父親 3
「どうですか?」
少しして、ヴィルヘルムさんが僕の様子を見に来てくれた。サーシャとアキムさんに基本を説明するのは終わったようだ。その証拠に、あっちの方で、サーシャとアキムさんが自主練習を始めていた。
「肘がね、どうしても動いちゃうの。だから、押さえて投げてみてる」
「ふむ……。少し力んでいるのかもしれませんね。一度、脱力してみましょうか」
「うん」
「両足を肩幅に開いて」
ヴィルヘルムさんに言われた通り、両足を肩幅に開く。
「両手は下ろして」
僕、左手、吊ってるんだけど。まあ、良いか。右手だけ下ろしておく。
「ゆっくり深呼吸」
す~はぁ~と深呼吸を繰り返す。
「では、構えて」
力まないように注意しながら、教えてもらった通りに構える。
「もう一度深呼吸」
大きく息を吸って、ゆっくり息を吐く。
「投げる」
息を吐き終わるか終らないかというところで号令がかかり、言われた通りにナイフを投げた。おお。当たった!
「今の感覚を忘れずに」
「は~い!」
木の幹に突き立ったナイフを回収して、忘れないうちにもう一度。まずは脱力。両足を肩幅に開いて、両手を下に下ろし、ゆっくり深呼吸。そして、脱力を意識しながら構えて、大きく深呼吸をして、投げる! おお。良い感じ!
「筋が良いですね」
褒められた! 思いがけない才能が発覚したかも! 意気揚々とナイフを回収し、もう一回、脱力から始めて、構えて、投げる。きゃ~! 当たった! 当たった!
「実戦でこれを使うには、狙い通りに投げられるようになる事が最低条件です」
そう言ったヴィルヘルムさんがナイフを投げる。僕みたいに予備動作なんて無く、無造作に。それでもナイフは的にしていた木の幹に命中した。
「もし、連続で投げられるようになり――」
言いながら、立て続けにナイフを投げるヴィルヘルムさん。そのどれもが、ちゃんと木の幹に突き立った。
「どのような体勢でも投げられるようになれば一人前です。その為には練習あるのみですから」
「うん!」
言われた通り、僕は自主練習を続けた。脱力、構え、投げる。それを身体に叩き込む。そうしてナイフを投げ続けていると、サーシャが僕の元に駆けて来た。
「アベルー! 見て! 手が! 痛くなっちゃったよ! 真っ赤なんだよー!」
構えたナイフを下ろし、サーシャを見る。すると、手袋を取った彼女の手は真っ赤になっていた。ずっと雪玉を投げ続けていたからね。仕方ないね。
「それ、温めないと駄目だね。しもやけになったら大変だ」
「しもやけって? 何?」
暖かい国出身のサーシャはしもやけを知らないようだ。不思議そうに首を傾げている。あんなに痛くてかゆい思いをしないで済むんだから、暖かい国は良いねぇ。
「ん~……。手とか足とかが冷たくなるとね、パンパンに腫れて、皮が切れて血が出るんだ。痛くてかゆいんだよ」
「えぇ~! しもやけ、嫌だー!」
「だからね、手とか足とかが冷たくなっちゃったら、よ~く温めないと駄目なんだ」
「分かった! じゃあ、温泉行こう!」
にぱっとサーシャが笑う。あ。これ、確信犯だ。温泉誘う口実だ。温めないと駄目だって言われるの分かってて、手を見せに来たな。んもぉ。サーシャってば。
「うん。じゃあ、カインさんも誘おうか。昨日の怪我、温泉入れば早く治るかもしれないし」
「うん! アキムは? 一緒に行く?」
「姫様が行かれるのでしたらお供します」
「父ちゃんも誘ってぇ、ローベルトじいも誘ってぇ……。ヴィルヘルム兄ちゃんは? 一緒に行く?」
「私は遠慮しておきます。スマラクト様も起きられていないでしょうし」
「スマラクト? 温泉行くよーって、叩き起こせば良いんだよ! そしたらね、みんなで一緒に温泉行けるね!」
そう宣言した通り、サーシャはスマラクト様を叩き起こしてくれた。今回も、比喩ではなく本当に叩いて起こしていた。そんな乱暴な起こされ方をしたにも関わらず、スマラクト様はご機嫌そのもので。どうやら彼は、サーシャに乱暴に起こされるのを気に入っているようだ。相手がサーシャだからなのか、元々、乱暴に起こされる方が性に合っているのか。僕にはよく分からないや。
そうしてみんなで温泉に浸かってから朝食を取る。この後はお祭りの準備か。左肩が絶対安静の僕はあんまり戦力にならなそう。そんな事を考えながらおかずを口に運び、続いて米を口に運ぶ。
ん~。僕一人が戦力外でも大丈夫かな? 昨日だって、僕だけじゃなく、スマラクト様もサーシャも遊んでたんだし。でもなぁ。サボってる感じがして、あんまり遊んでたくないんだよなぁ。スマラクト様やサーシャが真面目にお祭りの準備に参加して、なおかつ、僕の左肩も安静に出来る方法、何か無いかなぁ。流石に、そんな都合の良い方法、無いかな……。
