領主の館 5
スマラクト様の背に乗せてもらって、庭を駆け回る。スマラクト様の身体の大きさはユニコーンくらい。だから、背に跨るように乗らせてもらった。そんな僕らに、獣姿のウルペスさんが並走する。
速い速い! すご~い! ユニコーンよりも速く走ってる気がする! ユニコーン、乗った事無いけど!
「凄いよ、スマラクト様! はや~い!」
「そうであろう! ウルペスにだって負けないんだぞ! よし! ウルペス! このまま、あそこの木まで競争だ!」
「よっしゃ! 負けませんよ~!」
二人とも、まだ本気じゃなかったらしい。本気で駆け出した二人は、さっきの数倍速かった。気を抜いたら振り落とされそう。だから、スマラクト様の首にしがみ付く。
「やったぁ! 俺の勝ちぃ~!」
ほんの少しの差で、ウルペスさんがゴールの木にタッチした。スマラクト様が悔しげに地団太を踏む。
「もう一回だ! 今度はあの木まで!」
「良いですよ。何度やっても負けませんけどねっ!」
ウルペスさんは、たぶん、得意げな顔をしているんだろう。獣姿だから表情が分かりにくいけど。そんな雰囲気だ。
「アベル! 合図だ!」
「うん。位置についてぇ! よ~い、どん!」
僕の合図で二人が同時に走り出す。――この勝負もウルペスさんの勝ち。
「次はあっちだ!」
「――また俺の勝ち~!」
「ぐぬぬ! 次はあの木だ!」
負けず嫌いなのかな、スマラクト様って。ムキになったスマラクト様は、負ける度に次のゴールを指定し、競争を続けた。
でもね、思うに、僕を下ろしたら勝てるんじゃないの……? ま。でも、それで勝ったとしても、スマラクト様としては面白くないのか。僕を乗せているというハンデをつけて、それでも勝ってこそなんだろう。何たって、スマラクト様はドラゴン族。魔人族の頂点に立つとも言われている、最強の部族なんだから。成人には程遠いにしても、そういうプライドは高いんだと思う。
そうして競争を続ける事しばし。体力あるなぁ、二人とも。思わず感心してしまう。僕だったら、とっくに息切れして走れなくなっている距離を走っているのに、二人はまだまだ元気だ。
「次はあそこだ!」
「りょーかい!」
「よーい、どん!」
スマラクト様が指定した木を目指して二人は走る。走る。走る!
『やったぁ! 勝ったぁ~!』
僕とスマラクト様は同時に叫んでいた。やっと勝てた! やったね、スマラクト様!
「どうだ! 見たか、ウルペス!」
「流石ですねぇ」
そう言って、ウルペスさんが笑うように目を細め、口を開ける。その顔を見て察してしまった。ウルペスさん、わざと負けてくれたみたい。
「いやぁ。思ってたよりも体力ありますね、スマラクト様」
「ふふん! こう見えて、じいに鍛えられているからな。これくらいでは息も上がらぬぞ!」
得意げにそう言ったスマラクト様は、ウルペスさんの気遣いには気が付いていないようだ。けど、それで良いんだと思う。だって、ウルペスさん、満足そうに笑ってるもん。スマラクト様が凄く楽しそうだから。
さっき、スマラクト様は言っていた。遊び相手の一人もいないって。普段はカインさんが遊び相手になっているようだけど、それって同世代と遊ぶのとはちょっと違うんだよね。同じ次元で遊んでいないというか、見守られている感が強いというか……。僕もじーちゃんに遊んでもらうから分かるんだ。それはそれで楽しんだけど、何かが違うんだよね。
その点、ウルペスさんは同じ次元で遊んでくれていた。わざと負けたのも最後の一回だけで、あとは本気で競争してくれていた。見る人によっては大人気ないって言われる行動だけど、スマラクト様が欲しがっている遊び相手って、こういう人なんだと思う。
「凄いね、スマラクト様。足、速いね!」
「そうだろう、そうだろう!」
「まだまだ走れるの?」
「もちろんだ!」
そう言って、スマラクト様は駆け出した。ウルペスさんに勝てて、テンションがうなぎ登り中らしい。高笑いをしながら走っている。そんなスマラクト様にウルペスさんが並走する。
「たまには獣化して走るのも良いですね」
「そうだな! 開放感が違う」
「ですね」
開放感……。妖精種の僕には、その解放感はよく分からない。う~ん……。……もしかして、裸で走ってるような感じなのかな? いや、まさか、ね……。でも、二人とも、服、着てないし……。でもでも! 獣人種用の服は、獣化した時に対応出来るように加工がされているって本で読んだ事があるし――。
「坊ちゃま」
カインさんが静かにスマラクト様を呼ぶ。と、スマラクト様が足を止めた。
「何だ?」
「そろそろお戻り下さい」
「硬い事を言うな、じい。せっかくなのだから、心行くまで遊ばせろ」
「しかし――」
ふと、何かに気が付いたように、スマラクト様が視線を移した。その先には、アイリス様とラインヴァイス様。いつからそこにいたのか、二人は呆然とこちらを見ている。
「遅かったな!」
「お帰り~!」
ウルペスさんは獣姿のまま、アイリス様とラインヴァイス様の元に駆けて行った。そして、二人の前で腰を下ろす。後ろからだと、ふさふさの尻尾がパタパタ揺れているのがよく分かる。
「何をしているのですか……」
ラインヴァイス様が溜め息交じりにそう口にする。と、ウルペスさんが不思議そうに首を傾げた。
「何って……。見て分かんない? アベル君と遊んでる」
「そういう事ではなく……。何故、獣化しているのです?」
「だってぇ。アベル君、他の種族、見た事無いって言うんだもん。エルフ族って排他的な人、多いから。凄い悲しそうな顔してそう言われたらさ、獣化した姿、見せてあげたいって思わない?」
「思いません」
「うわぁ。ラインヴァイス様、冷たい! こんな冷たい男なんて放っておいて、一緒に遊ぼ、アイリスちゃん!」
ウルペスさんがアイリス様を遊びに誘う。けど、アイリス様はあまり気乗りしないようだった。溜め息交じりに一言。
「私、疲れた……」
そっか。迷路の中、散々歩き回ったんだもんね。箱入りのお嬢様には、ちょっと辛い運動だったのかもしれないな。僕は全然平気だったけど、基本的な体力が違うんだろう。
「よっしゃ。じゃあ、お茶にしよっか!」
そう言ったウルペスさんがこちらに駆けて来た。その顔は満面の笑みのよう。
「スマラクト様! お茶にしましょう! アイリスちゃんが疲れたって!」
「うむ。じい! お茶だ!」
「かしこまりました」
スマラクト様が命じると、カインさんはぺこりと頭を下げて建物の方に向かった。僕はスマラクト様の背から降りる。たぶん、この後、人の姿に戻るだろうから。まさか、獣化したままお茶したりはしないよね?
