08 デスネル村へ
――結局の所ヨシコ達が出会った最初の人間はその三人だった。
傍からみると地球人とそう変わらない様に見える。
人影を発見したヨシコ達は暫く木陰に隠れて観察していたが、兵士がその少女を本気で殺そうとするのを感じるとスグに行動を起こした。
兵士が再び剣を振り上げたのをみたヨシコは手を兵士に伸ばすと魔法を唱える。
〈石化〉
対象者を状態異常『石化』にする魔法だ。この状態異常にかかると全身が硬直し、自力で動くことがかなわなくなる。呼吸や心臓の鼓動などの生命維持に絶対的に必要な機能や、視覚聴覚などの感知機能は影響を受けない。
全身が死後硬直並みに硬化する事により若干対象の防御力が上がるという副作用もあるが、動けなくさせるメリットの方がはるかに高い。
付与魔術師として弱体魔法に長けたヨシコが得意とする魔法の一つである。
(この世界でも私の魔法は十分通用しそうね……ソルトアースオンラインと効果時間はこの世界でも同じかしら……)
目の前にはおびえる二人の少女。姉を思われる少女はどうやら妹をかばって兵士の気を引いていたようだが、妹と思われる少女は震えて姉の背中に隠れている。
二人とも目には涙を浮かべ、土で汚れたその姿は貧しい恰好をさらに貧相にさせた。
そして目の前の少女を切り殺そうとした兵士らしき男は何を思っているのだろう?
石化した体は表情を動かすとこも出来ないためその感情は伺いしることは出来なかった。
「ヤスコ、この二人を下がらせて。攻撃魔法を使うわ」
その言葉とともにヤスコが不可視化を解除し少女達の目の前に現れる。
この三人には誰もいない空間から突如として人が現れたように見えただろう。
「あとはお姉様に任せておけば大丈夫ですよ、こちらへ」
ヤスコがその惚けたような表情をした二人の少女を半ば抱えるように魔法の範囲外まで移動させたのを確認すると、ヨシコは再び今だ石化状態の兵士に視線を移すしどの魔法を使うべきか思案していた。
〈流星〉
上空に燃え盛る岩が現れたと思うと、まっすぐ兵士に向かって落下していく。
もちろん石化中の兵士は回避することなど出来ない。
真っ赤に燃え盛る岩が兵士を頭から押しつぶし、そのまま大地に衝突してしばらくすると、掻き消えるように岩が衝突痕を残し消えた。
後に残るのは死体だけだ。兵士の鎧は拉げ、辺りには肉の焦げたような嫌な臭いが立ち上る。
その様子を確認したヨシコは――。
「あれ?弱い……こんなものなの?」
〈流星〉はヨシコにとって最大級の威力を誇る攻撃魔法だ。しかしそれはあくまでも付与魔術師であるヨシコにとっては、でありソルトアースオンラインではそう大した威力ではない。
続けざまに何発も食らえば別だが一~二発程度で倒されてしまうプレイヤーはいない――レベルの低い者を除いて――のだ。
その程度の攻撃魔法でたやすく倒されてしまった兵士を見て、ヨシコは緊張を解くと共に安堵の笑みを浮かべる。
もちろんこの兵士が特別に弱かった、という可能性もあり油断する事は出来ないが、その場合はヤスコを一時的に前に出してでも逃げようと心に決めている。
改めて兵士の死体に目をやる。ヨシコはもちろん今まで人を殺したことはない――ゲームの中をのぞいてだが――が特に罪悪感のような物は浮かばなかった。
罪悪感よりよりも強く感じていたのは嫌悪感だ。
鎧と共に押しつぶされた体、そしてあたりに漂う肉の焦げたような臭いをかぐと鳥肌が立った。
(うわぁ……気持ちわるぅ……)
「流石はお姉様です!」
その言葉が発する方向を見ると、空気を読まないヤスコがキラキラとした蒼い目でヨシコを見つめている。
