師匠 4
お祭りかぁ。うふふ。お祭りだってぇ! 僕は手の中の銀貨三枚を見つめながら笑みを零した。と、お隣に座っていたカインさんが呆れたように溜息を吐く。
「楽しみなのは分かりますが、本来の目的を忘れないように」
「うん!」
もちろん、それも忘れてないよ。女の子の服、買ってもらうんだ! スカート! スカート!
「そうは言っても、楽しみなもんは楽しみだよな? 美味いもん、たらふく食って来るんだぞ?」
ボーゲンさんの言葉に、僕は満面の笑みで頷いた。やっぱり、お祭りといえばご馳走だよね! どんなご馳走があるのかな? お肉、あるかな?
「俺は町の祭りは好かん! あんな人がごみごみしている祭りのどこが良いんだ!」
「じーさん、背ちっさいからな。人ごみじゃ、前見えねえもんな。楽しさも半減だよな」
ニヤニヤ笑いながら意地悪を言ったボーゲンさんを、師匠がぎろりと睨む。師匠は僕と同じくらいの背丈しかないからね。大きい人達に囲まれたら、前、見えないよね。うんうん。
「俺はオーガ族の里みたいな、雅な祭りが好きなんだよ! 雑多な祭りは好みじゃないだけだ!」
「それに、オーガ族の里でなら、強い酒もたらふく飲めるからだろ?」
「おう。春は花を見ながら酒を飲み、夏は星を見ながら酒を飲む。秋は紅葉を見ながら酒を飲み、冬は雪を見ながら酒を飲む。祭りとはそういうもんだ!」
へ~。オーガ族の里では、季節ごとにお祭りがあるのか。僕の里では年に一回だけだったのに。分かっていた事だけど、場所が変われば文化も変わるものだね。
「秋祭りもそろそろだろ? 勿論、今回も行くんだよな、カイン?」
師匠が期待の篭った眼差しをカインさんに向ける。すると、彼はそんな師匠を見て苦笑した。
「ええ。一族の集まりの場ですから。顔は出しておこうと思っています」
「今回も付いて行くからな! 族長との飲み比べ、今度こそ勝つ!」
師匠が嬉々としてそう口にする。すると、ボーゲンさんが羨ましそうに師匠を見た。
「良いよなぁ、じーさんは。俺も一回くらい行ってみてえよ……」
「厨房は年中人手不足で、しかも、お前は料理長だ。諦めろ」
「分かってるよ。土産、よろしくな」
「おう。紅葉の一枚でも持って帰って来てやるよ!」
「いや、そこは酒にしてくれよ。オーガ族の里の酒!」
「気が向いたらな!」
師匠がガハハと笑う。ボーゲンさんも声を出して笑っている。カインさんまでもが笑っていた。こういうの、毎回お決まりのやり取りなのかも。僕もふふふと笑う。
そうして、ふと気が付いた。あれ? カインさんがお祭りに行くって、その間、スマラクト様はどうするの? お留守番?
「ねえ、ねえ? スマラクト様は? カインさんが留守の間、どうするの?」
「大人しく留守番が出来ると思いますか? あの坊ちゃまが」
「出来ないと思う」
だから、どうするのかなって……。いや、まあ、カインさんの返答で答えが何となく分かったんだけど。一応、確認。先を促すようにカインさんを見つめる。すると、彼は苦笑しながら口を開いた。
「どんな手段を使ってでも付いて来ようとするので、もう、止めるのは諦めています」
「じゃあ、スマラクト様も一緒に行くんだ。という事は――」
「今回の祭りからはアベルも一緒ですね」
何と! 僕も一緒にオーガ族のお祭りに行けるなんて! オーガ族の里ってどんな所なんだろう? 季節折々の物を愛でるようなお祭りがあるんだし、景色が綺麗な所なのかな? ご馳走もあるかな? 楽しみだなぁ!
