表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
のけ者エルフのセレンディピティ  作者: ゆきんこ
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/157

オーガ族 4

 ふつふつ沸き立つスープの灰汁取をしている間に、お野菜の下ごしらえは終わったらしい。ヴィルヘルムさんがスープの様子を見に来た。灰汁、綺麗に取れてると思うんだけど。どう? そんな眼差しで彼を見る。


「良い感じですね。骨を取り出して、味付けをしましょうか。その後、肉と野菜を入れて煮立たせれば完成です」


「今日の夕飯、このスープ?」


「ええ。この里の冬の定番メニューです。細々した副菜は――」


 彼が何かを言い掛けたところで、トントンとノックの音が響いた。音がしたのは、食糧庫の扉のすぐ隣の扉。食料の搬入とかごみ捨てとかに使う、勝手口だと思う。


 ヴィルヘルムさんが返事をすると、その扉が開いた。扉の先には、年齢様々な女の人達が。手に手に大きめのお皿を持っている。と、その中の一人が口を開いた。


「あら。今日はアル君じゃなくて、ヴィルヘルムさんが作っていたのねぇ」


「ええ。アルバートは奥様の治療を手伝っていますので」


 使用人の男の子、アルバートさんっていうのか。愛称で呼ばれるくらい、里の女の人達に可愛がってもらってるんだ。まあ、強面の人が多いこの里では、比較的取っ付きやすい顔立ちと雰囲気をしてるもんね、彼。でもね、それは彼に幼さが残ってるからだと思うよ。成長期を過ぎたら、愛称では呼べないよ、きっと。


「ヴィルヘルムさんが作ってたんじゃ、これ、いらなかったかしら……」


 そう言って女の人が差し出したのは、お芋とお野菜のごった煮だった。もしかして、彼女達は、僕達の食事を心配してくれたのだろうか? 他の女の人は、お野菜を茹でて味付けしたらしいものだったり、お野菜を炒めたものだったり、お肉を煮たらしいものだったりを持っている。あのお肉、テカテカの照りがあって、凄く美味しそう。じゅるり……。


 きゅるるるると、気の抜ける音が辺りに響く。音の主は僕のお腹の虫。美味しそうなお肉を見たら、お腹の虫が主張を始めてしまった……。お腹を押さえ、えへへと照れ隠しに笑う。と、女の人達も笑い出した。表情があまり変わらないヴィルヘルムさんまでも、ほんの少し笑っている。


「実は、ついさっき夕食を作り始めたばかりで、鍋の準備しか出来ていないんです」


 ヴィルヘルムさんがそう言うと、女の人達がぱあっと顔を輝かせた。


「じゃあ、これ、皆さんで食べてちょうだい。ヴィルヘルムさんの味には負けると思うけど、結構美味しく出来たと思うの!」


 ヴィルヘルムさんの味には負けるって……。ヴィルヘルムさんって、お城の料理人さん? お野菜切るの、すごく早かったし。いや、でも、前、竜王様のお后様のアオイ様のお世話がどうとか話してたような……。という事は、普通にお料理が得意なだけなのだろうか? それにしては、お野菜切るの、ボーゲンさん並に早かったと思う。十人分以上のお野菜を、あっという間に切り終わっちゃったんだから。やっぱり、普段は料理人さんをやっているのだろうか……? う~む……。


「うちのもどうぞ!」


「これも食べてね」


 口々にそう言って、女の人達がキッチンの台の上にお皿を置いていく。おお。凄い。食べ物がいっぱい!


