町 3
「食べたね~!」
「うむ。やはり、買い食いは良いな! 楽しかった!」
買い食いも一段落し、僕達は服屋さんを目指した。僕はスマラクト様と手を繋ぎ、先を歩くカインさんに付いて行く。そうして着いたのは、大通りから少し入った所にあったお店だった。そこには、見るからにお高そうな服がたくさん置いてあって――。
「すごっ……!」
思わず感嘆の声を上げる僕を見て、スマラクト様がケラケラと笑う。
「本当に高い店はな、こうやって服を置かないんだぞ、アベル」
「そうなの?」
「ああ。一着一着、注文を受けて作るからな。まあ、見本くらいは店先に置いてあるだろうが、こうやって吊るし売りなどはしないものなんだ」
「へぇ~」
そういうものなのか。ほうほうと頷く僕の手を引いて、スマラクト様がお店に入る。カインさんはというと、お店の扉を開けて押さえていた。お屋敷でも、こうやって、スマラクト様が入る場所の扉を開けてあげて、押さえてるよね。たぶん、これもカインさんのお仕事の内なんだろうな。
お店の中には、色とりどりのドレスが置いてあった。大きさも様々。だから、所狭しとドレスが並んでいる感じだ。
「いらっしゃいませ~!」
入って来た僕達に気が付いた店員のお兄さんがにこやかに挨拶をしてくれた。と思った瞬間、僕達を見て顔色が変わった。慌てたように店の奥に引っ込んだお兄さんが太っちょのおじさんを連れて戻って来る。
「こ、これは、これは、領主代行様。この様な店にわざわざ足を運んで下さいまして、誠にありがとうございます」
太っちょのおじさんが店主さんなんだろう。彼は冷汗ダラダラだ。見ていて可哀想になるくらい焦っているのが分かる。たぶん、スマラクト様みたいな人が来る事を想定しているお店じゃないんだろうな、ここ。
「この者の服を少し見させてもらいたい」
そう言ったスマラクト様がぐいっと僕を引っ張って前にやった。と、店主さんが目を丸くする。
「エルフ族……?」
「分かっていると思うが、女だぞ!」
ここのお店、女物の服しか置いてないもんね。そんなお店に男の子連れて来たら、違う意味で驚くよね。
「は、はい。もちろん分かっておりますとも! しかし、エルフ族の女児など、初めて見ました」
「僕の友人だ。今後世話になるだろうから、しっかりと顔を覚えておけ」
「はい! それは、もう! ありがとうございます!」
「うむ! では、じいと相談して、適当に見繕ってくれ。僕は座って待っている」
そう言ったスマラクト様が辺りを見回す。けど、椅子なんてどこにも置いてない。そんな場所があるなら、商品を一つでも多く置くタイプのお店なんだろうな、ここは。
「おい! 奥から椅子を持って来て差し上げろ!」
慌てたように店主さんが店員のお兄さんに怒鳴った。慌てて奥に引っ込むお兄さん。ややあって、店員のお兄さんが椅子を抱えて戻って来た。そして、子ども服が置いてある一角にそれを置いてくれて、スマラクト様がちょこんとそれに座る。その間に、店主さんとカインさんとで今日の予算とかどんな服が何着くらい必要なのかとかを話し合っていた。
「お嬢さんは、好きな色とかありますか?」
「ん~ん」
これと言って好きな色って無いんだ、僕。服なんて、着られれば何でも良いって生活してたし。
「で、では、好きな柄とか……」
「無い!」
「えぇ……」
困った顔をした店主さんが、助けを求めるようにカインさんを見る。すると、カインさんは苦笑しながら口を開いた。
「似合いそうな物を選んでやって下さい。こだわりなどはあまり無いようなので」
む。失敬な。こだわりならあるよ! スカート! 絶対にスカート!
「スカートが良い!」
「アベル。この店はスカート以外置いて無いぞ」
眉を吊り上げてそう叫んだ僕の言葉に答えたのはスマラクト様だ。見ると、彼は呆れたように笑っていた。
「そうなの?」
「うむ。一応、キュロットも置いてあるだろうが、あれもスカートの一種だよな、店主?」
「ええ。キュロットスカートと言うくらいですし。遊び着はキュロットに致しましょうか?」
「そうですね。動きやすさを考えると、その方が良いでしょう」
「では、この辺など如何です?」
店主さんがいくつかの商品を手に取る。見た目はスカートなんだけど……。あれがキュロット?
