登用試験 3
「フルーク!」
飛翔の魔術を発動させ、腰を低く落とす。そして、僕は地を蹴った。魔術で加速を付けて、一足飛びで相手との間合いを詰め、ナイフを一閃。
キンという甲高い金属音。僕のナイフと筋肉ダルマの大剣がぶつかり、火花が散る。ふむ……。この筋肉ダルマ、動体視力はなかなか良いようだ。小手調べと思って全力ではいっていないけど、余裕で攻撃を受けられてしまった。
後ろに飛んで間合いを取り、相手の出方を窺う。相手も同じように僕の出方を窺っていた。不用意に突っ込んでこないあたり、脳みそまで筋肉って訳じゃないみたい。結構用心深い性格なのかもしれないな、この筋肉ダルマ。
さて……。タン、タン、タンと軽くジャンプをしながら、飛び込むタイミングを窺う。――今! 地を蹴ると同時に魔術で加速を付け、一足飛びに間合いを詰める。そして、ナイフを振り抜いた。けど、これも当たらない。
地面に着地すると同時に、伸び上がるようにナイフを振るった。狙うは首。当たれば致命傷! けど、それも間一髪で引いた剣により止められる。僕は小さく舌打ちをすると、相手との距離を取った。
この筋肉ダルマ、攻撃的なヤツなのかと思ったら、意外と守りが堅いでやんの。この体格差があってもむやみに突っ込んでこないのは、たぶん、僕の体力切れを待っているんだろう。鍛えられたその身体、体力だけはありそうだもんね。ま。手堅い作戦だよね。
んじゃ、お望み通り! 地を蹴り、三度間合いを詰める。流れるように乱打を繰り出すも、その全てを剣で止められる。
僕は体重が軽いし、武器だってナイフだし、大剣の堅い防御は崩せない。けど、速度で上回れば! だんだんと乱打の速度を上げるも、驚いた事に、筋肉ダルマはその全てに対応した。ま。ギリギリって感じだけど。
もう少し速度を上げれば、相手の防御が間に合わない可能性もある。けど、それじゃ、僕の研究結果を披露出来ないからね。筋肉ダルマとの距離を取った僕は、肩で息をしてみせた。ほら。お待ちかねの体力切れだよ。突っ込んで来なよ?
筋肉ダルマは、剣を構えたまま、僕の出方を窺うだけ。あ。演技だってバレた? お下品だけど、相当慎重な性格なんだね、君。
ま、いいや。そっちが来ないなら、こっちから! 地を蹴り、飛翔の術で加速を付けて一気に間合いを詰めた。そして、ナイフの一撃を繰り出す。ギリギリで、筋肉ダルマがそれを止める。かかった!
「ドンナーシュラーク」
発動言語を口にした途端、僕の魔力媒介のナイフの、その刀身に嵌め込んであった魔石から雷撃が噴き出した。よっしゃ! 直撃ぃ~!
雷撃を受けた筋肉ダルマが呻き声を上げながら崩れ落ちる。僕はくるりと宙で一回転すると、倒れ伏した筋肉ダルマのすぐ横にシュタッと着地した。
ふふふ。どうよ。僕の研究結果! 少しでも魔術を齧った事がある人なら分かったはず。僕が魔術同時行使をしていた事に。
一般的に、魔術は一度に二つも三つも使えるものじゃ無く、一つずつしか使えない。二ついっぺんに制御出来るほど、魔術は簡単なものじゃないから。
人の意識は一つしか無いから、制御出来る魔術も一つだけというのが定説になっている。魔術を二つ同時に使うというのは、本を読みながら料理するみたいに無謀な事なんだって、じーちゃんは言っていた。そんな事をすれば、手を怪我するか、鍋を焦がすか、火傷をするか、はたまた本の内容を全く理解出来ないかのどれかだろうって。魔術を二つ同時に使うというのは、それくらい無謀な事なんだって。
そんな魔術の同時行使だけど、方法論というのは大昔から研究されている。魔術を習った事がある人なら、一度は夢見るものだから。けど、それを本当の意味で実現出来た人はまだいない。一番惜しかった人で、魔力媒介を使わず、魔法陣と魔石を使っていくつかの魔術を同時に使う方法を編み出したくらい。それだって歴史的な大発見で、その方法を編み出した人の名前が魔術史の本に残っている。
そんな魔術の同時行使の方法論を、僕は研究している。その研究結果が、ナイフの刀身に嵌め込んだ魔石だ。今は魔石一つにつき一つの魔術しか仕込めないけど、もっと研究すれば、一つの魔石にいくつもの魔術を仕込めるようになるはず。結果として、その魔石は魔力媒介と同じような働きをするようになるんだから、魔術同時行使と言っても過言ではないはずだ。それで、その論文を発表して、有名になって、僕を除け者にしていた里の奴らを見返してやるんだ!
