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のけ者エルフのセレンディピティ  作者: ゆきんこ
第一章

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別れ 2

 ユニコーンに乗せてもらったまま里に入る。今日は外に出てるの、男の人だけだな。ユニコーンに乗っているから里の様子がよく見渡せる。誰も彼も、警戒心露わに領主様とカインさんを見ていた。


 そんな風に警戒しなくても、領主様もカインさんも君達に危害を加えたりしないよ。だって、彼らは君達よりずっと優しい人達だから。それにずっと強くて、ずっと器が大きいんだから。君達なんて眼中に無いんだよ!


 里に入る直前は、どんな悪口や陰口を言われるのかと不安で一杯だったけど、こうして里に入ってユニコーンの上から改めて里の奴らを見てみると、悪口や意地悪に怯えて生きてきた自分が馬鹿みたいだって思う。こんな小さな里に閉じこもって、ろくに抵抗しない人間を寄って集って虐げて……。なんて小さい奴らなんだ。こんな奴ら、こっちから見切りを付けてやるんだから!


「アベルの家はどこ?」


「あれ。あのボロボロの家。あの端っこの」


 領主様に問われ、僕はじーちゃんと共に暮らしている家を指差した。力仕事が出来ない僕とじーちゃんじゃ、家の修繕もままならなくて、家は里で一番のボロ家になってしまった。僕と暮らし始める前は、じーちゃんの家も他の家と同じくちゃんと修繕してもらえてて、あそこまでボロボロにはなっていなかったんだけどな……。雨漏りはまだしていないけど、それだって時間の問題だと思う。


 無事に家までたどり着くと、カインさんはひらりとユニコーンから降りた。そして、僕を抱え上げてユニコーンから下ろしてくれる。


「ありがと!」


「いえ。しかし、凄い家ですね……」


 カインさんがそう言いたくなるのも分かる。庭は草ぼうぼうだし、壁には蔦が這ってるし。空き家だって言われたら、納得したくなる家だよね。


『なあなあ。この草、食べても大丈夫だと思う?』


『どうだろうなぁ。これだけ立派な草だしなぁ……』


『俺さ、たくさん歩いて腹減ったんだよね』


『俺も。でも、食べたら怒られるかもしれないよな……』


 家の庭の木に手綱を括られたユニコーン二頭が、足元の草を気にしながら相談を始める。立派な草だなんて。ただの雑草なのにね。


「ねぇねぇ。ユニコーン達、お腹空いたって。足元の草、食べても良いかなって相談してるよ」


 僕はカインさんの上着をくいくいと引っ張ってそう言った。すると、カインさんが小さく笑う。


「そういえば、エルフ族は獣の言葉が分かるんでしたね。彼ら、そんな相談をしているのですか」


「うん。草、食べさせてあげても良いの?」


「それは私の台詞ですよ。食べさせてやっても良い草なのですか?」


「食べてもらえると助かる。じーちゃん、腰悪くて草むしり出来ないし、僕は――」


 今日でこの里を出て行くんだから。それに、もし、このまま里に残ったとしても、頻繁に草むしりは出来ないんだ。だって、誰もやりたがらないような重労働の獣の解体で体力を使い果たしてしまって、いつも家に帰って来たらぐったりなんだもん。


「その草、食べても良いそうですよ」


 カインさんはそう言って、乗って来たユニコーンの首の辺りを撫でた。と、ユニコーン達が草を食べ始める。


「たくさん食べてね!」


『おう』


『ありがとよ』


 僕の言葉に、ユニコーン達が草を食みながらお礼を言う。一心不乱に草を食べるユニコーンの何と可愛らしい事か。獣達って何でもそうだけど、こうしてごはんを食べる姿が一番可愛いよね。


「さて。そろそろ行こうか?」


 そう言った領主様が家の扉をノックする。と、中からじーちゃんの返事が聞こえた。そして、扉が開く。僕は、扉を開けてくれたじーちゃんにへらっと笑って見せた。


「ただいま、じーちゃん」


「おかえり。話は遣いの方から大方聞いとる。入りなさい。領主様もどうぞ」


 じーちゃんが踵を返す。僕達もそれに続いて家の中に入った。


 部屋の中には先客がいた。領主様が出した遣いのおじさんだ。部屋の片隅にひっそりと立っている。けど、ついさっきまでじーちゃんとお茶をしていたみたい。だって、テーブルの上にティーカップが二つ出てるんだもん。僕達が到着した気配を察して席を立ったのだろう。


 じーちゃんは僕達に席を勧めると、お茶を淹れてくれた。そして、それを飲みながら話をする。今日までの経緯と、今後の事を。


「――しかし、本当にこの子でええのですか? この子を含め我々エルフ族は、世間を知らない。王族の従者など務まるのか……」


 じーちゃんも、僕と同じ事を不安に思ったみたい。外の世界にほんの僅かでも触れた事があるじーちゃんは、僕達がどれだけ狭い世界で生きているのか分かっているからね。これが、他の里の奴なら、きっと、自信満々で送り出すところだろう。


「不安が無いと言えば嘘になります。ただ、これから世間を知っていっても遅くは無いかと思います。彼女の年齢的に」


 そう答えたのはカインさん。と、じーちゃんが驚いたように目を丸くする。


「今、彼女と……!」


「ええ。女の子なのでしょう? 本人から聞きました」


「そうでしたか。この子が自ら秘密を打ち明けるなど……。よっぽど良くして下さったのですね」


「そうだよ! じーちゃん、見て見て! ほら!」


 僕は腰に携えていた魔力媒介のナイフをベルトから引き抜いて掲げた。僕のナイフの鞘、もう穴なんて開いてないんだよ! 凄いでしょ!


