休養 3
安静生活が始まって十日程が経った。お屋敷での生活も、大人しく過ごす事にもだいぶ慣れた。
朝起きたらスマラクト様と一緒にボードゲームで遊んで、朝食を食べたら戦闘訓練をするスマラクト様を見守りつつ、召喚術の勉強をする。そして、お昼の軽食を食べてお昼寝をして、スマラクト様がお仕事の日は僕も一緒に勉強をして、そうじゃない日は一緒に室内遊びをしている。
スマラクト様は、本当は外で思いっきり遊びたいはずだ。でも、安静生活を送る僕に付き合ってくれている。それに、どうしたら室内遊びに飽きないかも考えてくれている。
「今日はこれを使って遊ぼう!」
そう言ってスマラクト様が取り出したのは、庭に転がっていたのだろうこぶし大の石だった。それを二つ持って来たって事は、一人一つずつ使うんだろうけど……。
「石でどうやって遊ぶの? まさか、投げ合うとかじゃないよね?」
「石を室内で投げ合ったら危ないだろう!」
「うん。当たったら痛いし、窓にでも当たったらガラス割れちゃうもんね。で? どうやって遊ぶの?」
再び問う。すると、スマラクト様は得意げな顔をして、魔力媒介の短剣を召喚した。彼の魔力媒介は、今いる執務室の隣、寝室に置いてあるはずだ。わざわざ魔術を使って召喚しなくても、すぐに取りに行けるのに。
む~。自分は召喚術が使えるんだぞって、言外に自慢してるな。僕がまだ、召喚術で魔力媒介を召喚出来ないからってぇ! すぐに僕だって、召喚出来るようになるもんッ!
「アベルはゴーレムを作れるか?」
「ゴーレムって、屍霊術の? まあ、一応……」
じーちゃんに一通り初級魔術は教えてもらったから、小型のゴーレムなら作れなくはない。でも、長らく使ってない魔術だから、上手に作れる自信はないなぁ。
「今日はこの石でゴーレムを作って遊ぶぞ!」
「具体的には? 作って何するの?」
「競争でも良いし、戦闘でも良い。今、アベルがやりたいけど出来ない事を、ゴーレムを使ってやろう!」
やりたいけど出来ない事……。スマラクト様と競争や追いかけっこもしたいし、木登りや探検もしたい。戦闘訓練だってしたい!
「うん! 僕、魔力媒介のナイフ、部屋から取って来る!」
「待て、アベル! 走るな!」
思わず走り出そうとした僕を、スマラクト様が慌てて制止する。そうだった。僕、安静にしてないといけないんだった。痛みがマシになったから、たま~に忘れちゃうんだよね。てへっと照れ隠しに笑っておく。
「まだまだ遊ぶ時間はある。ゆっくり戻って来るんだぞ?」
「は~い」
そうして僕は、スマラクト様の執務室を後にした。部屋に戻って魔力媒介のナイフを取ると、それを手に再びスマラクト様の執務室を訪ねる。ノックして部屋に入ると、スマラクト様は執務机に向かって、何やら書類らしきものを読んでいた。彼のすぐ傍にはカインさんが控えている。スマラクト様がお仕事中は決まってこの体勢だ。でも、おかしいな。今日はお仕事の日じゃないはずなのに。何か急ぎのお仕事が入っちゃったのかな? ゴーレムで遊ぶのはお預けなのかな……。
「アベル、お前に手紙が届いている」
そう言って、スマラクト様が執務机に置いてあった封筒を僕に差し出した。手紙って……? 首を傾げつつ、封筒を受け取る。宛名は確かに僕の名前なんだけど……。何と言うか……。読みにくい字と言うか、汚い字と言うか……。ちっちゃい子どもの字みたい。中の手紙もこんな字なのかな?
「これを使って下さい」
そう言ったカインさんが僕に小さくて薄いナイフを差し出した。手紙の封を切る専用のナイフだ。スマラクト様が使ってるの、見た事がある。僕はそれを受け取り、封を切って手紙を取り出した。
うん。手紙の本文の字も汚い。これ、読むんじゃなくて解読するって言った方が正しい気がする。眉間に皺を寄せ、僕はその汚い字の手紙を読んでいった。所々誤字や脱字があって、凄く読みにくい。けど、何とか読み終わったぞ。読めない所は飛ばしたけど。
「この手紙、サーシャからだね」
「うむ。つい先ほど、獣王から僕宛てに手紙が届いてな。その中にそれが入っていた。彼女がアベルに手紙を出したいとせがんだと、獣王の手紙に書いてあったぞ。因みに、読めないだろうからって、手紙の内容の解説も付いていた」
スマラクト様がぴらっと紙を一枚掲げる。獣王様は、ちゃんとサーシャに手紙の内容を聞いて、それをスマラクト様宛の手紙に落とし込んでくれたようだ。スマラクト様から紙を受け取り、内容を読む。だいたいは読めていたけど、読み飛ばしたところをちゃんと確認しておかないとね。
「またこの国に来るようだな、あの二人」
「うん。みたいだね。サーシャの手紙に、またこの国のお祭りに行くんだって書いてあった。あと、また会いたいって」
「望むとも望まずともまた会えるぞ。オーガ族の祭りに来るようだからな。獣王の手紙にそう書いてあった。たぶん、僕達がオーガ族の祭りに行くのを分かっていて来るのだろう。三人で何をして遊ぶか、今から考えておこう!」
そう言ったスマラクト様はご機嫌にニコニコしている。僕は苦笑い。見ると、カインさんも苦笑いしていた。
スマラクト様としては、遊び相手が増える事が単純に嬉しいんだろう。何たって、彼の友達は僕一人だから。でもね、僕やカインさん、つまり、スマラクト様付きの立場から言うと、あんまり嬉しくはないんだよね。だって、スマラクト様に加えて、サーシャにまで気を配らないといけいなんだから。気を配る相手が一人から二人に増えると、その労力も二倍になる訳で。つまり、言い方は悪いけど、仕事が増える!
