休養 1
サーシャ親子と別れ、僕達はお屋敷へと帰って来た。だいぶ遅くなってしまった夕食を、スマラクト様、カインさんと共に食べる。
「はぁ……」
「どうした、アベル? 溜め息など吐いて」
そう言ったスマラクト様に、僕は何でもないと首を横に振った。そして、温野菜の付け合わせを口に運ぶ。
「疲れているのか? 今日は怒涛の一日だったからな。夕食を食べたら、部屋に戻って良いぞ」
「うん。ありがと」
「礼には及ばん。それにしても、獣王とその娘が、この様な辺鄙な地の祭りに来ているとはな。じいは獣王と面識があったようだが、昔から彼はあんな感じだったのか?」
「いいえ。戦場での姿しか知りませんが、昔はもっと血の気が多かったかと思います。かなり好戦的な王でしたよ」
「そうなのか。そんな風には見えなかったが……」
「時の流れなのか、ご息女の成せる業なのか判断しかねますが、変わったなというのが、私の感想です」
僕は二人の話を聞きながら、黙々と夕食を食べ進めた。でも、あんまり食欲が無い。お祭りで買い食いをしたせいだろうか? おやつ、食べ過ぎたのかな……。
「ごちそうさま……」
「アベル。半分も食べてないじゃないか!」
スマラクト様が僕のお皿を見て目を剥く。今日のお昼まではおかわりまでさせてもらってたからね。それに比べたら、びっくりするくらい食べてないなって、自分でも思う。
「うん。なんだかお腹一杯になっちゃって……」
「じい! アベルを丸くする計画が、このままでは頓挫してしまう!」
「そうですが、食べられないと言っているものを無理に食べさせるのもどうかと思います。それよりも、アベル、背中はどうです? 痛みます?」
「うん。少し……」
ズキズキとした痛みは続いているし、椅子の背もたれに背中が触れると「痛いっ!」ってなる。でも、我慢出来ないほどじゃない、と思う……。
「今日の入浴は身体を洗うだけにしておきましょう。湯に浸かると、痛みが酷くなるかもしれませんから」
「分かった」
「それと、グリンマーにでも頼んで、入浴が終わったら背中を冷やしてもらいなさい」
「うん。そうする」
カインさんの言葉に頷くと、僕は席を立った。
「じゃあ、僕、お先に部屋に帰るね」
「ああ。お休み、アベル」
「お休みなさい」
「うん。お休みなさい」
スマラクト様達に別れを告げると、使った食器を片付けて、僕は部屋へと戻った。ソファに座り、そろりと背もたれにもたれる。う~。背中、痛いよぉ……。これ、今日は仰向けで寝れない気がする。そんな事を考えながら目を閉じる。脳裏に蘇ってきたのは、サーシャと獣王様親子の姿だった。
「はぁ……。お父さん、か……」
感動の再会から僕達と別れるまで、片時も離れなかった二人。お父さんに守られるサーシャが羨ましくて、それに、何だか妬ましくて……。はっ! 僕、何考えてるんだろう。妬ましいなんて……。
うー。なんか、今日は変だ。ソファから身を起こし、僕はお風呂へと向かった。そうしてカインさんに言われた通りに身体だけ洗って出て来たんだけど……。
「痛い……」
ズキズキした痛みが酷くなってきた。身体が温まったせいだろうか? 動くのも億劫だけど、これは冷やしてもらった方が絶対に良い。
やって来たのは談話室。そこに入り、ぐるりと辺りを見回す。お酒を飲むおじさん達の中に、目当ての姿を探す。師匠、師匠……。あ。いた!
師匠は、昨日と同じ席に座ってお酒を飲んでいた。たぶん、あそこが師匠のお気に入りの席なんだろう。
「ししょぉ……!」
師匠の顔を見たら、何だかホッとして涙が出てきた。半べそをかく僕に、師匠が酔って据わった目を向ける。
「何だ。辛気臭え面しやがって」
「あのね、背中、見てぇ」
「ああ?」
背中を向けた僕の寝間着のシャツを、師匠がペロッと捲る。篭っていた熱が少しだけ抜けたけど、背中が痛い事に変わりは無い。
「お前、これ、どうした? 転んだって怪我じゃねえな」
「あのね、人攫いにやられたの……」
「人攫いって、お前、攫われたのか? カインが付いていながら?」
「うん……。それでね、騒いだらね、投げられたの」
「んで、背中をぶつけたのか。おい! 誰か! たらいに水持って来い! あと、手拭いもだ!」
師匠の怒鳴り声に、この場にいる全員の視線が僕達に向く。彼らは半泣きになっている僕を見て、何事かと集まって来た。そうして僕の背中を見て、水を取りに行ってくれたり、僕が横になれるようにソファの上に置いてあった物をどかしてくれたり、上に掛けるものを持って来てくれたりした。
「ほれ。そこに腹ばいになれ。ちょっと触るぞ」
そう言った師匠が、ソファにうつ伏せに寝転がった僕の背中をそっと触る。いた~い! 痛いよ、師匠!
