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のけ者エルフのセレンディピティ  作者: ゆきんこ
第三章

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父親 5

 遠くの方から人が近づいて来るような気配を感じ、僕は目を覚ました。すっきり爽やかな目覚めじゃないけど、二度寝をするほど眠くもない。良い感じにウトウト出来たみたい。


「起きましたか」


 僕の隣に座ってこたつに当たっていたカインさんがそう口を開く。小声なのは、まだ、スマラクト様やサーシャ、ローベルトさんが眠っているからだろう。


「お祭りの準備、終わったのかな?」


 そう言いつつ、僕は目を擦って伸びをした。こたつに当たりながら、ローテーブルに突っ伏すように寝てたから、首と肩が凝り固まってしまった……。


「みたいですね。思ったよりもだいぶ早く終わりましたね」


 そんな話をしていたら、部屋の襖がスッと開いた。襖の先には、師匠、ヴィルヘルムさん、獣王様、アキムさん。お祭りの準備をしてくれていた面々だ。


「おお。よく寝ているな」


 そう言って獣王様が笑う。その隣でアキムさんが苦笑していた。小さいサーシャと大人のローベルトさんが揃ってお昼寝していたら苦笑だって出てしまうだろう。


「サーシャ。祭りの準備が終わったから温泉に行こう」


 そう言った獣王様がサーシャのすぐ傍に屈み、彼女の肩を揺する。サーシャはちょっとむずがるように唸った。まだ眠いようだ。


「サーシャ。温泉に行こう」


「おん……せん……」


「そうだ。温泉だ」


「温泉!」


 がばっとサーシャが跳ね起きた。その目はキラキラ輝いていて。どれだけ温泉好きなのさ、サーシャってば。


「アベル! 温泉!」


「うん。スマラクト様とローベルトさんが起きたら一緒に行こうね」


 僕がそう言うと、サーシャは寝ている二人を見た。と思ったら、こたつから這い出し、ローベルトさんの傍に寄る。


「じい。温泉!」


「ん~」


 揺するサーシャの手を逃れるように、ローベルトさんが寝返りを打つ。でも、そんな事でサーシャはめげない。


「温泉だよぉ! ねえぇ! じい! 一緒に行こうよぉ!」


「おんせん……。温泉、か……。よし……行くかのぉ……」


 まずは第一関門突破。ローベルトさんはすぐに起きてくれた。ぬぼ~っとした顔をしているのはご愛嬌。


「スマラクト! 温泉だって!」


 今度はスマラクト様の傍に寄ったサーシャが、ゆさゆさと彼を揺する。でも、それくらいじゃ、うちのスマラクト様は起きないよ。寝坊助だから。幸せそうな顔ですやすや眠り続ける彼を見て、サーシャは頬を膨らませた。


「スマラクトー! 温泉ー! 起きてよー!」


 力いっぱい揺するものだから、スマラクト様がぐわんぐわんと揺れている。でも、起きない。


「スマラクトってばぁ! 起きろー!」


 我慢の限界とばかりに、サーシャがスマラクト様の頭を引っ叩いた。それに驚いたのは獣王様だ。サーシャがスマラクト様を起こすの、初めて見るんだもん。驚いて当たり前だ。


「やめなさい、サーシャ! 叩いたら駄目だ!」


 振り上げたサーシャの手を掴み、強い口調で獣王様がそう口にする。普通の感覚なら、娘が友達を引っ叩いたら驚くのが当たり前だし、止めるのが普通。怒るのだって当たり前なんだろう。


 でもね、叩かれた本人を見て下さいと僕は言いたい。場違いに幸せそうな顔をしているとは思いませんか?