そんなヤスコをみてヨシコは苦笑いを浮かべた。
「いや、コレってヤスコでも倒せるぐらい弱かったと思うわよ?流星で一撃なんだし……。コレが特別に弱かったのかしらね?」
「どうなんでしょうかね?ソコの二人に聞いて見ましょうか?」
その言葉で私はヤスコから二人の姉妹へと視線を動かす。
「……いろいろ聞きたい事があるんだけど良いかしら?」
姉妹はヨシコの言葉を受けると、びくっと身を縮めて、「はい……」と小さく返事をした。
「お姉様、宜しければ私に交渉を担当させていただきませんか?」
「えっ?ヤスコがするの?……まぁ、いいわよ」
その言葉を受けニコリと微笑むとヤスコは姉妹に話しかける。
「貴方達に問います。なぜアレに襲われていたのですか?アレは何者です?……ふむ、今の状態では話ずらそうですね」
その言葉と共にヤスコは姉妹の姉に手の延ばすと魔法を唱え始める。
〈致命傷治療〉
致命傷治療はヨシコとヤスコが使える最大級の回復魔法だ。
ただし唱える魔法は同じでもその効果は大きく違う、ヤスコが唱えた場合は四百程度のHPしか回復しないが、ヨシコが唱えると千程度回復することができる、特殊技術を使えば二千近く回復することも可能だ。
ただそれはあくまでソルトアースオンラインでの話なのだが、この世界ではあの程度の怪我であればヤスコの致命傷治療でも十分な効果が得られるようだ。
ヤスコの手から柔らかな光が差したと思うと、姉の体をやさしく包み込む。そしてその光がゆっくりと消えていくと傷あとすら残さず背中の傷は癒えていった。
「えっ!?うぞ……痛くない……」
姉は腕を動かし、今まで傷があった場所をペタペタ触りながら驚きの表情を浮かべた。
「これで話やすくなったでしょう。痛みは無くなりましたね?」
「はい!……ありがとうございます」
「それで先ほどの質問に戻りますが、アレは一体なんなのです?」
「あれは王国の兵士です……お、お願いします!村を、村を救ってください!」
「お父さんとお母さんを助けて!」
出て来た言葉はまぁヨシコの想像に近い物だった。アレは敵国の兵士で、その姉妹の村が襲われ、姉妹は森まで何とか逃げてきたらしい。
ヤスコは姉妹の言葉にフムフムと頷くと「なるほど……そういう事でしたか」
と、鈴のなるような声でさえずったが、次に出て来た言葉は姉妹はもちろんのことヨシコにも想定外の台詞だった。
「フフフ……調子にのる貴方方にも困りましたね」
その声にただならぬ状況を感じたのか姉妹の顔には陰りが差す。
「命を助けてもらった上に、傷まで癒してくれた恩人に対して、次は村を助けて、両親を助けてですか?まったく、私だけならいざ知らずお姉様をどこまでこき使おうとするのか……」
「あ、あの!い、いえ、そんな事はありません!」
「黙りなさい!何が違うと言うのですか?お姉様を馬鹿にするのもそこまでにしておいた方がいいですよ?」
(ちょ、ヤスコ何言い出すの?これはちょっとまずくない?)
不穏な空気を感じたヨシコは慌ててヤスコに声を掛ける。
「ヤスコ」
「はい、お姉様」
ヤスコはくるりとヨシコの方へ振り向くとナイショ話をするように顔を寄せる。
(ヤスコ落ち着きなさい、私達の目的は情報収集と食料等の継続的な補給よ?もっと友好的にいきましょう)
(お姉様わかってます、あれは交渉の為の演技ですよ。どれだけあの子たちに影響力があるかわかりませんが、少し圧力をかけておけばこちらからあからさまに対価を求めるよりも向うから提示しやすくなるかもしれませんよ?)
(そ、そうなの?でもそれならあの娘達を相手にするより早く村を助けにいったほうがいいんじゃないかしら?)
