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クランマスターの異世界冒険生活  作者: 黄龍
1章 Visitor to abyss
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07 任務

 アーデルハイドを隊長とする第一ミスリルマスケティアーズが最初の村を訪れようとしていた時、日はすでに高く上がっていた。

 過去の事例から敵のルートを推察し、その方向に向かって進軍していたマスケティアーズは丁度最初に巡回する村へ訪れようとしていた。このまま何事もなく移動すれば間もなく見えてくるころだろう。

 今回の任務はあくまで国内であり、それも短期間で終わる事が見えている任務である。それでも隊員達には数日分の食料携帯を義務付けていた。それでも、もし足りなければ近隣の村々から後払いでの購入――形式上は購入という形だが半ば徴発に近い――をしなければならないだろう。

 アーデルハイドは馬を走らせながら自身が受けた任務について思い返していた。






§ § §






 【首都レーベニヒト】はいつだって騒がしい。

 都市計画通りキチンと整備された街並みに碁盤目状に道がはしり、そこにはひっきりなしに馬車や人がアクセクと通行している。

 そして道沿いの石造りの建物はしっかりと大地に根を下ろし、屋根に備え付けられた煙突からは無数の煙が立ち上る。

 そして道沿いには排水機構、いわゆるドブが整備されていてわずかにいやな臭いを漂わせていた。

 視線をやや上に向けるとひと際大きな煙突が目に付く。しかもそれは一つではないのだ。


 共和国の首都でもあるレーベニヒトは元々、近辺にある鉱山から取れる金属を加工する者が集まって出来た集落が元だと言われる。

 そして現在では金属の加工のみならず、宝石や貴金属加工なども手掛ける工房都市としても名を馳せていた。

 そのため大きな煙突からは四六時中煙が立ち上り、金属などを加工する音が止むことはない。

 そしてそれらを取引する人の流れも途絶える事が無いのだ。

 鉱山が枯れる事が無い限りその発展はまだまだ続くだろう。

 

 そんな首都の中央部分に位置するひと際大きな建物が共和国議会議事堂であり行政の中心だった。

 かつては各鍛冶場の親方が集まり様々な協議をしていた場所が、建国時にあたりそのまま行政の中心地へなったと言われる。

 そんな議事堂の一角に併設された建物の一つが大統領官邸だ。


「閣下、ご報告があります」


 リッターがその報告を補佐官から受け取ったのは、大統領執務室で書類の束と格闘してるときだった。

 陽は出ているがレーベニヒトはいつも薄暗い。おそらくはあの大きな煙突から出る煙が陽の光をさえぎっているのだろう。

 書類に判を押すだけの簡単な仕事……と、言うわけではなく真面目に書類の山と対峙していた時間をその報告は容赦なく奪い取った。

 正確にはこれから報告を受けるのだが、リッターには駆け込んできた補佐官の様子から都合の悪い報告である事を感じ取っていた。こういう時はいつも良くない報告が多いのだ。


「ん?なんだ?また悪い知らせか?」


 この補佐官はリッターの腹心の一人だ。能力に疑いは無いのだがどうにも間が悪く、リッターの気に入らない報告をすることが多い。

 もっとも、気に入らない報告を受けたからと言って、その報告者をどうこうするほどリッターは考え無しでは無かった。都合が悪いことでも隠ぺいされてしまうよりもはるかにマシなのだ。


