オーガ族 2
おやつを食べ終わって少しして、治療を終えたカインさんとローベルトさんが大広間へとやって来た。カインさんの顔色はあまり良くはない。でも、足取りはさっきよりもしっかりしているし、たぶん、大丈夫なんだろう。
「嬢ちゃん、肩、見してみ?」
ローベルトさんが僕のすぐ傍に座り、肩や鎖骨を触った。触られても痛いところはない。次に、腕を持ってグルグル回して――。
「あ。痛い! 今の、痛い! 凄く痛い!」
「ふむ……。骨は大丈夫そうだが、筋に異常がありそうだの。ま。しばらく安静にとけば治るだろ」
「しばらくってどれくらい?」
「そうだのぉ……。こういう怪我は、癖になると厄介だしのぉ……。一月は腕吊って安静じゃな」
「一月……」
この間、怪我、治ったと思ったのに……。また別の怪我をしてしまった……。
「ところで、飯はまだかいの?」
僕の診察も終わったローベルトさんがそう口にする。たぶん、まだまだだと思う。少なくとも、奥様の治療が終わらないと夕食にはならないだろう。それをアキムさんがローベルトさんに説明する。
「あのね、あのね! あたいね、温泉行きたいの! ローベルトじいも興味持ってたでしょ? 一緒に行こうよ、温泉!」
サーシャってば、温泉、諦めてなかったんだ……。魔物に遭遇するなんて、怖い目にあったのに……。
「状況的に考えて、遅くなればなるほど今日は混むでしょうし、温泉に興味があるのなら、先に入ってしまった方が良いかと思いますよ」
お茶を啜りながらヴィルヘルムさんがそう口にする。と、サーシャがぱっと顔を輝かせながら立ち上がった。
「じゃあ、温泉! みんなで行こう!」
そうして僕達は、再び温泉へと向かった。さっきと違うのは、子ども組だけじゃなくて大人組もいる事。そして、みんな魔力媒介を持っている事。魔物が出たばっかりだからね。これくらいの用心はしていて損はないでしょ。
温泉へと続く道を歩いていると、山の斜面に小さな光がチラチラ光っているのが見えた。さっきはあんな光、無かった気がするんだけど……。
「ねえ、あの光、何?」
不思議に思ってそう口にする。すると、ヴィルヘルムさんが口を開いた。
「山狩りです」
「山狩り? 山狩りって?」
「他にも魔物がいないか、里の者達が探しているんです」
「もしかして、里の周り、ぐる~って見て回ってるの?」
「ええ」
「ごはんも食べずに?」
時間的に、今は夕食時。今、山にいるって事は、ごはんも食べず、僕達の無事を確かめて、そのまま山に入ったっていうのは容易に想像出来る。
「携帯食くらいは持って行っているとは思います」
「もしかして、遅くなればなるほど温泉が混むのって……」
「山狩りをして、食事をして、風呂に入る。皆、この流れになるでしょうから」
山肌に張り付くように光るあの光一つ一つが人だとしたら、結構な人数だ。それが一斉に温泉に来たら……。芋洗いだ……。
「山狩りが終わるまでは女達は外に出ないでしょうし――」
『じゃあ、貸し切りだ!』
スマラクト様とサーシャが同時に叫ぶ。二人とも目をキラキラ輝かせていた。本当に温泉好きだよね、二人とも。思わず苦笑してしまう。
「しかしよぉ、俺らだけ先に入って良いもんかねぇ。山狩りしてる連中に申し訳ない気もするが……」
そう言ったのは師匠だった。言われてみれば、山狩りをしている人達は、里の為に働いてくれている訳で。その人達を差し置いて、先に入っても良いものなんだろうか? 不安になってカインさんを見る。すると、彼は小さく笑った。
「何も、我々まで芋洗いに加わる事は無いでしょう」
「待っていたら待っていたで、迷惑になりますから」
ヴィルヘルムさんがそう付け加える。たぶん、オーガ族の里では、師匠が言ったみたいな気遣いよりも、合理性を重視するんだと思う。カインさんとヴィルヘルムさんの発言で僕はそう思った。
そんな話をしていたら、あっという間に温泉に着いた。魔物に遭遇したばっかりだし、遭遇した場所を通るし、もっと緊張するかと思ったけど、全然そんな事無かった。大人が大勢、一緒にいるからだろう。スマラクト様はもとより、サーシャも怯えたような様子は無いね。よしよし。
「じゃあ、僕、女湯の方に行くから」
すちゃっと片手を挙げて挨拶をし、女湯に足を向ける。すると、さも当然の顔でサーシャも付いて来た。何故……。足を止め、サーシャを見る。すると、彼女は不思議そうな顔で僕を見つめ返した。