「だって! スマラクト、起きないんだよッ!」


「起きないからといって、叩いたら駄目だ!」


「起きない方がいけないの!」


「いや。叩く方がいけない! サーシャだって叩かれたら嫌だろう? きっと、スマラクト殿も嫌がって――」


 そこまで言って、獣王様は気が付いたらしい。スマラクト様が幸せそうな顔で寝続けている事に。ちょっとの間、言葉を無くした獣王様。でも、気を取り直すように咳ばらいをすると、口を開いた。


「自分がされて嫌な事は、人にはやっては駄目だ。たとえ嫌がっていないように見えても、本心では嫌だと思っているかもしれないのだから。皆に嫌な事をしていたら、サーシャが嫌われ者になってしまう。そうはなりたくないだろう?」


「うん……」


「だったら、人を叩いたら駄目だ!」


 すみませんねぇ。うちのスマラクト様、お子様の教育上、ちょっと難点がある人なんですよ。でも、根は良い人ですから。器は大きいし、洞察力や考察力は申し分ないので。教育的にどうなんだって思う所は、目を瞑って下さると有り難いです。はい。


「怒られちゃった……」


 しょんぼりしたサーシャの目がウルウルしている。でも、獣王様はサーシャが嫌われ者にならないように怒ってくれたんだよ。乱暴だと、スマラクト様以外の人達みんなにサーシャが嫌われちゃうかもしれないからね。父親として、それは看過出来ない問題だと思う。


 父親として、か……。お説教だって愛情の裏返し。どうでも良い子にはお説教しない。だって、それで泣かれたら面倒だから。それに、それで嫌われたら、色々と不都合が出て来る訳で。絶対に嫌われない信頼関係があるからこそ出来るのがお説教だ。


 アキムさんとサーシャの関係が分かりやすい。アキムさんはサーシャの面倒をよく見ていると思う。でも、まだお説教するような場面に出くわした事は無い。サーシャがどうなのって行動をしていても、やんわり注意する程度。強い口調での注意はしていない。僕とカインさんだって……。大きな溜め息を吐く。


「スマラクト様! いい加減起きなよッ!」


 こっそりと、こたつの中でスマラクト様の足を蹴っ飛ばす。これは八つ当たりだ。分かっているのにイライラが止まらない。


「ん~……」


「スマラクト様のせいで、サーシャが怒られちゃったよ! 泣いてるよ!」


「泣いて……?」


 スマラクト様の目が薄らと開いた。そして、目をウルウルさせているサーシャを見る。


「スマラクトのせいで怒られちゃったよぉ!」


 スマラクト様の視線に気が付いたサーシャが、わっと声を上げて泣き出した。スマラクト様が慌てて起き上がり、オロオロとしだす。


「な、何があった? 怒られたとはどうしたのだ? 泣いていたら分からないだろう?」


「うわぁ~ん!」


「す、すまなかった。僕が悪かったのだな。謝るから、泣くのは止めるんだ」


 必死にサーシャをなだめるスマラクト様がちょっと面白い。でも、あんまり困らせるのもかわいそう。だから、助け舟を出す。


「サーシャ。スマラクト様も起きたし、一緒に温泉行こう? 楽しみにしてたんでしょ?」


「でもぉ! 父ちゃん、怒ってるー! あたいと一緒に温泉、行きたくないってぇ!」


 えぇ……。そんな事、誰も一言も言ってないよ。サーシャの勝手な解釈だよ。


「だ、大丈夫だよ。もう怒ってないよ。一緒に温泉行きたいよ、きっと」


「そ、そうだぞ、サーシャ。我はもう怒っていないぞ。一緒に温泉に行こう」


 獣王様もちょっと慌てている。怒ったというか、注意した口調だったのに、サーシャにとってみたら烈火の如く怒られた感じなんだろう。まあ、小さい子にはありがちといえばありがちなのかもしれない。


「本当……? ひっく……。父ちゃん、もう、怒ってない……?」


「う、うむ。もちろんだ」


「あたいの事、嫌いになってない?」


「嫌いになどなるはずがないだろう!」


「じゃあ、抱っこ……」


 抱っこして連れて行けって? んもぉ。サーシャってば、どこまで甘えん坊なのさ。獣王様は獣王様で、目尻を下げてサーシャを抱っこしてるし。この仲良し親子め!


