の番に行きましょう。体力だけは自信がありますから」
「俺も火の番にすっかな。火の扱いには自信があるし、族長もいるみたいだしな」
師匠の視線の先には、かまど近くで指示出しをする族長さん。族長さんと師匠は友達みたいだし、一緒に作業したいのも分かる。
「では、分担はそのように」
カインさんの号令で、各々、作業場に向かって歩き出す。僕もカインさんに抱っこされたまま作業場へと向かった。
作業場は、男の人のグループと、女の人、子どものグループに分かれていた。男の人のグループは、魔物を解体したりといった、お肉の下ごしらえをしている。女の人と子どものグループはお野菜の下ごしらえをしていた。
「アベルはこっちで。私は肉の方に――」
野菜の下ごしらえをしているグループの所で僕を下ろしたカインさんがそう口にする。僕は思わず叫んだ。
「一緒にするッ!」
「しかし、肉の処理は力仕事ですよ?」
「知ってる!」
「怪我もしていますし、こっちの方が良いんじゃないですか?」
「嫌! 一緒に作業するの! それに、怪我してるの、カインさんも一緒だもん!」
「確かに」
苦笑したカインさんが手を差し出す。僕はその手をギュッと握った。そうしてお肉の準備していたグループに入る。
僕とカインさんの役目は、塊肉を薄切りにする事になった。これなら力もいらないし、怪我にも障らない。僕達に気を遣って、この役目を回してくれたのはアルバートさんだった。サーシャが小さい兄ちゃんって呼んでいる、族長さんの息子さんのお屋敷の使用人のお兄さん。彼は僕達の怪我の状況も知ってるからね。彼とカインさん、僕の三人横並びでお肉を薄切りにしていく。
「あ。筋発見!」
ナイフで筋の取り残しを切り取る。他には無いかなぁ? あ。また発見! んもぉ。この塊肉、下処理が甘いよ!
「流石にと言うか、慣れていますね」
「へへへ」
カインさんに褒められた。里にいる頃には辛い作業だったし、あんまり好きな仕事じゃ無かったけど、こうして褒められると悪い気はしないし、作業も楽しくなっちゃうな。
「やけに肉の扱いに慣れていますね。小さいのに珍しい」
僕の事情なんて知らないアルバートさんが不思議そうに僕を見る。僕はえっへんと胸を張った。
「僕ね、獣の解体の仕事してたの!」
「仕事? そんな小さいのに?」
「うん!」
「あ。家業が獣の解体だったとかですか? その手伝い?」
「ん~……。似たような感じだけど、違うような気もする……」
家業が獣の解体というのは合ってると思う。母さんも同じ仕事してたし。でも、手伝いでは決してなかった。だって、母さんが生きている頃は母さんと同じ仕事量を求められていたし、母さんが死んじゃってからは母さん以上の仕事量を求められていたから。
「文字通り仕事だったんですよ。この子の」
「だって、それじゃ――」
何かを言い掛けたアルバートさんが口を噤む。カインさんの視線に気が付いたからだろう。彼は、この話題にはもう触れてくれるなって、目で語っていた。
そんな僕達の元に、どっさりと塊肉が運ばれて来た。おお。お肉がたくさん! これだけたくさんのお肉があったら、みんなでお腹一杯食べられる! 目をキラキラ輝かせる僕とは対照的に、カインさんとアルバートさんはげんなりした顔をしていた。
筋の取り残しを取って、塊肉を次々と薄切りにしていく。んふふ。お肉、お肉っ!
「お~。ちびちゃん、早いなぁ」
「上手だねぇ、ちびちゃん」
いつの間にか手伝いに来ていた、獣の解体をしていたおじさん達が口々に僕を褒めてくれる。褒められて悪い気はしない。でも、気になるのは僕の呼び名。ちびちゃんって……。
「僕、ちびちゃんじゃないよ。アベルだよ」
「そっかそっか。おお。ちびちゃん、筋もちゃんと取ってくれてるのか。マメだなぁ」
名前を教えても、おじさん達は誰も僕の名前を呼んでくれない。愛称だと思って諦めるしかないのだろうか……。
そうしてお肉の処理を終えると、僕達はお肉を持ってかまどに向かった。巨大なお鍋からは湯気がもうもうと上がっている。でも、僕の身長じゃ、中がどうなっているのかは見えない。でも、見えないものほど見たくなるのが人間というもので。背伸びをしてみるも、それくらいじゃお鍋の中は見えない。
「中、気になりますか?」
背伸びする僕に気が付いたカインさんが苦笑しながらそう言う。僕はこくこくと頷いた。
「これ、お願いします」
カインさんが手に持っていたお肉を火の番の人に渡し、続いて僕が持っていたお肉も渡してくれる。そうして僕を抱っこしてくれた。おお。お鍋の中、お野菜とお肉がたくさん! ぐつぐつ沸き立ってる! 追加のお野菜投入! どっさり入れられた葉野菜がみるみるうちにしんなりしてくる。ここで調味料投入! 塩だろう白い粉と茶色の謎の液体調味料。ああ。良い匂いがしてきた。ぐううぅぅと良い音を立ててお腹の虫が鳴く。