(そ、それもそうですね。流石はお姉様です!了解いたしました。では再度話をしてきますね)
くるりんと姉妹に振り返るとヤスコは二人に口を開く。
「喜びなさい、お姉様は貴方達の状況に対してひどく同情的です。今までの態度を不問にして村を救っても良いとおっしゃっています。お優しいお姉様に感謝するのですね、安心しましたか?」
「は、はい。あの!助けていただいてありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
「村は危険なので貴方達はここにいるように。また兵士が来るかもしれませんので守りの魔法をかけてあげます」
ヤスコは魔法を唱える。
〈保護〉
〈魔法保護〉
姉妹を中心に物理防御と魔法防御の魔法がかかる。これは目には見えない障壁で物理攻撃や攻撃魔法を軽減するものだ。
あくまで軽減する役割でしかないので強い攻撃にさらされると死んでしまうかもしれないがその場合はあきらめてもらうしかないだろう。
「今ヤスコがかけた魔法は物理攻撃と魔法攻撃を軽減する魔法よ、……それと、私からも一つかけておくわね」
〈不可視化〉
「不可視化の魔法よ、その場で動かなければまず大丈夫だと思っていいわ」
お互いの姿が見えなくなったのに驚いたのか、声を上げた姉妹に魔法の説明をするとヨシコ達は煙の上がっている方向――デスネル村――と歩みを進める。
その後ろから「どうか、どうかお父さんとお母さんを助けてください!」と声が響きわたった。
§ § §
(と、約束はしたもののさてどうしようかな……)
先ほどの娘たちの話ではこれは敵国の兵士で少なくとも十数人規模でいるようだった。
今の段階で敵の強さを先に倒した兵士と同一視するのは危険だろう。
それに複数人で同時にかかってこられるのもまずい。
「うーん」
つい声にだしてうなってしまう。
「お姉様?どうしました?」
「敵をどうやって倒そうかと思ってね……どうやら沢山いるみたいだし……」
「お姉様ならどんな敵だろうと問題ないのでは無いでしょうか?」
「その考えは危険よ、ヤスコ。敵の強さに確証が得られるまで油断するべきではないわ」
ふとある事を思いついたヨシコは足を止めるとカバン――空間――に手を突っ込む。
「たしかカバンにもいくつか入れておいた……あ、あったわ」
カバンの中からようやく何枚かの鏡のようなものを取り出した。
その鏡にはなにやら得体のしれない絵がかかれている。
「お姉様?それは何ですか?鏡のようにも見えますが……」
「これは封魔獣鏡と言ってね、この中にモンスターが閉じ込められているのよ」
ソルトアースオンラインには闘獣場という所謂プレイヤーが捕獲して育成したモンスター同士を戦わせるコンテンツがあった。
育成コンテンツが好きなヨシコはその闘獣場へ定期的に通い自分で捕獲育成したモンスターを戦わせていたのだ。
常に上位にランクし、年間チャンピオンも取ったことがある。
また封魔獣鏡にはコレクション要素もあり、ヨシコは実装されてる全てのモンスターをコンプリートしていた。
もっとも何年もてこ入れされていないコンテンツだったため、捕獲できるものの闘獣場では戦わせられないモンスターも数多くいるのだが。
それはそれとして新しいモンスターが実装される度に封魔獣鏡に閉じ込め――正確にはモンスターそのものを閉じ込めるのではなく魂を複写するとかそんな設定だったが――に行ったものだ。
これを呼び出せるかどうか試してみるべきだろう。
「キミにきめた!」
そう叫ぶとヨシコは取り出した複数の封魔獣鏡の中から一つを選ぶと、その鏡を掲げながら「魔獣召喚ッ!!!」と唱える。
すると鏡の上部にある月を模した飾りが黒……いや闇に光り、鏡の表面からも闇があふれ始める。
これは呼び出されるモンスターが闇属性に区分される証だ。
そして鏡の表面に描かれたモンスターのイラストが消えると前方には今までいなかった人影が存在していた。
本当にこの世界でも召喚できるのか、半ば驚きながらその見た目を観察するヨシコだったが……
「うわぁ……不気味……」
体長は二メートルほどだろうか?巨大な戦斧に髑髏が描かれた巨大な盾、そして人の顔にも見える黒色の重厚な鎧を身に着けた騎士。
なにより特徴的なのはその頭部が無いことだ。
上からのぞき込むとその鎧すら空洞であり、漆黒の鎧そのものに意思が宿っているようだ。
それはソルトアースオンラインではデュラハンと呼ばれる首なしの騎士だった。
アンデッドに属するその首なし騎士は攻撃よりも防御に重点を置いており数秒ではあるが無敵時間がある特殊技術も保有している。
「お姉様?なんですか?これは?」
ヨシコはヤスコにそれの名前を教える。
「そうか……ヤスコはこれと戦ったことなかったわね。デュラハンよ」
「でゅらはん?変わった名前ですね」
「元々はアイルランドに伝わる首のない妖精がモデルらしいわね、この姿をみるとどこが妖精だって気がするけど……レベルは……五十みたいね」
そしてヨシコは命令する。
「デュラハン、この村を襲っている……そうね、武器をもった兵士を……殺しなさい」