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のけ者エルフのセレンディピティ  作者: ゆきんこ
第二章

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町 1

 目が覚めると、僕はしっかりと自分のベッドに横になっていた。昨日、談話室で寝落ちたはずなのに……。カインさんかボーゲンさんのどちらかが運んでくれたのかな?


 ベッドから降りてカーテンを開くと、遠くの方の空が薄らと明るくなり始めていた。もう少しで夜明けらしい。僕はぱぱっと身支度を整えると、部屋を後にした。


 向かうは厨房。朝食の準備のお手伝いだ! 厨房は食堂の隣で、僕の部屋からは比較的近い。だから、こんな広いお屋敷でも迷わず行けるんだから!


 食堂に着くと、カウンターから厨房を覗く。そこでは料理人さん達がせかせかと働いていた。その中に、ボーゲンさんの姿を見つける。


「ボーゲンさぁん!」


「お? おお。嬢ちゃん。おはようさん」


「おはよ~! ねえ、昨日、僕を運んでくれたの、ボーゲンさん?」


「いや、カインだよ。後で礼言っておけよ?」


「うん。僕もお手伝いするよ。スマラクト様が起きて来るまで」


「そりゃ、ありがてえ。芋の皮剥き、出来るか?」


「うん!」


「じゃあ、そこのたらいに入ってる芋、剥いてくれ。ナイフはそこな。昼飯用で急ぐ必要はねえから、指切らないようにゆっくり剥けよ?」


「分かった!」


 ボーゲンさんが目で指したナイフを手に、たらいの前に陣取る。さて、と。腕まくりをし、大きなお芋を一つ手に取る。そして、スルスル、スルスルとナイフで皮を剥いていった。


「お。上手いもんだな」


「へへへ。母さんが生きてる頃、基本的なナイフの使い方は教えてもらったから」


 ボーゲンさんに褒められ、僕はちょっとはにかみながらそう答えた。ナイフ一本あれば、野菜はもちろん、肉や魚だって下ごしらえ出来るんだから!


「料理は? 出来んのか?」


「ん~ん。僕が出来るのは下ごしらえだけだよ。料理教えてもらう前に、母さん、死んじゃったから」


「おっと……。悪い事聞いたな……」


「ん~ん。母さんはだいぶ前に死んじゃったし、悲しいのも寂しいのも克服したから平気だよ」


「そうか……。じゃあ、それ、頼んだな?」


「うん。任せて!」


 ボーゲンさんが背を向け、去って行く。朝食の準備で彼も大忙しだからね。ずっと僕を見守っている訳にはいかないだろう。それに、僕、見守ってもらわなくてもこれくらいのお手伝いなら出来るんだから。鼻歌交じりにお芋を次々と剥いていく。


 そうして半分くらいお芋を剥き終わった時だった。僕の上に影が落ちる。顔を上げると、そこにはスマラクト様が。おお。スマラクト様、早起き! 僕との約束、守ってくれた!


「おはよ、スマラクト様!」


「うむ。それより、こんな所で何をしている」


「お手伝い! スマラクト様が起きるまで暇だったから」


「部屋に行ったらもぬけの殻だったから探したのだぞ。あ! じい! いたぞ!」


 ナイフを置いて立ち上がると、こちらに歩いて来るカインさんと目が合った。


「おはよ、カインさん!」


「おはようございます」


「昨日は部屋まで運んでくれて、ありがとうございました!」


 ぺこりと頭を下げてそう言う。そして、顔を上げると、カインさんは微笑していた。


「いいえ。どういたしまして」


 そんなカインさんに僕も笑みを返す。と、スマラクト様が面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「何の話だ」


「昨夜、アベルが談話室で寝てしまったので。そのままにしては風邪をひくでしょう? ですから、部屋まで運んだ次第です」


「そうか。アベル。談話室は寝る場所ではないぞ。眠くなったらさっさと部屋に戻るんだ」


「うん。今日から気を付ける」


「分かったなら良い。朝食を食べて、木の実拾いに行くぞ!」


 そうして僕達は朝食を済ませると、お屋敷の周りの森で木の実拾いをして過ごした。木の実は思っていた以上にたくさん落ちていて、ほんの少しの探索で、持っていた袋がパンパンになった。きっと、誰も拾いに来ていないんだろうな。もったいない。だから、じーちゃんの仕送り用にまた拾いに来よっと。


