表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クランマスターの異世界冒険生活  作者: 黄龍
1章 Visitor to abyss
4/31

03 ヨシコの浮遊島

「――様?起きていますか?」


 どこからかヤスコの耳障りのよい声が聞こえてくる。

 その声に反応したかのようにヨシコは手足をモゾモゾと動かす。

 カーテンの隙間から差し込むやさしい光が瞑った目の上からでも感じられる。

 今だ完全に覚醒していない頭の中で『これはヤスコの声ね……』などど考え再び眠りにおちようとしていたヨシコだったが、急に何かを思い出したかのように飛び起きた。


「お姉様、おはようございます。ただいま朝食をお持ちしますね」


 声の方角をみると、ヤスコが部屋のカーテンを次々と開けているところだった。

 そして開け終えると一礼をし、部屋を去っていく。


「ここは……?夢……じゃないの?」


 そして昨夜の出来事を思い出し、ヨシコは呆然自失から急速に思考を回復させた。


(戻れてない……これは一体何なの?)


 ダメ元でシステムメニューを呼び出そうとしてみるがあいからわず呼び出すことはできない。

 そうこうしているうちに部屋の扉がノックされる。


「お姉様、お食事をお持ちしました。入ってもよろしいですか?」


「……いいわよ」


 その声と同時に扉が開くとヤスコがベッドに食事を運んできた。

 おいしそうな香りが部屋を漂う。

 メニューはなにか穀物を使ったリゾットのようなものと柑橘類のジュースだ。

 それを見ながらヨシコは少し考えていたことを質問する。


「ねぇ、ヤスコ。私達って食事が必要だと思う?」


「当り前じゃないですか。どうなさったんですが?突然?」


 そのタイミングを図っていたかのようにヨシコのお腹がぐぅ~と音を立てた。


「さぁお姉様、馬鹿な事言ってないで冷めないうちに食べてください」


「い、いただきます……」


 恐る恐る食事に口を運ぶヨシコ、そして一口食べた瞬間。


「あ、おいしい……」


 その言葉を聞くとヤスコが満面の笑みを浮かべた。

 ヨシコはそのまま食べながらもヤスコに話しかける。


「いや……私に常識が無いとかじゃないわよ?ただゲーム内じゃ食事は必須じゃなかったし……」


 ソルトアースオンラインでの食事はステータスなどを若干底上げするのが目的であり、取らなくても死んでしまうような事はなかったし、食事に味も匂いも存在しなかった。

 そもそも『満腹』というステータスはあったが『空腹』というステータスは無かったのだ。


「ゲーム内……というのが良く分かりませんがお腹が減れば食事は必要だと思いますよ?」


「お腹は減ってたんだけど、気のせいかなって……」


「変なお姉様」


 と言ってクスクスと笑うヤスコ。

 食事を終え、ジュースまで飲み干した所でヨシコは本題に入った。


「ヤスコ、今日の予定を伝えるわね」


「はい」


「とりあえずクランハウスの外に出てみるわ……。周りがどうなっているか確認したいしね。ヤスコはどうする?できれば一緒に着いてきてほしいけど……」


「もちろんお姉様についていきます」


 ヤスコからは間髪入れず声が返った。






§ § §






 クランハウスから外に通ずる扉を開けると風が吹き込むとともに柔らかな光が差し込む。その眩しさで一瞬目が眩むが視力が回復するとそこには緑が広がっていた。

 クランハウスが立っているこの浮遊島はソルトアースオンラインの中では小規模とはいえ、現実リアルによくある一般的な庭付き邸宅と比べるとはるかに大きい。

 そしてその姿は外からみると、某有名な映画の天空城にそっくりだ。

 実装時のログイン合戦からの購入合戦――実装直後は数が限られていた為、お金を持っているだけえは購入できず早いもの勝ちだった――に打ち勝ち、初めてこの浮遊島に降り立ったクランメンバーは口を揃えていったものだった。


『ラピュタは本当にあったんだ!』と……


 無論、ヨシコもそう思ってたいたしクランメンバーの中には訪れるたびに『見ろ、人がゴミのようだ!』などと言っていた。もちろん雲海の上にある浮遊島からは地上のプレイヤーが見えるような高さではない。