「では、遠慮なく頂きます。お気遣い、ありがとうございます」


 深々と頭を下げるヴィルヘルムさん。もしかしなくても、彼はこうなる事を予想していたのだろう。だから、スープの準備しかしなかったんだと思う。こういう非常時には、ごく自然に助け合いが出来る里なんだな、ここは。


 戸口に立って、帰って行く女の人達をヴィルヘルムさんと共に見送る。結構年齢がいってる人もいたのに、みんな少女のようにはしゃいでいる。


「ヴィルヘルムさんってさ、人気者?」


「どこを見たらそう思うのです?」


 どこをって、そりゃあ――。キャッキャうふふと楽しそうに話しながら帰って行く女の人達。空からは大粒の雪が舞っているけど、彼女達の周りだけは花が舞っているようだ。


 でも、よく考えてみると、彼女達は全員既婚者だ。思いがけず珍獣に会っちゃって、はしゃいでる感じに近かったりして。……とまあ、冗談はさておき。たぶんだけど、この里の女の人達にとって、ヴィルヘルムさんは目の保養か何かなんだろう。お祭りの日に里に帰って来る、端正な顔立ちの若い男性。僕が里の女の人達の立場でも、話が出来たらはしゃぐと思う。だって、彼は気軽に話し掛けられるような雰囲気じゃないし。話が出来た特別感みたいなのがありそう。


「さて。配膳をして、我々も夕食にしましょう」


「我々も?」


「ええ。女達が出歩いていたという事は、山狩りは終わったのでしょうから。里中の家々も夕食ですよ、これから」


 言われてみれば。女の人達、普通に出歩いていた。山狩りが終わるまで出歩かないだろうって言われてたのに。という事は、山狩りが終わったという事で。


 耳を澄ませてみる。しんしんと降る雪で、辺りは静まり返っていた。騒ぎが起きているような気配は感じられない。つまり、みんな、無事に家に帰ったって事だ。良かったぁ。


 小分けにしたおかずをお盆に乗せ、大広間へと向かう。僕と一緒に大広間へと向かうヴィルヘルムさんは、鍋とか呼んでいたスープのお鍋をそのまま持っていた。お鍋を囲炉裏で火にかけながら食べるのがこの里の伝統らしい。暖炉で作ったスープを火にかけたまま食事するような感じだろうか?


 大広間に入ると、スマラクト様とローベルトさんがボードゲームをしていた。白と黒の駒を使う、僕とスマラクト様がよくやる戦略ゲームだ。どうやら、スマラクト様が駒とボードを持って来ていたようだ。見るからに高級な、緻密な細工が施されたそれらは、僕達がよく遊んでいる物だから見覚えがある。


 カインさんと師匠とアキムさんの三人は、二人の戦いを見守っていた。対決している二人と同じか、それ以上に難しい顔で盤面を見つめている。


「あれ? 獣王様とサーシャは?」


 大広間に二人の姿は無い。サーシャってば、どこかにすっ飛んで行ってしまったのだろうか? この状況じゃ、誰にも遊んでもらえなかっただろうし。


「お二人は花を摘みに行っています」


 そう答えてくれたのはカインさん。でも、視線は盤面に向けたまま。そんな、夢中になるほど良い戦いなの?


「お花って? どこかに咲いてるの? 真冬なのに」


「この時期は、雪が深すぎて流石に咲いていないと思います。もう少ししたら咲く花はありますが、時期が早すぎます」


 僕の疑問に答えたのはヴィルヘルムさんだ。囲炉裏に鍋をかけながらそう口にする。


「やっぱり、咲いてないよね……」


 花を摘みに行ったって、何かの比喩? そう思って首を傾げながら、僕も配膳の準備をする。大広間の端っこに避けてあった小さい黒塗りテーブルを人数分出して、囲炉裏を囲むように並べる。そして、おかずをその上に置いて、と。


「もう夕食なのに……。どこまで行っちゃったの?」


 サーシャってば、咲いてない花を探しに行ったのだろうか? この雪の中……。いくら獣王様が一緒でもさ、誰か止めようよ……。


 サーシャが花を何に使いたいのかは想像出来る。奥様へのお見舞いにしたいんだ。大怪我をした奥様を元気付けてあげたいんだと思うんだけど……。


「いつ頃帰って来るの?」


 僕の質問に誰も答えてくれない。知っているはずの面々はゲームに夢中だ。こういうの、かなりイラッとするんだけど!


