師匠 1
夕食が終わり、スマラクト様はお仕事へと戻った。僕はと言うと、お部屋に戻ってお風呂の準備。スマラクト様もお仕事が終わったらお風呂に入って、寝る準備を整えてから遊ぶらしい。いつもそうなんだって。
いつもはダラダラしながらお仕事をして、ダラダラしながらお風呂に入っているから、ほんの少ししか遊ぶ時間が取れないらしい。けど、今日は違う。スマラクト様自身がそう言っていた。たくさん遊ぶ時間を作るぞって張り切っていたから、たぶん、ダラダラしないで頑張ってくれるだろう。そう信じてるよ、スマラクト様!
そうしてお風呂に入ってしまうと、僕はやる事が無くなってしまった。カインさんが呼びに来るまで書庫で借りた本を読むか、お屋敷の中を探検するか……。あ。そうだ! お屋敷の中で迷子にならないように、お屋敷の見取り図を作るのなんてどうだろう? 拠点はここ。僕の部屋。そこから毎日少しずつ書き足していけば、二月くらいでお屋敷の見取り図が出来るんじゃないかな!
はっ! でも、勝手にそんな事をしたらまずいような……。ここには王族――スマラクト様が住んでいる訳で。防衛的な観点から、そんな事を勝手にしたら大問題になってしまうんじゃ……。これは、スマラクト様とカインさんに確認してからやる事にしよう。
うー。せっかく、楽しそうな事を思い付いたのになぁ。何で、昼間のうちに確認しておかなかったのさ。僕のお馬鹿。椅子に座り、足をブラブラさせる。
大人しく、本、読んでよっかな……。そう思ってテーブルの上の本に手を伸ばすも、何だかやる気が出ない。だって、あまりにも静かで、人の気配が無いんだもん。
今までは、ずっとじーちゃんと顔を付き合わせるような生活をしていたから。何をするにもじーちゃんが傍にいて、見守ってくれている安心感っていうのかな、そういうのがあった。つまり、何が言いたいのかっていうと、寂しい。この一言に尽きる!
……あ。こういう時の為の談話室! よし! 談話室に行ってみよう! 誰かいれば寂しくないもん。談話室で本を読んで過ごしてよっと! あ。万が一、グリンマーさんがそこにいたら、僕の魔力媒介を見てもらうんだ! そうと決まれば出発! 魔力媒介と本を手に、意気揚々と談話室に向かう。そして、その扉をほんの少し開き、顔を覗かせた。思っていたよりも人が少ない。でも、無人って訳ではない。これなら寂しくない。しかも! グリンマーさんがいる! やったぁ!
僕はいそいそと談話室に入り、寛いでいる、と言うか、お酒を飲んでいる人達一人一人に挨拶と自己紹介をしながらグリンマーさんの元に向かった。彼は談話室の一番奥のソファにどっかりと座り、夕食時にあれだけ酔っ払ってたのに、またお酒を飲んでいる。ははは。よく飲むねぇ。
「こんばんは!」
「何だ、坊主。初めて見る顔だな」
グリンマーさんが酔って据わった目を向ける。夕食時、僕がスマラクト様と一緒にいたの、全く気が付いていなかったみたいだ。
「僕、今日からスマラクト様の従者候補になったアベルです! エルフ族です! 宜しくお願いします」
「坊ちゃんの?」
「はい。あと、僕、坊主じゃないんです」
「……そうか。嬢ちゃんだったのか。俺はグリンマー。見ての通り、ドワーフ族だ。ここでは倉庫番をしてる」
「倉庫番……?」
それって、どんな事をするんだろう? 首を傾げる僕を見て、グリンマーさんがガシガシと頭を掻く。
「具体的に言うとだな、傷んだ農具の手入れだったり、切れの悪くなった刃物の研ぎだったり、壊れた護符の修理だったり、そういう仕事をしてる」
ほ~。道具類の手入れとは、実にドワーフ族らしい仕事だ。
「ところで、嬢ちゃん。その手に持ってるのは、お前さんの魔力媒介か?」
「はい! 僕、研究の一環で魔力媒介を弄ってるんです。だから、グリンマーさんに見てもらいたいなぁって」
「良いだろう。座んな」
いそいそとグリンマーさんの正面の席に座り、魔力媒介をローテーブルの上に置く。と、グリンマーさんがそれを手に取り、鞘から抜いた。そして、しげしげと眺める。
「これ、お前さんが自分で研いでるのか?」
「はい!」
「筋は悪くないが、及第点だな。このちっこい魔石は問題外」
「も、問題外って! それが僕の研究の要で――!」
「基礎がなってねぇ。どうせ独学なんだろう? 誰かに師事した訳でもなく、発想だけでここまでやった」
「う……。それは……まあ、そうだけど……」
だって、うちのじーちゃん、護符を作るとか魔力媒介を弄るとか、全く興味無かったみたいなんだもん。だから、技術系の本は一冊も持ってなくて、僕は魔石を使った魔術の発動方法の本を参考にして、魔石に魔法陣を埋め込む研究をしていた。
「で、だ。この魔石の目指すべき形は決まってるのか? 見た感じ、普通の護符を作りたかったって訳じゃないんだろ?」
「僕、魔術の同時行使の方法論を研究してるんです」
僕がそう口にした途端、グリンマーさんが声を上げて笑い出した。もうね、大笑い。がははって豪快に笑っている。そんな、笑う事ないのに……!