 木の実拾いが終わると、戦闘訓練。中庭で、カインさん相手に決闘形式で戦う。因みに、これには師匠という見学者がいた。スマラクト様曰く、師匠は僕の様子を見に来たんだろうって。師匠、普段は見になんて来ないらしいから。


 戦闘訓練では、スマラクト様が言った通り、カインさんにボコボコにされた。身代わりの護符があるから怪我はしないんだけど、それが逆にカインさんを容赦なくしているというか……。


「うぅっ……ひっく……!」


 しゃくり上げる僕の背を、スマラクト様がよしよしと撫でてくれる。殴られた頭が痛い。地面に打ち付けた鼻とおでこが痛い。これだけ痛いのに怪我が無いって変だよ!


「おめえよぉ、真っ直ぐ突っ込んだらカウンター取られんの、ちょっと考えれば分かるだろ……」


 呆れたようにそう言ったのは師匠だ。見ると、中庭と建物との段差に腰掛けた師匠が、自身の膝に頬杖を付いて苦笑していた。カインさんもスマラクト様も苦笑している。


「だってぇ……」


 僕が出来る戦い方は、飛翔の魔術を使って一気に間合いを詰めるという、登用試験でやった戦い方だけだったりする。だって、母さんに色々教わる前に、母さん、死んじゃったんだもん……。でもでも! 今まではこれでどうにかなってたんだもん!


「せめてよぉ、真っ直ぐ突っ込むと見せかけて死角に回り込むとかよぉ……。もっと頭使えや……」


「年齢的にはこんなものでしょう」


「っとによぉ、カインはガキに甘えよなぁ……」


 甘くない、甘くない。甘い人は、本気でカウンター取ったりなんかしない。しかも、僕が地面に激突するように、あえて斜め下に向かって殴ったんだよ。一番ダメージが大きくなるように攻撃する人は甘い人じゃないんだよ! そこんところ間違えたら駄目なんだよ、師匠!


「アベルの第一の課題は魔術の制御ですね。せめて、急制動が出来るようにならないと、今みたいにもろにカウンターを食らう事になりますから」


「カウンター、やだ……。怖い……!」


 だって、普通に殴られるのより、何十倍も痛かったんだもん。護符が無かったら、たぶん、一撃で逝っていた。それくらいの衝撃とダメージだった。それを思い出し、ガタガタと身震いする。


「その恐怖心を植え付けられただけでも、今日の訓練は成功ですかね。むやみやたらに突っ込んだらどうなるか、よく分かったでしょう?」


「うん……」


 カインさん相手に真っ直ぐ突っ込んだらどうなるか、よ~く分かった。次は真っ直ぐ突っ込むのは止めよう。せめて、後ろに回り込んでから突っ込もう。


「では、次は坊ちゃまの番ですね」


「うむ」


「終わるまで、アベルは中庭の周回で」


 周回って? え? 僕、走るの? 今から? スマラクト様が訓練してるの、見守るんじゃないの? え? え?


「ぼうっとしない! はい、走るっ!」


 そう言ったカインさんがパンと手を叩く。意外に大きなその音に、僕はびくっとなって、言われた通りに中庭を走り始めた。


 えっさ、ほいさ。えっさ、ほいさ。黙々と走る僕のすぐ近くで地面が爆ぜる。スマラクト様の魔術だ。因みに、カインさんはさっきから、一切魔術を使っていない。


 転移の魔術が使えるんだから、カインさんは決して魔術が使えない訳じゃ無い。と言うか、魔術が得意な部類の人だ。そう言い切れるくらい、空間操作術の一種である転移の魔術は扱うのが難しい。そんなカインさんが魔術を使わない理由。それは少し考えれば分かる。手加減だ。彼が魔術まで使ったら、たぶん、スマラクト様は全く歯が立たないんだろう。走りながらほんの少し見た感じだけど、それくらいカインさんが優勢だった。


