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のけ者エルフのセレンディピティ  作者: ゆきんこ
第三章

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オーガ族 3

 少し温まって髪を洗って、僕とサーシャは混浴のお風呂の方に向かった。そっちにある、源泉近くのお湯に浸かる為に。サーシャには怪我が無いし、別にそこに浸かる必要は無いんだけど、小さいサーシャを一人には出来ないからね。獣王様達も混浴の方にいるかもしれないし、一緒に行こうって誘ってみた。


 混浴のお風呂には、僕の予想通り、男性陣が勢揃いしていた。思い思いの場所で温泉を満喫している。面白いのが、ヴィルヘルムさんとアキムさんが何やら二人で話をしていて、スマラクト様とローベルトさんが隣り合って温泉の泥を顔に塗りたくっている事だ。不思議な組み合わせだな。


 サーシャは獣王様の元へと向かい、僕は源泉の方へと向かった。源泉近くには先客が。カインさんだ。魔物にやられた傷を癒している最中なんだろう。


「体調、どう……?」


 おずおずとそう口にした僕に、カインさんが小さく笑う。


「大丈夫ですよ。ほら」


 そう言って、カインさんは腕を持ち上げた。お湯から出た二の腕には痛々しい傷。細い糸で縫われていて、血はもう出てないみたい。それに、皮膚の変色を伴う魔力浸食も、もうなくなっていた。


「ローベルト殿の治療薬も効きましたし、魔力浸食もほぼ無くなりました」


「そっか。良かったぁ……」


 よく見ると、カインさんの腕、古い傷跡がいっぱいだ……。今でこそ、領主様のお屋敷でスマラクト様の面倒を見ながら穏やかに暮らしているけど、たくさん戦って、たくさんたくさん怪我したんだろうな……。きっと、カインさんだけじゃない。あのお屋敷で働いている人達みんな、こんな風にたくさんの傷跡を背負っているんだと思う。


「貴女の方こそ、肩はどうなのです?」


「うん。大丈夫」


 温泉の効能のお蔭で、肩がポカポカする。癒されてるって感じで、このポカポカ、凄く好き。


「ああいう無茶は今日で最後にして下さい? 今日みたいに、私の助けが間に合うとは限らないのですから」


 ちぇ。お小言もらっちゃった……。僕だって、出来る事をやりたかっただけなのにさ……。ちょっと失敗しちゃっただけなんだもん……。


「うん……」


 しょぼくれながら頷くと、カインさんが僕の頭をポンポンとした。怒ってないの? そう思って彼を見る。すると、彼は苦笑いをしていた。


「自己犠牲精神というのは時に尊いものです。しかし、それで悲しむ人がいる事を忘れないで下さい。ただそれを伝えたかっただけです。怒っている訳ではありませんから、そんな顔をしないで下さい」


 そう言ったカインさんは、凄く優しいけど、どこか悲しげな目をしていた。きっと、過去に何かあったんだろう。彼の昔の事を知らない僕でも一目でそう分かる。そんな目だった。


「ごめんなさい……」


「いいえ。お互い無傷とはいかないまでも無事で、魔物も討伐出来たのですから。今日はそれで良しとしましょう」


「うん……」


 過去に何があったの? 凄く悲しい事? 僕の行動で、それを思い出しちゃったの? 僕が心の傷を抉っちゃったの? 聞きたい。でも、きっと、カインさんの心は、傷口が開いて血が滲んでいるような状態だ。だから、僕なんかが軽々しく「何があったの?」なんて聞いたら駄目。僕は、遠くを見つめるカインさんの隣で、ただ静かにお湯に浸かっているしかなかった。


 温泉を出て着替え終わると、僕とサーシャは脱衣所を後にした。外に出ると雪がチラチラ舞う中、男性陣が待っていた。急いで服を着たつもりなんだけどな。どうやら待たせてしまったようだ。


