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クランマスターの異世界冒険生活  作者: 黄龍
1章 Visitor to abyss
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05 自室

 ヤスコに新しく与えられた個人部屋は奇しくもヨシコの個人部屋の隣だった。

 元々、ソルトアースオンラインではNPCとして半ばマネキン同様の扱いだったヤスコに部屋などはもちろんなかった。

 ヤスコとしては今まで同様、ヨシコの部屋の片隅にでも置いてもらうのが一番だったのだが、ヨシコが半ば無理やりに部屋を与えたのだ。

 そして今、ヤスコの部屋は足の踏み場もないほど物が反乱していた。

 もちろん全部ヤスコがヨシコから与えられた私物だ。

 元々マネキン同様に様々の華美な衣装を身に着けさせられていたため、無駄と思えるほど多数の装備品――多くは見た目だけの華美なおしゃれ着だが――が、今はヤスコの持ち物としてソコにあった。

 だがよく見ると華美なだけではない、ちゃんとした装備品もチラホラと散らばっている。

 これは昔は育成ゲームの一環としてヨシコがヤスコをフィールドへ連れまわしていた時の名残だった。

 華奢なヤスコには一見、不釣り合いなフレイモアやトゥハンドソード、ハルバードなど様々なものが見え隠れしている。

 それらの装備品は本来、付与魔術師エンチャンターであるヨシコには装備できず、ヤスコの為にわざわざ買い与えたものだ。

 それらを全て与えられた部屋に持ち込んだ結果が今の惨状だった。


 ヤスコはその雑多に置かれた中からふと目に付いた一本の武器を拾い上げる。

 それはブロンズソードと呼ばれる片手剣だった。

 装備レベルにしてレベル1から身に着けられるその剣は、もちろん性能的には最底辺の物だ。

 しかしヤスコにとってはとても思い出のある一本の武器だった。

 初めてヨシコから買い与えられた装備の内の一つである。

 鞘から引き抜くと、ギラリと茶色ががった刀身が鈍く光った。

 特に銘などない、ただのブロンズソード。おそらくヨシコも店で買ったもっとも安価なソレをそのままヤスコに渡したものだろう。なにせレベル1からの短期間しか使わない武器なのだ。

 ヤスコその鈍く光る刀身を、まるでとても愛おしそうに指でなぞるとおもむろに剣を振り始めた。


「フゥッー」


 肺から空気の吐き出しながら、ヤスコは傍目からはとても軽やかに、しかし実際は渾身の力を込めた剣の振りだ。

 その振りはヤスコにとっては何年ぶりに剣を取ったとは思えないほど鋭い物だった。


「軽い……。剣ってこんなに軽い物だったかな?」


 ヤスコにとって自分はNPCだったという記憶はない。しかし以前にヨシコと一緒にフィールドで様々な冒険をしたという記憶はある。その記憶に比べ剣が軽すぎるような気がしたのだ。

 ヤスコはそのまましばらく刀身を見つめていたが、やがてゆっくり首を振ると剣を鞘に戻した。

 久しぶりに剣を振ったから違和感を感じたのだろう。

 そしてその剣を、まるで美術品でも扱っているような動作でゆっくりとベッドに置いた。


「さて、思い出に浸るのはほどほどにして早くかたずけないと……、あー!あの装備はもしかしてあのときの!」


 ヤスコが部屋を本格的にかたずけ始めるのはまだまだ先になりそうだった。






§ § §






「お待たせしました、お姉様」


 翌朝、そう声を掛けながら姿を現したのは全身を蒼色の甲冑で覆ったヤスコだった。

 寝不足なのだろうか、その目の下にはかるい隈が見え隠れしている。

 そしてその鎧はどこぞの騎士のようだった。アダマンチウムで作成された蒼い鎧に身を包み、肌が出ているのは唯一顔のみ。

 鎧と同じく蒼い色のガントレットを嵌めた左手の甲には銀色で縁取りされた漆黒のヒーターシールドを装着し、左側の腰にぶら下げた鞘に納まっているのはシュレイガーと呼ばれるレイピアだ。


 その姿をしげしげと見回したヨシコだったが、若干驚いたような声を上げた。


「ヤスコ……もしかしてその装備って私が……?」


「はい、全てお姉様から頂いたものです。どうされましたか?」


「そ、そうよね……いえ、なんでもないわ」


(これは……いくら何でも古すぎる装備ね……何年前の装備なの?そういえば最後にヤスコを外に連れまわしたのはいつだったかしら……)


