3.ラウル
陸軍第一小隊で俺は鍛えられ、戦場を走り抜けた。
右に倣って先陣に立ち、銃を撃ちまくり、忘れるために撃ちまくった。
痩せていた身体は硝煙で燻され、血に浸されいつしか頑強になった。
ある時、敵地の村の襲撃で部隊長に試された。
お前もやれ、女を襲えと。
捕らえられた集落の女たちの中にはまだ子供もいた。
「ウィリアム! 何をためらってる! これは命令だ!」
俺はまた地獄を見た。
そして俺が襲ったのは部隊長の胸ぐら。その澱み腐った目を見て鼻っ面を殴り飛ばした。と同時に俺は仲間からリンチされ、牢にぶち込まれた。
違背と傷害の罪で禁固。
俺は軍部に訴えたが軽くあしらわれ二週間の拘留で手を打たれた。
上も腐ってると諦めたがそこである男に出会う。
男はかすれた声で鉄格子越しに話しかけてきた。
「よぉ。のっぽさん。何やらかしたんだ? 飯がマズくて暴れたか?」
「誰だあんた」
「ラウル・ダイスン。群れに馴染めない男さ」
「……俺もそうだ」
彼はダイスン軍曹。
俺と似たような理由で牢にぶち込まれたと。
中背で黒髪無精髭の気さくな上官だった。
「俺の爺様はエルドランドを希望と夢の国と信じて移住したがどうやら違ったようだ」
「所詮世の中はビジネス。善く生きようとしても群れると捻じ曲がる」
「……ウィリアム・スタンスよ。お前は流されない、己に従う強靭な男だ。それでいい」
「流されてここに辿り着いたんですけどね。想像していたより遥かに、ここは異常な世界でした」
「極限状態にこそそいつの性根が試される。戦場に来ていてなんだが、たとえ零落の方向にあっても、寂しさの釣り出しにあってはならん」
「……零落?」
「ダークサイド。全ての邪悪の根源は寂しさ。心の貧しさよ」
「……俺は元来貧しく、友もいない寂しい人間です」
「いや。お前には優しさがある。豊かってことだ。そして友は……ここにほら、できた」とダイスン軍曹は自分を指した。
それから彼は夢を語った。
故郷に帰り、結婚し、店を持つと。活き活きとした黒い瞳で。
牢を出された俺たちは共に行動した。
軍曹の後に続き、戦況を見守った。
ライフルを置きヘルメットを脱ぎ、しばしの憩いにポケットから一冊の古い本を出し眺めるダイスン軍曹。
「それは?」
「爺様の形見、詩の本。これ渡して言ったんだ。《想像するんだ。ものの見方は一つじゃねえぞ》ってな」
俺はその爺様が夢見た未来を想像した。
「この戦争の親玉は誰だ? 誰がそいつに名前も知らない人間への殺戮許可を与えたんだ?」
軍曹はそう歯ぎしりしながら爆煙で霞む前方を睨んだ。
「ウィリアム。もう少しの辛抱だ。終戦までのもう少しの辛抱」
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戦争が終わり、帰るところのない俺は綿毛のように彷徨った。
エルドランドを南から北へ。
死に場所を探し、西から東へ過去を引きずりながら。
風に吹かれ、時が過ぎ、親父の亡霊に苛まれる日々も薄れていった。
死にたくてもあの日の母が呼びかける。
「あんたは生きなきゃだめだよ。それが償いだよ」
微かな記憶が蘇ることもあった。
絵画のように鮮やかな夕陽を背に、幼い俺に親父は確かに言った。
「ウィル。父ちゃんは母ちゃんが大好きだ。お前のことも大好きだ」
蘇るその度に両腕が疼いた。
「ウィル。男は女を守るもんだ」
親父を狂わせたのは金だ。蔑視だ。
耐えられなかった親父が悪かったのか。
耐えられなかった俺もまた弱く、寂しかった。
あの日の手の感触に呪われたまま、あてもなく彷徨った。