 待っていた男性陣を見て気が付いた。ヴィルヘルムさんがいない。一番きびきび行動しそうな彼がまだなんて……。意外だ。


「あれぇ? ヴィルヘルム兄ちゃんは? 着替え、まだ終わってないの?」


 サーシャも気が付いたようだ。彼がいない事に。獣王様に抱っこしてもらったサーシャが不思議そうに問う。すると、獣王様が口を開いた。


「いや。一足先に着替え終わって、温泉を汲みに行った。少し待っていてやろうな、サーシャ」


「うん。温泉、何に使うの?」


「奥方の足の治療に使うのだそうだ。治療が終わるまで何回か汲みに来ないといけないだろうし、来たついでだから汲んで持って行きたいそうだ」


「ふ~ん……。ねえ、父ちゃん。あたいも持って行きたい! ルカの治療、お手伝いする!」


「そうか。じゃあ、そうしようか」


 サーシャに優しく微笑んだ獣王様が、脱衣所の建物を回り込むように歩き出す。その先の地面には足跡が一つ。ヴィルヘルムさんのものだろう。進むべき道を示すように、雪の上に続いていた。


「ねえ、スマラクト様――」


「僕達も持って行ってやろうか。たくさんあるに越した事は無いのだろうから」


 僕が言い終わらないうち、スマラクト様がそう提案する。僕は笑顔でそれに頷いた。


 そうしてみんなで源泉に向かうと、一足先にお湯を汲み終わったヴィルヘルムさんが僕達を見てちょっと驚いたようだった。でも、すぐ何でもない顔になる。


「申し訳ありません。お待たせしすぎましたか……」


 どうやらヴィルヘルムさんは、僕達が待ちきれなくて様子を見に来たと思ったようだ。


「違うよ。あたいもルカに温泉、持って行ってあげるの!」


 そう言ったサーシャが近くに転がっていたたらいを手に取り、温泉を汲む。彼女の背には尻尾が、頭には獣耳が出てしまっていた。何やら楽しげに、それらが揺れている。たぶん、奥様の為にしてあげられる事があるのが嬉しいんだと思う。


「僕も。奥様に持って行ってあげたいの」


 僕もそう言い、たらいを拾って温泉を汲む。みんな各々たらいを拾い、温泉を汲んで、そのたらいを持ってお屋敷に向かう。こぼしたら服が濡れて大参事だ。気を付けて持たねば。


 そうしてお屋敷に戻ると、奥様の部屋に温泉を届けて大広間へと戻った。まだ治療は終わらないらしい。という事は、まだ夕食にならないという事で。手持ち無沙汰だな……。でも、遊ぶ気にはならないし……。楽しく談笑って雰囲気でもないし……。


 そんな中、ヴィルヘルムさんが無言で立ち上がった。全員の視線が彼に集まる。


「どうした? 手洗いか?」


 そう言ったのは獣王様だ。そんな彼に、ヴィルヘルムさんが首を横に振る。


「ここでぼうっとしていても仕方ないので、食事の準備でもして来ようかと」


 手持ち無沙汰なのは彼も一緒だったようだ。じゃあ、僕も。よいしょと立ち上がる。と、そんな僕を見て、サーシャとスマラクト様も立ち上がった。


「どうしたの、二人とも……」


「アベルが手伝うのなら、僕も手伝うぞ!」


「あたいもー!」


「えー。二人とも、ここで待ってなよ。こういうの、慣れてないでしょ?」


 手が凍るような冷たい水で野菜を洗うのも、キンキンに冷えたお肉を切るのもやった事が無いだろう二人だ。どう考えても戦力外。


「そういう貴女は慣れているのですか?」


 ヴィルヘルムさんがそう口にする。まあ、彼は僕の素性は知らないしね。当たり前の反応だよね。エルフ族なのに小さいうちから里を出て、他部族に囲まれて暮らしている変わった子くらいの認識なんだろう。


「慣れてるよ。必要なら、獣の解体もするよ?」


「出来るのですか?」


「うん。物心ついた頃からやってたもん」


「そうですか」


 それだけ言って、ヴィルヘルムさんは大広間の出口へと向かった。付いて行っても良いんだよね? 駄目って言われてないし。そう思ってカインさんを見る。すると、彼は小さく笑いながら頷いてくれた。


 ヴィルヘルムさんを一番よく知ってるのはカインさんだ。そんな彼が頷いたんだから、付いて行っても大丈夫なんだろう。小走りに、先を歩くヴィルヘルムさんの後を付いて行く。


 彼がまず向かったのは、奥様の部屋だった。彼が外から声を掛けると、部屋から使用人の男の子が出て来た。サーシャが小さい兄ちゃんって呼んでいる、このお屋敷唯一の使用人らしき男の子だ。ヴィルヘルムさんが彼にキッチンの使用許可を取り、今度はキッチンに向かう。


