祭り 5
干し柿作りが終わると、おやつに甘柿をお腹一杯食べた。柔らかく熟した柿はトロトロで、口いっぱいに果汁が広がって美味! 硬い柿はシャリシャリで、さっぱりした甘さで美味! つまり、柿は美味!
「柿、美味しかったねぇ」
柿の余韻に浸りながらそう言った僕は、今、着替えの真っ最中。オーガ族の伝統衣装をカインさんに着せてもらっている。
「気に入ったようで何よりです。もらってきた甲斐がありました」
「また後で食べたいなぁ」
「明日にでも食べましょう。まだまだたくさん残っていますから」
「明日なの? 今日はもう食べられないの……?」
夕食の後に食べたいなって思ったのに……。しょんぼりする僕を見て、カインさんがクスクス笑う。
「祭りで出るとは思いますよ。貴女が満足する量があるかは分かりませんが。ただ、方々から集めればそれなりの量になりますよ、きっと」
「方々から集める……?」
「酒飲み連中は基本的に手を付けませんから。くれと言えばもらえますよ。もしかしたら、言わなくてももらえるかもしれませんね。はい、出来た」
話をしている間に、僕の着替えも完了した。このお屋敷の奥様や、僕達の世話をしてくれていた男の子と同じ形の伝統衣装。思った通り、お腹周りは少し窮屈だけど、キュロットスカートを長くしたような形状のズボンは動きやすい事この上ない。
「では、坊ちゃま達と大広間で待っていて下さい。私も着替えたら行きますから」
「は~い!」
元気良く返事をし、部屋を後にする。そして、僕は廊下を駆け抜け、大広間を目指した。
大広間に入ると、スマラクト様とサーシャ、獣王様、師匠が囲炉裏を囲んでお茶を飲んでいた。みんな、オーガ族の伝統衣装に身を包んでいる。僕とスマラクト様と師匠はカインさんに、獣王様とサーシャはヴィルヘルムさんに着替えさせてもらった。
僕もサーシャも女の子だけど、着せてもらった伝統衣装は男物。だって、オーガ族の子どもは男の子しかいないから。女の人は大人しかいなくて、僕達に合うサイズの服は男の子の物しか無かった。でも、男性陣に比べると気持ち明るめの色を選んでくれたらしく、そこまで男の子男の子してない、と思う……。
いそいそとスマラクト様の隣に座り、お茶を淹れて一服。濃い緑色のお茶は渋みが強い。けど、僅かに茶葉自体の甘みも感じられる。僕の里やスマラクト様のお屋敷では飲んだ事が無いお茶だ。もしかしたら、これも水妖王様の国の影響を受けているお茶なのかもしれない。
そうしてお茶を飲んでいると、大広間にヴィルヘルムさんがやって来た。流石、オーガ族だけあって、伝統衣装、似合うなぁ。着こなしと言うのだろうか、それが僕達とは一味違う気がする。
ヴィルヘルムさんって、背は高いし、顔はキリッとしていて格好良いんだよなぁ……。それが伝統衣装を着て、より一層際立ってると言うかぁ……。
「アベル? どうしたの? ボーっとして」
サーシャの声にハッと我に返る。み、見とれてないよ。僕、見とれてなんてなかったよ!
「顔赤いよ? 暑い?」
「え? あ。うん。ちょっと暑いのかも! 火に近づき過ぎたのかも!」
囲炉裏には、干し柿作りで使った焚火の残り火がついている。だから、広間の中はほんわか暖かく、囲炉裏に近づけは近づくほど暖かい訳で。僕の顔が赤かったのは、囲炉裏に近づき過ぎたからだ。みんなにはそう思っておいてもらおう!
「暑いのなら、熱いお茶ではなくて冷たい水の方が良いのではないか?」
そう言ったのはスマラクト様。師匠や獣王様もそれに頷いている。
「だ、大丈夫だよ! 少し火から離れてれば!」
僕は囲炉裏から離れるように、座ったまま、すすすっと後ろに下がった。何だか、みんなに変に心配されてしまった……。暑いだなんて言わないで、気のせいだよって誤魔化した方が良かったような……。
「夏なら冷やしたお茶がありましたが……」
そう言ったヴィルヘルムさんは思案顔。すると、彼のお隣に座っていた師匠がポンと手を打った。
「魔術で冷やしちまおう。アベル、その湯飲み、寄越せ」
「え!」
いやいやいやいや。僕は温かいお茶が飲みたい! 肌寒くなってきたこの時期に、魔術でキンキンに冷やしたお茶なんて飲んだら、寒くてガタガタ震えるよ!
「いい。大丈夫!」
「そうは言っても暑いんだろ? 遠慮すんな」
立ち上がった師匠がこちらにやって来る。遠慮じゃないよ! 本当に冷たいお茶なんて飲みたくないんだよ!
「本当に大丈夫だってば!」
カップを両手でギュッと握り締める。渡してなるものか! そう思っていたのに、師匠に軽々とカップを奪われてしまった。師匠が「アイス」と呟くと、その手の中のカップが一瞬光る。冷気の魔術が……。ああ……。僕のお茶……。
「ほらよ。出来たぞ」
「う、うん……。ありがと……」
師匠から、冷えたカップを受け取る。これ、飲んだら絶対に寒くなる……。ああ……。何でこんな事に……。
「飲まねえのか?」
師匠に問われ、僕は手の中のカップを見つめた。これを飲んだら寒くなるのは分かってるけど、暑いって言ったのは僕で……。うう……。冷えたカップに口を付け、グビグビとそれを飲み干す。ひぃ~! 思ってた以上に冷たくなってた!
