老人バーチャルYouTuber 紺野明美
午前中に思い浮かび、昼休みで書き上げました。
作りの粗さがあり、ストーリーもやや綺麗過ぎるかも知れませんが、御了承下さい。
日本を代表するアパレル企業、「KONNO」の代表取締役社長・紺野明美さんが、70歳で社長を引退しました。
70歳まで社長を続けていた理由は、彼女の後を継ぐ人のレベルにこだわっていたからなのですが、安心して会社を任せられる後任を見つけた途端、明美さんはひどく脱力感に見舞われたそうです。
「思えば、仕事しかない人生だったわ……。私の求めるレベルの男性には出会えなかったし、子どももいなかったから、若い人には皆社員を見る様な態度で付き合っていたし……随分キツい事ばかり言ってきたのよね……」
仕事には厳しくても、明美さんは子どもが大好きで、児童施設に匿名で寄付をする等、社長の肩書きが無ければ近所の優しいおばあちゃんになっていたかも知れない人でした。
仕事から解放された明美さんでしたが、仕事で出来た友達は皆、意識や生活レベルの高さを競い合う様な人ばかりだった為、なかなか第2の人生を始められません。
そんな時、明美さんのもとを社長時代の問題児社員、河田法子さんが訪れたのです。
「法子が私の所に来るなんて……明日は雪が降るわね。何の用かしら?」
法子さんは26歳。
コンピューターの扱いやマーケティングに優れた才能を見せる一方で、オタク趣味と協調性の無さが災いし、会社のお荷物になっていた問題児でした。
そんな彼女ですが、明美さんがどんなに厳しくしごいても全くへこたれずに笑っていた為、明美さんは不思議と彼女に一目置く様になったのです。
「社長、バーチャルYouTuber、知ってますよね!今あたしと仲間達でバーチャルYouTuberを手掛けていまして、会社のホームページにも使っているんです」
「……法子、私はもう社長じゃないわよ。紺野さんでいいわ」
二人のやり取りは暫く続き、法子さんが新しいバーチャルYouTuberキャラとして、おばあちゃんの優しさと社長の厳しさを併せ持つ老人キャラクターを作りたい、というプランを持っている事が分かったのです。
「……私にそんな事をやれって言うの?バーチャルYouTuberって、アニメみたいな女の子や、イケメンの男性キャラが主流じゃない」
当然と言えば当然、明美さんは乗り気ではありませんでした。
社長のプライドとして、汗もかかない仕事でネットからはした金を巻き上げる、そんな行為にも納得が行きませんでした。
「紺野さん、会社の可能性を広げると思って、1か月だけテスト期間に付き合って下さい!名前は別人にして、社員以外には分からない様にしますから!」
しかしながら、法子さんのいつに無く真剣なお願いに根負けした明美さんは、1か月だけバーチャルYouTuber「バーチャルおばあちゃん」の中の人になる事を承諾したのです。
「あら、可愛いおばあちゃんね!」
学生時代は同人漫画家として鳴らした法子さんのイラストは、アニメっぽくなり過ぎない可愛らしさで明美さんからも好評を得ました。
早速収録に挑むと……。
「お初にお目にかかります。わたくし、今日から皆様とご一緒にホームページを盛り上げるべく誕生させていただいた、バーチャルおばあ……」
「ストーップ!紺野さん、堅すぎます!近所のおばあちゃんの雰囲気で、甘ったれたコメントが来た時だけ社長の顔になって下さい!」
二人が悪戦苦闘した甲斐があり、「バーチャルおばあちゃん」は新しいキャラであると評価され、核家族化が進む日本において幅広い世代の支持を集める事となりました。
明美さんもバーチャルYouTuberへの偏見が取れ、幅広い世代の人達とも交流出来た事に感謝し、気持ちよく約束の1か月を終えるはずだったのですが……。
「バーチャルおばあちゃん、こんにちは!僕は武志、小学4年生です。僕はお酒を飲んだお父さんにいじめられています。お母さんは、お父さんがいない時は僕に優しくしてくれますが、お父さんが帰ってくると隠れてしまいます。骨が折れるとか、ご飯が貰えないなんて事は無いですけど、僕に優しくしてくれていたおばあちゃんが亡くなってから、毎日が辛いです。バーチャルおばあちゃんに、僕のおばあちゃんになって欲しいです。いいですか?」
このコメントがテスト期間終了直前に舞い込んでしまった事で、明美さんは悩んでしまいました。
法子さんとしても、バーチャルおばあちゃん終了のページを用意していただけに、このコメントにどう応えたら良いか迷っていましたが、意外にも明美さんが「バーチャルおばあちゃん」の中の人を継続する事を決め、バーチャルおばあちゃんは暫く、武志君のおばあちゃんの代わりを務める事となったのです。
「バーチャルおばあちゃん」がすっかり世間に認知されると、明美さんの仕事量は増え、ネットの世界での「小遣い稼ぎ」、「偽善」といった誹謗中傷も増えていきましたが、明美さんは社長時代に鍛えた体力と気力で1日も収録を休まず、時には優しく、時には厳しい武志君のおばあちゃんとなり、彼の成長を見守る事が、明美さんの第2の人生になっていったのでした。
武志君のお父さんがアルコール依存症の治療を受ける事が決まり、武志君も無事に志望中学に合格するという、二つの朗報を受け取った3月のある日、安心感からなのか、これまでの疲れが出たのか、明美さんは「バーチャルおばあちゃん」の収録に現れません。
心配して明美さんの家に駆け付けた法子さんが見たものは、寝室で倒れたまま動かなくなっていた、明美さんの姿でした。急性心不全です。
バーチャルおばあちゃんが現れない事を不安に思った武志君は、何度も何度も感謝のコメントを送り、彼に心を打たれたユーザーが情報収集に走る等、ネットは一時、バーチャルおばあちゃんで賑わいました。
法子さんは、志半ばで倒れた明美さんの意志を継ぎ、徹夜で明美さんの音声データを繋ぎ合わせ、違和感の無い「お別れのメッセージ」を作り上げるのです。
「武志君、久し振り!おばあちゃんは風邪をひいて少し休んでいたけど元気です。治療を受ける武志君のお父さんも、中学に合格した武志君も本当に良かった!でも、バーチャルおばあちゃんはこの春で終了するの。寂しいけどね。武志君も、これからはおばあちゃんがいなくても強く生きていくんだよ!それじゃあね!」
出来るだけビジネスライクに、中の人が亡くなった可能性を詮索させない「お別れのメッセージ」を発表してバーチャルおばあちゃんを終了させた法子さんは、前社長の過労疑惑を話題にされたくない会社からの指示とは言え、余りに冷ややかな幕切れに気持ちの整理がつかずに会社を辞め、新たな人生を歩む事になりました。
バーチャルおばあちゃん終了後、アパレル企業「KONNO」前社長、紺野明美さん(72)の死去報道と社葬が大々的にメディアに取り上げられましたが、会社側は明美さんの「バーチャルおばあちゃん」関与を否定。
また、生前の明美さんを知る人達も、「あんな鬼社長が優しいおばあちゃんキャラの中の人な訳が無い」と、明美さんをリスペクトした上で否定していたと言います。
それでも、法子さんとその仲間を通して、いつの日か武志君や世間の人達に、社長ではない明美さんの偉業は伝わるはず。
明美さんの第2の人生が幸せだったかどうかは、彼女の生き様を継承する人が現れた時に改めて分かるのでしょう。