考えてても良い案が出るでもなく、朝食を食べ終わった僕達は外に出た。今日はチラチラと雪が舞っている。昨日の夜も雪が降っていたから、辺りは誰も踏んでいない新雪だらけ。
新雪の誘惑に負けたのだろう、サーシャが突然駆け出した。そんな彼女の後をアキムさんが慌てて追う。あはは。サーシャのお世話係りも大変だ。と思っていたら、うちのスマラクト様までもが駆け出した。ちょっと! 僕とカインさんがその後を慌てて追う。
スマラクト様の方がサーシャより年上だからだろう、すぐにサーシャと彼女を追っていたアキムさんに追いつき、追い越した。と思ったら、サーシャが走る速度を上げ、スマラクト様を追い越した。とたん、スマラクト様がもう一段走る速度を上げる。
ちょっと。こんな足場の悪いところで本気の競争しないでよ! ただでさえ、僕、片腕吊ってて走りにくいんだから! と思った瞬間、僕は足を滑らせてすっ転んだ。転んだ先は新雪だから痛くはない。けど、何だか無性に腹が立ってきた。むすっとした顔で立ち上がった僕は、護符で魔力媒介のナイフを召喚すると、魔法陣を展開した。
「フルーク!」
飛翔の術を使い、全力で空を飛ぶ。超低空飛行で。新雪が巻き上げられ、辺りに雪煙が舞う。そうしてそのまま、競争を続けているスマラクト様とサーシャのすぐそばを追い抜いた。
「ぶはっ!」
「何これぇ!」
雪煙に巻かれたスマラクト様とサーシャの悲鳴が聞こえる。そうして僕は少し先に降り立つと、後ろを振り返った。僕の予想通り、スマラクト様とサーシャは雪塗れになって足を止めている。ついでに、アキムさんとカインさんも雪塗れだ。あれま。二人がいたの、すっかり忘れてた。えへへ。
「二人とも、ゆっくり歩いて行かないといけないんだよ! 足元悪いんだから危ないでしょ! それに、追いかける方の身にもなってよ!」
「む……」
スマラクト様は僕と、後ろのカインさんを交互に見やった。そうして口を開く。
「うむ。すまない。つい夢中になってしまった」
分かればよろしい。僕は尊大に頷くと、続いてサーシャを見た。彼女もちょっと反省したみたいな顔をしているし、また駆け出す事は無いだろう、たぶん。
「じゃあ、行こうか。今度はゆっくり歩いて行くんだからね?」
「うむ」
「はぁい」
そうして僕達は雪道を歩き出した。新雪を踏む感触は独特で、ちょっとワクワクしちゃう。だから、サーシャやスマラクト様が走り出したくなった気持ち、分からなくはないんだ。でも、この足が沈む感触をゆっくり楽しむのだって悪くないと思うの。
「アベル、空飛ぶの早いねぇ。さっきの、あたいにも出来るかなぁ?」
「さっきのって?」
「ぶわぁって、雪、巻き上げるの。あたいも地面すれすれに飛んだら出来る?」
アキムさんと手を繋いでゆっくり雪道を歩くサーシャを見る。サーシャはあまり魔術が得意じゃない。使える魔術は初級の一部だけって聞いたんだけど……。
「そもそも、サーシャって飛翔の術、使えるの?」
「使えない! でも、使ってみたい!」
「ん~。じゃあ、すぐには出来ないかなぁ。地面すれすれ飛ぶのって、結構難しいし、慣れないと怖いんだよ。ちょっと操作を間違えると墜落しちゃうし、墜落すると痛いし……。それにね、速度だって、出せるようになるの、意外と難しいし……」
「そっかぁ……」
ちょっと残念そうなサーシャ。そんな彼女を見て、アキムさんが口を開いた。
「姫様、興味があるのでしたら、一度、練習してみては? 墜落してもあまり痛くない砂地なら、我が国には腐るほどありますから」
「ローベルトじい、良いよって言うかなぁ……? 他の術にしなさいって言わない……?」
「大丈夫ですよ。父上は、姫様が魔術に興味を持って下さった事を何よりも喜びます」
「本当……? 遊ぶのに魔術使っても怒らない……?」
「それくらいで怒りませんよ」
遊びの一環で魔術を使うって、サーシャくらいの年齢なら当たり前なんだけどなぁ。僕が飛翔の術を得意なのだって、適性がある事に加えて、散々空を飛ぶ一人遊びをしていたからで。スマラクト様も同じような事を思ったのか、不思議そうな顔でサーシャを見ていた。
……ああ。そうか。分かったかも。サーシャの前の師匠が、遊びで魔術を使うのを良しとしない人だったんだ。良く言えば真面目。悪く言えば融通が利かない。そんな人だったんだろう。勉強嫌いのサーシャは、環境が作り上げただけ。元々は好奇心旺盛な子だから、興味があれば使ってみたいなって思うんだ!
