祭り 6
スマラクト様達と合流すると、族長さんに挨拶をして席に着いた。僕達一団の為に用意された席の一番奥の席に獣王様が着き、その正面にサーシャ。獣王様のお隣にスマラクト様、その正面、サーシャの隣に僕。スマラクト様の隣にカインさんが座り、その正面、僕のお隣にヴィルヘルムさんが座る。因みに、師匠は族長さんの所で一緒にお酒を飲み始めてしまった。だから、師匠の為に用意されていた黒塗りのローテーブル――お膳は、配膳係の男の子が師匠の元に移動してくれた。
その間にも、続々とオーガ族の人達やその奥様達が集まって、お祭りの会場は賑やかさを増す。
「すごいねぇ。みんな、この里に住んでるの?」
お膳の食事を食べながら僕がそう問うと、カインさんが微笑みながら首を横に振った。
「ここにいる三分の一くらいが、城勤めだったり、冒険者だったりをしていますね」
「その割に、僕達がお世話になってる家にはあんまりお客さんいないよね? 何で? みんな族長さんとかその弟さんの家に泊まってるの?」
「いえ。実家が残っている者は実家に泊まっています。そうでない者達の世話を族長一家が引き受けて下さっているのですよ」
「へぇ」
実家が残っている人は、お父さんとお母さんがまだ元気だって事だ。つまり、比較的若い人達って事。実家が残っていない人は、カインさんみたいに、ある程度年齢がいっている人達って事だろうな。そう納得しかけて、ふと思う。ヴィルヘルムさんは? 見るからに若そうなんだけど……。僕が思っている以上に、彼は歳がいっているのだろうか? バルトさんと同じくらいの年齢かなって思ってたんだけど……。
「ヴィルヘルムさんは? 実家、もう無いの?」
「アベル! そういう事は聞いてはならんのだぞ!」
慌てたようにそう言ったのはスマラクト様だ。聞いたら駄目って……? ……あ! 僕、遠回しに、ヴィルヘルムさんに、お父さんとお母さんが死んじゃったのって聞いたのか! 失敗した! 疑問に思った事をそのまま口にしちゃった!
「ご、ごめんなさい!」
「いえ。気にする必要はありません」
そう言ったヴィルヘルムさんは無表情。彼が今、何を思っているのか、その表情からは窺い知れない。僕の失言に気を悪くしたのか、どうなのか……。
「実家が無くとも、ここには私を育ててくれた恩人がいます。共に野山を駆け回った友も。ここが私の帰る場所である事に変わりありません」
そう言ったヴィルヘルムさんの視線の先には族長さん達が。たぶん、彼を育ててくれた恩人って、族長さんなんだろう。
「ヴィルヘルム。毎回私達に付き合ってくれていますが、族長達の元に行っても構わないのですよ? 積もる話もあるでしょう?」
そう言ったのはカインさん。すると、ヴィルヘルムさんが緩々と首を横に振った。
「いえ。そういう訳にもいきません」
「しかし、今は休暇中でしょう?」
「休暇中であろうと、王族の護衛は騎士の勤めです」
「本当に昔からクソ真面目ですねぇ」
「ええ。クソ真面目な誰かさんに、騎士の心得を叩き込まれましたから」
カインさんとヴィルヘルムさんがニヤリと笑い合う。話の内容的に、騎士になりたての頃、ヴィルヘルムさんに仕事を叩き込んだのはカインさんなんだろう。この二人の話し方がどことなく似ているのも、カインさんがそれを叩き込んだからなのかもしれないな。そうして想像する。今よりずっと若いカインさんが、幼さの残るヴィルヘルムさんに色々と教える姿を。
うん。微笑まし――くない……。二人とも強面じゃないんだけど、どこかこう、近寄りがたい雰囲気があるから。絶対に微笑ましい光景じゃ無かったはずだ。周囲の人がハラハラするような雰囲気だったと思う。絶対にそうだ!
「ヴィルヘルム殿は城勤めをしているのか」
そう言ったのは獣王様。興味津々の顔でヴィルヘルムさんを見ている。言い方は悪いけど、おもちゃを見つけた子どもみたいな顔だ。
「はい」
「所属は?」
「近衛師団第二連隊です」
「ほう。竜王の直轄か! それは素晴らしい!」
「お褒め頂き光栄です」
「是非、我と手合せを!」
「遠慮しておきます」
ヴィルヘルムさんにそっけなくあしらわれた獣王様。ちょっと切なそうな顔をしている。これも言い方が悪いけど、せっかく見つけた遊び相手に、遊ぶのを断られた子どものような顔だ。
「父ちゃん、元気出して」
「うむ……」
「あたいのごはん、ちょっと分けてあげるからさ」
そう言ったサーシャが、菜っ葉のお皿を獣王様のお膳に移した。サーシャの行動は一見、獣王様を励ましているように見える。けど、僕は見ていたぞ。あれはサーシャが一口食べて、顔を顰めて食べるのを止めたおかずだ。嫌いな物を恩着せがましくお父さんに渡すとは。何と打算的で末恐ろしいお子様だ。
「ヴィルヘルムさんってお城の騎士だったんだね」
僕がそう口にすると、ヴィルヘルムさんがこくりと頷いた。
「じゃあ、バルトさんとウルペスさんって知ってる? 僕ね、あの二人が里に登用試験の勧誘に来てくれて、それでスマラクト様の従者候補になれたの!」
「知っています。話した事はありませんが」
「そっかぁ。話した事無いのかぁ……」
あの二人とヴィルヘルムさんはあんまり仲が良くないようだ。もしかしたら、僕が知らないだけで、お城勤めの騎士は競争意識が高いのかもしれないな。みんながライバル、みたいな。