「王国から少人数の部隊がひそかに国境を越えたらしいという情報が入りました」


 やっぱり、悪い報告だ。リッター顔を顰めながらも聞き返す。


「何?それは本当なのか?」


「はい、間諜からの報告です。私が受けた報告では十数人規模の様ですね。それ以上の可能性もありますが百を超える事は無いようです」


「それでその目的は?」


「目的は不明瞭です。しかし王国の今までの行動を考えると、また嫌がらせなんじゃないでしょうか?」


 王国と共和国は長年争いを繰り広げている。もっともここ何年かは小規模の争いに過ぎないのだが、過去には大規模な衝突が何度もあった。


「嫌がらせね……。また村々を襲うか」


 そして定期的に起こる村々への襲撃……これを共和国では嫌がらせと呼んでいる。


「はい、小賢しい事ですが、長期的に見れば効果的な手です。我が国の国力を少しづつ削ろうとしているのでしょう」


 共和国はその成り立ちから鉱山に集まる人々が中心となって作られた国だ。

 鍛冶には火が欠かせず、その燃料の中心となっているのは主に樹木だ。

 その為、長年の無計画な伐採がたたり、首都を中心として草木も生えない荒涼の大地が広がっている。

 要するに耕作に適した地域が多くは無いのだ。

 王国はその弱点を突き、時折国境を越えては村々を荒らしていた。

 人々が離散し、荒れ果てた地を再び元の状態に戻すにはそれなりに時間と人手がかかる。

 当然のようにその間は税など望むべきもなく、それどころか逆に国家からの援助が必要だろう。

 そして軍というものは、食料や金が無ければ満足に戦うことが出来ないのだ。


「それで、どう対処したらいいと思う?」


「常識的に考えれば軍を派遣するしかないでしょう、最もある程度の被害は免れませんが……」


「少数の王国兵でも村人では勝ち目はない……か。」


「えぇ、良くて逃げるのに精いっぱいでしょうね。悪ければ逃げる事すら出来ず壊滅です」


「ふむ……共和国民軍団リパブリカンレギオンを動かすか?……軍務大臣を呼んでくれ」


「はい、了解しました」


 補佐官は一礼すると、慌ただしく大統領執務室を退出する。

 その後ろ姿を眺めながらリッターは大きくため息をついた、






§ § §






「なん……だと……?」


「何度も言わせないでくれ、今は共和国民軍団リパブリカンレギオンは動かせんよ」


「どう言うことだ?」


「国境付近で王国軍に不穏な動きがある。今軍団レギオンを動かすわけにはいかん」


「何?そんな話は聞いていないが?」


「ん?まだ伝わってなかったか?とにかくそんなわけだ。おそらく何もないとは思うが万が一もある。不用意に軍団レギオンを動かすことで王国軍を刺激したくない」


 そう言いながら軍務大臣はヤレヤレという表情をする。


「君の所のマスケティアーズを動かしたらどうだ?君と工務大臣、内務大臣との関係は知っているが自分の所のマスケティアーズを動かすのであれば彼らは何も言わないだろう?」


「しかし……」


 と、言いよどんでリッターは口を閉ざす。

 元々の考えとしては多数の共和国民軍団リパブリカンレギオンを村々に配置し、敵を見つけ次第包囲殲滅する予定だったのだが元々は大統領府の警護等を主な任務としているミスリルマスケティアーズは絶対的な数が少ない。各村々への配置はもちろん、敵を見つけても包囲殲滅できるとは限らず、逃げられてしまう事も多いだろう。


「……どうあってもダメか?」


「君もくどいな。どうしても軍団レギオンを動かしたいと言うのであれば議会を招集したまえ。そこで一定の合意が取れれば軍団レギオンを動かそうじゃないか」


「それは……」


 議会を招集すれば、とても数日で結論が出るとは思えない。それでも合意が取れればまだマシだがその時は敵は散々村々を荒らしまわったあとだろう。それでは遅すぎるのだ。


「わかった……。わざわざ呼び出したりして悪かったな」


「いや、こちらこそ君の力になれず申し訳ない。今回の事はともかくとしてまた私の力が必要な時はぜひ頼ってくれたまえ」


 最後にそう言って立ち去る軍務大臣をリッターは見送り、そして傍に控えていた補佐官に対して「第一ミスリルマスケティアーズ隊長、アーデルハイド・ゼーゼマンを呼び出してくれ」と、指示したのだった。

 その補佐官が部屋を退出する後姿を見ながら、リッターは「やれやれ」と大きくため息をついた。






§ § §





「お呼びでしょうか?大統領閣下」


「アーデルハイド隊長、急に呼び出して悪いな。まぁ、楽にしたまえ」


「はっ。大統領閣下。それで私を呼び出した理由はなんでしょうか?」


「王国から目的は不明だが、少人数の部隊がひそかに国境を越えたそうだ」


「なるほど……。それで軍団レギオンは?」


「……軍団レギオンは動かない。だからこそ君を呼んだのだよ?」


「なるほど……軍務大臣閣下に断られましたか」


「軍務大臣には軍務大臣閣下で都合があるのだろう。――それで、アーデルハイド隊長。まず君だったら何をする?」


「そうですね……まずは敵の正確な人数と居場所を把握するための情報収集ではないでしょうか」


「それで?具体的には?」


「まず、ある程度大きな街に拠点を設置して、そこから偵察隊を出し敵を発見。しかるべきのちに本体を派遣するというのはどうでしょう?」


「アーデルハイド隊長。事は緊急を要する。時間を掛ければ村々の被害が広がるし、ある程度被害を与えたならば奴らは悠々と国境を超えるだけだ。敵を見つけるまでに時間を掛ければ、撃破するまでにどれほどの被害を受けるかわからん」