「な、何だったんだ……」


 すっかり疲れた様子のスマラクト様がこたつから這い出す。災難と言えば災難だった。でも、これもスマラクト様の寝起きの悪さが原因だ。


「坊ちゃまは、きちんと起きる練習をして下さい。何なのですか、その寝起きの悪さは」


 カインさんの言葉に、僕もうんうんと頷いた。


「そうだよ。サーシャが優しく起こしているうちに起きないから」


「二人して、耳の痛い事を言わないでくれ……」


 そんな話をしながら部屋を出る。うわ。寒い! 日が落ち始めて、どんどん気温が下がっているみたい。奥様がくれた袢纏があっても、これは寒い!


 寒い廊下を抜け、玄関を過ぎ、外に出る。その少しの間にも日はどんどん沈んで来ていて、辺りは暗くなり始めていた。


「天気が悪いせいで、暗くなるのも早いですね」


 カインさんが言った通り、空には雲がかかり、大粒の雪が舞っている。


「父ちゃん、あったか~い!」


「サーシャも温かいぞぉ!」


 獣王様に抱っこされているサーシャと、サーシャを抱っこしている獣王様は、二人でぴったりくっついているから温かいようだ。ニコニコとご機嫌に笑っちゃってさ。さっきまで、サーシャは泣いてたくせにさ。ケッ! 面白くないの!


「アベル?」


「何ぃー?」


 隣を歩くカインさんに呼ばれ、僕は返事をした。声は、思っていた以上に不機嫌そうで。いけない、いけない。こういう声で返事をしたら嫌われちゃう。僕は不機嫌じゃない。不機嫌になんてなってないよ。


「抱っこ、してあげましょうか?」


 思いがけない提案に僕は驚いて、すぐ隣を歩くカインさんを見上げた。彼は目を細め、優しく笑っている。


「え。あ……。え? 抱っこって……」


「サーシャ様が獣王様にしてもらっているように」


「で、でも! カインさん、腕、怪我して――」


「幼子を片腕で抱えるくらいは容易い事ですが?」


 そ、そりゃ、オーガ族は力自慢の部族だし、片腕で僕を抱っこするくらいは出来るんだろうけど……。良いのかな……?


「でも……」


 嬉しい提案。でも、恥ずかしい気もする。もじもじしながら言い淀んでいると、スマラクト様が盛大に溜め息を吐いた。


「アベルは遠慮し過ぎだ。じいに対しても、僕に対しても。して欲しい事があるのなら言えば良い。アベルの望みを叶えられない程、狭量ではないのだぞ、僕もじいも」


「う……。でもぉ……」


「いつも気を張って大人と同じように振る舞っているが、そんな必要はもうないんだ。アベルはまだ子どもだ。周りの大人に頼っても良いし、甘えても良いんだ。僕も子どもだから、じいには頼りきりだし、甘えてばかりなのだぞ! 僕が許されて、僕より年下のアベルが許されない道理は無いだろう!」


「そ、そうなの、かな……?」


「そうだ!」


「そうですよ」


 頷いたスマラクト様とカインさんを見る。二人とも優し気に微笑んでいた。二人の顔を見る限り、本心からそう言ってくれているのが分かる。


「じゃ、じゃあ……抱っこ……」


 サーシャが獣王様にやっていたように、両手を挙げてカインさんにねだってみる。カインさんは僕のすぐ傍に屈み込むと、僕を片腕で抱え上げた。そんな彼の首に両腕を回す。まるで、抱き付くように。


「どうだ?」


 スマラクト様の問いに、僕はすぐに答えられなかった。色んな感情が混ざり合って、それを表す言葉がパッと思いつかなかったから。


「……温かい」


 僕の出した答えはこれ。サーシャが獣王様に言っていた言葉だ。身体は勿論の事、心まで温かい。


「そうか。良かったな、アベル!」


「うん」


 スマラクト様の言葉に頷き、僕は目を閉じた。この温もりを堪能する為に。温かくて安心して、ちょっと恥ずかしくてドキドキもする。この気持ち、一言で言うと幸せって言うんだと思う。

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