「お姉様とクランハウスの外に出るなんて本当に久しぶりです」


「そうね……いつ以来だったかしら……」


 ヤスコのその言葉を聞きヨシコは苦笑しながら考える。実装初期はいろいろ連れまわしていたものだったが、さすがに何年もたつと自室に置いたままでたまに着せ替えをする、というマネキンのような扱いになっていたのだ。


「もう何年も前の事に様に感じます」


 その半ば非難するような……、もちろんヨシコの勘違いなのだが……ヤスコの言葉を意図的に無視をし、あたりの風景を見ながらヨシコは考えていた。


(風を感じる……天候エフェクトなんてものじゃないわね、空気の匂いまで感じられる……現実リアルと同じね……)


 ソルトアースオンラインでも天候はあった、がそれはあくまでのエフェクト……雨ならば雨のエフェクトが、風ならば草木が揺れるエフェクトが発生するだけでありプレイヤーが風に吹かれて影響を受ける事はなかった、もっとも魔法に関してだけは小規模な影響をうけるがそれだけだった。

 しかし今は風が吹けば髪を揺らしているし、おそらく強風が吹けば体勢にも影響を受けるだろうと思えた。

 現実リアルではよほど高地に行かないとみられないような透き通った青空、恐らく浮遊島の端から眼下を望めば雲を上から見ることが出来るだろう。


 そのまましばらく歩く事数分、浮遊島の端まで歩くと思った通り眼下には雲が浮かんでいた。

 目を凝らして雲の隙間から地上の様子を窺おうとするが、案の定というかよくわからなかった。


「すごく、良い眺めですね」


 惚けたようなヤスコの言葉を聞きながらヨシコは無言で眼下の様子を眺めていた。

 どのくらいそうしていただろうか?ふと思い立ちカバンからアイテムを取り出す。

 カバンとはいってもヨシコは本当の意味で”鞄”は所持してしない。

 ソルトアースオンラインの時と同じように右手でアイテムを取り出そうと空中に手をかざすと空中に手が吸い込まれ、そしてその手を引き出すと右手にはボール状のアイテムが握られていた。

 そしてそのままそのボール状の物をおもむろに浮遊島から地上に向けて落とすと……。


「ウィルソーン!」


 と、叫んでしまった。

 その叫び声にびっくりしたのかヤスコが慌てたように声を掛ける。


「お、お姉様!?どうされたんですか?いきなり……」


「あ、驚かせてしまってごめんね、こういう時は『ウィルソーン!』って叫ぶのがお約束なの」


 モチロンそれがお約束だと思っているのはヨシコだけである。


「私には時々お姉様の事がよく分からなくなります……」


(ヤスコの事は一先ず置いておくとして……浮遊島から物を落とせるなんてソルトアースオンラインではありえなかったことだわ……これはもしかして私達も落ちる可能性があるって事?この高さから落ちたらただじゃすまないわよね……)


 ヨシコはその高さのせいなのか、それとも自らの身の危険を感じたからなのか眩暈を覚えるのだった。






§ § §






 その後ヨシコ達はフラフラとした足取りでクランハウスの周囲を歩き、ヨシコ達以外の人影が見えないのを確認すると、クランハウスでヤスコが作った軽めの昼食を取っていた。

 先に食べ終えたヨシコはヤスコが食べ終えたのを確認すると声を掛ける。


「ねぇヤスコ、料理を作ってくれてるから聞くんだけど食材はあとどのくらいあるの?」


「そうですね……それほどの量はありません、あと数週間分って所でしょうか?食材の種類も少ないですし……」


「……デスヨネ~」


 浮遊島にも通称ガーデンとよばれる場所で畑等を作る事が出来るが、それは家庭菜園を少し大きしたようなレベルでしかない。

 またソルトアースオンラインでは種を植えてから現実リアル時間で数日もあれば収穫することが出来たが、この世界でそれを望むのは無理だろうと思えた。


(やっぱり出来るだけ早く地上に降りる必要があるか……)


「明日は朝から地上に降りてみましょう。もちろん完全武装でお願いするわね。クラン専用収納からは何を持ち出してもいいわよ。この後の時間は全てその準備にあててちょうだい」


「わかりました」


(料理そのものだったら私もソコソコ持っているんだけどね……)


