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のけ者エルフのセレンディピティ  作者: ゆきんこ
第一章

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22/157

別れ 1

 僕が食堂に着いてしばらくして、スマラクト様も食堂にやって来た。完全に目が覚めているようで、寝室で見たようなぬぼ~っとした顔はしていない。けど、今日のスマラクト様は、食堂にやって来た順で断トツのビリ。朝に弱いとスマラクト様自身が言っていたウルペスさんよりも遅かったりする。


「んじゃ、みんな揃ったし、朝食にしよう!」


 そう言った領主様の言葉に応えるように、使用人さん達が朝食を運んで来てくれた。ふかふかのパンとスープ、温かいお野菜料理や卵料理、お肉料理に舌鼓。んま~!


「今日の朝食は、ちょっと、僕には重いね……」


 領主様がそう言い、苦笑する。背は高いけど痩せ型の領主様は、その見た目通り、あまり食事量が多い人じゃないのかもしれない。


「二日酔いなら、アイリスに胃薬でも作ってもらったら良いと思いますよ?」


 けど、僕の予想は大ハズレだったみたい。冷たい眼差しでそう言ったのはラインヴァイス様だ。昨日とは違い、今日は彼もちゃんと朝食の席にいる。そんな彼の言葉に、領主様の口元が引き攣った。


「早く言ってくれれば、朝一で薬湯作ったのにぃ!」


 アイリスちゃんの言葉に、領主様の顔が更に引き攣る。アイリスちゃんの薬湯は臭くて不味いらしいからね。領主様も出来るなら飲みたくはないんだろう。


「いや。薬湯飲むほど、具合悪くはないよ?」


「でも、あんまり食欲無いんでしょ? この後、凄く効く胃薬作ってあげる!」


「だ、大丈夫よ。そんな心配しないでも」


「そうは言っても、この後、アベルちゃんの里に行くんだし。具合悪いまま行って何かあったら困るしぃ……」


 アイリスちゃんが心配そうにそう言うと、領主様はぐっと言葉に詰まった。領主様はアイリスちゃんに弱いみたいだ。義理とはいえ、父娘だからね。父親が娘に弱いって、よく聞く話だもんね。


「そうなんだけど……。ええと……。あ! カイン! 胃薬、持ってるでしょ! 良く効くやつ!」


「ええ。しかし、宜しいので? せっかく、アイリス様が作って下さるそうなのに」


「そう、なんだけど……。ほ、ほら。アベルの里へはユニコーンで行こうと思ってるから、なるべく早く出たいじゃない?」


「そうですか……?」


 カインさんが視線をアイリスちゃんに向ける。アイリスちゃんは、頬を目一杯膨らませて、不服をあらわにしていた。治癒術と薬学を勉強しているというアイリスちゃんにしてみたら、具合があんまり良くないんだったら頼って欲しいよね。分かるよ、その気持ち。


「ほ、ほら。アイリスには別の事をお願いしたいと言うか……」


「別の事って?」


 むすっとしたまま、アイリスちゃんが問い返す。と、領主様の目が泳いだ。その場を取り繕うだけの言葉だったら火に油だよ、領主様。


「えっと……それは……その……。あ。スマラクトが仕事サボらないように見張っててよ! 今日はカインもいないし。誰かが見張ってないと遊び歩いちゃうから!」


 今思い付いたっぽいな、これ。でも、領主様もカインさんも不在になった時、スマラクト様が誰の言葉を一番聞くかと言ったら、やっぱりアイリスちゃんになるんだと思う。だとすると、もっともらしい役割でもある訳で。一応、彼女もそれで納得したようだった。


 そうして朝食が終わり、僕は領主様、カインさんと共に、里へ行く事となった。僕の持ち物は魔力媒介のナイフのみ。他の荷物は今日まで寝泊まりしていた客間へ置いてある。僕の部屋の準備が出来たら部屋に移動しておいてくれるって、スマラクト様が言っていた。


 領主様と共に玄関から外に出ると、先に準備をしていると言っていたカインさんがユニコーンの背に鞍を乗せているところだった。ユニコーンは二頭だけ。僕はカインさんか領主様、どちらかのユニコーンに同乗させてもらえるのだろう。僕だけ歩きって事は、たぶん無いはず……。


 ユニコーンは里にもいるから、遠目に見た事はあった。けど、こうして間近で見るのは初めてだ。思っていたよりも大きい!


『初めて見る顔だな。頭に枯れ草なんて乗っけてるヤツ、初めて見た』


 そう言った一頭のユニコーンが僕の髪を齧った。そんなユニコーンを引き離そうと、カインさんが慌てて手綱を引く。けど、それじゃ、一緒に僕の髪も引っ張られるんだよ。いたたたたっ!


「やめてよ。それ、僕の髪だよ!」


『なんだぁ。枯れ草と間違えちまった』


 そう言ったユニコーンは、僕の髪から口を離し、ぺっぺとする。失礼な子だ! 勝手に間違えて、勝手に齧ったくせに!


