従者 1
ドキドキと、心臓が早鐘を打つ。じわりと手に汗も滲んできた。僕の今後の人生が掛かった話だ。緊張するなって方が無理だ。
「結論から言うと、僕はアベルをスマラクトの従者として雇っても良いと思ってる」
え……? 今……。スマラクト様の従者って……。雇っても良いって!
「スマラクトはアベルを気に入っているようだし、年齢も問題無い。実力は、まあ、もう少しってところだけど、伸びしろはあると思うし。鍛え甲斐あるでしょ、カイン?」
そう言った領主様が、スマラクト様の後ろに控えているカインさんに視線を送った。と、カインさんが苦笑しながら頷く。
「ただねぇ……。うちに一人、説得が大変な人がいるんだよ……」
説得が大変な人……? 僕は首を傾げた。領主様の決定に異を唱えられる人なんてそうそういないはずだけど……?
『ローザ様ですか……』
バルトさんとウルペスさんが声を揃えて呟く。と、領主様がやれやれと溜め息を吐いた。
「彼女のエルフ嫌いは筋金入りだからねぇ……。正式にアベルをスマラクトの従者にするとなると、一応さ、ローザさんと顔合わせじゃないけど、そういう事をしないとマズイでしょ? ただ、すぐにという訳にはいかないと思うんだ」
「でしょうね」
相槌を打ったのはバルトさん。領主様に筋金入りのエルフ嫌いって言われるくらいの女の人なんだから、エルフ族のバルトさんと何かあってもおかしくは無いんだろう。それこそ、喧嘩みたいな事をしたのかもしれない。
にしても、ローザ様って……? ん~……。ふと見た先、領主様の後ろの暖炉の上。領主様と奥様の立ち姿の絵。あ。そうか! 奥様か!
スマラクト様の従者になるのに、母親である奥様との顔合わせは必須。その奥様が筋金入りのエルフ嫌い……。ああ……。確かに、説得に時間が必要そうだ……。
「アベルには里で沙汰を待っていて欲しい――」
が~ん! 里で沙汰を待つなんて……。絶望に顔を歪めた僕を見て、領主様が苦笑する。
「と言いたいところなんだけど、昨日、カインから連絡を貰った時に受けた報告だと、それも忍びない」
ん? 報告……? 領主様からカインさんに視線を移す。スマラクト様の後ろに控えているカインさんは安定の無表情。彼が今何を思っているのか、その表情からは全く窺い知れない。
「だから、しばらくは、屋敷の使用人見習いとして雇おうと思う。それなら、ここを離れているローザさんと顔合わせをする必要は無いし。彼女の説得が出来たら、正式にスマラクト付きの従者になってもらう。それでどう?」
うん! うん! 雇ってもらえるなら何でも良い! 何度も何度も頷く僕を見て、領主様が満足そうに笑う。
「じゃあ、明日の朝一で、里に一緒に行こうか? 君の世話をしてくれていたおじいさんに、挨拶くらいはしとかないとね」
じーちゃん、突然の事で驚くかな? 領主様のお屋敷で働ける事になったなんて。でも、きっと喜んでくれるよね。だって、領主様のお屋敷で働けるなんて、こんな良い話、そうそうある事じゃないもん!
それに、僕は遅かれ早かれ、里を出なくちゃならないんだ。僕が女の子だって里の奴らにばれる前に。僕が選べる道は、どこかで雇い先を探すか、冒険者になるしかない。でも、どこに行っても、何をやっても、僕は余所者だって事に変わりは無い訳で……。
ここで使用人見習いをするのも、スマラクト様付きの従者になるのも、具体的にどういう仕事をしなくちゃいけないのかはまだ分からない。けど、見つかるか分からない雇い先を探したり、冒険者になってその日暮らしをするよりもずっと良いと思う。だって、すぐに里から出られるし、生活だって保障されるから。それに、スマラクト様をはじめ、ここの人達、優しい人達ばっかりなんだもん。僕を余所者扱いしないんだもん。たった二日の付き合いなのに、出来るなら、ずっとここで暮らしたいって思っちゃったんだもん!
「その訪問、私もお供致します」
そう言ったのはカインさん。神妙な顔で頭を下げる彼に、領主様が微笑みながら頷く。
「そうだね。アベルを預かるのは、実質的には君だからね。挨拶くらいはしておいた方が良いと、僕も思うよ」
そっか。僕に色々教えてくれるのはカインさんになるのか。知らない人の下につくより安心だ。それに、彼は一見厳しそうに見えるけど、実は優しいって知ってるんだ。何たって、僕のボロボロの鞘を見かねて、新しい鞘をくれたんだから。母さんやじーちゃんを除いて、初めて僕を子ども扱いしてくれた人。少なくとも、里の奴らより、断然、カインさんは優しいと思う!