「しかし、私の手が回りきるか……。グリンマー。くれぐれも問題を起こさないように」
「俺か! 俺に言うのか! ここは普通、ガキに言うところだろ!」
「坊ちゃまは、言っても聞きませんから」
「いやいやいや! ガキは坊ちゃんだけじゃないだろ! アベルもだろ!」
「問題など起こしませんよね?」
カインさんに問われ、僕はこくりと頷いた。僕、良い子にしてるよ。何なら、スマラクト様の見張り、するよ。だって、それが従者の仕事だもん!
「だそうです」
「おい~!」
「諦めろ、じーさん。嬢ちゃんより、酔っ払ったじーさんの方が聞き分けが無いんだ。言われても仕方ない」
「そんな事――」
「ないとは言わせねえぞ? 酔いつぶれたあんたを部屋まで運ぶの、いつも誰がやってると思ってんだ。酔いつぶれる前に部屋に戻れって言っても、聞く耳持たねえし。どうせ、オーガ族の里でも酔いつぶれるまで飲んで、誰かに運んでもらうつもりだろ?」
「もちろんだ」
「うわ。開き直りやがった。このじじい」
あはは。この二人、仲良いね。ボーゲンさんが師匠の面倒を見てる感があるけど。嫌いだったら、いくら面倒見が良いと評判のワーベア族のボーゲンさんだって放っておくだろうし、ボーゲンさんは師匠の事が何だかんだ好きなんだろうな。憎まれ口も愛情表現、的な?
「仕方ないので、グリンマーの事は一族の若手にでも頼んでおきましょうか……」
そう言ったカインさんに、ボーゲンさんが深々と頷いてみせた。どこの里でも、面倒事があると若手に任せるのは変わらないんだ。その辺りは、僕の里と一緒だ。
「それが良い。坊ちゃんの相手して、嬢ちゃんを気に掛け、尚且つこんな飲んだくれの世話までしてたら、カインがぶっ倒れちまう」
「それはいささか大袈裟ですよ。最近は坊ちゃまも手が掛からなくなってきましたし、聞き分けも良くなったのですから。やはり、義理とはいえ、妹が出来たのが大きかったのでしょうね」
「ああ、アイリス様ね……。あの方がいる時だけは、あの坊ちゃんでさえも兄貴に見えるんだから、不思議だよなぁ……」
「初めは口だけで、長続きしないと思っていたのですが……。意外と、旦那様譲りで人の面倒を見るのが好きみたいですね」
「それもあるけどよぉ、やっぱ、自分よりも色々な意味で弱い相手だからな。気を遣う事も覚えるし、守ってやらなくちゃならねえって使命感みたいなのも芽生えたんだろ」
そう言ったのは師匠だ。師匠がちょっとアンニュイな感じがするのは、結構酔いが回り始めているからだろう。さっきから、パカパカとお酒飲んでたもんね。そんな師匠の言葉に、カインさんもボーゲンさんも、あ~って感じで納得していた。
「奥様からのお手紙を受け取った時はどうなる事かと思ったのですがね。まるで、浮気された旦那のように怒り狂って……」
「それも仕方ねえ。まだまだ親が恋しい年頃だしな」
そう言ったボーゲンさんがお酒を一口口にする。ボーゲンさんとカインさんはゆっくりお酒を飲む派らしく、グラスの中のお酒はあまり減っていない。まさに、お話のお供にお酒があるって感じ。
「奥様もそれを見越して、かなり頻繁に手紙寄越してたんだろ?」
そう言ったボーゲンさんに、カインさんが苦笑しながら頷く。
「そうですね。しかし、流石は母親ですよ。坊ちゃまの性格をきちんと理解しておられて……。最初の報告以外では一切、アイリス様に触れる事も無く、城での事や旦那様の事、坊ちゃまを気遣われる言葉以外は書いておられませんでした」
「んで、坊ちゃんがしびれを切らして、自分からアイリス様の事を尋ねた、と」
「ええ。その返事にしても、アイリス様の簡単な生い立ちと容姿、アオイ様のメイドをしていて、ラインヴァイス様の弟子になって治癒術師を目指しておられる事くらいしか書いていなくて。肝心の性格は一切書いてありませんでした。それを書くと褒めたみたいになって、坊ちゃまが面白くないだろうというのもよく分かっておいでで」