僕が少し離れると、スマラクト様の足元に魔法陣が浮かんだ。それがパッと光を放つと、人の姿に戻ったスマラクト様が。何度見ても不思議だ。もう一つの姿になるのって、どんな感覚なんだろう?
ふと見ると、ウルペスさんも人の姿に戻っていた。二人とも、服は着ている。大昔は、獣化する度に服が破れていて大変だったらしい。色々な意味で。それを不便に思った人が、獣化しても大丈夫な服を開発したとか何とか、本で読んだ事がある。けど、あの服、どういう加工がしてあるんだろう? 獣人種の人達の服は、全部、そういう加工がしてあるんだろうか? 考えれば考えるほど、沼に嵌っていく気がする。こういうのは、あんまり考えない方が良いのかもしれない……。
「どうした、アベル。ぼ~っとして」
「え? ん~ん。何でも無い」
「ほら。テラスで茶をしよう。もう良い時間だからな。小腹、空いただろう?」
「うん!」
お茶、お茶! ウキウキしながらスマラクト様の後に付いて行く。お腹を満たせるものも出してくれるみたいだし、楽しみ!
スマラクト様のお隣の席に着くと、使用人さんらしきおじさん達がティーセットとお茶のお供を持って来てくれた。お茶のお供は、一口サイズの丸いパン、じゃない。焼き菓子だ! ジャムもある! 凄い! 色んな種類がある!
「うわぁ! これ、本当に食べて良いの?」
「ああ。好きなだけ食べると良いぞ! 足りなければ、追加もある。遠慮する必要は無いからな!」
「うん。いただきま~す!」
嬉々として焼き菓子に手を伸ばし、濃い紫色のジャムをつけて一口。
「うんまぁ~!」
香ばしい焼き菓子は、小麦の香りが高く、甘みはほとんど無かった。けど、それが良い感じでジャムの香りと甘みを引き出している。ジャムも、ただ甘いだけじゃなくて、しっかりと素材の味がする。こんな美味しいジャム、初めて食べた! ジャム自体、ぜいたく品だし、ほとんど食べた事が無いんだけどさ。でも! 数えるくらいしか食べた事が無いジャムの中で、このジャムは断トツで美味しいジャムだ!
「気に入ったか」
そう言ったスマラクト様も焼き菓子に手を伸ばす。ウルペスさんやアイリス様も微笑みながら焼き菓子を手に取った。ただ一人、ラインヴァイス様だけは焼き菓子は取らず、ジャムをお茶に落として飲んでいる。と、それを見たアイリス様が真似をするように、お茶にジャムを落として一口飲んだ。
あれ、美味しいのかな? ジャムは、焼き菓子につけて食べた方が美味しいと思うよ。せっかくたくさんの種類があるんだし。全部制覇しないと! そう思って、焼き菓子をもう一つ手に取り、今度は薄らと黄色味掛かったジャムをつけた。……これは、りんごのジャムだ。りんごの酸味と甘み、香りが素晴らしい! さて、次は、と……。
「アベル。口の端にジャムが付いているぞ」
そう言って、スマラクト様が苦笑しながら僕の口を拭いてくれた。僕はてへへと照れ隠しに笑う。
「僕のお勧めはこれだ。うちの庭で採れたコケモモなんだぞ」
スマラクト様が勧めてくれたのは真っ赤なジャムだった。それを焼き菓子につけて手渡してくれる。
コケモモは、このあたりに自生しているベリーの一種だ。酸っぱくて、僕はあんまり好きじゃない。けど、ジャムになったら甘いのかな? ドキドキしながら一口。
「ぅんまぁ~!」
甘酸っぱくて、爽やかな味だ。これなら、いくらでも食べられそう!
「うちの料理人のジャムは絶品であろう?」
「うん!」
そうして、僕は調子に乗って、焼き菓子を十個も食べてしまった。ジャムは無事に全部制覇出来たけど……。流石に食べ過ぎた……。げふぅ。