 このお屋敷のキッチンは、思っていたよりも狭かった。うちのお屋敷の半分くらいの広さしかない。まあ、でも、普通の家よりはずっと広い訳で。と言うか、普通の家ならすっぽり入るくらいの大きさはあるんだから、うちのお屋敷のキッチンが広すぎるんだろうな。


 ヴィルヘルムさんは食糧庫だろう扉を開き、中を確認し始めた。じゃあ、僕も! とととっと扉に駆け寄り、中を覗く。


 おお。お野菜からお肉からお魚から、ずらっと並んでいる。瓶詰なんかはひとまとまりに置いてあって、一目でどこに何があるか分かるようになってる! 普段ここを使っている人の性格が出ているような食糧庫だ。


「貴女はこれを」


 そう言って、ヴィルヘルムさんが手渡してくれたのはラッセルボックだった。一羽を僕に、もう一羽を手に持って彼は食糧庫を出た。僕もそれに続く。


「解体はここで。ナイフはこれを使って、一口大に切り分けて下さい。あと、肩に痛みが出るようでしたら、我慢しないで言って下さい」


「分かった」


 ラッセルボックをまじまじと見る。下処理は全部やってあるお肉だから、骨から外して切り分けるだけの簡単な作業だ。切り分ける作業だったら、左手はお肉を押さえているだけだし、余裕、余裕。手を洗って、ナイフも一応洗って、と。


 鼻歌を歌いながら、まずはお肉を部位ごとに分けていく。そうしたら、骨を取って、と。……あ。切り分ける前に筋も取っておこっと。


 里を出てから久しぶりにお肉を触ったけど、物心ついた頃からやっていただけあって、腕は全く衰えていないや。我ながら、良い出来の塊肉になった!


「ヴィルヘルムさ~ん!」


「どうしました? 肩、痛みました?」


 食糧庫から出したお野菜を洗って切っていたヴィルヘルムさんが手を止め、こちらを振り返る。興味無いようでいて、僕の怪我の具合、心配してくれているんだろうな。無口だし、冷たそうな印象を受ける人だけど、何気に優しいよね。


「ん~ん。骨、どこに捨てれば良い? それとも、この骨でスープ取る?」


「ああ……。では、この鍋に入れて下さい」


 鍋に入れるって事は、スープを取るのね。取った骨を、ヴィルヘルムさんが持って来てくれたお鍋にごそっと入れる。


「思っていたよりも早いですね。慣れているというのは本当でしたか」


「僕、べへモスの解体も一人でしてたんだよ! ラッセルボックくらい余裕だよ!」


 得意になってそう言うと、ヴィルヘルムさんが怪訝そうに眉を顰めた。


「一人でって……。大人でも一人ではやらないでしょう、あれは」


「でも、それが僕の仕事だったから。小さい頃は母さんも一緒にやってたんだけどね、母さんが死んじゃってからは僕一人でやってたの」


「誰も手伝おうとはしなかったのですか?」


「あはは。そういう里じゃないから」


 僕以外の人だったら、もしかしたら、手伝ってもらえていたのかもしれない。そういう風に考えると、悔しいし、悲しい。でもね、そいう優しさの欠片も無い里なんだって割り切っちゃえば、悔しさも悲しさも幾分か和らぐ。だから、僕はそう思う事にしたんだ。


「エルフ族は結束が固いイメージがありましたが……」


「んー……。結束は固いと思うけど、排他的だし、雰囲気はこの里の方がずっと良いよ。それより、お鍋、水入れて、火にかけておけば良い?」


「ええ。お願いします」


 頷いたヴィルヘルムさんの表情を見るに、何か思う事があったようだ。でも、それを聞いたりはしない。人との距離をぐいぐい詰めてこない人は、こういう時に助かるね。


 骨と水を入れた鍋を火にかけ、作業に戻る。とは言っても、もう終わったも同然だ。食べやすい大きさにお肉を切り分け、置いておく。


「終わったよ。僕、スープ見ておくね」


「お願いします。灰汁が出てきたら、これで掬って下さい」


 そう言って、ヴィルヘルムさんが取り出したのはお玉だった。木を削って作ったのだろうそれは、うちのお屋敷で使っている金属のお玉よりも浅い形をしていた。こういう調理器具の素材や形の違いも文化の違いだ。同じ国なのに不思議だな。

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