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クランマスターの異世界冒険生活  作者: 黄龍
1章 Visitor to abyss
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06 フェララス大森林にて

 そこは昼間でも暗い広大な森林だ。死をもたらす危険な森として、深部は足を踏み入れる者すら稀。傭兵団を連れた大規模な隊商でも無い限り、この森の横断は困難とされている大森林である。

 そのハズレにひっそりとたたずむようにある集落がデスネル村だ。

 人口もさほど大きくはなく二百人未満、40世帯程度のその村はティリスファル・グレイズ共和国にある辺境の集落としては一般的な規模だ。


 大森林で採れる森の恵みや牧畜、農作物などが村の産業であり、時折行商人や共和国の官吏が訪れる以外は人の往来もほぼない。

 中央に位置するやや大きめ建物は村長の家で、それ以外は小さな――みすぼらしいといっていいかもしれない――家がぽつぽつと点在している。

 村民は日の出と共に起床し、畑へと繰り出す。乳や毛を得るための家畜がノンビリと草を食べ、その様子を見守りながら牧畜犬と子供が遊んでいる。そして日が傾くころには家へと切り上げ、日の入りと共に就寝する。

 そんな生活が永遠と繰り返されているような、そんな集落である。


 ミラはそんな辺境の集落――デスネル村――に住んでる少女である。

 ミラの一日は朝食の準備から始まる。何世帯かが共同で使っている井戸から水を汲み、母と共に朝食の準備をするのだ。

 食事といってもシンプルなものだ、日によってメニューが変わる事もなく――特別な日を除いてだが――毎日同じような食事を作っている。

 朝食はポリッジといわれるオーツ麦を粥状にしたものに僅かな塩を加えたものだ。

 そこに森の入り口付近で取れた取れたキノコや果物等が入る事もある。

 そして食事を済ませると家族と共に畑に出て昼まで休むことはない。

 昼食もとてもシンプルなものだ。

 オーツ麦のパンを硬く押し固めたもので保存性は良いが硬い上に味が無く、それを水筒の水でふやかしながら食べる。貧しいといって良い食事に慣れているミラにとってもおいしくない――はっきり言ってまずい――ものだ。

 そんな食事で空腹感を紛らわすと再び仕事に戻り、夕方には帰宅する。

 帰宅後は母と共に朝食と大差ない夕食を作り、食べ終わると簡単な裁縫をするかそのまま寝てしまう、という変化の乏しい生活を繰り返していた。

 

 そして、運命の日。ミラはいつものように朝を迎えて朝食の準備をする。


「うー、冷たい」


 何時ものようについでに顔を洗いつつ共同井戸から水をくんでいると、何かが聞こえたような気がして耳を澄ませた。

 それは遠くから聞こえる鐘の音だった。

 鐘の音は緊急時――主に火事なのだが――にしか鳴らされない。

 水のはいった桶を投げ捨てるように置くと慌てて自宅の方へ走る。

 見ると遠くでは多くの人があわただしく動き回っているのが見えた。

 何人かの男の人は武器を手にしているようだった。


「ミラ?なにが起こっているんだ?」


 後ろから追い抜こうとしていた青年がミラへ声をかける。


「ネオさん!」


 ミラはネオを見ると困惑の表情を浮かべながら話す。


「私も知らないの」


「火事か?それともまさか魔物でもでたのか?」


 走りながらそんな会話をしているとようやくミラの家にたどり着く。


「俺も家に帰る。また後で会おう」


 と、走りさるネオを片目に蹴破るようにして家の扉を開けた。

 

