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墓穴 1

 楽しいお茶の時間はあっという間に終わってしまった。楽しい時間って、過ぎるのが早いよね。名残惜しいけど、皆とはお別れだ。また明日も会える。そう思ったけど、それを良しとしない人が一人。


「嫌だ! アベルともっと遊ぶ! 僕の代わりにじいが仕事しろッ!」


 スマラクト様は領主代行様で、明日の登用試験の主催者だから、やらなくちゃいけないお仕事がたくさんあるようだ。だから、カインさんがスマラクト様に、そろそろお仕事をするよう促した。そうしたら、この癇癪が始まった。


「兄様。明日だってアベル君と会えるんだから。明日、登用試験があるんだし、今日はちゃんとお仕事しようよ?」


 そう諭すように、アイリス様がスマラクト様に声を掛ける。ん~……。アイリス様って、言動もしっかりしてるし、見た目も大人っぽいし、やっぱり、スマラクト様の妹って感じがしない。どちらかと言うとお姉ちゃんって感じだ。


「嫌だ!」


「今日は私だけじゃなくて、ウルペスさんも一緒に書庫に行くんだから。それで我慢してよ?」


「い~や~だ~ッ!」


「兄様……」


 アイリス様が困ったようにラインヴァイス様を見た。けど、ラインヴァイス様もスマラクト様を説得する術は無いようで、困った顔で首を横に振る。見ると、ウルペスさんもカインさんもほとほと困ったといった顔をしていた。


 僕が「もう帰る」って言えば、この場は収まるのだろうか? スマラクト様は納得してくれるのだろうか? でも、僕ともっと遊びたいと言ってくれているスマラクト様を突き放すの、あんまりしたくない……。だって、スマラクト様は、僕にとって、初めての友達だから……。


 僕の暮らす里にだって、同年代の子は数人だけどいる。けど、彼らとは一度も遊んだ事が無い。だって、彼らは僕の顔を見る度に、「余所者の子」とか「汚らわしい血は里から出て行け」とか言ってくるんだもん。こんな風に、同年代の子に真っ直ぐな好意を向けられた事は、生まれてからただの一度も無かった。


 アイリス様の発言的に、この後、みんなで書庫に移動して、そこでスマラクト様はお仕事をするらしい。そこに僕が入っていたら、流石にまずいかな……? 静かに本を読んでいれば、スマラクト様のお仕事の邪魔にはならないはず。けど、書庫には大切な本だとか書類だとかがあるだろうし……。そういうのって、触らなければ良いってものでもないだろうしぃ……。でも、これ以外の案が思い付かない。だから、僕はおずおずと口を開いた。


「あの、スマラクト様? 僕も一緒に書庫、行っても良い……?」


 そう尋ねたとたん、スマラクト様の顔がぱぁっと輝いた。


「本当か! 共に来たいか!」


「う、うん……」


 この変わりよう……。さっきまで、癇癪起こしてみんなを困らせてなかったっけ?


「よし! では行こう!」


 そう言ったスマラクト様が僕の手をむんずと掴んだ。そして、グイグイ引っ張って行く。足取り軽く、鼻歌を歌いながら。


 僕の予想に反して、僕が一緒に書庫に行く事を咎める人は誰もいなかった。カインさん辺りが止めるかなって思ったんだけど……。ちらりと振り返る。と、アイリス様と手を繋いでいるラインヴァイス様と、彼らを先導するように一歩前を歩いているカインさんとで何かを話しているようだった。少し距離が開いているから、何を話しているかまでは分からない。けど、二人の表情を見る限り、真剣なお話のようだ。


「うちの書庫はな、凄いんだぞ!」


 そう言ったのは、僕の手を引くスマラクト様。ご機嫌そのものって感じ。後ろで真剣なお話をしているだろう事は、全くもって気が付いていないようだ。


「凄いって? 大きいの?」


「ああ。城の書庫ほどではないけどな。自慢の書庫だ!」


「スマラクト様、もしかして、お城の書庫、入った事あるの……?」


「うん? ああ。あるぞ。あそこには、一族の蔵書が眠っているんだ。それを竜王様が公共の財として公開して下さっているから、城に行けば誰でも入れるぞ」


「そっか」


 お城の書庫かぁ。魔道書とか、たくさん置いてあるんだろうなぁ。一回で良いから行ってみたいなぁ。でも、お城はここからかなり距離がある。本格的に旅をしなければならないくらいの距離が。


 でもでも! 騎士になれたらお城に行ける。そうしたら、書庫にも入れるって事だ。じーちゃんに仕送りが出来て、なおかつ、本に囲まれた生活も出来る。はぁ~! なんて素晴らしいんだろう、騎士って!