「サーシャはあっちだよ」
指差した先には男性陣。今日は付き添いの女の人はいないんだから、サーシャはこっち来ちゃ駄目でしょ。お父さんと一緒に入って来て。そう意図した発言だったんだけど、サーシャには全く伝わっていなかった。
「何で?」
「今日は奥様いなんだから。サーシャはあっち」
「あたい、アベルと一緒に入るのッ! だから、こっち!」
んもぉ……。仕方ないなぁ……。ここで癇癪を起されるのも面倒だ。
「温泉に入る決まり、ちゃんと守れる? そもそも、覚えてるの?」
「先に身体を洗う! あと、歩くときはしゃがんで!」
「そう。あと、お風呂に飛び込まない」
「うん。分かった!」
返事は良いんだけどなぁ。適当に返事してる感あって、ちょっと心配……。
「ちゃんと守れなかったら、僕、サーシャとは二度と一緒に温泉入らないからね?」
「えぇ~! 嫌だぁ!」
不服の声を上げたサーシャの目がウルウルしだす。
「アベルと温泉入りたいぃぃぃ!」
「ちゃ~んと決まり守れたら、一緒に入れるよ?」
「本当? 明日の朝も? 昼も? 夜も?」
「うん。ちゃんと守れたらね」
「分かった」
今度は神妙な声と顔で返事をしてくれたし、たぶん、大丈夫だろう。ま。駄目だったら駄目で、明日からは獣王様と一緒に入ってもらえば良いだけだし。
「よし。じゃあ行こう!」
「うん!」
そうして二人で女湯に入る。結論から言うと、サーシャは、僕が声を掛ければちゃんと決まりを守れた。身体は先に洗ったし、お湯に飛び込むという暴挙にも出なかった。二人で仲良くお湯に浸かり、至福の溜め息を吐く。
「髪、少し温まってから洗おうね」
実は僕達、まだ、髪の毛を洗えていない。というのも、この温泉、外にあるから洗い場が滅茶苦茶寒いのだ。何度も何度もかけ湯をしたけど全然身体が温まらなくて、身体を洗う少しの間にガチガチ震えてしまうくらい寒い。でも、その分、温泉に浸かった時の幸福感といったら……。
「アベルぅ、肩、痛い……?」
「え? あ~……。痛い方向に動かさなければ、全然、何とも無いよ」
「ごめんね……。あたい、また何も出来なかった……。攫われた時も、今日も、怖くて震えてるしか出来なかった……」
無力感に苛まれているのは、どうやら僕だけじゃなかったらしい。サーシャもかなり気にしていたようだ。
「サーシャはさ、まだ小さいんだし、怖くて震えてるのが当たり前だよ。僕だってさ、何も出来なかったし。人攫いを倒してくれたのは、スマラクト様とカインさんだし、魔物を倒してくれたの、ヴィルヘルムさんだし」
「でも、アベル、人攫いからあたいの事、守ってくれたもん。それに、今日だって、その怪我、魔物に立ち向かったんじゃないの?」
「立ち向かってないよ。奥様から魔物を引き離すおとりになっただけ。それに、僕がもっとちゃんとしてれば、奥様だってカインさんだって、怪我しなかったかもしれないんだから……」
魔力媒介を召喚するのに手間取ったり、木から落っこちたり……。駄目駄目だな、僕……。
「あたいね、アベルが危なかったら助けてあげられるようになりたい……」
「うん。ありがと、サーシャ。その為には、た~くさん勉強しないとね。あと、魔術を使う練習だってしないとだよ? 四つん這いでしか動けないゴーレムじゃ、僕の事、助けられないんだから」
「だ、大丈夫だもん! 口があるもん!」
「え~。もしかして、僕が暴漢に襲われてたら、そのゴーレム、暴漢に噛みつくの?」
「そう!」
「じゃあさ、僕がどっかから落ちそうになってたら? どうやって助けてくれるの?」
「えっと、えっと……。咥える!」
「それ、一緒に落っこちちゃうよ」
僕があははと声を出して笑うと、サーシャもケラケラと笑いだした。ちょっと元気になったようだ。
サーシャにさっき言った事は、僕自身にも言える事。たくさん勉強して、たくさん魔術の練習をして――。弱くて駄目駄目なままじゃ、自分自身を嫌いになりそうだから。
よし。新しい戦い方、カインさんに相談してみよう。師匠にも。二人とも、先の大戦を経験している元騎士だし、僕よりずっと、戦いに精通しているんだから。
……あ。でも、僕、怪我したんだった。一月くらい、左腕、使えないんだ……。右手だけで出来る戦い方って限定しないと、練習すら出来ないや。