「だいぶ熱持ってんな……。こりゃ、明日薬師呼んだ方が良いんじゃねえか……?」
独り言のように呟いた師匠が、今度は僕の背中に湿らせた手拭いを置いてくれる。う~。冷たい!
「寒くねえか?」
「ちょっと寒い」
「んじゃ、これかぶっとけ」
師匠がふわりと薄手の掛け布を掛けてくれた。でも、背中が冷たいせいで、背筋がゾクゾクする。掛け布、あんまり意味無いみたい。
「しばらくそのままそうしてろ」
「うん。分かった」
そうして師匠に時々濡れた手拭いを代えてもらいながら、僕は横になって過ごした。そうしていると、だんだん眠くなってきて。気が付くと、僕は寝てしまっていたらしい。人の話し声でふと目が覚める。顔を上げると、師匠と一緒に、カインさん、ボーゲンさんがお酒を飲んでいた。
「お。嬢ちゃん、起きたか。背中、怪我したんだってな。どうだ? まだ痛むか?」
ボーゲンさんの言葉に、僕はこくりと頷いた。でも、寝起きだからかボーっとして、上手く言葉が出て来なかった。起き上がる気力も無くて、僕は枕代わりに抱いていたクッションに顔を埋めた。と、そんな僕の首筋を誰かが触る。ひんやり冷たい手。ちょっと背中がゾクゾクする。
「熱がありますね……」
そう言ったのはカインさん。僕の首筋を触ったのはカインさんだったようだ。
「明日、薬師を手配しましょうか……。今日のところは、取り置きの熱さましを飲ませて――」
「坊ちゃん用のにした方が良いぞ、それ。大人用だと、このちっこい身体には強すぎるだろ」
そう言ったのはボーゲンさん。ちっこいは余計だけど、確かに、大人用だと僕には量が多いと思う。でも、僕なんかがスマラクト様のお薬を貰っても良いのだろうか……?
「ですね。ちょっと取って来ます。ボーゲン、アベルをお願いします」
「おう」
顔を上げると、カインさんが立ち上がったところだった。何だか無性に不安になって、そのままその姿を見上げていると、彼は小さく笑いながら僕の頭をグシャグシャと撫でた。ちょっと撫で方が乱暴だと思う。けど、こういう姿がカインさんの素なんだろう。そう思うと、ちょっと距離が縮まったみたいで嬉しくもあった。
そうしてしばらくして、カインさんが談話室に戻って来た。手には小さなビン。あれが熱さましなんだろう。怠い身体と痛い背中に鞭打って、僕はもぞもぞと起き上った。そんな僕にカインさんがビンを差し出す。
「坊ちゃま曰く、クソ不味い薬湯らしいので、息を止めて一気に飲みましょう」
「うん……」
僕、実は薬湯って初めて飲むんだ。恐る恐るビンに口を付け、中身を口の中に流し込む。うぇ。草の味がする。でも、我慢だ。せっかく、スマラクト様用の薬湯をもらったんだから。吐いたらもったいない!
「どうだ? 不味かったか?」
そう聞いてきたのは師匠だ。僕の顔を見れば、美味しくないって分かるでしょ! というか、不味いって分かってて聞いてるでしょ! んもぉ! 師匠ってばッ!
「今日は暖かくして寝ろな?」
「明日、薬師を呼びますから。しっかり診てもらいましょうね」
ボーゲンさんとカインさんの言葉に頷き、僕はソファからよろよろと立ち上がった。でも、足に力が入らなくて、ドスンと尻餅をつき、ひっくり返る。柔らかいソファの上に尻餅をついたからお尻は痛くなかった。でも、背中が――!
「痛い~!」
思わず叫んで泣いてしまった。と、そんな僕の姿を見て、カインさんがソファから立ち上がる。そして、ビービーと泣く僕を抱き上げた。
「ちゃんと掴まってなさい。背中、触られると痛いのでしょう?」
カインさんは僕の背中を触らないよう、器用に僕を抱き上げていた。そんな彼の首にしっかりと腕を回してしがみ付く。
「今日はこの子を部屋に連れて行って、そのまま帰ります」
「おう。じーさんの事は俺に任せておけ」
「おめえに介抱されるほど、まだ飲んじゃいねえよ」
「これから飲むんだろ? 嬢ちゃん、お大事にな」
「ゆっくり休めー」
ボーゲンさんと師匠に見送られ、僕はカインさんに抱っこされて談話室を後にした。背中はズキズキするし、頭はボーっとするし、身体は燃えるように熱いし、背筋はゾクゾクする。でも、何だか気分は悪くない。まるで、母さんやじーちゃんに抱っこしてもらった時みたいな、安心感みたいなのがあったから。