「ほら。ここだ!」


 そう言って、スマラクト様は一枚の扉の前で足を止めた。両開きの扉は重厚な造り。一目見て、ここがこの館の重要な部屋なんだって分かった。


 スマラクト様が扉を軽く押すと、音も無くなくそれは開いた。この扉、魔術的な仕掛けがしてあった。一瞬だけど、魔術が発動する気配があったもん。許可がある人しか入れない、鍵的な魔術かな? 大切な本や書類が置いてある部屋だろうし、そういう魔術が掛かっていてもおかしくはない。物語で読んだもん。お金持ちの家の宝物庫や書庫や書斎には、そういう仕掛けがしてあるんだって。


 先に入ったスマラクト様に続いて、僕も書庫に足を踏み入れた。少しして、カインさん、ラインヴァイス様、アイリス様、ウルペスさんも到着する。


 館の書庫は、僕の予想をはるかに超えた規模だった。入ってすぐは閲覧スペースなんだろう。大きなテーブルがデンと置いてあり、クッションが程よく効いていそうな椅子が何個も並んでいた。そして、その奥、広い広い部屋に所狭しと本棚が並んでいる。


 この書庫、僕の家が二軒とか三軒とか入る大きさなんだけど……。一体全体、何冊くらいの本が納められているんだろう? ここより広いお城の書庫って……。


 あ。魔道書発見! あ! あっちは歴史書! ああ! あれは料理本! ……ん? 料理本って……? 領主様、お料理するの……?


 僕がキョロキョロしている間に、みんな、それぞれやるべき事の準備を始めていた。カインさんは書類の準備。閲覧スペースに書類の山を築いている。アイリス様は魔導書だろう本と写本、ペンなんかを準備している。ラインヴァイス様とウルペスさんは本探しをするのだろう。本棚の方へ歩いて行った。


「本は好きか?」


 スマラクト様に問われ、僕は素直に頷いた。


「うん。でも、里にはあんまり本が無いんだ。こんなにたくさんの本、初めて見た」


 僕の里には、こんなに立派な書庫を持っている家なんて一軒も無い。せいぜい、生活に必要な知識が記してある本と、適性がある魔術の魔道書が数冊置いてある程度だ。


 たぶん、里で一番本を持っているのはウチのじーちゃんだ。じーちゃんは複数の魔術に適性がある人で、魔術を人よりたくさん勉強していたらしい。それに、他の部族の文化や風習にも興味があって、若い頃にはこっそり近隣の町に行って、そういう事が分かりそうな本を片っ端から買っていたんだとか。そんなじーちゃんだって、本棚が三つ埋まる程度の本しか持っていない。こんな無数の本棚が埋まるような数の本、僕、初めて見た!


「そうだったのか。戦記などは好きか? 僕のお勧めの本、読んでみるか?」


「良いの?」


「ああ。こっちだ!」


 スマラクト様が僕の手を引き、一つの本棚へ向かって駆け出した。僕も遅れずに付いて行く。


「この一角はな、僕の本棚なんだ! 僕の好きな本が置いてあるんだぞ!」


 スマラクト様に案内された本棚には、戦記や戦術書が詰まっていた。特に凄いのが戦術書。古今東西、色々な戦術書が取り揃えられている。


「難しそうな本だね。僕、戦術書なんて読んだ事無いよ」


「やはり、アベルもあまり興味が無いか……」


 そう言ったスマラクト様が、ガッカリしたように肩を落とした。思いがけず、スマラクト様の趣味を否定するような事を言ってしまった! 失敗した!


「ち、違うよ。ほら。僕の里、本、あんまり無いから! 戦術書を持ってる人、いないの!」


 これは嘘だ。里で一番本を持っているだろうじーちゃんは、戦術書もいくつか持っている。それに、里中探せば、そういう本を持っている人が他にもいるかもしれない。


「持っている人がいない、か……。やはり、アベルの里でも、戦術書は不人気なのだな……」


 人気があるか無いかで言ったら、戦術は人気が無い分野だ。と言うのも、魔人族は人族に比べて、個人個人の能力が高いから。戦術に頼るのは人族の戦い方っていう認識が強い。けど、それはスマラクト様の前では口が裂けても言ってはいけない事だ。