よし。最後の仕上げをしなければ! 筋肉ダルマは、僕の足元で伸びている。そして、僕に与えられた任務は、この筋肉ダルマの護符を砕く事。正々堂々戦う事って言われているから、ここから嬲り殺しにする訳にはいかない。これが騎士の登用試験じゃなかったら、お下品な根性を叩き直してやるところなんだけど……。こればっかりは仕方ない。僕はナイフを無造作に筋肉ダルマに振り下ろした。パキンという乾いた音と共に、筋肉ダルマの護符の魔石が砕け散る。
と、パチパチと拍手が聞こえてきた。見ると、アイリスちゃんが椅子から立ち上がって、興奮したように頬を染めながら、僕に拍手をしてくれていた。それにつられるように、他の受験者さん達からも拍手が上がり始める。「凄いチビだな」とか、「ガキなのにやるな」とか、称賛の言葉のおまけ付き。
へへ、へへへ。照れるなぁ。こんな風に人に認められるの、僕、生まれて初めてなんだ。だから、何だかちょっとくすぐったい。けど、こうして色んな人に褒めてもらえただけで、今日、この試験に参加して良かったって思えるよ。うふふふふ。
そうして順調に試験は進み、とうとう最後の試合も終わった。晴れ晴れとした表情で笑う人、悔しくてむくれている人、受験者さんの表情は様々だ。
「これをもって、本日の登用試験は終了とする。この後、参加してくれた感謝の印として、ささやかではあるが歓談の場を設けている。都合が付く者は是非とも参加して欲しい」
椅子から立ち上がったスマラクト様がそう言うと、参加者さん達の顔がパッと輝いた。理由は単純明快。みんなお腹が空いているんだ。僕もそう。お腹空いた! ごはん~!
使用人さんに案内されてお屋敷の大広間に移動すると、そこにはたくさんのテーブルの上に、これまたたくさんのお料理が。みんながお腹一杯食べても食べきれないような量が用意されていた。
僕、知ってるよ! これ、立食形式のパーティーだ! 本で読んだ事あるんだ。お金持ちの家では、たくさんのお客さんを招く時、こういうパーティーをするんだって。一回、こういうパーティー、参加してみたかったんだ!
順番にテーブルを回り、お料理を少しずつ取っていく。あ。骨付き肉発見! あっちにはジャム! ああ! 凄い! デザートばっかりのテーブルがある!
一回じゃ、食べたい物を全部取り切るのは無理そうだ。お肉をお腹一杯食べて、ジャムとデザートはまた後で。そう思って、取った料理を食べていると、一人の受験者さんに話し掛けられた。それを口火に、色んな人が寄って来る。みんな、僕がやってみせた、魔術同時行使の方法に興味があるみたい。
けど、そう簡単に研究結果を説明する訳にはいかない。だって、この研究は、僕の未来が掛かっているんだから。だから、核心部分ははぐらかしつつ、研究概要だけを説明する。
「あ、あの、アベルちゃん……?」
控えめに僕を呼ぶこの声! 笑顔で振り返ると、その先には予想通りの人物が。
「アイリスちゃん!」
彼女の傍らにはバルトさんが、その足元にはミーちゃんもいる。
「さっきの僕の試合、見てくれたでしょ? どうだった? 僕、頑張ったでしょ!」
「うん。凄かった。と~っても格好良かった」
うふふ。褒められた。もっと褒めて良いよ! 褒めて褒めて!
「それでね、その、アベルちゃんにお願いがあるんだけど……」
「お願い?」
お願いって何だろう? 目を瞬かせる僕を見て、アイリスちゃんが言い難そうに口を開く。
「あのね、アベルちゃんの魔力媒介、見せてもらえないかなぁって……」
おお。アイリスちゃんってば、僕の魔術同時行使のタネが、魔力媒介にあるってあたりを付けたのか。目の付け所がなかなか鋭いね。他の受験者さん達は、気付いているのかいないのか、魔力媒介に触れる人はいなかったのに。
「うん! 良いよ!」
他の受験者さんに研究結果である魔力媒介を見せるのは抵抗があるけど、アイリスちゃんは特別。だって、アイリスちゃんは僕にスカートをくれたから! そのお礼!
僕は腰のホルダーから魔力媒介のナイフを鞘ごと取り、アイリスちゃんに差し出した。僕達の周りの受験者さんは、そんな僕らの様子を興味津々に見ている。
アイリスちゃんは手にした僕のナイフを鞘から抜いた。と、傍らにいたバルトさんが屈んで、刀身の魔石を観察しだした。バルトさんが観察しやすいようにナイフを差し出したアイリスちゃんも、刀身の魔石を観察している。
むむむ。バルトさんには、見て良いよって言ってないのに。でも、出身地は違うけど、彼は同族だし……。じーちゃんの話し相手になってくれたみたいだし、僕を探す手伝いもしてくれたみたいだし……。仕方ない。特別という事にしておいてあげよう。
「ねえ、アベルちゃん。この魔法陣、どうやって描いたの? 手で彫ったって訳じゃ無いんでしょ?」
魔石の中の魔法陣に気が付いたアイリスちゃんがそう言った。ここまで間近で見たら、魔術同時行使のタネが刀身の魔石で、魔石の中に魔法陣があるってすぐに分かるよね。僕はにんまりと笑う。
「秘密~! いくらアイリスちゃんでも教えな~い。僕の研究の要なんだから」
「アベルの研究は、くず石の活用法なのか?」
んなっ! バルトさんってば、何て失礼な事を! 言うに事を欠いて、この偉大な研究が、くず石の活用法ですと? 僕が魔術同時行使してたの、見てなかったの?