「お母さん?何があったの?」


 そこには母だけでなく父と……そして妹も一緒にいた。


「ミラ!無事でよかった……」


「お父さん!一体なにがあったの?」


「俺にもよく分からないが……何者かの襲撃らしい」


「襲撃って一体何が……?」


「わからん、だが早く逃げよう」


 その時、家の前に一人の人影が差したことでミラ家族の運命は決定付けられた。

 まるで命綱の切れた登山家クライマーのようにミラ達の運命は転げ落ちていった。






§ § §






 どこからか鳥の鳴き声が聞こえる。そしてメラメラと燃える建物へ時折吹く強風が火の勢いを強くする。

 村には仕事中であっても一旦火事が起これば手をとめ、消火を優先的に手伝う決まりがあった。

 しかし、今は火を消そうとするものは一人もいない……。

 その兵士は目の前にいる男の顔を見つめている、やや痩せてはいるが壮健そうで顔は日焼けしている。

 そしてその手にはナイフが握られていた。

 しかしその男はピクリとも動こうとしなかった。顔は苦痛で歪み、上半身には胸から腹にかけて切り裂かれている。

 兵士がたった今切り殺したのだ。


「おい?逃げた女達はどこに行った?見つけたのか?」


「いや、娘の方は逃げられた。母親の方は捕まえたぜ」


 同じ鎧姿をした男が現れ、その兵士に声をかける。

 手には女の髪の毛を鷲掴みにしている。年齢は三十代ぐらいだろうか?泥だらけになった顔や衣服が、ただでさえ粗末な恰好を一層貧相にしている。


「あ、アナタ、イヤー!!」


 おそらく夫婦なのだろう。切り殺された男をみてその女が悲痛な表情を浮かべる。


「娘達には逃げられたが、コイツでガマンするか。一人はまだガキだったしな。お前も早くしねーといなくなっちまうゾ?」


 と、その兵士は周囲を見回して言った。

 母親はもう自分の運命をあきらめているのか涙を流すばかりで叫ぼうともしない。

 今このときも村の遠くから悲鳴や怒声が響いていた。

 兵士達が行っているのは戦いではなく、もはや狩りといえるものだった。

 背中を見せて逃げる男――少し女もいたが――達を切り殺した。女子供達はスグには殺されてはいなかったもののその後の運命は推して知るべしだろう。


「探せばまだいるかもな、どっかの家の隅にでも隠れてんじゃないか?」






§ § §






 極楽鳥がふわりと空に舞い上がった瞬間、飛行機とは違うGがヨシコの体にかかった。極楽鳥が羽をはばたかせるたびにスピードが上がる。

 その羽ばたきは人を二人も乗せているとは思えないような力強さがあった。

 雲がすごい勢いで流れて行く半面、雲の切れ目に見える地上はゆっくりと流れているようだ。

 

「サラマンダーより、ずっとはやい!!」


 思わずそんな台詞が口に出てしまった。

 ふと後ろを振り返るとヤスコの向こう側に浮遊島がどんどんと小さくなっていく。

 ヤスコと目があうと『またお姉様が変な事を言ってる……』と、いう顔をした後、ニコリとほほ笑み体をさらに押し付けて来た。


 そのままどのくらい飛行していただろうか?

 ヤスコが指を指す方向を見ると煙が立ち上っていた。

 決して竈の火などではなくもっと大規模な物だ。

 私はヤスコに向かって頷くと降下地点を探し……森林地帯へと目標を定めた。


 極楽鳥はまるで墜落するかのように急激に降下を始めるが、森林の若干開けた場所に近づくと羽をばたつかせ始め速度を落とすと、まるで羽が落ちるようにふわりと着地した。


「おりましょうか」


 ヨシコは先に降りるとヤスコに向かって手を広げる。

 それをみたヤスコははにかみながら極楽鳥から『えぃ』っと飛び降りるとヨシコはヤスコをしっかりと受け止めてやさしく地上に降ろす。


「お姉様、とっても気持ち良かったです」


 と、ヤスコは頬を赤らめて顔を伏せた。


(他人に聞こえたら誤解を受けるような台詞ね……)


「よかった、これで大丈夫そうね」


「何がですか?」


「地上との往来よ。マウントに乗れて本当によかったわ……」


「煙が上がっている方角はあっちですね」


 見ると煙はまだ上がっている、森林地帯にいるとはいえ迷うことはなさそうだった。


「人との接触は最小限で行くわね。不用意な接触はさけてちょうだい」


「はい」


「〈インヴィジビリティ(不可視化)〉と……そうね、〈シャドー・ウォーク(影歩)〉もかけておきましょうか……」


 〈インヴィジビリティ(不可視化)〉は透明になり敵に発見されにくくなる呪文だ。

 これは闇の種族と呼ばれる者達がもつ能力〈ダークヴィジョン〉でも見えなくなるが、〈シー・インヴィジビリティ〉を始めこれを見破る能力は多く、敵を攻撃したとたんに効果を失ってしまうため注意が必要だが、とりあえずかけておく分には問題ないだろう。

