1.父
〝俺の胸の中に一人の女がいる
冷たい闇を抜け、木洩れ陽を纏いやって来た
彼女は言う
あなたの殺害許可証は取り上げた
染みついた血と硝煙の臭いは洗われ
寄せる肌と肌に委ねられた――〟
一九一六年、俺は南部の貧農一家に生まれた。
父親は働き者で母親も献身的だった。
俺が生まれた頃は親の背丈以上だったはずの玉蜀黍も俺が物心ついた頃には俺の肩より低くなっていた。
日照りと水不足、害虫そして近代化が俺たちの家族を年々苦しめていた。
町の農業協同組合がよこしたトラクターに俺は身がすくんだ。
奴らは親父に言った。
「スタンスさん。これからはもう人の手じゃ追いつかねえ。地主は俺たちを雇うと。こいつを動かせる俺たちを」
「何だって? 聞いてねえぞ。そんな勝手は許さねえ、ここは俺の」
「じゃねえだろ? 地主さんのもんだ」
このトラクターこそ害虫だ。バカでけえ害虫だと、子供心にそう思った。
一家はそれから別の町に移り住んだ。
親父は食肉加工工場で働き、お袋は乾物計量の内職を始めた。
俺は三人兄弟、男ばかりの末っ子だった。
よくいじめられた。
ガリガリに痩せていたから近所のガキどもに鶏ガラみたいだとからかわれた。
「ウィルは虫も殺せない優しい子だよ。お前たちが守ってやんなきゃいけないよ」
お袋はそう兄貴たちを叱った。
米を買えず芋しか食えない日もあったがお袋は水しか飲んでいなかった。
「ウィル、いいからお食べ。お前が食べてるのを見て母ちゃんはお腹いっぱいさ」
お袋は優しかった。心底愛してくれた。
俺が病いで喘ぐ背中を一晩中さすってくれた。寝ずにそばにいてくれた。
だが親父は荒れて飲んだくれてた。
工場の仕事に馴染めずいつも腹を立ててた。
よそ者だ顔貌が違うと蔑まれ、揉め事を起こしては金を羨んでた。
酒に飲まれて人が変わって素面でも酒に侵されてた。変わっちまったんだ。
土にまみれてるのが好きだったんだ親父は。
木造貸家の小さな庭で芋や豆や胡瓜も作った。鶏も飼ってた。
ある日親父が食うために鶏を捌いていたのを見て、俺は言った。
「どうしてそんなかわいそうなことするの?」
親父は黙って手を止めた。親父は俺を殴り、鶏を山に捨てに行った。いつしか畑もやめ、工場勤めも辞めた。
俺が十五の時、兄貴たち二人は戦争に行った。
行って金持ちになると手を振った。