雪 1
過ごしやすい季節はあっという間に終わり、とうとう冬がやって来た。でも! 今年の冬は快適なんだ。何たって、僕は領主の館に住んでいるんだから! 部屋だけじゃなくて、廊下まで暖かいとは! 最高! 領主の館!
「今日もご機嫌だな、アベル」
そう言ったのはスマラクト様。彼は暖炉のすぐ傍の執務机でお仕事の準備をしている。僕も、部屋の隅に用意された僕用の小さな勉強机で研究の準備中だったりする。
「僕ねぇ、このお屋敷で雇ってもらえて良かったって、心からそう思ってるんだぁ。どこの部屋にも暖炉はあるし――」
「廊下まで暖かいから、だろう? 毎日言っているな、それ」
「それくらい凄い環境だって事だよ! 凍えない冬なんて、僕、初めてなんだから!」
「はいはい。分かった、分かった」
聞き飽きたと言わんばかりの顔で、スマラクト様が席に着く。すると、そんな彼に、カインさんが封筒を差し出した。
「先程、こちらの手紙が届きました。最優先でこちらにお目通し下さい」
そう言ったカインさんが今度はペーパーナイフをスマラクト様に手渡す。スマラクト様は差出人の名前を確認すると、小さく笑いながら手紙の封を切った。
「やはり今回も入っていたか。アベル。サーシャから手紙だぞ」
そう言ったスマラクト様が封筒を僕に差し出す。僕は彼の元へ駆けると、それを受け取り、いそいそと席に戻った。
オーガ族のお祭り以来、獣王様からスマラクト様の元へ、結構頻繁に手紙が届いている。毎回、サーシャがおねだりして出してもらってるんだって。僕やスマラクト様に手紙を出したいから。
何故、サーシャは自分で手紙を出さないのか。理由は分かっている。サーシャの字は暗号と言っても良いくらい汚いからだ。配達の人が宛名を読めなくて、返って来る事が分かりきっている。だから、彼女は獣王様に手紙を出してもらって、そこに自分の手紙を入れるという手段で僕達に手紙を出してくれているのだ。
「お。干し柿、サーシャの所にも届いたようだな」
一足先に、獣王様からの手紙を読み始めたスマラクト様がそう口にする。そっか、そっか。サーシャの所にも干し柿が届いたのか。ついこの間、僕達の元にも干し柿が大量に届いた。僕達はそれを二人で山分けし、僕は大半をじーちゃんの仕送りにあて、スマラクト様は食堂に持って行った。お屋敷のみんなからの評判は上々だったし、じーちゃんも美味しく食べてくれているだろう。頑張って作った甲斐があったってものだ!
そんな事を考えながら、僕もサーシャからの手紙の封を切る。そうして手紙に目を通していった。
今回もかなり読みにくい手紙だ。誤字脱字はもちろんのこと、所々鏡字になってるんだもんなぁ。まあ、サーシャは小さい子だし? 魔術の師匠との折り合いが悪くて勉強をサボりまくってたし? 仕方ないんだろうけどさぁ。
「ほう……。とうとう、サーシャの師が決まったか……」
「あ。それ、サーシャからの手紙にも書いてあるんだけど、どんな人なんだって? サーシャってば、師匠決まったよとしか書いてないんだよ!」
「サーシャの遠縁の老人のようだ。老人の息子がその補佐に入るそうだ」
「師匠が二人って事?」
「うむ。たぶん、座学と実技で役割分担をするのだろう。因みに、二人とも呪術師だそうだ」
手紙に目を通しながらスマラクト様がそう答える。
「そっか。流石に、屍霊術師の師匠は見つけられなかったんだね」
「人との関わりを極端に嫌うからな、屍霊術師は。単身での弟子入りならまだしも、城に来てもらうのは無理だ。まあ、親戚筋の呪術師ならば順当な人選だろう。サーシャの元師も嫌がらせする訳にはいかぬしな」
「嫌がらせって……」
「よくある話だ。元師としては面白くないだろう? 職を追われているのだしな。しかし、新しい師が王位継承権など無いに等しい遠縁であれ王族の一員ならば、元師も手が出せぬ」
「そういうものかぁ……」
嫌がらせなんてねぇ……。お城の中は、僕の里とは次元が違うと思ってたのになぁ。そういうの、どこにでもあるんだね。
「息子の方は護衛も兼ねているようだし、近々顔を合わせる事になるだろう」
「何で?」
「サーシャの手紙に書いてないか? またオーガ族の祭りに参加するらしいぞ」
「それって、今度行くっていう冬のお祭り?」
「そうだ。サーシャが行くと言って聞かないらしい」
……あ。本当だ。お祭りに行くからねって書いてある。温泉一緒に入ろうね、だって。
「冬のお祭りなんて来て大丈夫なのかな? サーシャの国って暑いんでしょ? 体調崩したりしないかな……」
「大丈夫だろう。獣人種に分類される部族は、気温の変化にめっぽう強いからな。それに、寒ければたくさん着込めば良い!」
「坊ちゃまのように、ね……」
カインさんがジトッとした目でスマラクト様を見る。僕もジト目でスマラクト様を見た。
これだけ室内が温かいというのに、スマラクト様は今日もかなりの厚着をしている。シャツに、セーター、ベスト、ジャケット。しかも、セーターもベストも二枚重ね。下だって、ズボン下を二枚穿いていて、その上にズボンを二枚も穿いているらしい。靴下なんて三枚も重ねているんだとか。見ているだけで動き難いし暑苦しい。でも、スマラクト様はそれが快適なんだって。
外に出る時なんて、その上にくるぶしまであるロングコートを来て、ズボンをもう一枚重ねている。だから、まともに外遊びなんて出来なくて、寒くなってからはもっぱら室内遊びばかり。せっかく、怪我、治ったのにッ!