「スカートとどう違うの?」
「それはですね――」
店主さんが一枚、青いキュロットの裾を横に引っ張った。広がったそれは――。
「ズボン……?」
簡単に言うと、裾の広いズボンだった。キュロットは、スカートに見えるズボンって事で……。思わずしょんぼりしてしまう。
「い、いえ! スカートですよ。キュロットスカート! 引っ張らなければこういう構造だと分からない訳ですし、穿いているだけではスカートと見分けは付きませんから! それに、キュロットの良い点はですね、捲れて下着が見える事が無いというところです。遊び着にピッタリでしょう?」
「うん……」
「何も、全ての服をキュロットにしようと言っている訳ではありませんよ?」
苦笑しながらそう言ったカインさんが、吊るしてあったスカートを一着手に取った。
「普段着はスカートで、遊び着はキュロット。場面場面で合った服装に着替えてもらいます」
「うん……」
「君、スカートが好きなんだ? 遊び着もスカートが良いの?」
そう言ったのは、事の成り行きを見守っていた店員のお兄さん。彼は微笑ましいものを見るような目で僕を見ていた。
「お、おい!」
慌てたのは店主さん。店主さんとカインさんの間では、僕の遊び着はキュロットで話がまとまりそうだったから無理も無い。
「遊び着でスカートを穿くなら、ドロワーズを下に穿くって手もありますよ?」
そう言ったお兄さんが手に取ったのは、白いフリフリのズボンだった。
「この町の女の子だと、こっちの方が主流なんですよ。もちろん、キュロットを穿いてる子もいますけど」
「しかし、それは下着でしょう?」
そう言ったのはカインさん。渋い顔をしている。スマラクト様も渋い顔で頷いていた。
「確かにそうなんですけど、見られたらまずいのはもっと丈が短いもので、膝丈くらいのは見られても良い物って認識でみんな穿いているみたいです。ズボンと下着の間くらいの感覚なんだと思います」
「遊び着の下に穿く物は長く、普段着の下に穿く物は短くするという事ですか……」
「そうです、そうです! 但し、すっ転んだりするとはしたない格好になるのは変わりないんで。そこだけは注意ですかね」
「本人の希望と役割を考えると、三種類の服が必要な気がしてきましたね……。アベル、一日に三着の服を着る事になりますけど、きちんと出来ますか?」
「うん!」
スカート穿けるなら! そう思って大きく頷くと、カインさんは再び苦笑した。
「では、普段着、遊び着、訓練着。その三種類の服で考えましょうか。訓練着だけはキュロットで。異論は認めません。但し、着替えが面倒になった場合、訓練着を遊び着にする事は認めます」
「分かった!」
「では、訓練着はこれで良いとして、遊び着ですが――」
そうして一通り服を選び終わり、今度は試着。スカートやキュロットはお腹周りを紐で締められる構造になっていたから良いとして、問題はブラウスだった。
「ねえ。これ、何だか大きい気がする!」
試着室で着替えさせてもらった、普段着用のブラウスは見るからにぶかぶかだった。袖の長さや丈は合っているのに、胴回りが……。
「予想はしていましたが……」
試着した僕の姿を見て、カインさんはおでこに手を当てて項垂れた。他のみんなは苦笑い。
「うちの服って、人族の女の子に合わせて作ってありますからね……。エルフ族って華奢だって話は聞いた事がありましたけど、ここまで合わないものなんですね……」
そう言った店員のお兄さんが、同じデザインのブラウスを一枚持って来てくれた。そして、僕の方に持って来たブラウスの肩を合わせる。
「一サイズ小さいのがこれなんですけど、こっちだと袖が結構短いですよね……」
今着ているブラウスの袖の長さがピッタリなら、合わせてくれているブラウスは指三本分くらい袖が短い。いわゆる、つんつるてんだ。
「ですね。袖が短い物を着るよりは、胴回りが緩い方が良いでしょうか……」
