オーガ族 1
族長さんの息子さんの家の前には人だかりが出来ていた。手に手に武器を持つ男の人達と、不安そうな顔をした女の人達。そんな彼らは、帰って来た僕達に気が付くと、一斉に顔を輝かせた。
たぶん、僕達の帰りがもう少し遅かったら、男の人達みんな、僕達を探しに来てくれていたのだろう。そんな雰囲気だ。人情味があるというか、僕が生まれ育ったエルフの里とはまた違った連帯感がある。断然、雰囲気はこっちの里の方が良いけどね!
「アベルぅー!」
人垣を掻き分け、飛び出して来る小さな人影。サーシャだ。彼女は半泣きになっていた。その後をスマラクト様と獣王様、アキムさんが付いて来る。
「無事で良かったぁ。あー! アベル、怪我してるー! スマラクトー! アベル、怪我してるよー!」
「皆、無事で良かった」
「無事じゃないよ! アベル、怪我してるんだよっ!」
スマラクト様の言葉に、サーシャが地団太を踏みながら抗議している。でも、僕の怪我は大した事無い。それよりも、カインさんだ。
「スマラクト様。カインさんが怪我しちゃったの。魔物の爪でやられて――」
具合が悪そうなの。そう言い終わる前に、サーシャにぐいっと腕を引っ張られた。勿論、怪我ををしていない方の腕だ。その位の気遣いは、サーシャにだって出来るらしい。
「ローベルトじいに診てもらおうよ! あたい、お願いしてあげるから! ローベルトじいね、昔、お城の薬師だったんだよ!」
「え。ちょっと。サーシャ、待って。僕よりもカインさんが――」
「皆、まとめてローベルトに診てもらえば良い」
そう言ったのは獣王様だ。微笑ましいとでもいうような顔でサーシャを見ている。
「アレクは奥方の治療で手が離せないでしょうし、そうしてもらった方が良いと思います」
ヴィルヘルムさんがそう口にすると、カインさんが小さく頷いた。先に運ばれた奥様は、既に治療をしてもらっているようだ。それだけは一安心。
「奥様の様子、どうだった?」
サーシャ達が泊まっている部屋に向かう道すがら、スマラクト様に問う。すると、彼は少し考え、重々しく口を開いた。
「アレクシス――族長の息子が診ているが、あまり良い状態とは言えない。左足、もしかしたら駄目かもしれん……」
「駄目かもって……」
「人族は、僕達魔人族より魔力浸食に弱いんだ……」
魔力浸食とは、魔物の爪や牙でやられた時に起こる特有の怪我だ。魔物の爪や牙には魔力が乗っていて、それが傷口から侵入、浸食して、最悪の場合、死に至る。ただ、対処が全く出来ない怪我ではない。それ用の薬だってあるし、治癒術でならすぐに治す事も出来るって本で読んだ。それに、浸食箇所が四肢だった場合には、侵された四肢を切断すれば、命だけは助かるとも。
「そこまで悲観される事は無いかと思います。どの程度の魔力浸食だったのか、私は傷を見ておりませんが、特効薬がこの里にはありますから」
そう言ったヴィルヘルムさんを見る。彼は安定の無表情。にこりともしなければ、苦悩した顔もしていない。もともと表情が読みにくい人ではあるけれど、言葉通り、悲観していないんだろう。それだけは分かる。
「特効薬って? 珍しい薬草か何か?」
僕がそう尋ねると、ヴィルヘルムさんは緩々と首を横に振った。
「温泉です」
「あ……!」
言われてみれば。この里の温泉、治癒術と同じような効果があるとか何とかって話だった! 治癒術で治せる魔力浸食の特効薬に、治癒術と同じ効果がある温泉って訳か!