「では、じいは僕の代理という事で。頼んだぞ、じい」
「はい」
スマラクト様の言葉に顔を上げたカインさんが笑う。どこか満足そうに。と、それにスマラクト様がニッと笑みを返した。
「あと、シュヴァルツとの協議だけど――」
そう言って、領主様がラインヴァイス様へと視線を向けた。ラインヴァイス様は話を聞いているのかいないのか、ジッとテーブルの一点を見つめている。
「ラインヴァイス?」
領主様に名を呼ばれ、ラインヴァイス様がハッとしたように顔を上げた。
「は、はい。ええと……」
「シュヴァルツとの協議、君にも参加してもらえたらと思ったんだけど……。大丈夫?」
「はい……。すみません……」
申し訳なさそうにラインヴァイス様が頭を下げる。そんな彼に、領主様は溜め息を吐きながら首を横に振った。
「いんや。……とまあ、こんな感じにしようかと思ってま~す」
にっこり笑った領主様はそう宣言をした。それに異を唱える人はもちろんいない。
まさかまさか、だ。こんなに良い働き口が見つかるなんて! 人生、いつ何が起こるか分からないものだ。僕は上機嫌に、残っていたプティングを口に運ぶ。
と、ラインヴァイス様が席を立ち、食堂を出て行った。それを見たアイリスちゃんが、慌てたようにプティングを口に掻き込む。そうしてプティングを食べ終わると、アイリスちゃんも席を立った。それを無言で見送るみんな。ん~? 何だか雰囲気が変……?
「んじゃ、俺らも行きましょっか」
そう言って席を立ったのはウルペスさん。頷いた領主様も席を立つ。と、スマラクト様までもが席を立った。
「ん~? どしたの、スマラクト?」
「僕も行きます!」
「あのねぇ……。見世物じゃないのよ?」
「そんな事は百も承知しています。アイリスの行く末が掛かっているのですから、兄であるこの僕も見物する権利はあるでしょう!」
スマラクト様の言葉に、領主様がやれやれと溜め息を吐いた。と、ウルペスさんが口を開く。
「良いんじゃないですか。スマラクト様がアイリスちゃんを心配しているのは本当でしょうし」
「そう! 僕は誰よりもアイリスを心配しているのです。何たって、アイリスは僕の妹なのですから! 面白半分で付いて行こうとしている訳ではありませんよ、父上!」
「はいはい。分かったよ。その代り、隠れてる間は絶対に声を上げない事。魔術の効力が切れちゃうからね」
領主様の言葉に、スマラクト様がこくこくと頷く。ふふふ。スマラクト様ってば、もう黙ってる事にしたみたい。それにしても、何しに行くんだろう、この三人。話の流れ的に、アイリスちゃんを隠れて見守るみたいではあるんだけど……。
「んじゃ、カイン。ちょっと行って来るからね」
「かしこまりました」
領主様、ウルペスさん、スマラクト様がぞろぞろと食堂を出て行く。残ったのは、僕とバルトさん、ミーちゃん、カインさんの四人。一気に人が少なくなっちゃった。
「ねえ、バルトさん」
「何だ?」
「何があったの?」
「さあ?」
さあって……。ええと……。もしかして、バルトさん、仲間外れにされてるの? それにしては、そういう事をされている人特有の悲壮感が無いような……。
『バルトにそういう事を聞いても無駄よ。この人、他人に興味が無いから』
そう言ったのはミーちゃん。バルトさんにもらったプティングを食べ終わり、名残惜しそうに口の周りをペロペロ舐めている。
「他人に興味が無いって……?」
里の奴らみたいに排他的って事? ん~……。でも、里の奴らみたいに、僕を余所者扱いしないで、同族として見てくれているみたいだし……。ここにいるみんなと普通に打ち解けているような気もするし……。
『そのまんまの意味よ。誰がどこで何をしてようが、全く気にしないのがバルトなの』
「そ、そっか……」
バルトさんは、人に干渉するのもされるのも苦手って事かな……? それとも、我が道を行く人なのかな……? けど、そのどちらでも、決して人付き合いが得意なタイプではないような……。騎士って団体行動が必要になるはずだけど、それで大丈夫なのかな? それを補って余りある実力があるって事なのかな? 何たって、この国は実力至上主義。実力さえあればお城勤めも出来るし、出世も出来るんだから。
お城勤めをしているバルトさんは、里の奴らなんかよりもず〜っと実力がある訳で。武勇伝とか聞きたいなぁ。聞いたら話してくれるかな? 人付き合いが苦手みたいだし、無理かな? でも、聞いてみたい!