「そうですか……」


「詳細はアーデルハイド隊長に任せるが、こちらからの命令は『王国兵侵入の事実確認と事実であれば速やかなる排除』だ。そして、動かせるのは君の隊だけだ」


「私の隊だけ?それはなぜです?」


 思いもかけない言葉にアーデルハイドは顔を曇らせた。


「一つは首都ここに残しておかなければならないし、他の隊は別の任務がある。すまないな」


「そうですか……」






§ § §







「隊長!アレをご覧ください!」


 その声がアーデルハイドを現実に引き戻す。

 そしてその部下の指し示す方角をみる薄っすらと黒煙が立ち上っていた。

 それは決して炊事などで上がっている煙ではない事はアーデルハイドを初めとする隊員達にも一目瞭然だった。上がっている煙は一つ二つではないのだ。

 アーデルハイドは口の中で何かを呟くと、急いで馬を目の前の小高い丘に向かって駆けさせる。

 そしてその小高い丘に登ったアーデルハイド達の目に映ったのは予想された風景。

 そこには立ち上る黒煙の量に相応しい、焼け野原になった集落が広がっていた。

 いまだにブスブスと燻る建物の残骸からは建物が焼けたのとは違う、とても嫌な臭いも一緒に漂ってくる。

 それは一度でも嗅いだことの者には忘れられない――人の焼ける――臭いだった。

 アーデルハイドはその光景に顔を顰めながらも、己がしなければならない命令は発する。


「……生き残った村人を探せ」






§ § §






 その村で焼け残った建物は皆無だった。住居のみならず家畜を入れておく掘っ立て小屋のような建物まで、ものの見事に焼き尽くされていた。

 そのまるで廃墟のような村をアーデルハイドは馬を降りて歩く。目の届く範囲に生き残りのような者はいない。そして焼け跡からほど近い草むらには恐らく村人の者であろう血痕が一部の肉片とともに飛び散っている。

 そして焼けた家に目を移すと、家の残骸とは別に殆ど灰と化した村人と思われる屍が転がっていた。

 身体の方はまだかろうじて形状を保っているが四肢と思われるものはすでに崩れ落ちたのかついていない。

 その身体でさえ少し強い風が吹けば、そのまま崩れ落ちそうなぐらい炭化している。

 そしてソレは一つ二つではないのだ。

 炭化しきった身体はもちろん、その周囲にも生命の痕跡は見られなかった。いや、その時はアーデルハイドだけでなく誰もがそう思ったであろう。


「ひどいことを……」


 直視していられないのか、アーデルハイドに付き従うようについてきた隊員が顔を背けながら口を開いた。


「あぁ……全くな、それより……」


 アーデルハイドが辺りを見回しながら思わずそんな台詞を口に出したその時、かすかな泣き声が聞こえたような気がして足を停めた。

 アーデルハイドがそこで言葉を止めた事により、その場にいた隊員も自分の聞き間違いでないと判断する。

 足を止め耳を澄ませるアーデルハイド達の元に、再び鳴き声なような声が聞こえた。

 それはどうやら目の前にある焼けただれた家の遺体のほうから聞こえてくるようだ。


「何!?まさか……」


 叫ぶような声で何かを言いかけたアーデルハイドだったが次の瞬間、まるで信じられないものを見たかのように体を硬直させる。

 焼けて重なり合った遺体が少しづつ動いているように感じたのだ。

 いや、実際に動いている。

 アーデルハイドは恐る恐る近づき、遺体を足で蹴るように動かす。すると下から何かがはい出そうする姿が見えた。

 それは子供――いや、まだ赤ん坊と言ってもいいかもしれない――だった。

 折り重なるようにして倒れていた下に、子供が隠れていたのだ。

 恐らくは燃え盛る家の中、親が自分の体を使って子供を隠したのだろう。しかしこの周りの状況をつぶさに観察してきたアーデルハイドからみれば、生きているのはまさに奇跡としか思えなかった。






§ § §






 結局の所、この村から生き延びた者は先の子供を含めて五人しか見当たらなかった。それも状況からからすれば先の子供以外は意図的に見逃されたと思えるような状況だ。


「準銃士から数人選び、生存者を街まで護衛させろ」


「はっ。でもよろしいのですか?おそらく敵の狙いは……」


「あぁ、何を考えているか分からんが、こちらの人数を分散させる意図があるように思えるな」


「すると狙いは我々?まさか誘い出されたのですか?」


「それはまだわからん。だが敵の狙いはどうあれ生き残った共和国の民をそのままにしてはおけない」


「準銃士からでなくてはなりませんか?隊長みずから行くわけには……」


「はっ。何を言っている?この中で一番強いのは私だぞ?その私が抜けてどうする?罠なら罠で敵と一緒にかみ砕いてやろうではないか」


 そういって笑うアーデルハイドの顔は決して強がりを言っている顔ではなかった。


「了解しました……直ちに選抜いたします」

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