 もう何年もヤスコにはクランハウスの自室でおしゃれ着を着せ替えするのみで戦闘向け装備などは渡していなかった事に今更ながらヨシコは気が付いた。おそらく最後に戦闘用装備を渡したのは十年近く前になるだろう。

 鎧を今更着替えさすのは大変だがせめて盾と武器だけでも、という思いでカバンの中から適当な盾と剣を取り出す。

 取り出したのは中央に金色で複雑な紋様が施された蒼色の盾と、同じく蒼味かかった鞘に納められた一本の剣だった。


 華やかに飾り付けられた鞘に収められた細剣。

 それを見た瞬間、ヤスコは息を一瞬飲むとじっと見つめる。

 おそらく直感でこの細身の剣がどれだけの貴重品かがわかったのだろう。


「ヤスコ、とりあえずこれを装備しなさい、盾は鎧と同じくアダマンチウムで出来ているわ。剣の方は『ジョワユーズ』という名前ね、聖槍ロンギヌスの破片が埋め込まれているという由来の剣よ」


 そう言いながら取り出した装備をヤスコに手渡す。


 『ジョワユーズ』はフランスで実在したという伝説の武器をモチーフに実装された剣だ。

 伝説上では神聖ローマ帝国の始祖ともいわれるフランク王シャルルマーニュがその父ピピン三世から受け継いだ物と伝えられている。

 現実リアルでのその剣はもうすでに失われたとも、パリのサン・ドニ大聖堂やルーヴル美術館、ウィーンの皇宮宝物庫などにあるともいわれるがヨシコはもちろん本物――といわれる剣――を見た事などはなかった。

 イエス・キリストの処刑に使われたと言われる聖槍ロンギヌスの破片が埋め込まれていると言われるその剣はキリスト教が由来のモチーフが多いソルトアースオンラインに実装されるのは当然と言えるだろう。


 『ジョワユーズ』がソルトアースオンラインの中では実装されたタイミングはかなり早くサービス開始から一年ほど過ぎたころに実装された初期の装備だ。

 実在する伝説の剣をモチーフにしただけの事はあり、実装当初はそのオリジナルグラフィックと共のに性能面でもかなり有用な装備としてプレイヤー人気も高かった。

 しかしながらこれをドロップするモンスターも当時はとてもとてもつよく十数人単位のプレイヤーが協力して倒すものであり、またPOP間隔も24時間おきと長時間にわたる為、その人気、レア度と比例してプレイヤー間でも様々な伝説を残した武器でもある。

 当時のヨシコはまだクランマスターではなかったが、それでもクランの古参として多くの逸話を見聞きしてきたものだ。

 その手の話の一つとしては、クランの姫と呼ばれる女性――中身が女性である保証はないが――がクランマスターを篭絡して持って行っただの、ロット権の順番からクランメンバー間で争いがおきクランが分裂しただの、その手の話が面白可笑しく脚色されては流布していた。

 幸いヨシコが所属していたクランではその手のトラブルは無かったのだが、それは当時のクランマスターの卓越した運営のおかげだろう。

 まぁもっともそのモンスターも、今のヨシコにかかれば一人ソロで倒すことのできる数多くいるモンスターの一つに過ぎないのだが。


「こ、こんな素晴らしい物をありがとうございます、大切にしますね、お姉様」


 装備から手を離すとヨシコはニコリとしながら微笑んだが、実際の心境としては複雑だった。


(これでもかなり弱い装備なんだけど……カバンに入っていた物を適当に渡しただけとは言いずらいわね……)


 はしゃぎかねない勢いで喜ぶヤスコとは後目に、あくまで冷めた目でそれを見つめるヨシコであった。


「ヤスコ、その剣を抜いてみてくれる?」


 その声でヤスコが細剣を鞘から抜き放つ。スゥーとわずかな音を立てて抜かれたソレはまるで鏡のように日の光を反射した。

 蒼い鞘に合わす為なのか、その刀身もとても美しい蒼色だった。そしてソレと対比するような黄金に彩られたナックルガードには細かな紋章が刻んである。よく見ると刀身にも細かい文字が刻んであるようだ。

 その蒼い刀身から反射する日の光はまるでエメラルドブルーの海に日の光が反射するように眩しく、それでいて柔らかさを感じさせる。

 その全体的な姿形は細剣の例にもれず、今まで腰に下げていたシュレイガーと大きくは変わらない。刀身はジョワユーズの方が数センチほど長いが重さに差があるとは感じられなかった。

