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のけ者エルフのセレンディピティ  作者: ゆきんこ
第二章

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誘拐 2

 しばらくするとサーシャは少し落ち着いたようだった。時々しゃくり上げはするものの、お父さんを呼ばなくなった。でも、心細いのは変わらないんだろう。僕の傍らにピッタリくっついて座り、僕のブラウスの袖をギュッと握り締めている。


 と、突然、隠し扉が開いた。差し込む光を見たサーシャが身を強張らせる。さっきの恐怖を思い出したんだろう。泣かないでよ。お願いだから。こういう時は、相手の注意を引かず、大人しくしている方が良いんだからね!


「おら。下りろ」


 ヒゲおじさんの声に続き、ドサッと重い物が落ちる音が。見ると、それは小柄な、スカートを穿いた人影で。僕達と同じように攫われて来た女の子だろう。


 ヒゲおじさんが檻の鍵を開ける間、その子は蹲ったまま動かなかった。打ち所が悪くて気を失っているのか、抵抗する気力も無くなる程痛めつけられたのか……。


「入れ」


 ヒゲおじさんの指示で、地面に蹲っていた子が顔を上げた。その顔を見て、僕は飛び上がる程驚いた。だって――!


「スマ――!」


 思わず名を呼びそうになった僕に、スマラクト様が慌てて首を横に振る。黙ってろって事だ。そのまま、彼は大人しく檻に入った。


「お前、気味悪いくらい大人しくて素直だな……。ま、俺としちゃ、手間が無くて良いんだけどよ」


 そう言ったヒゲおじさんが檻の鍵を閉め、去って行く。僕はそれを息を殺しながら見送った。そして、隠し扉が閉まると、ふぅと息を吐く。


「何やってるの、スマラクト様!」


 色々言いたい事が山積みだ。その服はどうしたの? それに、何でスマラクト様まで攫われてるの!


「無論、助けに来たに決まっているだろう!」


 そう、自信満々の声でスマラクト様が答える。僕は脱力するしかなかった。


「助けに来たって、捕まってるじゃん……」


「何を言う。これも作戦だ! わざと捕まったんだ!」


「作戦?」


「そうだ。僕はアベルを守る為にここに潜り込んだんだ。魔力媒介、持ってなかったんだろう? 身を守る術を持たない者を一人にはしておけないからな。こうして、僕が直々に来てやんたんだ」


「う……。魔力媒介、お屋敷に置いて来ちゃって……」


「そんな事だろうと思った。抵抗もろくにせずに攫われて行ったのだからな」


「ごめん……」


 僕の状況を的確に理解しての行動だったらしい。ホッとしたのと同時に、申し訳無さが湧いてくる。魔力媒介さえ持ってれば……。こんな風に迷惑掛ける事も無かったのに……。


「ねえ、あんた、アベルの知り合い? 助けに来たって、あんた、魔力媒介持ってるの?」


 そう口を開いたのは、僕達のやり取りを黙って聞いていたサーシャだった。物怖じしない感じでスマラクト様にそう尋ねるも、その手はしっかりと僕のブラウスの袖を握り締めている。気が強そうに見えても、まだまだ小さい子だからね。不安なんだよね、きっと。


「うむ。少し待っていろ」


 スマラクト様はそう言うと、すっくと立ち上がったんだと思う。そんな気配がした。と同時に、真っ暗な空間に魔法陣が浮かび上がる。


「フォアラデュンク!」


 スマラクト様が召喚術の発動言語を口にした途端、カッと魔法陣が眩い光を発した。そして、中心に向かって光が収束していき、やがて消えていく。


 召喚術には発動言語が一つしかない。覚えやすいといえば覚えやすいんだけど、僕はほとんど召喚術が使えなかったりする。だって、じーちゃんがほとんど使えなかったんだもん。


 召喚術を使いこなすには、召喚したい物を指定する魔法陣を描けなければならない。召喚したい物が複雑になればなるほど、魔法陣は大きく、複雑な形状になるらしい。だから、たくさん勉強しなければならない訳で。長い年月を生きるじーちゃんは多くの魔術を学んできたけど、流石に、召喚術にまでは手を伸ばせなかったらしい。


 スマラクト様が出した魔法陣は、縦も横も僕の背丈以上の大きさがあった。それは、僕が見た事も無いような特大サイズの魔法陣で。それくらい、複雑な形状と素材の物を召喚したって事だ。