「違うよ! そんなスケールの小さい研究じゃないよ! 僕の研究はもっと大きいんだよ!」
「具体的にはどんな研究なんだ?」
「魔術同時行使についての方法論!」
どうだとばかりに胸を張り、そう口にする。と、バルトさんがふむと頷いた。
「その研究結果が魔力媒介か」
「そう! 今日はドンナーシュラーク仕込んでたけど、他の魔術もあるんだよ!」
んもぉ。これ見せるの、特別なんだからね! 僕は腰から提げていた袋からいくつかの魔石を取り出した。そのどれもが、小指の先くらいの大きさだ。本当はもっと大きな魔石で研究したいところなんだけど、ウチはお金持ちじゃないからね。こういうくず石レベルの魔石しか買えないんだ。貧乏って辛い!
取り出した魔石全てに、一つずつ魔術が仕込んである。透明の光の魔石には防御障壁の術。赤い火の魔石には火炎の術。青い水の魔石には流水の術。もう一つの水の魔石には氷結の術。それらを見て、アイリスちゃんが気が付いたように口を開いた。
「初級魔術が多いんだね」
「うん。あんまり魔法陣が複雑になると、上手く仕込めなくて……」
魔術を仕込むのに成功した一番複雑な魔術は、今日使った雷撃の術だ。あれは中級の魔術。でも、他の魔石の魔術は全部初級だ。
「でもでも! 最近、ちょくちょく中級魔術でも仕込めるようになったから、そのうち、上級魔術とか最高位魔術とかも仕込めるようになると思うんだ!」
ちょっとだけ見栄を張ってしまった。中級魔術、ちょくちょくは仕込めていない。まだ一回しか成功してない。で、でも! ちょくちょく仕込めるようになるのも時間の問題なんだもん!
「そっか。まだ改良の余地があるんだね」
「そうだよ。まだまだ完成には程遠いんだ。一つの魔石にいくつも魔術を仕込めないと意味無いし。でも、完成したら凄い研究になると思うんだ! だから、僕の一生を掛けて研究するんだ!」
僕がそう言うと、アイリスちゃんが感心したように頷いた。そんな彼女を見て、ふと、ある疑問が湧く。
「アイリスちゃんは? 何の研究してるの?」
「え……。あの、私、まだ……」
「えぇ! そうなの? 人族なのに魔術習って治癒術師になりたいって、研究したい事があるからだと思ったのに! どんな病気でも治すんだぁ、とか」
おとぎ話の癒しの聖女みたいになりたいとか。女の子なら一度は憧れると思うんだ、癒しの聖女。僕も人族だったら、そういう生き方もありかなぁって思ってたと思う。
「やりたい事はあるんだけど……」
「な~んだ。ちゃんと目標があるんなら、その過程が研究だよ!」
「そういうものなの?」
「そうだよ。僕だって、目的があって魔術同時行使の研究しようと思ったし!」
「アベルちゃんの目的って?」
「有名になる事! そうしたら、里のみんなを見返せるでしょ! だからね、魔術師共通の夢、魔術同時行使の研究しようって思ったんだ。歴史に僕の名前が刻まれる日も、そう遠くはないよ!」
歴史に僕の名が刻まれたら、もう余所者だって言われない。きっと、どこへ行っても受け入れてもらえる。普通以上の幸せな生活が待ってるんだ!
僕は、母さんの分まで幸せにならなくちゃいけない。それが、僕を守ってくれていた母さんとじーちゃんへの最大の恩返しなんだって、じーちゃんは言っていた。だから、何が何でも有名になって、幸せになるんだ!
話している最中、アイリスちゃんの顔からみるみる笑みが消えていった。それどころか、眉間に深い皺まで寄っていた。何で? 僕、何か悪い事言った……?
そう尋ねようとしたとたん、それまでバルトさんの足元で大人しくしていたミーちゃんが、アイリスちゃんの顔面目がけて大ジャンプをした。飛びつかれた勢いとミーちゃんの体重とで、アイリスちゃんがバランスを崩す。
あ! 咄嗟に手を伸ばすも届かない。アイリスちゃんは盛大にひっくり返り、床に頭を打ち付けたのだろう、ゴンという鈍い音が辺りに響いた。