「サーシャ! 飛べるようになったら競争しよう! スマラクト様もね、最近飛翔の術を習得したし、三人で競争しよう!」
スマラクト様は、木から降りられなくなったサーシャを助けてあげられなかった反省から、飛翔の術を習得した。まだ習得したばかりだから速度はそんなに出せないし、サーシャとは良い勝負が出来るはず。
「うん!」
嬉しそうに頷くサーシャ。一緒に遊べるとなったら、彼女の性格なら、一生懸命練習するだろう。近いうち、サーシャの使える魔術が増えるね。
そんな話をしながら、お祭り会場の広場に足を踏み入れる。そこには大きな雪山がいくつも出来上がっていた。昨日僕達が遊んでいる間、大人組が頑張ってくれた成果だ。大人の背丈よりも大きい雪山だけど、まだまだ大きさが足りないらしい。
「では、雪集めから始めましょう」
カインさんがそう音頭を取り、雪山作り二日目が始まった。今日は、昨日部屋で寝ていたローベルトさんも参加している。でも、彼は木箱もスコップも持たずに手ぶらだ。まさか、見てるだけなんて事は……。
そんな心配をしながら、昨日雪下ろしをしていた家を訪ねる。木箱に雪をどっさり積んで、と。みんな、思い思い、木箱に雪を積んでいた。ただ一人、ローベルトさんを除いて。
やっぱり、ローベルトさんは見てるだけなんだ……。まあ、おじいちゃんだし、うちの師匠とは違って、見るからに肉体労働とは縁の無い生活を送って来ただろう人だし、仕方ないのかも。そう思ったけど、どうやらそれは僕の勘違いだったようだ。
ローベルトさんはおもむろに腰の魔力媒介の杖を抜くと、魔法陣を展開した。そして、魔術を発動させる。彼が使った魔術はアイスゴーレムの作成魔術だった。しかも、大人背丈くらいあるそれは、上級の術だろう、きっと。
土や石を使ったゴーレムの作成と同じように、雪や氷を使ったアイスゴーレムの作成は、大きさによって難易度が変わる。初級は掌サイズで、中級は子どもくらいのサイズ、上級で大人くらいのサイズで、最高位は建物大。
つまり、難易度が上がれば、それだけ使う雪の量が多くなる。中級の術でも、大人達が持っている大きい木箱いっぱいの雪よりたくさんの雪を使うだろう。上級の術なら、その倍は使っているはずだ。
まさか、だ。サーシャの師匠になった人だし、魔術は人より得意だろうとは思っていた。でも、屍霊術の一種であるアイスゴーレムを、上級まで使えるとは。
「何を呆けておる。行くぞ?」
ローベルトさんが不思議そうにこちらを見る。ぽかーんとしていたのは僕だけじゃなかった。スマラクト様もカインさんも師匠も呆気に取られていた。不思議なのは、獣王様やサーシャもあんぐりと口を開けてローベルトさんを見ていた事だ。ローベルトさんがどの程度の魔術を使えるのか、雇い主である獣王様や、弟子であるサーシャは知っているはずなのに……。
「じい、そんな大きいアイスゴーレム、作れたんだね……」
呆気に取られながらもサーシャが口を開く。すると、ローベルトさんがちょっとムッとした顔をした。
「何を言っておる。わざわざ練習したんじゃ! いくら儂でも、使えん魔術は教えられん!」
「そっか……。そっかぁ!」
嬉しそうにサーシャが笑う。自分に教えてくれる為にわざわざ魔術を習得してくれたと聞いたら、サーシャじゃなくてもあんな顔になると思う。良い師匠に巡り合えて良かったね、サーシャ。