「すっご~い!」


 そう叫んだのはサーシャだ。彼女が叫ばなかったら、僕が叫んでいたところだ。


「そうだろう、そうだろう! リヒト!」


 光を灯す魔術をスマラクト様が発動させる。明るくなると、状況がよく分かる。床一面に広がる魔法陣は、たぶん、サーシャが言っていた転移妨害の魔法陣。スマラクト様の手には、彼の魔力媒介の短剣が。さっきの召喚術で呼び寄せた物だ。


「スマラクト様って、魔力媒介が無くても召喚術が使えるの?」


「いや。こんな時の為に、それ専用の護符をサブで持っているんだ。ほら。これだ」


 そう言ってスマラクト様が胸元から鎖が付いた護符を取り出す。ほうほう。常に魔力媒介を持ち歩かなくても、こういう方法があったのか。帰ったら、召喚術を教えてもらって、僕も作ろっと!


「お姉ちゃん、天才!」


「もっと褒めて良いぞ! だが、僕はお姉ちゃんではなく、お兄ちゃんだ。そこのところ間違えないでくれ」


「え……」


 サーシャが戸惑ってる……。今のスマラクト様、女の子の格好してるもんね。スマラクト様って綺麗な顔をしてるし、髪だって僕より長いし、そりゃ、お姉ちゃんだって思うよね、普通。


「お兄ちゃん……? 女の格好してるのに……? お兄ちゃん?」


「うむ。僕はれっきとした男だ!」


「……お兄ちゃん、変わり者なんだね」


「ぐふっ!」


 流石のスマラクト様でも、変わり者の一言は傷付いたのだろう。その場に崩れ落ち、蹲って胸を押さえていプルプルしている。と思ったけど、どうやら違うらしい。スマラクト様から低く押し殺した笑い声が聞こえてくる。感激してるの? 何故?


「あのお兄ちゃん、アベルの友達なんだよね?」


「う、うん……」


「友達は選んだ方が良いんだよ。父ちゃん、そう言ってたよ」


「で、でもね、ちょっと変わってるけど、優しいんだよ、スマラクト様って。今だって、ほら、僕達を助ける為にこうやって潜り込んでくれてるんだし……。女の子の格好をしてるのも、おとりになる為で……」


「ふ~ん……」


 サーシャはジト目でスマラクト様を見ている。僕のフォロー、あまり信じてないみたい。好んで女の子の格好をしている人なんだって思われているようだ。


「で。お姉ちゃんの格好をしたお兄ちゃん! あたい達、この後、どうすれば良いの?」


「ん? 何もする必要は無いぞ。大人しくここで待っていれば良いだけだ」


「逃げ出すんじゃないの?」


「違う。助け出されるのを待つんだ」


「何それ! せっかく魔力媒介があるんだから、逃げ出して――」


「僕達が行動を起こす必要は無い。すぐに分かる」


「意味分かんないよ……!」


 サーシャはそう言って頬を膨らませると黙り込んでしまった。一刻も早く、こんな所から逃げ出したいんだろう。気持ちは分かる。


「サーシャ。大丈夫だよ。スマラクト様って、こう見えて、と~っても頭が良いんだから。任せておけば――」


 言い終わらないうち、遠くの方で破壊音が聞こえた。立て続けに二回、三回と破壊音が響く。


「な、何……?」


 サーシャが僕にしがみ付く。状況が分からないと怖いよね、これ。でも、大丈夫! たぶん、あの人の仕業だから。僕は安心させるようにサーシャの頭をよしよしと撫でる。


「じいめ。派手に暴れておるな……」


 僕の予想は大当たり。スマラクト様がここに来たって事は、カインさんも一緒な訳で。僕を守る役目がスマラクト様で、僕達を助け出す役目はカインさん。でも、一人で大丈夫なのかな……? ちょっと心配になってしまう。


 そりゃ、カインさんは強いよ? 僕じゃ、全然歯が立たないくらい強いよ。でもさ、ここに何人くらい、悪い奴らがいるかも分からないし……。スマラクト様とカインさんが想定していたよりも人がたくさんいて、その中にとっても強い人でもいたら、いくらカインさんでも危ないんじゃないかな……。