 〈シャドー・ウォーク(影歩)〉は音を消し敵に発見されにくくする同系統の魔法だ。


 この二つの魔法は人知れず様子を見るときの定番呪文であり、対策方法も多いため絶対的な信頼性は無いのだが。


 ヨシコはこの二つの魔法を自分とヤスコにかけ終えると煙が立ち上る方角に向かって慎重に歩き始めた。






§ § §






「はぁ、はぁ、はぁ」


 ミラは妹――サラ――の手を握り締め必死の形相で駆けている。

 あちこちから悲鳴や怒声が聞こえ、火の手がいくつも上がっているのが見えた。


 その人影が見えたのと父がナイフを抜きその人影に飛び掛かっていったのはほぼ同時だった。


「お父さん!」


 その人影――兵士――を家から追い出すように激突すると、そのままゴロゴロと地面を転がる。


「てめぇ!やりやがったなぁ!」


「みんな!今のうちに早く逃げるんだ!」


 父が必死の形相で叫ぶ。

 その声を聴いた母は悲痛な表情でミラとサラの手を取ると駆け出して行った。

 しかし、運命は何処までも非情だった。

 もう一人兵士が現れたのだ。


 母は急に立ち止まると目で逃げるように指示を出す。

 そしてミラはサラの手をつかむと必死の形相で兵士のいない方向へ駆け出すのだった。

 ……目に一杯涙を浮かべて。


 目指すは村のハズレ、大森林だ。

 走りながら一瞬、他の家に逃げ込んで隠れる事も考えたがスグにその考えはやめた。

 よくわからない他人の家だ、隠れ場所などないかもしれないし、すでにその家の住人が隠れているのかもしれない。

 なにより火をかけられてしまったら一貫の終わりだ。

 大森林であれば隠れ場所はいくらでもある。……もちろん危険な魔物もいるが今は兵士から逃れる方が先だ。


 そんな思いで必死で駆けていたミラの耳に後方から小さな金属音が聞こえてきた。

 決して手を引いているサラが駆けている音ではない。

 徐々に大きくなるその音の正体を推察し、ミラは顔をくしゃくしゃにゆがめる。

 心臓はドキンドキンを大きな音を立て今にも張り裂けそうになりながらも、そのままま後ろを返りみる事もせず走り続ける。

 もうとっくに限界は超えているだろうその足に祈りを捧げながらもなおも走る。

 しかしその祈りは神様には届かなかったようだ。


 森の入り口に差し掛かったところで先にサラが限界を迎えた。

 一人が崩したバランスに手を結んでいた二人は地面に転がる。

 そのすきに兵士はもう真後ろまで来ていた。


「手間かけさせやがって……」


 息を乱しながらも、兵士の体力には余裕がありそうだ。

 だが限界を超えて走っていた二人にはもう碌に走る事は出来なかった。


「おとなしくしてれば殺しはしねぇよ。さぁ、こっちに来るんだ」


 その言葉はもしかしたら本当かもしれない。だがその場合でも文字通り『この場で殺されない』というだけなのだろう。

 他国の兵士につかまった女子供がどうなるかはミラも十分理解していた。


 そのまま半ば倒れたまま俯いていると、その兵士はもう抵抗する事もないと思ったのか近づいて強引に立ち上がらせようとする。

 その瞬間、小さな石を握ったミラの手が勢いよく兵士の顔に叩きつけられる。


「いってぇ!」


 不意をつかれたその兵士は大きく体勢を崩すしたそのすきに、ミラはサラの手を強引に引っ張り上げてさらに森の奥へ逃げようとした矢先だった。


「てめえ!」


 ミラの体に激痛が奔った。

 剣を抜いた兵士がミラに切りかかり服とその下の肉体を切り裂いたのだ。


「あっ……」


 ミラは悲鳴を漏らし足が止まる。見ると背中から血が流れていた。

 致命傷ではないが、かすり傷と言えるほど軽くはない。

 そのまま全力で走るには難しい負傷だった。


 よほど頭に血が上っているのかその兵士はもうミラとサラをとらえる気は無い様だ。

 悪魔のような形相を浮かべ、再度剣を振り上げようとする。

 しかしミラは自分の……妹の運命をあきらめようとしない。

 もうミラは逃げ出すことなどできないだろう、しかしサラは別だ。


「サラ!私にかまわず森の奥に逃げて!」


「お姉ちゃん!」


 ミラを殺すのに必要なのはあと一太刀か二太刀か。例えわずかな時間でもサラはすばしっこい、十分に逃げ切る目はあるはずだ。

 父は母とミラ達を、母はミラ達を逃がすのに体を張った。次はミラがサラを逃がすために体をはるべきだろう。


 ミラはを強く目を瞑ると祈りをささげる。どうかサラだけは助かりますように、無事でありますようにと。

 最後に父と母と同じように天国に行けますようにと願い、そして目を開くと兵士の剣がまるでスローモーションのように振り下ろされ――。

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