「どうだ? 冷たくて美味えだろ?」
「う、うん……」
「おかわりいるか?」
「い、いらない!」
こんなの、二杯も三杯も飲めないよ。だから、僕はフルフルと首を横に振った。出来るなら、今すぐ温かいお茶を飲みたい!
みんなでの談笑中、さりげなく、少しずつ囲炉裏に近づいていく。ああ。ちょっと暖かい……。身体の中から冷えたから、囲炉裏からの暖気だけじゃ物足りないけど、離れているよりはマシだ。
「あまり火に近づくと、またのぼせるぞ?」
そう言ったのは獣王様だ。みんなの視線が僕に突き刺さる。誰にもばれないように、さりげなく近づいているつもりだったのに……!
「のぼせすぎるとね、鼻血出ちゃうんだよ。ブッて!」
サーシャがそう言っておかしそうに笑う。
「サーシャものぼせてよく鼻血を出しているものな。風呂上がりに」
「とーちゃん! 余計な事は言わなくて良いのッ!」
「そうか。すまんすまん」
全然すまなそうじゃない謝り方……。それどころか、ちょっと嬉しそうに笑ってるけど……。獣王様って、サーシャに怒られるのが嬉しいの?
「今は借り物の服を着ているのだから、鼻血はまずいぞ、アベル」
「う、うん……」
スマラクト様の言葉に頷き、僕はほんの少しだけ火から離れた。ああ……。せっかく暖かかったのに……。どうしてこんな事に……。
そう後悔しながら待つ事しばし。カインさんも着替えて大広間にやって来た。ヴィルヘルムさんも伝統衣装が似合うなって思ってたけど、カインさんはそれ以上かもしれない。渋い感じで格好良い!
「お待たせしました。そろそろ祭りが始まりますので行きましょう」
カインさんの号令で、全員揃って移動する。お世話になっているお屋敷を出て、里を囲むようにある山の一角に歩いて行く。着いた先には長い階段。石で出来たそれは、山の頂上まで続いているようだった。階段の両脇には明かりが灯っていて、薄暗くなり始めたからとても幻想的だ。でも――。
「これ、登るの……?」
思わず呟く。まだ怪我が完治していない僕には、これはちょっと……。頂上に着く頃には、怪我したところが痛くなりそうなんだけど……。でも、お祭りがこの先でやってるなら、登らない訳にはいかないしぃ……。
「アベルは私と共に、一足先に行きましょう。ヴィルヘルム、グリンマー、坊ちゃま達をお願いしても?」
「はい」
「おうよ」
カインさんの言葉に、ヴィルヘルムさんと師匠が頷く。階段を上り始めたヴィルヘルムさんの後ろにスマラクト様、獣王様親子、師匠と続く。
「では、アベル。行きましょう」
そう言って差し出されたカインさんの手を取る。途端、ぐらりと視界が揺れた。右も左も、上も下も分からなくなるこの感覚、やっぱり苦手……! ギュッと目を閉じ、カインさんの手を握り締める。
「さ。着きました」
カインさんの言葉に恐る恐る目を開けると、そこは広場みたいな場所だった。真っ赤に葉が染まった木々の枝に、小さな明かりがたくさん吊るされている。階段の所も幻想的だったけど、こっちはそれ以上だ。
「うわぁ……。きれい……」
一面真っ赤に染まった紅葉なんて、僕、初めて見た。森の中は色んな木が生えてるから、赤や黄色、茶色が混ざってるのが普通なんだ。でも、ここは違う。きっと、この景色を作る為に、単一の木が植えられた場所なんだろう。
「こっちです」
カインさんに手を引かれて歩く。その間も、僕はこの珍しい光景に見とれていた。葉が赤く色づく木は見た事があったけど、これだけたくさん植わってると、こんなに幻想的な光景になるんだぁ……。うわぁ……。うわぁ……。
「ちゃんと前を向いて歩かないと転びますよ」
「うん」
カインさんの言葉に、僕は前を向いた。広場の奥には、巨大な赤い敷物が敷いてあった。お世話になっている家の広間よりも広い敷物に、たくさんの小さな黒いテーブルぽいものが置いてある。そして、その小さなテーブルの前に座る人がちらほらと。大きさ的に、あの小さなテーブルは一人一つのようだ。
「敷物には、靴を脱いで上がって下さい」
「うん」
言われた通り、靴を脱いで敷物に上がる。おお。この敷物、凄く良い布だ。分厚いし、肌触りが凄く良い!
「坊ちゃま達が到着したら、族長に挨拶に行きましょう。あの、一番奥に座っているのが族長で、その右隣が奥方、反対側の隣が我々が世話になっている家の家主で族長の息子、隣がその奥方です」
族長さんは、カインさんよりも年上っぽいおじいさんだった。カインさんよりもがっしりとした体形をしていて、眼光も鋭い、かなり強面のおじいさん。その奥様は、笑い皺の目立つ優しい感じのおばあさん。小柄で細身の人だからか、族長さんと並ぶとちんまりして見える。
族長さんの息子さんは、どちらかと言うと奥様に似ているのだろう、優しい顔つきをした線の細い人だった。僕が知っている中では、領主様に年齢が近いと思う。ただ、見た感じ、彼は領主様よりも年上だ。だから、奥様の若さが更に目立つ訳で。歳の差婚ってやつだね。ま。魔人族と人族の夫婦は、基本的に歳の差婚なんだけどさ。
諸事情により、しばらくの間、隔週更新とさせて頂きます。申し訳ありません。