『そう言って、本当は枯れ草乗っけてんだろ?』


 今度はもう一頭のユニコーンが僕の髪を齧る。ああ~! せっかく解放されたと思ったのにぃ!


「もう! やめてよぉ!」


「早速からかわれてるねぇ。本当にこの子達、子どもが好きだね」


 あははと笑いながら、領主様が僕の髪を齧っているユニコーンの鬣辺りを撫でた。と、ユニコーンが僕の髪から口を離す。


「今日はちょっと遠出するよ。大丈夫かな?」


『今日は坊ちゃんじゃなくてご主人が乗るのか!』


 そう言ったユニコーンが、領主様の肩辺りに鼻をグリグリと擦り付けた。嬉しいっていうのを全身で表現している感じだ。


「うん。元気そうだね。じゃあ、行こうか」


 よっこいしょと言いながら、領主様がユニコーンに跨った。朝日を浴びるその姿は、まるで一枚の絵画のようで。思わず見惚れてしまう。


「貴女はこちらですよ」


 カインさんの言葉に、ハッとして彼の元に駆ける。彼は僕の両脇に手を入れると、ひょいっと持ち上げた。そして、ユニコーンの上に僕を置く。


「支えているので跨いで下さい」


「うん」


 よいしょ、よいしょ。もぞもぞ動き、ユニコーンを跨ぐ。そして、目の前にあったユニコーンの鬣を軽く握った。手綱はカインさんが握るから。同乗する僕は、手綱代わりに鬣だ。


『あんま強く握るなよ。禿げちまうからな』


 そう言いながら振り向いたユニコーンに、僕はニヤッと笑って見せた。


「さっきのお返し!」


 握った鬣をくいくいと引っ張る。と、ユニコーンは嫌がるように首を振った。


「遊んでいると振り落とされますよ」


 そう言いながら、カインさんがユニコーンに跨る。僕を前に抱えるような体勢で。


「大人しくしていて下さい」


 カインさんが手綱を振るうと、ユニコーンはゆっくり歩き出した。領主様のユニコーンがそれに続く。


「先触れは出してあるんだよね?」


「ええ。今頃大慌てで準備していると思いますよ」


 領主様の言葉に頷いたカインさんの声が頭上から降ってくる。何だか不思議な感じだ。母さんとじーちゃん以外の人の声を、ここまで間近で聞いたのは初めてだから。後ろを仰ぎ見ると、すぐ近くにカインさんの顔がある。


「どうしました?」


「ん~ん。何でもない」


 特に用事があった訳じゃ無い。ただちょっと、この不思議な感覚を確認したかっただけ。だから、僕は首を横に振った。


 そうしてユニコーンに揺られ、街道を進む。森を突っ切って行けば最短距離で里に行けるはずだけど、ユニコーンに乗っていたらそれは出来ない。途中に川もあるしね。だから、街道を迂回して橋を渡り、川を越えてから森に入る。


 よく見ると、森の中には薄らと道らしきものがあった。下草が生えてしまって分かり辛いけど、一本道に木が無い。これが里から街道に出る為の道? えぇ~……。もう少しマシな道は無いの?


「もうちょっと整備出来ないの、これ……」


 僕の気持ちを代弁するように、領主様が溜め息交じりにそう言う。と、頭上から溜め息が降って来た。


「私も常々そう思っているのですが、あの里の者達は、なにぶん、利便性が上がる事を好んでおりませんので……」


「自分達だって使い難いだろうにねぇ……」


「あまり必要性を感じていないのではないですか? 街道に出る道など」


 そうそう。僕の里の奴らは、他の村や町に行く事なんて無いから。若かりし頃のじーちゃん以外は。


「でもさ、狩りをする時に使ったりするでしょ?」


「そうですね。それくらいはしているかもしれません。現に、一応ですが、道の体は成している訳ですし」


 周囲の木をよく見てみると、道に張り出しそうな枝は切ってあった。切り開かなくてもこうして進めるのは、必要最低限の手入れだけはしてあるからだ。


 もしかしたら、この道、この広い森の中の目印の一つなんじゃないだろうか? 里に絶対に続いている訳だし、森の中で迷ったらこの道を探せ的な遣い方をされていそうだ。


 そんな事を考えつつ、代わり映えの無い森の景色をぼ~っと眺めていたら、遠目に里が見えてきた。カインさんのユニコーンに乗り、領主様と一緒にいる姿を里の奴らに見られたら、何と言われるんだろう……。どんな悪口が僕の耳に届くんだろう……。嫌な汗がぶわっと全身から噴き出し、心臓がバクバクと早鐘を打つ。ユニコーンの鬣を握る手に力が篭った。


「胸を張っていなさい。誰が何と言おうと、貴女は坊ちゃまのただ一人の友人で、従者になるのですから。凱旋した騎士のように堂々としていなさい」


 そうだ……。僕は、スマラクト様の友達で、従者になるんだ! この里には帰って来たんじゃない。別れを告げに来たんだ。


 今日で最後なんだ。どんな悪口を言われても気にしないんだから。気にならないんだからッ! 僕はカインさんの言葉に頷き、姿勢を正すと、キリッとした顔を作った。

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