誘拐 4
歩いて歩いて歩いて。賑やかな通りを延々と歩く。もう嫌だ。帰りたい。そう口にしたいけど、それをグッと我慢して歩く。
カインさんに抱っこされてるサーシャは、最初こそ泣いていたけど、今じゃお祭りに興味津々。カインさんの腕の中であっちを見たり、こっちを見たり。歩かない分、快適だろうね。出来るなら変わってもらいたいんだけど、そこ!
「もう少しで着くからな。頑張れ、アベル」
そう言ったのはスマラクト様。僕の手を引いて歩く彼には、僕が疲れ果てている事も、それが原因で機嫌が悪い事もしっかり伝わっているようだ。
「もう少しって、あとどれくらい?」
「この先の角を曲がって、一区画先だったはずだ」
「一区画……」
その一区画すら、歩くのが億劫だ。こんな時、魔力媒介があればなぁ……。飛翔の術で移動出来るのに……。お屋敷に帰ったら、絶対に魔力媒介を召喚する魔術を教えてもらうんだから!
角を曲がった先は、それなりの広さがある通りだった。でも、人通りは、他の通りに比べると少ない。出店がほぼ無いからだ。この通り、お店を出したら駄目な決まりでもあるのだろうか?
てくてくと歩いて、やっと一区画が終わる頃。カインさんの腕の中で進行方向を興味津々に見ていたサーシャが叫んだ。
「とーちゃん! と~ちゃぁ~ん!」
一生懸命手を振るサーシャの視線の先には、軽鎧に身を包んだ人達と、彼らと何やら押し問答をしていたらしきおじさん。自警団の詰め所がある事を考えると、軽鎧に身を包んだ人達は自警団の人達なんだろう。それで、彼らと押し問答をしていたおじさんがサーシャのお父さんなのかな?
サーシャのお父さんらしきおじさんは、ボリュームのある髪がトレードマークだった。風が無いのに、風になびいているような髪型をしている。髪色は濃いめのくすんだ金髪。と言えば聞こえが良いが、いわゆる黄土色。サーシャもこの髪色をしているし、二人ともくせ毛だ。
「サーシャ!」
サーシャの名前を呼んだって事は、やっぱりあの黄土色のフサフサ髪のおじさんがサーシャのお父さんだったらしい。カインさんに抱っこされていたサーシャがその腕から逃れようともがく。と、そんな彼女をカインさんはそっと地面に下ろした。とたん、サーシャがお父さん目掛けて駆け出す。
「と~ちゃぁぁん!」
「サーシャ~! 無事だったかぁ!」
ひしっと抱き合う二人。感動の再会。はいはい。良かったね。万全の状態だったら、僕だって心から喜んであげられたんだと思う。でも、僕の身体の状態は決して良い訳じゃ無くて。どこか冷めた目で二人を見ていた。
「貴殿らがこの子を見つけて下さったのですか。感謝し――ん?」
サーシャを抱き上げながらそう言った彼女のお父さんは、途中で言葉を切った。そして、こちらをまじまじと見る。視線の先にはカインさん。
「カイン殿、か……?」
「お久しぶりでございます、獣王様」
獣王、様……? え? 思わず、カインさんとサーシャのお父さんを見比べる。それも仕方ない。だって、獣王様は隣国の王様で。普通に考えたら、こんな所にいるはずの無い人なんだから。
「先の大戦ぶりだな。今はブロイエ殿のご子息の世話係りをしていると聞いていたが、ご子息ではなくご息女だったか。性別を間違えて覚えていたようだ。……いや。アオイ殿のお披露目で挨拶をした時は、ご子息だったような……? 彼にはご息女もいたのだったか?」
獣王様、混乱中。それも仕方ない。だって、今、スマラクト様は女の子の格好をしてるんだから。無駄にお綺麗な顔のせいで、普通に女の子に見えるもんね。
「違うよ、父ちゃん! 女の格好をしたお兄ちゃんなんだよ! だから、ごしそくで合ってるよ!」
「そ、そうか……。名は何といっただろうか?」
「スマラクトにございます。故あってこのような格好をしておりますが、決して好んでしている訳ではないとお含みおき下さい」
「そうだったか。そこのエルフ族の幼子は、スマラクト殿の従者かな?」
「ええ。まだ見習いですが。アベルと申します」
スマラクト様の言葉に、僕はぺこりと頭を下げた。他国の王様への挨拶の作法なんて分かんない。けど、ちゃんと頭くらいは下げておかないと!
「あのね、父ちゃん! アベルね、あたいの事、助けてくれたんだよ! それでね、一生懸命あたいの事、守ろうとしてくれたの! 恩人なんだよ! ちゃんとお礼して!」
恩人だなんて大袈裟だよ。そう口にしようとしたけど、やっぱり止めた。それよりも、早く自警団の人達に人攫いの情報を提供して、お屋敷に帰りたい。だから、僕はスマラクト様に視線を送った。早く行こうよって。
「うちのアベルは歳の割に腕が立つのです。幼子を守るくらい、アベルにかかれば朝飯前ですよ!」
スマラクト様ってば、全然分かってない……! 愕然とする僕を余所に、スマラクト様の僕自慢が始まる。
「エルフ族はあまり他部族との関わりを持ちたがらないのですが、このアベルは人好きと言うか、結構社交的で――」
あああああ……! もう! そんな話いいよ! 早く行こうよ!
「坊ちゃま。立ち話もなんですし、自警団の詰め所で席を借りませんか?」
そうだそうだ! カインさんの言う通りだ。せめて座らせて!