「お腹空きましたね」
カインさんの言葉にこくりと頷く。すると、彼はどこかに向かって歩き出した。ああ。お鍋~! ずっとかまどの方を見続ける僕を見て、カインさんがくすくす笑う。
「もうすぐ食べられますよ」
「あれで出来上がり?」
「ほぼ完成です」
「ほぼ? じゃあ、まだ食べられないの?」
「小鍋に配ったら食べられますよ」
小鍋に分けて……。あの巨大なお鍋から直接もらえるわけじゃないのか。ちぇ。
「ヴィルヘルムが持って来てくれるでしょうから、少し待っていましょうね」
そう言ってカインさんが僕を下ろす。目の前には、昨日からみんなで一生懸命作ったかまくら。と言っても、僕達は仕上げをしていないから、完成はまだ目にしていなかった。
僕がギリギリ屈まなくても良いくらいの高さしかない入り口をくぐる。中は思っていた以上に広々としていた。
「広~い!」
「おお。アベルも来たか!」
一足先に作業が終わっていたらしいスマラクト様とサーシャ、獣王様とローベルトさんは既に敷物の上に座って寛いでいた。僕も入り口で靴を脱ぎ、スマラクト様のお隣にちょこんと座る。と、そんな僕の隣にサーシャが移動して来て、子ども三人が横並びになった。スマラクト様の斜め前にカインさんが座り、サーシャの斜め前に獣王様が座り直す。かまくらの中央には小さなかまど。ここにお鍋を置くんだろう。
今か今かと待っていると、お鍋を持ったヴィルヘルムさんがやって来た。一緒に来たアキムさんは、何やらバケツのような物とトングみたいな物を持って、手には分厚い革の手袋をはめている。アキムさんが持っていたのは火がついた炭だった。かまくらでは薪じゃなくて炭を使うのか。
「グリンマー殿は、例の如く族長と酒盛りするそうです」
お鍋の準備をしながらヴィルヘルムさんがそう報告してくれる。あはは。やっぱり。師匠の目的は、族長さんと酒盛りする事だもんね。
ヴィルヘルムさんとアキムさんがテキパキと準備してくれたお蔭で、すぐに配膳の準備が出来た。ヴィルヘルムさんが順番にお鍋を配ってくれるのをじっと待つ。彼は、スマラクト様には器に半分くらい、サーシャには器に三分の一くらいの量を配膳していた。それを見て思う。彼は今までの食事で、二人がどれくらい食べられそうか見ていたのではないか、と。無口だし、何を考えているのか分かり難い人だけど、ちゃんとそういうのは見ていそうだな、なんて。
獣王様、アキムさん、ローベルトさんと配膳をして、やっと僕の番! 無言で差し出されたヴィルヘルムさんの手に、自分の器をはいと渡す。彼はそれを無表情で受け取ると、たっぷりと鍋をよそってくれた。
うわぁ。お肉、たっぷり入ってる! お野菜も多め。その分、汁は少なめだ。獣王様やアキムさんと比べると若干量が少ない気もするが、ローベルトさんのよりは断然多い。うふふ。
「何やら、アベルのは量が多いな」
自分の器と見比べたスマラクト様がそう口にする。すると、サーシャも自分の器と僕の器を見比べた。
「本当だ。アベルの、大盛だ!」
「僕、たくさん食べるんだも~ん!」
うふうふと笑いながらそう答える。すると、スマラクト様が不服そうにフンと鼻を鳴らした。
「ヴィルヘルム、僕にもこれくらいよそえ」
スマラクト様はそう言って、器をヴィルヘルムさんに差し出した。サーシャまでもが器を差し出しておかわりを要求している。
「お二人とも、食べきれますか?」
ヴィルヘルムさんの心配はもっともだ。特にサーシャ。大丈夫なの?
「サーシャの分は、食べきれなかったら我が食べるゆえ、よそってやってくれ」
獣王様が苦笑しながら答える。じゃあと、ヴィルヘルムさんはサーシャの器を受け取り、追加をちょろりと入れた。ホクホク顔のサーシャ。面白くないのはスマラクト様だ。
「じい! ヴィルヘルムが! 追加で入れてくれない!」
「坊ちゃまが残した分、誰が食べるんですか……」
呆れたようにそう言ったカインさんの言葉に、スマラクト様がぐぬぬと唸る。
「僕、食べてあげるよ」
もったいないし。どうせ、残す量なんて大した事無いから、追加で食べるくらい出来ると思うんだ。
「だから追加で入れてあげてよ、ヴィルヘルムさん」
「それで良いんですか?」
ヴィルヘルムさんの言葉は僕に向けてじゃなかった。器を差し出しているスマラクト様に向けてのものだった。何故?
「吐いても食べるッ!」
「吐かないで下さい」
スマラクト様の宣言にそう答えたヴィルヘルムさんが、スマラクト様の器にちょろりと追加を入れた。吐いてもって……。せっかく里のみんなで力合わせて作ったんだから……。ヴィルヘルムさんの言う通り吐かないでよ、スマラクト様。もったないからね。