「スマラクト様。本当に僕達、ここで待ってて良いの? カインさんを助太刀に行かなくて大丈夫?」


「うむ。僕達が行っても足手まといになるだけだ。それより、来るぞ。準備しておけ」


 そう言ったスマラクト様が表情を引き締めた。そうして、灯していた明かりを消す。


「足音……」


 そう呟いたサーシャが僕のブラウスの袖をギュッと握った。足音って……? 耳をすませてみても、何も聞こえないけど……。あ。そっか。獣人種のスマラクト様とサーシャは、僕よりもずっと耳も目も良いんだった。僕が聞こえない音も、二人には聞こえているんだ。


「準備って、僕、何すれば良い?」


「その幼子を連れて、端の方に避けているんだ。その子はアベルに任せたからな。しっかり見ていてやれ」


「うん」


 魔力媒介を持っていない僕とサーシャは、スマラクト様と一緒に戦う事は出来ない。だから、二人で檻の隅っこに移動した。そして、二人で抱き合うように身を寄せ合う。


 そうしてしばし。隠し扉が開いた。その先にいたのはヒゲおじさんとデブおじさんの二人。地下室からの明かりに照らされたその顔は、少しばかり煤けているように見えた。


「くそ! 何なんだ、あのじじい! 俺らに何の恨みがあるってんだッ!」


「そ、それより、兄貴、そいつらを早く連れ出さないと――」


「シュタインシーセン」


 ヒゲおじさんの言葉を遮るように、スマラクト様が魔術を発動させた。彼が使った魔術は、小石を発射させる土属性攻撃魔術の初級の術。当たっても、軽く血が滲むか痣が出来る程度の威力しかない術だ。けど、これくらいが威嚇には丁度良いのかもしれない。


「な、何だ! お前、何で魔力媒介なんて持ってんだ! さっきは持ってなかっただろ!」


 ヒゲおじさんが叫ぶ。でも、怖いのはこっちじゃない。僕はデブおじさんに視線をやった。彼は物凄い形相でスマラクト様を睨んでいる。


「てめぇ! 何さらしてくれてんだ、こらッ!」


「僕達に近付くな! 近付いたら、次は当てる!」


「ああ? 調子に乗んなよ? こんな初級程度の術、当ってもどうって事――」


「シュタインプファイル!」


 スマラクト様が使った魔術は、石の矢を放つ中級の術だった。一歩踏み出したデブおじさんの頬を、スマラクト様の魔術が掠める。デブおじさんの頬に一筋の血が流れた。


「誰も初級の術を使い続けるとは言っていないぞ? 痛い目を見たくなかったら、そこから動くな」


「このクソガキがぁ!」


 あ。デブおじさん、キレたっぽい……。吠えたデブおじさんの姿が一瞬光に包まれたかと思うと、本性を露わにした。あの姿、オーク族の、しかも、戦闘特化型っぽいな……。いくらスマラクト様でも、これは分が悪いんじゃ……。


 獣人種オーク族は、大きく二種類に分けられる。色が白くて優しい顔つきと、それに見合った温厚な性格の普通型。そして、もう一つが、目の前のデブおじさんが属するだろう戦闘特化型。この戦闘特化型、本性の姿は普通型とよく似ているらしいけど、色が浅黒くて、口元に一対の牙がある点が違うって本に書いてあった。戦闘特化型は突然変異らしく、親が普通型もで子どもが戦闘特化型って事もあるし、親が戦闘特化型でも子どもが普通型って事もあるらしい。


 オーク族の戦闘特化型は攻撃的な性格と、周囲の人を利用する事しか考えてない情の薄い性格をしているからか、犯罪率が非常に高いらしい。本で読んだ時はそれって偏見なんじゃないかなって思ったけど、デブおじさんの何をするか分からない怖さを見るに、あながち偏見ではなかったようだ。


 デブおじさんは素早い動作で腰のナイフを抜いた。僕のナイフも大振りだけど、デブおじさんのナイフはそれよりも一回り以上大きい、いわゆる蛮刀ってやつだった。柄に魔石が嵌っているし、あれがデブおじさんの魔力媒介なんだろう。


「ぶっ殺してやるッ!」


「やれるものならやってみろ! このデブ! ハ~ゲ!」


「このッ……!」


 ひぃ~! スマラクト様ってば、挑発しないでよ! その人、本当に何するか分からない人なんだから! 僕は縮こまるサーシャを守るように、彼女を抱きしめる腕の力を強めた。

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