「どうしたんだい、これは」


「カインさんがね、くれたの! 僕の穴開きの鞘見てね、危ないからって!」


「そうでしたか。申し訳ありません。本来なら、わしが準備してあげねばならんものを……」


 じーちゃんはそう言うと、カインさんに深々と頭を下げた。カインさんが苦笑しながら首を横に振る。


「いえ。あなた方が置かれている状況は理解しているつもりです。それに、新品ではありませんので。あまり気に病まずに」


「しかし――」


「そう言われても気にしちゃいますよねぇ。その気持ちも分かりますよ。だから、こうしません? 貴方の役目、うちのカインが引き継ぐ、と」


 そう言ったのは、黙って話を聞いていた領主様だった。じーちゃんもカインさんも、驚いたように領主様を見る。


「こう見えて、うちのカインって子ども好きだし、面倒見も良いんですよぉ。父親代わりとしての役目、ちゃんと果たせる男ですから。アベルの事、カインに任せてもらえません?」


 ニコニコしながらそう言った領主様。その言葉に、カインさんが真面目な顔で頷く。


「任せて頂けるのなら、立派に育て上げると約束します」


「それは……わしの方からお願いしたいくらいです……!」


 そう答えたじーちゃんの声は少し震えていた。


「アベル。部屋に行って荷造りをなさい……」


「え? あ、うん……」


 じーちゃんの言葉に頷いた僕は寝室へと向かった。数少ない着替えを袋に詰め、それを手に居間に戻る。


「荷物はそれだけ?」


 領主様の言葉に、僕は一つ頷いた。僕の私物の大半は、領主様の館に置いてきたカバンに入っているからね。わずかに残っていた着替えをまとめたら荷造りは完了だ。


「じゃあ、僕達は外で待ってるから」


 そう言った領主様が席を立つ。カインさんも黙って席を立った。使者のおじさんが扉を開き、領主様、カインさん、使者のおじさんの順に家を出て行く。そんな彼らを、じーちゃんは立ち上がって見送った。


「じーちゃん。今までありがとう。それに、ごめんね。たくさん迷惑掛けて。じーちゃんまで辛い思いさせて……」


「ええんだ。そんな事、気にせんでも。わしは、お前が幸せになってくれさえすればそれでええんだ」


「じーちゃん……」


 僕は堪らずじーちゃんに抱き付いた。じーちゃんも僕を抱きしめ返してくれる。


「手紙、書くからね……。それに、仕送りも……。食べ物、たくさん送るから……」


「わしの事はきにせんでええ。毎日楽しく過ごしておくれ」


「僕、じーちゃんを放っておいて、楽しくなんて過ごせないよ……」


「ほんに優しいええ子に育ったのぉ……。アベル。お前はわしの自慢の娘だ」


「じーちゃん……」


 すすり泣き始めた僕の肩を、じーちゃんがそっと押す。いつもなら、僕が泣き止むまで抱きしめていてくれるのに……。


「行きなさい、アベル」


「じーちゃん……」


「お前の泣く場所は、もうここじゃない」


 そう言ったじーちゃんが、促すように僕の背をそっと押す。僕はしゃくり上げながらそれに従った。


「お待たせしました、領主様。どうぞ、この子を宜しくお願いします。わしはこれで……」


 僕と共に外に出たじーちゃんはそう言って領主様達に頭を下げると、家の中に引っ込んでしまった。パタンと閉まる扉を見たら、まるで、世界に独りぼっちになってしまったように感じて……。


「じーちゃぁぁん!」


 思わず、じーちゃんに追い縋ろうとしてしまった。それを止めたのはカインさんだった。彼は僕を抱き上げると、おいおいと泣く僕の背をトントンとしてくれた。


「――帰りましょう。坊ちゃまが待っています」


 そう言ったカインさんが僕をユニコーンに乗せ、木に括っていた手綱を解く。そうしてユニコーンに乗ると、屋敷に向かって出発した。


「じーちゃん……ひっく……」


「今生の別れじゃないですから。屋敷に帰ったら手紙を書きましょう? 貴女が楽しく過ごしているのを知ったら、おじい様も喜びます」


「うん……」


「あと、仕送りの準備もしないとですね。何を送るんでしたっけ? 瓶詰に、腸詰に――」


「お茶菓子……ひっく……甘いの……」


「日持ちする菓子を準備しないとですね」


「うん……」


 ずっと出たいと思っていた里。けど、いざ、じーちゃんと離れ離れになって暮らす事になったら、寂しくて悲しくて、胸が張り裂けそうだった。涙が止まらなくて、僕は屋敷に着くまでずっと、ユニコーンの上ですすり泣き続けた。でも、それを責める人は誰もいなかった。

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