「ちょっと! 誰か聞いてないの! ねぇ!」


 特にアキムさんとローベルトさん。二人はサーシャの師匠で護衛も兼ねているんだから、彼女を放っておいて遊んでたら駄目でしょッ! ダンと足で床を鳴らす。思いがけない大きな音に、みんなビックリしたように僕の方を向いた。


「サーシャと獣王様、どこまで行ったの? いつ帰って来るの? 誰か聞いてるよね?」


「う、うむ……。すぐに帰って来ると聞いているが……」


 僕の顔色を窺いつつ、スマラクト様がビクビクしながらそう答える。怒られてそんな反応するならさ、最初から無視しないでよッ!


「どこまで行ったの? こんな雪の中、花なんて咲いてないの、みんな分かってるよね? 何で誰も止めなかったの?」


「それは、だな――」


「ただいまー!」


 遠くの方で、サーシャの元気な声が聞こえる。花が見つからなくてしょんぼりしながら帰って来たような声じゃない。弾むような声だ。花、どこかに咲いていたのだろうか? でも、この里出身のヴィルヘルムさんは咲いてないって……。じゃあ、何であんな元気いっぱいの声だったの? 早咲きの花が一輪、どこかにあったとか? いや、でも、あのサーシャだ。一輪で満足するとは思えないんだけど……。


 僕はサーシャが元気いっぱいの理由を確かめに、彼女の元へと向かった。そもそもさ、こんな雪の中、しかも外は真っ暗なのに、小さい子が外に行くのを誰も止めないなんて! なんて薄情な人達なんだ! ぷりぷりしながら大広間を出て廊下を歩き、角を曲がるとサーシャと出くわした。


 彼女は両手いっぱいの花を抱えていた。初めて見る花だ。僕が住んでいる地域では一度も見た事がない、極彩色の大輪の華。こんなのがあったの? こんな雪の中に?


「その花……」


「あのね、これね、あたいの母様が育てた花なの! ごはんが出来るまで暇だったからね、摘んで来たの! 綺麗でしょー!」


「え、あ、うん……。綺麗だね……」


 ご満悦の顔でそう言説明してくれたサーシャに頷いてみせる。まさか、だ。暇だからって、国に帰って、お見舞いの花を摘んで来るなんて……。


「妻に事情を説明していたら、帰って来るのが少し遅くなってしまったな。もう食事は出来たのだろう?」


「あ、はい……。ついさっき、準備が終わったところで……」


「じゃあ、ルカにお花とごはん、持って行ってあげようよ! あ、でも、その前に、みんなにお花自慢しなくちゃ!」


 そう言って、ドタドタとサーシャが廊下を駆けて行く。僕も慌ててその後に続いた。


 一通りみんなにお花を自慢したサーシャは、奥様の部屋向かった。僕も奥様の食事を持って、一緒に向かう。今日の奥様の食事は、おじやなる、さっき作ったスープに米を入れてドロドロに煮込んだもの。副菜はみんなと同じ量。それをお盆に乗せて慎重に運ぶ。


 旦那様と使用人の男の子のアルバートさんの食事は、ヴィルヘルムさんが持ってくれている。小さなお鍋に取り分けたスープを片手に、もう片方の手に二人分の副菜と米が乗ったお盆を持っている。


 ヴィルヘルムさんが奥様の部屋の外から声を掛ける。すると、アルバートさんが顔を出した。そして、花を両手いっぱいに抱えたサーシャを見て目を丸くする。


「それ……」


「あのね、これね、ルカのお見舞いなの。あたいの国のお花でね、さっき摘んで来たの」


 サーシャがそう言うと、アルバートさんは旦那様を呼んだ。どうやら、奥様の治療は一段落したようだ。


「お気遣い感謝致します、サーシャ姫」


 旦那様がサーシャの花を受け取り、微笑みながらそう言うと、サーシャはフルフルと首を横に振った。そして、もじもじしながら口を開く。


「あのね、ルカにね、ごめんねって伝えて欲しいの……。温泉、誘ってごめんね……」


 あのお花、お見舞いでもあるし、お詫びの印でもあるのか……。奥様の怪我の責任の一端が、自分にあるってサーシャは思ってるのね。でも、あれは不運に不運が重なった事故。魔物が出た事も、それに対処出来る大人が一緒にいなかった事も、誰にも責任なんて無いんだよ、サーシャ……。