「わ、笑わないでよ! 僕、真剣なんだから!」
「す、すまん……ぐふふ……つい、な……ぐふふっ……!」
グリンマーさんが一生懸命笑いを堪えながら謝る。けど、全然悪いと思ってないでしょ!
「しかし、でっかく出たな。魔術の同時行使とは」
「そうだよ。それで、歴史に名を残すのが僕の夢なんだ!」
それで、里の奴らを見返してやるんだ! 僕を他所者扱いした事を後悔させてやるんだから!
「この魔石、発想は悪くないとは思うぞ」
「でも、さっき、問題外って言ったじゃん!」
「そりゃ、魔石の弄り方がなってないって話だ。この屋敷の書庫にそういう事が載った本が――」
「これ?」
持っていた本を掲げると、グリンマーさんがニヤリと笑った。薄暗いランプの明かりに照らされて、凄みのある笑い方に見える。まるで悪の親玉みたいだと思ったのは、僕だけの秘密だ。
「おう。それだ。他に中級編と上級編があっただろう?」
僕が今持っているのは初級編。上級編は内容がちんぷんかんぷんだったから、今日はとりあえずこっちを借りて来ている。
「うん」
「それを写本に全部写しな」
「全部って? 三冊とも?」
「そうだ。お前さんの研究に役立つ本だ。手元に持っておいた方が良い。それと、このナイフ。一晩預かるぞ」
そう言ったグリンマーさんがソファから立ち上がった。そして、僕のナイフを手に、扉に向かう。僕は呆然とその背を見送るしか出来なかった。
『あの飲んだくれが……?』
ボードゲームをしながら、グリンマーさんとのやり取りをスマラクト様とカインさんに話すと、こんな答えが返って来た。しかも、綺麗に声を揃えて。
今はスマラクト様の執務室で、三人で出来るボードゲームで勝負中。因みに、スマラクト様はサクッと仕事を終え、サクサクっとお風呂に入ってくれたらしい。たくさん遊ぶ為に。そう教えてくれたのはカインさんだ。
「何で二人ともそんな反応なの?」
話した感じ、グリンマーさんは普通の人だった。そりゃ、僕と話した時もお酒片手だったし、かなり酔っ払ってたけど。怪訝そうに眉を顰めてこんな風に言われる感じの人じゃなかった、と思う。
「あのグリンマーからアドバイスをもらったのだぞ! 誇って良い事だ、アベル!」
「アドバイスって……。そんな大袈裟な……」
参考になりそうな本を写しておけって言われただけだけど……。
「それに、あのグリンマーが、頼んでもいないのに魔力媒介の手入れを買って出てくれるとは!」
「登用試験の後に研いでなかったから。もしかしたら、刃こぼれがあったのかも……」
「だが、研ぎは及第点と言われたのだろう? しかも、筋は悪くない、と。それは褒められているんだぞ、アベル! 僕は一度もそんな事を言われた事が無い!」
「坊ちゃまは向いていないの一言で片付けられていますからね。それより、写本ですか……。明日、町に行って買い込んで来ましょうか。他にも準備しなければならない物もありますし」
そう言ったのはカインさん。途端、スマラクト様の目が輝いた。
「町に行くのか! 僕も行くぞ!」
「良いですが、坊ちゃまの物は買いませんよ? 買い食いも無しですからね? 遊びに行くのではなく、アベルの準備の為に行くのですから」
「僕の……?」
思いがけない言葉にカインさんを見る。と、カインさんが深く頷いた。
「ええ。旦那様より支度金が出ましたから。寝間着、ガウン、遊び着、普段着、靴に防寒具に写本……。城に行く為の服はアイリス様より頂いた物で大丈夫そうですが、それでも買わなくてはならない物がたくさんありますね……」
「そんなに買うの? 寝間着も服も、今あるので――」
「貴女には、坊ちゃまの従者候補として恥ずかしくない格好をしてもらいます」
そ、そっか。スマラクト様の従者候補として、か。僕があまりにもボロボロの格好をしていると、主人であるスマラクト様まで笑われちゃうんだ。
「この寝間着、駄目?」
「好ましくはありません。そもそも、それ、男物でしょうに……」
「いつも着ていた服は?」
「それも男物でしたし、好ましくはありません。ただ、捨てろと言っている訳ではありませんよ? 誰の目にも付かない場所でなら、それらを着ていても問題はありません」
カインさんの言っている事を言い換えると、私室でなら格好は自由って事だね。でも、私室から一歩外に出たら、ちゃんとしていなさい、と。
「明日は午後から町で買い物だ! 楽しみだな、アベル!」
「うん!」
町で買い物かぁ。町ってどんな感じなんだろう? 僕、町って初めて行くからなぁ。本には、たくさんの建物があって、たくさんの人が住んでいて、お店もいっぱいあるって書いてあった。お店も、屋台や露店なんかの簡易的なものから、建物自体がお店になっているものまで色々あるんだってあった。スマラクト様がこんなにワクワクした顔をしているんだから、きっと、とっても楽しい所なんだろう、町は。ああ。僕まで今から楽しみになってきた!