「彼らは第一連隊で私は第二連隊ですし、偶にある編成替えでも同じ隊の所属になった事は――いや。ウルペス殿は、僅かな間だけ同じ部隊にいた事がありましたか……?」
「彼らと話した事が無いのは、他者と関わりを持つ事が苦手だからでしょう?」
そう言ったカインさんがにこりと笑う。ははぁん。ヴィルヘルムさんは人見知りさんなのか。この近寄りがたい雰囲気は、人見知りだからか。納得。
「それに関しては、あまり必要性を感じないもので」
顔色一つ変えず、ヴィルヘルムさんがそう答える。こういう考え、バルトさんと似ているかもしれない。人見知りじゃなくて、人に興味が無いのかな? そう考えると、何となく、バルトさんと雰囲気が似ているような気がしてきたぞ。
「そんなだから、ラインヴァイス様が怪我をされた際、アオイ様のお世話を任されないのでしょうに……」
やれやれと、カインさんが溜め息を吐く。すると、痛いところを突かれたのか、ヴィルヘルムさんの顔が一瞬曇った。でも、すぐに何ともない顔になる。
「仕事は教えて頂いた通り、きっちりやっています」
「それは当たり前の話です。その上で、竜王様の信を得られるように努力しろと言っているのですよ」
「その努力とやらが、他者と関わる事だと?」
「ええ。誰とでも上手くやれるようにならなければ、重要な仕事など任されないのが分かりませんか?」
「分かりません」
えぇと……。待って。ヴィルヘルムさんとカインさんが険悪な雰囲気なんだけど……。二人の間で火花が散ってるように見えるんだけど。これ、仲裁に入った方が良いの? そう思ってスマラクト様を見る。けど、彼は我関せずとでもいうように、黙々と食事を進めていた。
「ま、まあまあ。カイン殿もヴィルヘルム殿も、祭りの場でその様な話をするものではないぞ。もっと、こう、楽しい話をしようではないか!」
そう言ったのは獣王様だ。見ると、彼は顔を引き攣らせていた。でも、ナイスだよ! よく言った! それでこそ大人だ! この険悪な雰囲気の中、言葉を発するのはかなり勇気がいると思うんだ。だって、矛先がこっちに向く可能性があるから。
『楽しい話とは?』
カインさんとヴィルヘルムさんが声を揃えてそう尋ねる。二人の顔が……。怖い……。
「そ、そうだなぁ……。ヴィルヘルム殿は見たところ結婚適齢期のようだが、気になる女人などいないのか?」
こ、恋バナって……。もっと違う話題無いの、獣王様! そういう話を喜ぶのは女の子だって、相場が決まってるんだよ! もっと二人が乗って来るような話題にしてよ!
「私など、まだ若輩者ですから」
「そうですよ。ついこの間、成長期が終わったばかりのガキに、浮ついた話などありませんよ、獣王様。聞く相手を間違えています」
「枯れ枝の老人よりは、聞く意味があるとは思いますけれどね」
怖い怖い怖い怖い! カインさんもヴィルヘルムさんも顔が怖い!
「枯れ枝の老人とは……。私も舐められたものですね……。ちょっと面貸せや、クソガキ」
「望むところだ、クソジジイ」
そう言ったカインさんとヴィルヘルムさんが立ち上がる。あああぁぁぁ! 喧嘩が! 喧嘩が始まっちゃった! 止めて! スマラクト様! あの二人を止めて! そう思ってスマラクト様を見る。でも、彼はニヤニヤしているだけ。止める素振りは全く無かった。
「スマラクト様! 面白がってないで止めてよ!」
「何故? これほど面白い余興は無いぞ?」
「だって、喧嘩になったらみんな困る――」
「皆、面白がっている。見ろ」
スマラクト様にそう言われ、ぐるりと辺りを見回す。すると、喧嘩をする場を開ける為だろう、敷物の中央辺りにいた人達がお膳を持って脇の方に移動していた。待ってましたと言わんばかりに、みんなきびきびとした動きだ。迷惑そうな顔をしている人は一人も見当たらない。喧嘩が嫌いそうな女の人達ですら、ニコニコとしながら席を移動している。
「オーガ族は血の気が多い部族だからな。これだけ集まれば、喧嘩の一つや二つ、起こるのが普通だ」
「それにしたってぇ……」
「それにな、じいとヴィルヘルムの喧嘩は、祭りの恒例行事なんだ。喧嘩するほど仲が良いというのを地で行く二人だ。温かい目で見守ってやれ」
「えぇ……」
「大丈夫だ。あの二人は素面だからな。死ぬまで殴り合ったりはしない。それに、オーガ族には固有魔術の痛覚遮断がある。多少怪我をしても、仕事に支障は来さない」
「そういう問題なの?」
「そういう問題だ。ほら、見ろ、アベル。始まるぞ!」
目をやった先、敷物の中央にぽっかりと空いた空間では、カインさんとヴィルヘルムさんが対峙していた。二人とも本性を晒し、やる気満々。それを囃し立てる面々。
誰さ。オーガ族のお祭りが雅だって言ったの。雅って言葉の意味、はき違えてるんじゃないの? そう思って師匠を見る。彼は族長さんと楽し気にお酒を酌み交わしていた。すぐそこで喧嘩が起こっているのに見向きもしていない。
ああ、そうか。師匠は綺麗な景色の中、まったりと思う存分お酒が飲めれば他は何でも良いのか。確かに、師匠にとってみたら、雅なお祭りなのかもしれない。でもね! 僕にとってみたらとっても心臓に悪いお祭りだよッ! 喧嘩が始まりそうなハラハラ感なんて味わいたくないよ! 嫌な汗が出ちゃったじゃないかッ!




