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のけ者エルフのセレンディピティ  作者: ゆきんこ
第三章

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父親 1

 ヴィルヘルムさんとの会話はなかなか弾まない。だから、僕は一足先に寝る事にした。スマラクト様とローベルトさんはまだボードゲームを続けている。決着がつかないようだ。もう寝る時間はとっくに過ぎてるのに……。


 みんなに挨拶して部屋に戻る。広い部屋には僕一人。なんだかちょっと心細い。でも! これくらいで泣かないんだから!


 もぞもぞと布団に入り、目を閉じる。うう。布団が冷たい。空気も冷え切っていて寒い。暖炉なんてない造りの家だから仕方ないんだけど、寒いものは寒い。でも、小さく丸まって体温を逃がさないようにしていると、だんだんと眠気がやって来た。


 しんしんと降りしきる雪の中、魔物が一体、僕を見て唸っている。夕方遭遇した魔物と同じやつだ。攻撃を――。そう思って、魔力媒介を召喚する護符を取り出そうとする。でも、いくら探しても護符は見つからなくて。そうこうしている間に、魔物が動き出した。一直線にこちらに駆ける魔物は、思いのほか足が速い。恐怖に震え、立ちすくむ僕を衝撃が襲い、僕はゴロゴロと雪の中を転がった。何が……? そう思って辺りを見回すと、雪の中、よろよろと立ち上がるカインさん。体当たりをして僕を庇ってくれたのだろう。そんな彼に魔物の注意が移った。危ない。逃げて! そう叫びたいのに声が出なかった。


 惨劇は一瞬で起こった。魔物の爪にカインさんが引き裂かれ、真っ白い雪が赤く染まる。悲鳴を上げたいのに、僕の喉からは掠れた音しか出なかった。息が……出来ない……! 助けて、誰か! 助けてッ! 叫びたいのに叫べない。動きたいのに動けない。魔物は僕のすぐ目の前まで迫っていた。嫌だ。嫌だ嫌だ! 死にたくないっ!


 ハッと目を覚ます。使っていた枕は涙に濡れて冷たくなっていた。それに、何やら身体が重い。渾身の力を込めて起き上がる。すると、横向きに丸まって眠っていた僕の上に、半ば乗るように眠っていたらしいスマラクト様がごろりと転がった。夢の中で動けなかったのも息が苦しかったのも、どうやら、スマラクト様が僕の上に乗っかっていたからだったようだ。もしかしたら、夢の中で感じた衝撃も、スマラクト様が乗っかってきたせいだったのかもしれない。


 それにしても……。濡れた頬を寝間着の袖で拭う。怖い夢だった……。魔物に殺される夢なんて……。それに、僕だけじゃなくてカインさんまで……。夢だって分かってるのに、恐怖が消えない。涙が止まらない。泣いたってどうにもならないのに。怖い夢で泣くなんて、小さい子じゃないのに……。


 そうして声を押し殺して泣いていると、隣の部屋――こたつがあった部屋の襖が開いた音がした。カインさんの布団も師匠の布団ももぬけの殻。つまり、二人はまだ起きているという事で、二人のうちどちらかが部屋にやって来たようだ。ごそごそと荷物を漁る音がする。でも、それも僅かな間。すぐに音はしなくなった。そうして、スッと、閉まっていたこの部屋の襖が開いた。真っ暗な部屋に、隣の部屋からの明かりが一直線に差し込む。まるで、布団の上で座って泣く僕を照らすように。


 部屋の中を覗いた師匠と目が合った。師匠はちょっとビックリしたようだった。そりゃそうだ。僕が起きていたのも泣いていたのも想定外だったんだろうから。二人ともよく寝てるなって、確認だけしたかったんだろうから。


 師匠はのっしのっしとこちらに来ると、僕をひょいっと小脇に抱えた。荷物を持つように。でも、それに文句を言う気力も無くて。僕はされるがまま、師匠に抱えられて部屋を出た。