「じゃあ、カインさんの怪我も温泉で治る?」
「ええ」
「そっか……。良かったぁ……」
ホッと安堵の息を吐く。カインさんの怪我は僕のせいだから。それに、奥様の怪我だって……。僕が未熟だったから……。
「アベル、腕、痛い? 泣かないで……」
「な、泣いてないもんっ!」
ごしごしと袖で涙を拭うも、涙は次から次に溢れてくる。
「うぅー……!」
「アベルぅ……!」
泣く僕を見て、何故かサーシャまで一緒に泣き出してしまった。
「サーシャ、泣いていてはローベルトにお願い出来ないぞ? お願いしてやると言っていなかったか?」
そう言った獣王様がサーシャを抱き上げる。そして、その背をトントンとした。
優しいお父さんに慰めてもらうサーシャ。羨ましくないなんて言ったら嘘になる。当たり前に愛してもらえて、当たり前に守ってもらえて……。僕にはいない、望んでも手に入らない、お父さん……。そう気づかされた途端、目の前が真っ暗になった。でも、やけに音だけははっきり聞こえていて。サーシャをあやす獣王様の声だけはしっかりと耳に届いていた。
「アベル」
唐突に、トンと肩を叩かれる。ハッとして顔を上げると、苦笑するカインさんと目が合った。
「今日、私は、獣王様がサーシャ様にしているように、貴女を抱いて連れて行ってはあげられません」
「うん……。分かってる……」
腕を怪我している人に抱っことか、そんな酷い事は言わないよ、僕。それくらいの分別はあるんだから。
「ただ、どうしてもと言うのなら――」
「言うのなら?」
「グリンマーかヴィルヘルムに抱いて行ってもらいますか?」
師匠かヴィルヘルムさん……。思わぬ提案に、僕は二人を見た。師匠はニヤニヤした顔で両手を広げ、ヴィルヘルムさんは無表情。
師匠のあの顔、絶対にまともに抱っこする気無い顔だ。荷物のように肩に担がれる未来しか想像出来ない。師匠は絶対に嫌!
対して、ヴィルヘルムさんは、抱っこと言えば普通にしてくれる気がする。何だかんだで優しくて面倒見が良い人だから。でもなぁ……。何でだか、彼に抱っこされている姿を想像すると無性に恥ずかしい。ヴィルヘルムさんに抱っこされるのも何か嫌だ!
「いい。自分で歩く」
「が~ん! おめえ、こういう時くらい俺に甘えろや!」
後ろで師匠が何やら叫ぶ。地団太まで踏んでいるようで、ドスドスという振動まで響いてくる。
「良かったのか?」
隣を歩くスマラクト様の問いに、僕は一つ頷いた。
「僕、サーシャと違ってお姉さんだから」
「そうか。では、いつまでもメソメソ泣いていたら駄目だな!」
「うん」
頷き、袖でグッと目元を拭う。そうして僕達は、サーシャ達が泊まっている部屋へと歩を進めた。
サーシャ達の部屋に着くと、獣王様の腕から飛び降りたサーシャが、スパンと勢い良く襖を開いた。僕達の部屋と変わらない二間続きの客間に、こたつがドンと置いてある。こたつの布団が一部盛り上がっていて、見ると、おじいさんが一人、寝息を立てていた。
この人がローベルトさん――サーシャの師匠の一人で、アキムさんのお父さんか。うちのじーちゃんや師匠とどっこいどっこいの年齢だな、たぶん。小柄で細身のおじいさんは、幸せそうな顔で寝入っていた。
「ローベルトじい。起きて、ローベルトじいぃ!」
サーシャが眠るローベルトさんをゆさゆさと揺する。すると、ローベルトさんの目が薄らと開いた。そして、サーシャの顔を見て、続いて僕達の方に視線を向ける。
のっそりと起き上ったローベルトさんの眼光は鋭い。睨むように僕達を見ている。
「何やら血の臭いがしているが、そこの御仁か……?」
「あのね、アベルがね、怪我しちゃったの! だからね、診てあげて!」
「アベルとは、姫さんのご友人ではなかったか? いささか年を食ったご友人だのう……」
「アベルはこっち!」
僕の元に駆け寄ったサーシャが僕の腕をグイッと引っ張る。
「ローベルトじい、ちゃんと目、覚ましてよ! 寝起き悪いんだからっ!」
「そっちがアベル……。では、その御仁は……?」
「スマラクトの世話係り! とっても強いおじちゃんの話、したでしょ!」
「はて……?」
歳のせいなのか、寝ぼけているのか……。寝起き悪いって言われてたし、寝ぼけているんだろうな。鋭く見えている眼光も、ただ半目でボーっとしているだけなのかもしれない。