「祭りまであと数日か……。アベルの怪我は癒えていないし、里山探検は諦めるとして――」
「ごめんね……」
「いや。気にする必要は無い。春の祭りの時の楽しみに取っておこう。それにな、あそこは里の中だけでも十分に面白いんだぞ。里の中を色々見て回ろう」
「そうなの? そんな面白い所なの?」
「うむ。国の端の方にある里だからか、ここと文化が少し違うんだ。建築様式も違うし、食べ物も違う。……そうだ! みんなで果物を腹一杯食べようではないか! 今の時期だと、柿が食べ頃か?」
スマラクト様が傍に控えていたカインさんにそう問うと、彼はにこりと笑って頷いた。
「ええ。あとは、梨も美味しい時期ですし、ぶどうやりんごも――」
「ぶどうもりんごもここで食べられる。あそこでしか食べられないものを食べてこそだろう。梨かぁ……。僕はどうも、あのゴリゴリした食感が苦手だ……。味はそこそこなのだがなぁ……」
「では、果汁を絞ってジュースを作ってもらっては如何です?」
「うむ。そうしよう」
ええと……。話についていけない……。かきって……? なしって……? どんな果物?
「それと、坊ちゃま。今の時期に一番美味しいのは、果物ではなく米ですから。それをお忘れなく」
「もちろん分かっている。秋の祭りは、それを食べに行くと言っても過言ではないのだから!」
こ、こめ……? 得体の知れない食べ物が出て来た……。オーガ族の里は、得体の知れない食べ物があるほど文化が違うの……? 僕、ちゃんと食事出来るかな? 好き嫌いは無いけど、得体の知れない食べ物はちょっと……。不安になってきた……。
「あの……こめって……?」
「穀物だ。オーガ族の里では、米が主食なんだ。水が豊富で、比較的温暖な地域でしか育たない貴重な穀物なんだぞ!」
「じゃあ、パンは食べないの?」
「いや。パンも食べるし、麺類なんかも食べていたはずだ。そうだよな、じい?」
「ええ。但し、全て原料は米ですけどね。米を粉にして、パンや麺を作るんです」
「へぇ……」
「丁度、文化圏が交わる地域なんです。こちら側と水妖王様の国との。食文化はこちらに近いのですが、気候が水妖王様の国に近いせいで、農作物や建築様式はあちらに近いんです」
「ほうほう……」
「そんなに癖のある食べ物はありませんし、食べ慣れていなくても大丈夫だと思いますよ」
そっか。よかった。それを聞いて安心した。せっかくお祭りに行くのに、食べ物がほとんど食べられないんじゃ悲しいもん。そうなったら、たぶん、本気で泣く。自信があるよ。
「癖が強いのは、獣王の国の料理だ。主食は芋だし、香辛料は何にでもドバドバ入っているし……。アイリスなら、芋が主食ってだけで喜びそうではあるが……。僕はあまり得意ではない」
「私もあれはちょっと……」
あら。獣王様の国の食べ物は、スマラクト様もカインさんも苦手みたい。僕がお屋敷に来てからというもの、出された物は美味しそうに食べている二人が。珍しい。
獣王様の国とうちの国では、よっぽど食文化が違うんだろう。でも、逆に気になってきちゃう。どんな料理が出るんだろう? 香辛料がドバドバって事は、刺激的なお味の料理なのかな?
「……と。すまん。話が逸れたな。食べ物に関してはあまり心配する必要は無いぞ。この辺で育てているのと変わらない作物もあるし。苦手だと思ったら、そういう物を食べて過ごしていれば良いんだ」
「うん。分かった!」
僕が笑顔で頷くと、スマラクト様も笑顔を返してくれた。
「では、坊ちゃま、アベル。里への理解も深まったところで、獣王様とサーシャ様へ、それぞれお返事を書いて下さい」
『え~!』
カインさんの言葉に、スマラクト様と僕、二人同時に不服の声を上げる。今日はスマラクト様と一緒に、ゴーレムで遊ぶ予定だったのにぃ!
「坊ちゃま。これは急ぎの執務です。相手は他国の王なのですから。すぐに返事を書くのが、この国の王族としての義務です」
「む……」
「アベル。サーシャ様は幼子とはいえ、直系王族です。坊ちゃまの従者候補として、他国の王族と親密になる事も仕事です」
「は~い……」
「早く終われば、その分、遊ぶ時間になりますから。はい。始める!」
カインさんがパンと手を打つと、スマラクト様がビクッとなった。そして、きびきびと手紙を書く準備を始める。僕もスマラクト様に便箋と封筒を分けてもらって、サーシャに手紙を書き始めた。
手紙なんて書き慣れてないから、そんなにたくさんは書けない。だから、僕の目標は便箋一枚。と思ったのに、書いてみたら便箋二枚になった! スマラクト様は僕と同じくらいの時間を使って五枚くらい書いてるんだから、何だかんだ凄いよね。
そうして手紙を書き終わると、やっとゴーレムで遊ぶ事が出来た。執務室の中で追いかけっこをしたり、廊下で競争をしたり――。これが意外と面白くて、二人で夢中になって遊んだ。たぶん、これ、明日からの定番の遊びになると思う。




