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【三題噺】 私の世界は君”一枚” 【鏡、ぬいぐるみ、オレンジ】

作者: 舞浜リョウ

「ところで、物置にある鏡には絶対に近づいてはいけないよ」

 おじいちゃんは、この家に越してきたばかりの私に真剣な顔でそう言った。

「どうして?」

「あの鏡はね、呪われているんだ」

 呪いだなんて、そんな子供だましな。久しぶりに会ったおじいちゃんの頭の中で、私の時間は止まっているのだろう。私はもう来月から中学生になるというのに。

 しかしおじいちゃんがあまりにも真剣な顔をしているから、私は

「わかったわ」

 と頷かざるを得なかった。


 ここは小さな村だった。人々は協力し合って仲睦まじく生活していたが、逆に部外者には厳しかった。中学に入学したばかりと言っても、周りはもちろん幼いころからの知り合いで、私を遠巻きに見つめることはあっても仲良くしようとする人はいなかった。

 私は孤独だった。小学校までの友達に手紙を送っても、返ってくるまでには時間がかかる。おじいちゃんは畑仕事で忙しそうだ。ただでさえ二人暮らしには広すぎる一軒家は、私の孤独をますます深めた。

 中学で部活に入るのもなんだか怖くて、放課後はいつも暇を持て余していた。かといって町に遊びに行くのにはバスで一時間以上かかる。だから私は、いつも本を読んで時間をつぶしていた。しかし、そんな日々を二か月も送っていれば飽きてくる。

 孤独と暇でどうしようもない私の脳裏に、おじいちゃんのあの真剣な顔が浮かんだ。

 もちろん信じちゃいない。けれど何だか気になって、私は物置の扉を開けた。

 物置にはたくさんの段ボールや木箱が積まれていて、そのどれもが埃で灰色に染まっていた。制服のまま入ったことを後悔する。夏服のセーラー、おろしたばっかりなのに。

物置にするにはもったいないぐらい広い部屋だったが、どこに「呪いの鏡」があるのかすぐにわかった。それは、部屋の奥で扉から入った光を反射して鈍く輝いていた。

 埃が被っていてもわかるほど凝った枠で囲まれた、大きな楕円形の鏡だ。私よりも大きなそれは、確かに迫力があるが「呪い」という感じではない。ただの古い鏡だ。

 少し拍子抜けして、まぁそんなものだよなと鏡の埃を指で拭う。指先で大きな塊になった埃をフッと飛ばして、これから何をしようかと思案する。外はまだ日が暮れ始めてもいない。

 そんな時だった。


「ねぇ、あなたは誰? どうしてここにいるの?」


 私は思わず飛び上がった。背後で突然声が聞こえたのだ。嘘だ、なんで急に、女の子の声が? ……まさか、これが呪い?

 恐怖で振り返ることができない。――鏡には、私のほかに誰も映っていなかった。

「ねぇ、お姉ちゃんってば!」

 服の裾を引っ張られているのを感じて、背筋が凍る。いる。何かが確かに、そこにいる。

「もぉ~」

 その何かは、私の前に回り込んで頬を膨らませた。

「なんで無視するの?」

 私はその姿を見て目を見開いた。「それ」も、私を見て同じような顔をした。……いや、全く同じ(・・・・・)をした。

 なるほど。ありふれたほどに「呪われた鏡」だ。それは、鏡の中の私と同じ顔、同じ格好をしていた。

「えっ、どうして!? お姉ちゃん、わたしと同じ顔!?」

 しかしその口調は私よりだいぶ幼い。なるほど、よく大人びていると言われる私とは、性格まで真逆という訳だ。

 私の中の恐怖心が徐々に薄れていくのを感じた。本でよく見た展開。きっと、「向こう側」と「こちら側」を繋ぐ魔法の鏡だったのだ。代わりに湧き上がってきたのは、自分がまるで物語の登場人物になったかのような高揚感だった。

 私は得意げに言った。

「私は、鏡の中のあなたよ」

「鏡の中の、わたし?」

「そう。あなたは私と真逆の私よ」

「……よくわからないや」

「まぁ、わかっていなくてもいいわ」

 私は近くにあった大きな木箱の埃を払って、寄り掛かった。

「ねぇ、私の話し相手になってよ」


こうして私は放課後の話し相手を手に入れた。彼女は私が鏡をのぞき込むといつも私の背後に現れて、日暮れと同時に突然消えた。彼女も「鏡の向こうの世界」で私と同じ学校に通っているらしいが、私とはやはり逆で友達に囲まれて賑やかな日々を送っているらしい。それもそのはずだと思った。彼女は明るく、いつもニコニコと私の話を聞いてくれる。誰もが友達にしたいというであろうタイプのいい子だった。

 しかし、そんな彼女を放課後から日暮れまでは私が独占できる。その優越感がたまらなかった。

 彼女とはいろいろな話をした。私の前の学校の話、最近あった笑えた話、面白かった本の話。どれもとりとめのない話だったけれど、彼女の笑顔を見ていると自分が話し上手であるような気持ちになった。

 彼女が進んで自分の話をすることはあまりなかったが、趣味のお菓子作りの話をするときだけは目を輝かせて生き生きとしていた。彼女が一番得意としているのはオレンジのパウンドケーキらしい。

「あなたも作ってみて!」

 とレシピを教えてくれたが、お菓子なんてバレンタインの友チョコぐらいしか作ったことがなかったので、どうにも気が進まなかった。

「お菓子作りの他に、好きなものはないの?」

 彼女が好きなものについて話すときのあの笑顔が見たくて、ある日そう聞いた。芸能人にも流行りの音楽にも興味はないけど、彼女が好きだというなら私も好きになれると思った。

 彼女は少し迷ってから、

「じゃあ、明日持ってくるね」

 とほほ笑んだ。


 その翌日、いつもの時間に鏡の前で彼女を待っていた。すると、いつも通り後ろから声が聞こえた。

「持ってきたよ!」

 今日もいつもと変わらない、一日で一番好きな時間が始まる。その喜びを胸に振り向くと


 ――ドサッ


 何かが落ちた音がした。後ろには、誰もいない。

「え?」

 まだ日も暮れていないのに、どうして? かくれんぼでも始めたのだろうか。彼女の好きなものはかくれんぼだった、とか?

 周りを見まわして、先ほどの物音の正体がわかった。それは、古びたぬいぐるみだった。中には綿ではなく粒粒が入っている種類の、抱きしめられるサイズのくまのぬいぐるみだ。

 疑問に思いつつ、そのくまを抱きしめながら彼女を探す。しかし、部屋のどこにも彼女はいなかった。

 その翌日も、その次の日も、そのまた次の日も、彼女が現れることは無かった。

 私は彼女に嫌われてしまったのだろうか。


 彼女のことを思い出しながら、いつの日にか教えてもらったオレンジのパウンドケーキを作った。なんだ、こんなに簡単なら、もっと早く作ってみればよかった。それで彼女と、お菓子作りの話をすればよかった。

リビングで、向かいの椅子にくまのぬいぐるみを座らせてゆっくりとそれを口に運んだ。


 その瞬間、なぜか懐かしさがあふれた。どうしてだろう。私は確かにこの味を知っていた。


 リビングのドアを開ける音がしてそちらを見ると、おじいちゃんが驚いた顔をしてこちらを見ていた。

「……懐かしい。一体どこにあったんだい? そのぬいぐるみは、あの子が……君のお母さんが大事にしていたものだよ」

「え? お母さん?」

「ああ、そうだよ」

 おじいちゃんは私の頭を優しく撫でて、言った。


「君のお母さんはね、君と本当によく似ていたんだよ」


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