 だがソルトアースオンラインの料理はステータスの底上げに使うものであり日常的に食すのにはためらわれた。

 また呪文詠唱者スペルキャスターであるヨシコが所持している料理の多くは魔法ステータスを底上げするスィーツ類が中心なのだ。


 そのままヤスコと別れたヨシコは身体機能を確かめることにした。

 この浮遊島にはスキルやアビリティ、呪文スペル確認用の練習設備がある。

 そこには木人とよばれる木彫りの人形がありそれを相手に新しく手に入れた装備の強さ等を確認する事ができるのだ。

 ヨシコは呪文詠唱者スペルキャスターの中でも付与魔術師エンチャンターという職業クラスについている。

 敵には弱体魔法エンフィービングマジックを味方には強化魔法エンハンシングマジックを付与する事が求められる職業クラスだ。

 また、ある程度の回復魔法ヒーリングマジック攻撃魔法エレメンタルマジックも使え、攻撃力は低いもののソードスキルまで持っており、多彩な装備を身に着ける事が出来た。

 何の呪文スペルを放とうかとしばし考え、木人に手をかざすと呪文を唱える。

 

小炎ファイヤー

 

 手から放たれた炎は狙い通り木人に着弾し着火した。

 しばらく燻っていた炎だったがやがて小さくなり消えるとそこには焼け焦げの残る木人が残されるのみだった。

 その様子に納得したように一人頷くヨシコ。

 効果範囲も威力もヨシコの想定した通りだった。

 そして同じ呪文スペルは連続で発動できない――と言ってもヨシコは〈小炎ファイヤー〉などの低レベルの呪文スペルであれば装備品等により詠唱時間キャスティングタイムに0.2秒、再詠唱時間リキャストタイムで0.4秒ほどしかかからないため実際には一呼吸もおかず連続で使用できるのだが――のもソルトアースオンラインと同じだ。

 そしてソルトアースオンラインでの長年の経験で呪文スペルの効果範囲、効果時間、詠唱時間キャスティングタイム再詠唱時間リキャストタイムなどは体に染みついているのだ。

 それらを呪文スペルが自分の思い通りに使用できる、という感覚は次第にヨシコの自信を取り戻させてくれた。


 そしてそのまま様々な呪文スペルを試し、そして限界が近づいて来た。

 ヨシコの体にある何かが減っていくのが感覚で分かるのだ。

 ゲーム時代の数値がおそらく反映されているのだろう。

 そしてMPマジックポイントがそうなのであれば、体力をつかさどるHPヒットポイントも同じような感じに違いない。何らかの事情でHPヒットポイントが減った場合も感覚でわかるのだろう。

 HPヒットポイントMPマジックポイントよりも重要な数値だ。なぜならMPマジックポイントが無くなっても死にはしないがHPヒットポイントが無くなればおそらくは死んでしまうと思われるからだ。

 もっともソルトアースオンラインではHPヒットポイントが0となっても死ぬわけではなく戦闘不能という扱いだったが、さすがにこの世界ではそれは無いと思われた。

 問題はそのヨシコ達のHPヒットポイントがこの世界にいる生物と比較して多いか少ないか?という事だ。

 単純にいえばヨシコ達は死ににくいかどうか?という事である。

 この世界の標準的な生物がヨシコ達と比べ多くのHPヒットポイントを持っているとしたら、それだけで敵対するのは厳しくなる。

 逆にヨシコ達のHPヒットポイントの方がはるかに多ければその分だけ何かが起こった時に死ににくいという事だろう。


 ヨシコもヤスコも状態異常回復魔法や回復魔法ヒーリングマジック、そして蘇生魔法まで使用する事が出来るがそれが本当にソルトアースオンラインと同じ効果があるのかすら定かではない。

 そして人間……いや生物というものは想像以上のしぶとさを見せる事もあれば、あっさり死んでしまう事もあるのだ。


(この何かが減っていく感覚がMPマジックポイントなのかしら?呪文スペルはどうやら再詠唱時間リキャストタイムも含めてソルトアースオンラインの感覚で問題なさそうね……)


 そのうちヤスコにも手伝ってもらっていろいろ検証をする必要があるのかもしれない。

 一通り思考を終えるとヨシコはそのままヤスコのいるクランハウスへ戻っていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