 まるで戦闘に使用される事を考慮されていないような、芸術品のごとき美しさを感じさせるその剣からヤスコの視線はしばらく離れなかった。

 その刃こぼれ一つない美しい刀身を見つめながら、ヤスコはおもむろに手にした獲物をたてると片手で八双の構えを取る。

 そして口元から「フゥー」っと息を吐いた。剣を使うものとして優れた剣を手にした者が心に感じる手ごたえのようなものがあったのだろう。

 今のヤスコにとってはこの剣さえあればどんな敵でも打ち倒せるような心境であった。


 その時、やや強めの風が吹くと上空からヒラヒラと葉が舞い落ちる。おそらくクランハウスを囲むように植えられた庭木の葉が風によって飛散した物だろう。そしてそのうちの一枚、もっともヤスコの近くに舞い降りた葉をヤスコはそっとその剣で下から掬うように動かした。

 ほんの撫でるような動作にも関わらず、葉は真っ二つに分かれ地面に落下していく。

 凄まじい切れ味だった。細剣とは本来突く動作が主体であり、刀身自体の切れ味は重視されていない物が多い種類だ。

 にもかかわらず、ホンの数グラムでしかない舞い落ちる葉を触れるような動作で切断するような鋭い刃。そのような切れ味がこの細剣に備わっている。


「すごい……このような剣を本当に私なんかの為に?」


 ヤスコは震える手で剣を鞘へと仕舞いながら感極まったような声で呟く。


「今まで使っていた剣に特に不満はありませんでしたが、これと比べれば雲泥の差です」


「それはそうでしょうね」とヨシコはヤスコに聞こえないような声で小さく呟いた。


 シュレイガーが本来であればレベルが50台で使うような剣だ。該当レベル帯では良くも悪くも無い、所謂ユニクロ装備と言われる比較的安価な武器のうちの一つだ。

 それをヤスコに渡した当時の事はもはやヨシコの記憶には無いがおそらく適当に持っていて使わない武器を渡しただけであろう。

 そんな武器とフィールドでなかなかお目にかかれないレアモンスターが落とすような武器とではとても比較にならない。

 とはいえ、ヤスコが感動しているその武器でさえ、現在のヨシコにとっては余り物の武器にしか過ぎない。本来ならヨシコにとってもヤスコにとっても性能面では弱すぎる武器だ。

 なぜそんな武器をカバンに放り込んでいたのかというと、ただ単にソルトアースオンライン上でオリジナルグラフィックという唯一無二のグラフィックだったからという理由でしかない。

 極めてにているグラフィックの装備はいくつかあるが、このジョワユーズは蒼い刀身に細かな文字が刻まれており、そのわずかな差がヨシコが捨てずにコレクションする動機になったのだ。

 しかし、そんな裏事情をヤスコにわざわざ言う必要もない。

 大はしゃぎするヤスコをヨシコ表面上はニコニコとした表情で見つめながら、内心では溜息を付きたい気分でいっぱいだった。






§ § §






「私の準備に時間を取らせて申し訳ありません」


 新しい剣と盾を装着し終えたヤスコが鈴のなるような美しい声を掛ける。


「いえ、大丈夫よ。ではそろそろ出発しましょうか」


〈システムコマンド mountマウント 極楽鳥〉


 その瞬間、いままで何もいなかった空間に歪みが生じたかとおもうと、次元の裂け目を破るかのように大きな生き物……大鳥が姿を現した。

 これはソルトアースオンラインではマウントと呼ばれる騎乗用のモンスターを呼び出す召喚魔法だ。

 戦闘能力は皆無だがプレイヤーの何倍もの移動速度を持ち、そして一部のマウントは空を飛ぶことが出来る。

 基本的には浮遊島と地上との往来はこのフライングマウントを使用している。


 ヨシコは先に騎乗し、そしてヤスコに手を差し出し引っ張り上げると声を掛ける。


「では良いわね、昨夜打ち合わせた通りに行くわよ。日の入りと共に出発してなるべく発見されないように移動するわ。降りるときも人里から離れた見つからない場所を選んで降りてそのまま人里に向かうわね」


「はい、お姉様」


 その言葉を合図にしたようにヤスコはヨシコの腰に手を回すとぎゅーと体を押し付けてくる。

 そして極楽鳥はふわりと軽やかに空に舞い上がったのだった。

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