「普通、一番知りたいのは性格なんだけどな。そこを書いてないんじゃ、坊ちゃんじゃなくても、どんな子なのか一回見てみたくなるわな」
「奥様もそれを見越していたのでしょうね。とは言え、アオイ様のお披露目パーティーがアイリス様との初対面でしたが、思っていた以上に小さかったとの感想には頭を抱えそうになりましたよ……」
「頭悪そうな感想だな、おい……。普通は、もっと、こう、気が合いそうだとか合わなそうだとか、素直そうだとか可愛げが無いだとか、話して感じた事を言うよな? 会っての第一印象だろ、それ……」
「あの方は普通じゃないんです、たぶん。しかし、アイリス様を気に入ったというのは、お披露目パーティーから戻られた坊ちゃまの顔を見て分かりましたし、兄と呼ばれたと嬉々として報告して下さいましたし……。それに、後に旦那様から伺ったのですが、屋敷で一緒に暮らすという提案もしたそうで」
「初めに話を聞いて怒り狂ったのも、寂しさが原因だからな……。って、おい! じーさん! 寝るなら部屋に戻れッ!」
見ると、話に飽きてしまったのだろう師匠が、ソファにもたれ掛って目を瞑っていた。かく言う僕も、お話に飽きてきた……。眠い……。
「まだ寝とらん……」
「寝てんだろ! 部屋に戻れ!」
「うっさい!」
師匠ってば逆ギレ……。逆ギレは良くないよ。うん……。
「ま~た俺が部屋まで担いで行くのかよ……」
「まあまあ。グリンマーも貴方を信頼しての行動でしょうし。放っておくような人間しかいなかったら、こんな所で寝たりはしませんよ、きっと」
「たまにはそのままにしてやろうかな……」
「そんな事言って、出来ないくせに」
「うっせぇ! って、おい! 嬢ちゃんも! 寝るなら部屋に戻れ」
「うん……」
うつらうつらしていたら、ボーゲンさんに気付かれてしまった……。でも、頷いても僕は動かない。だって、師匠も動いてないもん……。
「師弟揃って……」
「部屋に帰すタイミングを逃したのですから仕方ありませんよ」
そう言ったカインさんの言葉に続き、僕の上にふわりと何かが掛かる。
「すまんな。あの時、無理にでも帰した方が良かったな。こんなあっさり寝るとは思わなかったんだ……。さっきまで普通に元気だったし……」
「それは子どもですから。貴方が言っていたように、しつこく言って泣かれるのも面倒でしたし、まあ、今日だけは良しとしましょう」
「面倒って言うより、心にグッサリくるんだろ? 厳しそうに見えるけど、それも表面上だけだもんな」
「放っておいて下さい」
「オーガ族って、全体的にそんな感じなのか?」
「そうですねぇ……。懐が深い部族だとは思いますよ。同じ釜の飯を食ったら、部族問わず皆仲間になるんですから」
「それよぉ、世間一般でのオーガ族のイメージとはかけ離れてねえか? もっと排他的なイメージだぞ、オーガ族って。同族以外みんな敵、みたいな」
「仕方ありませんよ。好戦的と言うか、脳みそまで筋肉で出来ていそうなタイプが多いのは事実ですから。それに、近寄り難いのも」
「あ~……。俺もお前さん含めて数人しかオーガ族に会った事は無いが、確かに近寄り難いわ……。目線がな、突き刺さるようなんだよな。特に、初対面は。喧嘩売ってんのかって勘違いされても仕方ないね、あれは」
「すみませんね。目つきの悪い部族で」
「ついでにガラも悪いからな? そこ忘れんな?」
「ですね」
カインさんの笑い声に続き、ボーゲンさんの笑い声が響く。二人の話、本では知り得なかった事だ。意外かと思いきや、妙に納得してしまった。だって、この数日のカインさん、スマラクト様は言わずもがな、僕の面倒まで凄くよく見てくれていたんだから。たぶん、カインさんが仲間として強く意識している人、つまり、スマラクト様と一緒に初めてお茶をした時から、僕も彼の中で仲間の一員に組み込まれたんだろうな……。意識的にか無意識的かは分からないけど……。