「ええと、ええと……。戦術の勉強の取っ掛かりになるような戦記! 僕、そういうの、読んでみたい!」


「取っ掛かりかぁ……。そうだなぁ……。初めて読んだ戦記はこれだったか? しかし、こちらの方が戦術は理解しやすかったような……」


 スマラクト様はブツブツ独り言を呟きながら本選びを始めた。僕はこっそりと息を吐く。良かった。スマラクト様の事を傷付けずに済んだみたい。


 誰だって、自分の趣味を否定されたら傷付くもんね。たとえそれが、みんなに理解されにくいものだって自覚していても。


「ねーねー。スマラクト様は、何で戦術に興味持ったの? やっぱり、戦記の影響?」


「……アベルは、破滅の魔術師の話は聞いた事があるか?」


「世界最強って言われてる魔術師の?」


「そうだ」


「うん。寝物語でじーちゃんに聞いた事ある。先の大戦で魔大陸の一部を消滅させた人で、僕くらいの歳で空間操作術師になった人でしょ。凄いよね。空間操作術って、魔術の中でも一番難しいのに」


 魔術には、三つのカテゴリーがある。時空魔術、状態魔術、攻撃魔術だ。更にそれを細かく分類したものの一つが空間操作術。数ある魔術の中でも、一番難しいとされている魔術で、空間操作術師を名乗れるような魔術師は、世界でも数人しかいないんだとか。


 そんな凄い魔術を、破滅の魔術師は僕くらいの時には修めていたらしい。天才って言葉は、彼の為にあるようなものだろう。


「それくらいしか聞いた事が無いのか?」


「え? もっと何かあるの?」


「うむ。その昔、この国で王位を争う内戦が起きた。それを終わらせたのが破滅の魔術師だ。幼かった彼が、周囲の反対を押し切って参戦した結果、泥沼の戦いが終わった」


「へぇ~」


 それは知らなかった。でも、その話が本当なら、破滅の魔術師って英雄だよね。


「でもさ、そんな凄い人に、何で破滅だなんて二つ名を付けたんだろう? 戦いを終わらせた人なんでしょ? もっと、こう、希望に溢れるような二つ名を付けても良いと思わない?」


「それは、味方からも敵からも、血も涙も無いと恐れられた故だ」


「味方も恐れるような圧倒的な実力があったからって事?」


「それもある。が、一番は、実の父を自らの手で屠ったからだろうな。敵対勢力の大将が、破滅の魔術師の父だった」


「ふ~ん。でもさ、何でお父さんと敵対したんだろうね? 普通はさ、お父さんの味方に付くよね?」


「それは、破滅の魔術師の父に、王としての資質が無かった故だ。この国は昔から、実力第一主義だ。資質の無い物はそれ相応の扱いになるのが必然の成り行きであったが、破滅の魔術師の父やその取り巻き達はそれを不服とした。なまじ出来の良い息子がいたせいもあったのだろうな……。だから兄と敵対し、息子の手によって屠られた」


「そっかぁ。スマラクト様、詳しいんだね、破滅の魔術師について」


「うむ。自分の父親の事だ。知っていて当然であろう?」


 スマラクト様の父親……。それは領主様な訳で。それが破滅の魔術師で……? えっと、えっと……。


「ははは。理解が追い付いていないな。父上はこの地の領主であり、世界最強の魔術師だ。そして、今は竜王城で宰相を務めており、竜王様やラインヴァイス兄様の叔父であり、師でもある。まあ、叔父と言っても義理なのだがな。父上は内戦の後に先々代の竜王様の養子になり、先代竜王様と義兄弟となったが、元は従弟なのだから。まあ、これは、あまり公には知られていないようだが」


 肩書き多いよ、スマラクト様のお父さん! 僕の頭、大混乱だよ!


「あ。この本などどうだ? 初めは父上が主役の物語だから興味が湧いたのだが、読んでいくうちに敵役の立ち回りの失敗が目に付いてな。僕が戦術の重要性を考えるきっかけになった本のうちの一冊だ」


 そう言ったスマラクト様が本棚から一冊本を引き抜き、僕に手渡してくれた。それを見て、ふと思う。スマラクト様はお父さんが凄すぎる人で、絶対に一人では敵わない相手。だから、逆に、個の力に固執する事が無いんだろう。


 普通の人がスマラクト様の立場だったら、どう足掻いたってお父さんに敵わないって腐ってると思う。努力なんてアホ臭い、クソ食らえって。けど、スマラクト様は違う。個が駄目なら集団でって、別の角度から切り込んだ。その結果がこの本棚なんだろうな。


 生まれた環境や親の事って、自分ではどうにもならない事だ。けど、それで人生諦めるのは何だか悔しいよね。それだったら、他の人が考えないような方法で見返してやりたいよね。分かるよ、スマラクト様!

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