 そうしてやって来たのは大広間。大人組はまだ全員起きていた。部屋の中に充満するのはお酒の匂い。どうやら、彼らは子ども組を寝かしつけ、酒盛りをしていたようだ。


 師匠は僕をカインさんの所にぺいっと放った。カインさんの膝の上に落とされた僕は、まだシクシクと泣いている。


「やはり起きていましたか……」


 カインさんはそう言いながら、僕の頭を撫でた。よしよしって感じの、凄く優しい撫で方だ。


「おう。おめえの心配した通りだったな。ただよ、分かってんなら自分で確認に行けよ」


「そう言わずに。酒を取りに行くついでだったのですから。それに、この子の師匠なのですから、これくらいは協力して下さいよ」


「ちぇ。面倒くせぇな……」


 口を尖らせながらそう返事をした師匠だけど、持って来たお酒を飲み始めると、すぐに上機嫌になった。みんなでお酒を飲むのが楽しいらしい。


「少し落ち着いたら、部屋に戻りましょうね」


 そう言ったカインさんを見る。すると、彼は凄く優しい目で僕を見ていた。起きちゃった事も泣いちゃった事も、どうやら怒っていないらしい。


「うん……」


「これを」


 頷いた僕に、座布団と畳んである掛け布が差し出される。持って来てくれたのはヴィルヘルムさんだった。彼は安定の無表情。でも、どこかカインさんと共通するような、優しい眼差しをしているような気がした。でも、僕はいらないと首を横に振る。


 僕は今、カインさんの膝の上に半ば乗っかって、ごろりと横になっている。こうしていると、カインさんの体温が感じられて寒くないし、凄く安心するの。だから邪魔しないで。そんな意を込めて、カインさんのお腹の辺りに手を回し、ひしとしがみ付く。


「何だぁ、アベル。坊ちゃんがいないからって赤ちゃん返りかぁ?」


 師匠がそう言って、がははと笑う。でもね、僕は全然面白くない!


「んー!」


 余計な事言うな! そんな意を込め唸っておく。


「ヴィルヘルム。手間を掛けさせてしまって申し訳ないのですが、アベルの足の下に座布団を敷いてやって下さい。あと、掛け布も。掛けてやって下さい」


「そのままの体勢で良いのですか? 辛くありません?」


「無理に引き剥したら大泣きしますよ、きっと……。正直、泣き止ませる方がしんどいので……」


 諦めたような声色と発言。勝った! そう思って、少しだけ手の力を緩める。


「そうですか」


 それだけ言うと、ヴィルヘルムさんは僕の足を持ち上げて座布団を入れてくれた。そして、掛け布をふさりと掛けてくれる。すぐ近くには囲炉裏の火もあるし、ぬくぬくだ。


「寝る前までは平気そうに見えましたが……。分からないものですね」


 そう言ったのはヴィルヘルムさんだ。僕だって、まさか、悪夢にうなされて泣いて目が覚めるなんて思ってなかったよ。予想外だよ。


「そういう子なんですよ。抱え込むというか、甘え下手というか……。なかなかに衝撃的な体験をして、ケロッとしていられる子ではないんです。坊ちゃまのように図太い神経をしている訳でもないのに、つい我慢してしまうのでしょうね」