 僕の目の前を何か大きな塊が通り過ぎた。と思った瞬間、すぐそこの壁に激突した。見ると、それはスマラクト様で。


「スマラクト様!」


 慌てて駆け寄り、ぐったりしているスマラクト様を助け起こす。おお。見事に白目剥いて気絶してる。


「今日はここまでですかね」


 そう言ったカインさんがスマラクト様の傍に寄り、その頬を軽く叩く。と、スマラクト様がハッとしたように目を開いた。


「くそ! また負けたのか……!」


「私に勝とうなど、百万年早いですね」


「僕は百万年も生きられないぞ! お前だって、百万年後に生きてないだろ!」


「ええ。ですから、死ぬまで無理だって話ですよ。いえ、死んでも無理だって話ですかね」


「くそ! くそっ!」


「せめて、私に魔術を使わせるくらいになって下さい。今のままでは、ただの弱い者いじめになってしまいます」


「くそぉ!」


 これは、カインさんなりの叱咤激励なのかな? ただ毒を吐いてるだけじゃないと思う……。たぶんだけど……。


「さて。少し早いですが、昼食に致しましょう。今日は午後から忙しいですからね」


 そう言ったカインさんが踵を返す。スマラクト様もよろよろと立ち上がると、その後に続いた。僕も慌てて彼らを追う。


 お風呂で軽く汗を流し、昼食を食べ終えると、僕とスマラクト様はお昼寝の時間。お昼寝だなんて、とんだ贅沢な時間をもらえたものだ。この贅沢、味わい尽くさねば! という事で。部屋に帰りますか。と思ったのに、それを良しとしない人が。言わずもがな、スマラクト様だ。スマラクト様の寝室から出ようとした僕の腕を彼はむんずと掴み、眉を吊り上げている。


「アベルと一緒に寝る!」


「それは承服出来かねます」


「何故だ!」


「坊ちゃまが男で、アベルが女だからです」


「でも、まだ子どもだ!」


「それはそうですが……。アベルだって嫌ですよね?」


「ん~ん」


 僕はお昼寝出来るなら場所は拘らないよ。スマラクト様が一緒に寝たいって言うのなら、それでも良いかなって思う。そう思って首を横に振ると、カインさんが深々と、それはそれは深々~と溜め息を吐いた。


「大人しく、すぐに昼寝して下さいますか?」


「もちろんだ!」


「本を読めだとか、昔話をしろだとか、我が侭も言わずに?」


 ずいっと詰め寄ったカインさんの目が怖い……。いつも、どれだけ我が侭言ってるの、スマラクト様ってば……。


「う、うむ……」


「手を繋げだとか、すぐそこにいろだとか、動くなだとか、そういう我が侭も無いのですね?」


「も、もちろんだ!」


 カインさんとスマラクト様が見つめ合――違う。睨み合ってるって言った方が正しいな、これは。


「……分かりました」


 折れたのはカインさん。まあ、妥当な選択だと思う。だって、僕が一緒にお昼寝する事でスマラクト様が我が侭言わないなら、カインさんはその方が楽だもん。別に、僕が嫌がってる訳でもないしね。


「但し。少しでも我が侭を言ったら、今後一切、アベルと一緒に昼寝をするのは禁止とします」


「何だと!」


「この条件を飲めないと言うのなら、アベルとは別々に昼寝をして下さい。あと、アベルと一緒に昼寝をする際は、常にこの条件が付くものと思って下さい」


「むう……!」


 不服そうな顔をしたスマラクト様が低く唸る。その様子を見て、カインさんはやれやれと首を横に振った。


「分かりました。条件を飲めないという事のようですので、アベルは部屋に戻っ――」


「待て! 分かった! それで良い!」


「かしこまりました。では、二人揃ってさっさと昼寝して下さい」


「うむ」


「は~い!」


 頷いたスマラクト様と一緒に、彼の大きなベッドに潜り込む。うふふ。お昼寝、お昼寝! お昼寝から覚めたら、お祭り、祭り! うふ。うふふ。

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