「む。そうだな。獣王よ。少し付き合ってくれぬか? 貴殿がここにいた理由も知りたいし、少し座って話をしようではないか」
「そうだな」
そう言って歩き出すスマラクト様達に僕も遅れず付いて行く。
「父ちゃん! お礼だってば! アベルにお礼!」
「やけに懐いたものだな。城でもそれくらい周りの者達に懐いてくれると、この父も助かるのだが?」
「だって! みんな、あたいにあれしろこれしろ、あれしちゃ駄目これしちゃ駄目ってうるさいんだもんッ!」
サーシャは基本的に、自由に生きていたい子なんだろう。だから、周りから強要される事を嫌う、と。お世話する人、大変そう。だって、基本的にサーシャに嫌われる立場になるんだから。
「その気持ち、僕にもよく分かるぞ」
そう言ったのはスマラクト様。彼も自由な生き方を好む人だからね。サーシャの気持ちはよく分かるだろう。
「だが、誰も意地悪で言っている訳ではないのだぞ。それどころか、好意で言ってくれているのだ。意地悪な者は助言など一切しない。そうして失敗するのを陰で笑っているんだ」
「ふん! あんたにあたいの気持ちなんて分かんないよ~だッ!」
「いや、分かる。僕も王族の端くれだ。生まれがこうでなければ、もっと違う生き方が出来たのだろうと思う時もある」
サーシャは驚いたようにスマラクト様を見た。続いて獣王様を見て、またスマラクト様を見る。
よく考えたら、サーシャに誰も説明してなかったよね。スマラクト様はこの地の領主代行様で、この国の王族の一員なんだよって。サーシャからしてみたら、得体の知れない女装のお兄さんにしか見えてなかっただろう。
「分かんないもん……!」
サーシャはそう言って、獣王様の首の辺りに顔を埋めてしまった。そんな彼女の頭を獣王様が優しく撫でる。
そうして自警団の詰め所で人攫いの情報を提供して、応接間を借りて人心地。自警団の団員さんが出してくれたホットレモネードを啜る。
自警団の人達は、お子様にはみんなホットレモネード、大人二人にはお茶を出してくれた。でも、サーシャはせっかくのホットレモネードを無視して、獣王様の首元に顔を埋めたままだ。戸惑っているのと拗ねているのと、その他もろもろ。色んな感情が渦巻いていて、サーシャ自身もどう振る舞ったら良いか分からないんだと思う。
「それで、貴殿は何故このような辺境の地にいるのだ?」
そう言ったスマラクト様が獣王様を見る。そうそう。僕もそれが知りたい。普通に考えて、何で他国の王様がこんな所にいるのさ。
「我は祭り好きゆえ。色々な地の祭りを見て回るのが趣味なのだ」
「だが、城の結界の管理があるのでは? 王が自由に出歩くなど許されないものだと思っていたのだが……」
「そうだな。だが、我の息子は優秀なのだ」
「こうして出歩いている時は、ご子息が代理管理をしているという事か?」
「いや。主に息子に管理してもらっている。結界の管理というのは、どうも性に合わなくてな。実は管理者をこっそり息子に譲ったのだ」
スマラクト様もカインさんも、獣王様の言葉に絶句した。二人の反応を見るに、結界の管理とは、王様の重要な役目の一つなのかもしれない。
「近々、退位したいとも考えていてな。今は息子に色々教えている最中なのだ」
「そう言う割に、こうして出歩いているのは……?」
「手取り足取り教えるだけが教えではないのだぞ!」
そう言った獣王様は豪快に笑った。スマラクト様とカインさんは引き攣った顔で笑っている。
えぇと……。つまり、獣王様が自由に出歩いている間、その息子さん――サーシャのお兄さんが実務を担っていて、獣王様が帰って来た時に問題無いか確認して、問題があれば口出しをしているって感じ? うわぁ……。そう考えると、サーシャのお兄さん、物凄い貧乏くじ引いてる気がする。
「……貴殿は隠居でもしたいのか?」
「そうだ! 妻とサーシャと我の三人で、各地の祭りを見て回る生活がしたいのだ!」
理由が……。もっとマシな理由なら納得出来るけど、これじゃ……。サーシャの自由な性格は、間違いなくお父さん譲りだ……。頭痛くなってきた……。
「まあ、楽しそうではあるな。だが、周囲がそれを許さないのでは?」
「そうだな。正直、反発はかなりあると思う。だがな、今の我が国に必要な王は我ではない」
「と言うと?」
「我は戦時の王だ。戦時でこそ力を発揮する王であった。泰平の世に我は必要無い」
「それはいささか卑下し過ぎではないか? 退位に反発があるのも、王として貴殿が評価されている証かと僕は思うのだが?」
そう言ったスマラクト様に、獣王様はニッと笑ってみせた。
「我は不器用なのだ。貴殿の父のようにはなれぬ。時代の流れに置いて行かれるのは目に見えている」
「比べる対象が……。少々特殊過ぎるかと……」
スマラクト様がそう言って苦笑する。カインさんも苦笑い。僕にはよく分からないけど、獣王様と領主様は比べたら駄目らしい。
「それにな、我はこの子が可愛くて可愛くて仕方がないのだ。遅くに出来た子だからな。この子が好きに生きるのに、我が王であり続ければ枷になる」
獣王様がサーシャの頭を撫でる。その目は凄く優しくて。でも、サーシャは嫌がるように頭を振った。抱っこしてもらってるのに、構われたくないらしい。でも、そんな仕草も愛おしいとでもいうように、獣王様は目を細めていた。
お父さん、か……。お父さんねぇ……。羨ましいなんて、思った所でどうにもならないんだけどさ……。サーシャの事、良いなぁって思っちゃう……。