「そんな、悲しい事を言わないで下さい」


 旦那様も僕と同じような事を思ったようだ。彼は少し困ったような曖昧な笑みを浮かべながらサーシャの頭を撫でた。


「妻はね、秋祭りでサーシャ姫が温泉を気に入って下さったようだから、また一緒に入りに行くのと、楽しげに話していたのです。そんな風に謝られたら、きっと悲しみます」


「うん……」


「ですから、妻の気持ちを汲んで、こう呼び掛けてもらえませんか? 早く元気になって、また一緒に温泉に入ろうね、と」


「……分かった。ルカー! 早く元気になってね! また一緒に温泉行こうねぇ!」


 大きな声でサーシャが叫ぶ。たぶん、奥様にもこの声はしっかり届いたはずだ。という事で、僕も。


「奥様! 僕も! また一緒に温泉入りたい! だから元気になってね! 次のお祭りの時、一緒に温泉行こうねぇ!」


 サーシャと顔を見合わせ、うふふと笑い合う。きっと奥様は、僕達がしょんぼりして元気が無いよりも、元気いっぱいの方が安心するはず。少なくとも、僕が奥様の立場ならそうだ。怖い思いをしたけどまた来てくれるのねとか、みんな怪我は無いみたいとか、声色だけで分かる事はたくさんあるもん。


 そうして僕とサーシャ、ヴィルヘルムさんの三人は大広間へと戻った。そこには、未だボードゲームを続けるスマラクト様とローベルトさん、そして、それを観戦する面々。この人達は……!


「ちょっと! もう夕飯だよ! ゲームは終わりにしてよッ!」


「うむ。だが、今良いところなんだ」


 スマラクト様が盤面を見つめながらそう答える。この人は……! 本当に、遊ぶ事に対してだけは貪欲なんだから!


「スマラクトー。いけないんだよ、そういうの。ローベルトも。いつもあたいに、ちゃんと言われた事しなさいって言うくせにぃ。いけないんだぁ。いっけないんだぁ!」


 サーシャがそう囃し立てると、渋々って感じでローベルトさんが立ち上がった。そんな彼とボードゲームを交互に見たスマラクト様が、溜め息を吐きながら立ち上がる。


「仕方ない。続きは夕食が終わってからだな……」


 観戦していた面々も、ちょっと残念そうにしながらも席に移動し始めた。サーシャの言葉には、みんな素直に従うんだ……。ジトッとした目でそんな面々を見る。面白くないの! 僕はぷくっと頬を膨らませながら、ヴィルヘルムさんがよそってくれた鍋なるスープの器を一人一人に配って回った。


「幼子の言葉には、変な圧がありますから。貴女を邪険にしている訳ではないと思いますよ」


 スープをよそった器を僕に手渡しながら、ヴィルヘルムさんがそう呟くように言う。不意に掛けられた言葉に、僕はまじまじと彼を見た。でも、彼は安定の無表情。良い事を言ったでしょ感とか、フォローしてあげた感とかは全く無い。ごく当たり前の事を当たり前のタイミングで言ったとしか思ってないんだろうな、きっと。


「それ、貴女のです。肉、多めに入れておきましたから。好きなんでしょう?」


 ヴィルヘルムさんの言葉に、受け取った器に視線を落とす。彼の言う通り、他の人よりもだいぶ多めにお肉が入っていた。確かに、僕はお野菜よりもお肉が好きだ。だって、エルフ族の里にいた頃には、カスみたいなお肉か捨てる部位しか食べられなかったから。でも、僕、ヴィルヘルムさんにお肉が好きだって言ったっけ?


 ……あ。カインさんにでも聞いたのかな? でも、それだったら、僕の成育歴とかも知ってそうなものだ。知ってたら、夕飯作りを手伝う時、あんな言い方はしないだろうしぃ……。う~む……。もしかして、ヴィルヘルムさんってすっごい気遣って、さりげなくみんなの情報収集してるとか? カインさんもそういう所あるし、オーガ族の気質みたいなものなのだろうか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