カインさんは思案顔。と、スマラクト様が思い付いたとばかりに口を開いた。
「アベルを太らせれば良いんだ!」
「確かに、多少太らせようとは思っていましたけど……」
カインさんってば、僕を太らせる計画を立てていたらしい……。ああ。だからか。ごはん、たくさん食べさせてくれてたのは。
「少しふっくらすれば、今よりは見られるようになると思いますよ?」
そう言った店主さんは愛想笑いを浮かべている。仕事柄、本心は違くても、そう言っておかないといけないんだろう。大変だね、物を売る仕事って。
「アイリスの服は普通に着れてたよな?」
「うん」
スマラクト様の言葉に僕は頷いてみせた。アイリスちゃんにもらったメイド服、多少大きい感じもしたけど、ここまでじゃなかった。
「あれはノイモーントが、アイリス様に合わせて作った服のようでしたから。彼女も、小さい頃は今よりもずっと細くて小さかったですし、アベルが着てもそこまで大きくはなかったのかと」
「ああ、そうか。言われてみればそうだったな」
「しかし、どうしたものでしょうか……。わざわざ仕立てるとなると、三着分で一着しか作れませんし……」
もしかして、ブラウスの枚数、少なくなっちゃうの? それは嫌だ! せっかくなんだし、たくさん可愛いブラウスが欲しい!
「だから、さっきも言っただろう。アベルが太れば良いんだ!」
「僕、頑張ってごはんたくさん食べる!」
「ほら。アベルも前向きなのだし、それで良いではないか」
「良いのですか? 大きいと言ったのはアベルですよ?」
「良い! 大きい分には、スマラクト様と遊ぶのも訓練するのも問題無いから!」
「まあ、そうですね。アベルが問題無いと言うのなら良いでしょう。今着ている服、このまま着て帰っても良いですよね?」
「もちろんです!」
そんなこんなで、服を選んで、防寒具や靴、下着類、寝巻なんかも見繕ってもらってお会計。どっさりと買った品物の代金はカインさんが支払ってくれた。昨日見たカインさんのお財布とも、今日見たスマラクト様のお財布とも意匠が違うお財布からお金を出して。たぶん、あれが僕の仕度金が入ったお財布なんだろうな。
大荷物を手に、三人で荷馬車が留めてあるお宿を目指す。服って結構かさばるんだね。それに、重量もかなりある。一番小さい包みを抱えている僕で重いんだから、中くらいの包みを抱えているスマラクト様や、特大の包みを抱えているカインさんはもっと重いはず。何だか申し訳なくなってきた……。
「どうした、アベル。元気が無いぞ? 疲れたのか? 荷物が重いのなら、僕が持ってやるぞ?」
「ん~ん……。何だか申し訳無くて……」
「申し訳無い? 何がだ?」
「だってさ、僕の買い物なのに、二人に荷物持ちさせちゃってるから……」
「気にするな。僕もじいも、腕力には自信がある部族だ。これくらいどうって事無いぞ!」
「でも……。気になるよ……」
「そういう時はな、発想を逆転させるんだ。アベルが大荷物を持っていて、僕とじいが手ぶらで歩いていたらどう思われるか、とな。すれ違う人、すれ違う人、皆、振り返るぞ。そして、怪訝な顔をされるか、笑われるか……。もしかしたら、怒り出す者も出て来るかもしれぬ。こんな小さな子に大荷物を持たせて何事か、と。僕は好機の目に晒される事も、いらぬ争い事に巻き込まれる事も好まぬ。だから、これで良いんだ。なあ、じい?」
「ええ」
確かに、僕だけ大荷物を持っていたら注目の的だ。僕の物だって知らない人からしたら、僕は荷物持ちをさせられている可哀想な子に見える訳で。僕だって、知らない人に憐みの目を向けられたくはないや。
発想を変えると、心持も変わって来るな。僕の立場的に、全く気にならないって訳にはいかないけど、申し訳なくて落ち着かなかった気持ちが少しだけ落ち着いた。スマラクト様のこういうところ、僕、とっても凄いと思う!