 カインさんが思い出したように僕の頭を撫でてくれる。大きくて温かい手だ。安心したら何だか眠くなってきた。くぁっと大きな欠伸を一つ。


「その点、うちの姫様は分かりやすく甘えてましたな」


 そう言ったアキムさんが声を出して笑う。そうか。サーシャは、いつもはもう少し、父ちゃん父ちゃんは控えめなのか。常にあんな感じなのかと思ってた。


「だがな、アキムよ。うちの姫さんの神経は相当図太いぞ。現に、今はひとりでスヤスヤ眠っておる」


 ローベルトさんの言葉に、アキムさんと獣王様が同時に唸る。


「確かに……」


「幼子ゆえという事か、ローベルトよ」


「でしょうな。もう少し大きくなったら、これしきの事ではケロッとしておりましょうな。スマラクト坊のように」


 ローベルトさんがふぉっふぉっふぉっと独特の笑い声を上げる。サーシャの未来像がスマラクト様……。うんうん。想像出来る。


「王族なんだから、繊細よりも幾分マシじゃねえか」


「だが、可愛げというものが――」


 みんなの声は子守唄。頭を撫でてくれるカインさんの温かい手も手伝って、僕はウトウトし始めた。いつもなら、これくらいの時間にはぐっすり眠って夢の中だから……。


「――その子はどういう子なのです?」


 ウトウトしている僕の耳に、ヴィルヘルムさんの声が飛び込んで来た。その子とは、間違いなく僕の事。どういう子というのは……。何だろう……。


「珍しいですね。貴方が他人の事を聞くなど」


 答えたカインさんは、少し茶化すような声色をしていた。実際、茶化しているのかもしれない。それくらい、ヴィルヘルムさんが人の素情なんかを聞くのは珍しいのだろう。


「エルフ族の女児など初めて見たものですから。普通は同族に庇護され、他部族の目に触れるなど無い事でしょう?」


「普通はそうですね。ただ、この子の生い立ちは、聞いていて楽しいものではありませんよ?」


「そうでしょうね。それくらいは想像しています」


「この子は――」


 カインさんが僕の生い立ちをぽつりぽつりと話し出す。それを僕はウトウトしながら聞いていた。そうして、だんだんと言葉が声としてしか認識出来なくなり、意識が真っ暗な闇の中に引きずり込まれて――。


「――だからですか。獣王様とサーシャ姫様を羨ましそうに見ていたのは」


 ヴィルヘルムさんの声で、落ちかけていた意識が戻る。いつ、誰がサーシャを羨ましそうに見てたって? ちょっと。心外なんだけど!


「分かりましたか……」


「ええ。私にも覚えのある感情ですし。それくらいは分かりますよ」


 覚えのある……。ああ、そうか。ヴィルヘルムさんも、僕と同じで、親を早くに亡くしているんだった……。でも! これとそれとは別問題! 僕は羨ましくなんてないもん!


「この子の場合、自覚しているかどうか怪しいですけどね。サーシャ様を見て、羨ましくない訳がありませんよね……」


「そこはよぉ、おめえが父親代わりになってやりゃ、問題解決じゃねえか。それに、そのつもりで引き取ったんだろ?」


 師匠の声がやけに頭に響く。カインさんが僕の父親代わり……。確かに、じいちゃんに最後に会いに行った時、カインさんと領主様がそういう話をじいちゃんにしていた。でも、カインさんは僕のお父さんじゃないし……。お父さんじゃない人に、お父さんに接するみたいに甘えても良いのだろうか? というか、そもそも、僕にお父さんなんていた事無いし、どうやって甘えたら良いか分からないという、根本的な問題がある訳で……。


「そうなんですけどね。なかなかどうして、距離感が縮まらないというか……」


「もしかしたらなのですが、甘え方が分からないのではありませんか? 先程の話ですと、父親すら分からないようですし、世話をして下さっていたおじい様は、師に近い感覚だったのでしょうから。師に対しての距離感は分かっても、父に対しての距離感が分からないせいで距離を置いてしまっているのでは?」


「ああ。確かに、それはありそうだな。俺に対しては、普通に師匠と弟子の距離感だもんなぁ」


 ああ、やめて。カインさん、師匠、ヴィルヘルムさんの三人で僕を分析するの。何だか凄く恥ずかしい。しかも、的を射てるだけに居た堪れない。


「だが、そうしてくっ付いている事で安心して寝入ってしまうのだから、捨てたものではないと、我は思うぞ」


 獣王様の声は僅かな笑いを含んでいた。たぶん、僕とカインさんを微笑ましく見ているんだろう。


「そうですよ、カイン殿。いくら幼子といえど、いえ、幼子だからこそ、気を許していない相手ではそうして寝入る事などありませんよ。私は未だに姫様の寝かしつけなど出来ません……。毎日、昼寝ですらギャン泣きで……」


「それは仕方のない事だ、アキムよ。サーシャは生まれた時から、我が寝かしつけをしていたゆえ――」


 再び、言葉が声としてしか認識出来なくなり、意識が暗闇に引きずり込まれていく。父親かぁ……。父親……。僕の……お父さん……。

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