「何だ。二人してその顔は!」
「それだけ着膨れしておいて、どの口が言うのかと思いましてね」
カインさんの言葉に、僕もうんうんと頷く。スマラクト様だって獣人種に分類されるドラゴン族。それなのに、この厚着。気温の変化にめっぽう強いだなんてよく言えるよ。
「こ、これは……! 僕が風邪でもひいたら大騒ぎになるだろう!」
「ただの寒がりでしょうに……」
「そ、そもそも、僕に厚着させ始めたのはお前ではないか、じい!」
「どんだけ昔の話ですか……。いつまでも鼻たれのガキじゃないんですから、きちんとした格好をして下さい。サーシャ様に笑われますよ」
「ぐぬぬ……!」
スマラクト様ってば、見られて恥ずかしい格好をしてる自覚はあったのか。普通、ここまで厚着して着膨れている人なんて見ないもんね。
「じいの里ではちゃんとした格好をする!」
「是非ともそうして下さい」
そんなこんなで、あっという間に一月が経ち、オーガ族の里に出掛ける日となった。今日も朝から冷え込んで、細氷が舞っている。朝日に照らされてキラキラ輝く細氷を、スマラクト様の執務室の窓からうっとりと眺めながら出発を待つ。
「アベル、本当にそんな恰好で寒くないのか?」
そう言ったスマラクト様を見ると、彼は以前宣言した通り、まともな格好をしていた。着膨れしてないスマラクト様、久々に見たよ、僕。
それよりも、そんな格好って……。僕は決して薄着をしている訳ではない。ブラウスの上にはセーター着ているし、その上にはジャンパースカート。足元は厚手の靴下だって穿いているし、ブーツもちゃんと履いている。至って普通の格好だ。
「上にコート着るし、これくらいが普通じゃない?」
「ジャケット、無くて大丈夫なのか? 一応、持って行った方が良いのではないか?」
「ん~……。寒かったらコート着れば良くない? 荷物増えるの、僕、嫌だ」
「そ、そうか……」
今日はあんまり着膨れしていないスマラクト様だけど、シャツにセーター、ベストを着こみ、その上にジャケットを羽織っている。もちろん、コートだって用意してあるし、襟巻に帽子、耳あてに手袋と、完全防備をする準備は万端だ。どんだけ寒さに弱いのさ……。
「それよりも、遅いね、師匠……」
「そろそろ来るのではないか?」
「また寝坊ですかね……」
今回も、師匠も一緒にオーガ族の里に行く事になっている。「あと何回、族長と酒を酌み交わせるか分からんな……」なんて言われたら、連れて行かないなんて非情な事は出来ないよ。でも! 寝坊は良くない!
未だ来ぬ師匠を待つ。待つ。待つ……。師匠……。
「呼びに行って参ります……」
深々と溜め息を吐いたカインさんが執務室を後にする。そうして少しして、彼は師匠を連れて戻って来た。やっぱり今回も、お祭りが楽しみで、ワクワクして眠れなかったんだってさ。んもぉ。子どもじゃないんだから……。
前回同様、スマラクト様と師匠、僕とカインさんに分かれて出発する事になった。カインさんの手を握り、生唾を飲み込む。
前回のお祭りの時、僕は転移での移動で酔って吐いてしまった。今回も同じ失敗をするんじゃないかという不安で嫌な汗が出てくる。
「では、我々も行きましょうか」
一足先にスマラクト様と師匠が転移したのを見届けたカインさんがそう口にする。途端、足元に転移魔法陣が広がっていった。ギュっとカインさんの手を握り締める。
「目を瞑って、深呼吸を」
「うん……」
緊張すればするほど酔いやすくなるんだって、教えてくれたのはカインさん。目を瞑っていたら酔いにくいというのも。
本当なら、何でもないくらいな感じでリラックスしていた方が良いんだけど……。苦手意識は拭えない。
「ゆっくり息を吸って、吐いて……」
スーハーと大きく呼吸をした次の瞬間、足元がぐらりと揺らいだ。き、きた!
「大丈夫。足元に意識を集中させて。回転しているように思えるでしょうが、真っ直ぐ立っていますよ」
「う、うん……」
「ゆっくり大きく呼吸をして」
カインさんの言葉に、深呼吸を再開させる。そうして少しの間、グルグル回転するような感覚と格闘していると、唐突にそれが終わった。そして、足元に地面の感触が戻る。次の瞬間、ずぶずぶずぶっと足が沈み込んだ。
な、何事! そう思って瞑っていた目を開く。すると、そこには白銀の世界が広がっていた。