「怪我人は? その二人だけかの?」
「そう! 診てあげて!」
「引退した老いぼれに魔術の教えを乞うだけでなく、怪我人の治療までさせようとは……。人使いの荒い姫さんだのう……。アキム、儂のカバンを」
ローベルトさんに指示されたアキムさんが奥の部屋に行ってカバンを取って来る。ローベルトさんはそのカバンの中を漁ると、薬だとか治療道具だとかを引っ張り出した。
「携帯用の道具しか無いからの。簡単な治療しか出来んぞ。あと、姫さん。出ていた方が良い」
「何でぇ!」
「血、見慣れていないだろう。アキム、姫さんを連れて行け」
「はい」
ローベルトさんの指示でアキムさんがサーシャを抱き上げる。と、そんな彼の腕から逃れようと、サーシャが暴れ出した。本気の抵抗だ。アキムさんがぶたれたり引っ掻かれたり噛まれたりしてるんだけど……。気の毒に……。そんな二人の後を、獣王様が笑いながら付いて行く。サーシャを諫めたりとかはしないんだね、獣王様……。
「血の臭いをさせている御仁が先かな……? 嬢ちゃん、その腕、痛みは強いのかい?」
「ううん。肩外れたけど、すぐに師匠が入れてくれたの。今は動くし、そこまで痛くない、かな……?」
「そうかい。待っている間に痛みが出て来るようだったら、外の雪か何かを使って冷やしていておくれ?」
「分かった」
「じゃあ、治療を始めるかの。坊ちゃんも嬢ちゃんも外で待っていた方が良いぞ?」
「う、うむ。大広間にいるからな、じい」
「はい。治療が終わりましたら参ります。グリンマー、ヴィルヘルム、坊ちゃまとアベルをお願いします」
「おう」
「分かりました」
そうして僕達は、カインさんとローベルトさんを部屋に残し、大広間へと向かった。
大広間に入ると、何やら嗅ぎ慣れない匂いがしていた。お酒に似ているような気がするけど、甘い匂いだ。ぐぅと僕のお腹の虫が主張を始める。
「アベル、これ、美味しいよ!」
そう言ったサーシャは、頬が涙の跡で汚れていた。強制連行されたせいで大泣きしたようだ。でも、不機嫌さは全く無い。それどころか、ご機嫌に僕を手招きしている。でもね、彼女のすぐ隣に座るアキムさんはボロボロな訳で。苦笑するしかないよね、これは。
「それは! 甘酒ではないか!」
そう言ったスマラクト様が飛びつくように囲炉裏に向かう。この甘い匂いは甘酒なるものの匂いらしい。
いそいそと囲炉裏の傍に座ったスマラクト様が、囲炉裏のお鍋から白い液体をコップに注いだ。それを僕達に配ってくれる。
ホカホカと上がる湯気と共に、大広間に充満する匂いも上がって来る。再び、僕のお腹の虫が主張を始めた。
「これね、この家の小さい兄ちゃんが持って来てくれたの。ごはん遅くなるから、繋ぎにどうぞって。こんなのもくれたんだよ!」
サーシャが見せてくれたのは、白い……何……? 焼いていないパンの生地に見た目は近いけど……。
「奥方の治療に人手が割かれているのか……。まあ、非常事態だ。我が侭は言えぬな」
そう言いながらスマラクト様がパン生地っぽい何かに手を伸ばし、それを口にした。そんな彼の様子を、サーシャと二人、ジッと観察する。
「何だ?」
僕達の視線に気が付いたスマラクト様が首を傾げる。何だって? そりゃ、もちろん、その得体の知れない丸い物体が美味しいのかどうか、気になるんだよ。
「それ、美味しい……?」
サーシャがおずおずと問う。すると、スマラクト様がキョトンとしながら手の中の丸い物体を、続いてサーシャを見た。
「食べていないのか?」
「うん……」
「これは大福と言って、この里の特別な日に食べる甘味だ。餅――米で作った生地の中に、甘く煮た豆を潰したのが入っている。この里の食事が美味しく食べられるのなら、美味しく感じると思うぞ」
「そっか」
サーシャが大福なる物体に手を伸ばす。じゃあ、僕も。
「これ、もちゃもちゃするー!」
「うん。不思議な食感だね」
「でも、美味しいねぇ」
「そうだね。美味しいねぇ」
サーシャと二人、うふうふと笑いながら大福を頬張る。甘い飲み物と甘いお菓子。幸せな気分になってきた。ついさっき、あれだけ怖い思いをしたのにね。甘い物の力は偉大だ。




