30 デスネル村での二人
「そうなんですか、そんな事が……」
カテリーナはミラから話を聞くと深く溜息を吐く。
ミラの家族は傍目から見ていても仲の良い家族だった。
カテリーナとの関係も良好で、会えば何時も会話が弾んだ。
母親の方は何時も食事をふるまってくれた。
ミラの家は飢えているほどでは無いとは、乏しい食料であるのには変わりない。
その乏しい食料で、極力もてなそうとするその料理は味よりも愛情を感じられる程だったのに……。
その両親が亡くなった――他人の暴力により殺されてしまったという。
その王国兵にやられたのはミラの両親だけでない。
多くの村人が、無残に殺されていき、ミラ自身も、一歩間違えれば死んでいたという。
そして、会話に出てこなかったものの、カテリーナは王国兵よって若い女性がある意味、死ぬ事よりも悲惨な眼にあう可能性がある事も十分に理解しているのだ。
そんな眼に会いながらも、眼の前の少女は気丈に生きている。
同じく生き残った妹の為に、あえて気丈にふるまって来たのだろう。
最終的に王国兵は二人の冒険者によって全員殺されたらしく、その死体もある意味むごたらしいものだったらしいが、村の者もミラもそして話を聞いただけのカテリーナも憐れみを感じなかった。
そして、その後にノコノコとやって来た共和国の兵士に対し八つ当たりのような怒りさえ覚え始める
話しているうちにその時の事の記憶と共に悲しみをも思い出したであろうミラの眼に薄っすらと涙が浮かぶのをカテリーナは見逃さなかった。
「ミラ……。嫌な事を思い出させてごめんなさい」
その言葉を聞き、ミラは慌てて首を振る。
「ううん!大丈夫よ。いつまでも気落ちしてはいられないものね。私も――そして妹もこうして生きているもの。今はそれだけでも十分だわ」
聞きようによっては力強い台詞だ。
しかし付き合いの長いカテリーナには、それは自分に心配掛けまいと会えて気丈にふるまっているだけ、という事を見抜いていた。
一瞬その場に自分がいたら、と妄想に近い考えを浮かべる。
錬金術師には数は少ないが攻撃に使える呪文もあるし、傷を受けたミラの両親も死なせる事は無かったかも知れない。
(でも……)
一旦その妄想を捨て去ると、次は現実が見えてくる。
自分も殺されるか、若しくはミラと一緒に凌辱されるような現実を、だ。
国境を越えて来るような王国兵は残虐で、残酷で、暴虐だ。
そもそもで言えば、これは正規戦では無く、村を荒し、村人を殺す事により共和国の疲弊を狙っていると聞く。
そんな作戦に従事するような王国兵は理性も自制心も無く、ひたすら自らの欲望と感情と本能にのみ忠実なのだ。
そんな獣のような王国兵に対し、私ごときが一人居ただけでなにが出来ようか?
それでも、カテリーナは今出来る事を口にする。
「何かあったらぜひ私に相談してね?出来うる限り力になるから」
何という空虚な言葉だろう。
何かあったら?もうすでに起ってしまったしまった後だ。
私に相談?不意にやってきては数日で帰ってしまうのに?
力になる?お前に何ができるというのだ。
そんな言葉を掛けられても、ミラの返答はいつも決まっている。
「ありがとう。いつもカテリーナは優しいね」
(いっその事、一緒に住まない?)
そんな思いも頭をよぎる。
今のカテリーナには両親はいない、祖母と二人暮らしだ。
そして二人で暮らすには十分過ぎる程収入がある。
と言っても四人で暮らせば今よりも貧しくなるだろうが、生活は成り立つレベルだろう。
そもそもでいえば昔は両親と祖母と四人ぐらしの家だったのだ。
錬金術師には細かな雑用も多いし、それをミラに手伝って貰えば効率的に作業が勧められるし、ミラの妹は家事でも手伝って貰えば助かるだろう。
しかし、その喉から出掛かった台詞を強引に飲み込むと、当たり障りのない言葉へと変化させた。
「……一人で抱えてはダメよ?一人で抱えすぎると心が押しつぶされてしまうわ。ミラにはまだ妹がいるのだから」
その言葉を発した後、カテリーナは自身の言葉を心の中で嘲笑った。
言えなかった理由は分かっている。
断られるのが怖かったのだ。
今の関係を壊すのが怖かったのだ。
それでも言えれば――何かが変わるかも知れない。
城塞都市に住めば、村より安心だよ。
生活も今よりは楽になるから、今は父さんやお母さんの分も働いているんでしょ?
一方的に面倒を見る関係じゃないよ、仕事はしてもらうし、妹さんも家事をちゃんと手伝ってもらう。
だから、気兼ねする必要はないんだよ。
受け入れてくれる可能性もそれなりに高いだろうと思う。
……それでも言えずにいると、先にミラが口を開いた。
「うん……。もう友人と呼べるほど親しいのはカテリーナ一人になってしまったものね。その時はぜひ相談するわ」
そう言って涙を拭きつつ笑顔をみせるミラだったが、それもまた強がりだとカテリーナは感じ取ってた。
それにカテリーナはミラにとって、まだ『友人』止まりでしかないのだ。
そして話題を変えるべく話をふる。
「でもミラの話を聞いただけでも凄いね、その助けてくれた方は――」
「うん、凄かった。こう魔法がドカーンって感じで私や妹を襲っていた王国の兵士をやっつけてくれたの。それに見た事もない魔物を使役して沢山の王国兵を倒してくれたわ」
そう話すミラの貌には憧れとも羨望とも取れる表情が浮かんでいた。
それを視たカテリーナの心に若干の嫉妬が芽生える。
本来であれば感謝こそすれ、嫉妬など論外だろう。
その人物が助けに入らなければ、ミラがどのような眼にあっていたかは先程の想像通りだろうから。
カテリーナはミラに気づかれないようにその嫉妬心を押さえつける。
「ドカーン?それじゃどんな魔法かわからないわよ。大炎とかなのかな?」
「うーん、火は見えたような気はしたけど……。そうなのかな?トニカク凄い魔法よ!」
呪文発動時の台詞を覚えていればスグに分かるんだけど……。
などど思いつつ、カテリーナは大炎か炎嵐辺りを使ったのだと判断する。
魔法は使えない者には大したことのない魔法でも過剰に凄くみられるのは経験上知っている為だ。
「使役していた魔物ってどんな感じだったの?」
「すごいこわい感じで……。一言でいえば首のない騎士かな……。大きさはこーんな感じ」
身振り手振りを絡めて必死に説明しようとするミラだったか、案の定というかカテリーナにはさっぱり伝わらなかった。
「何それ?そんな魔物がいるなんて聞いたことないわよ」
「でも本当なんだから!村の人達も何人もみてるんだから!」
「ふーん」
カテリーナはあいまいに頷く。
その貌に何かを感じ取ったミラは語調を強めた。
「あー、信じてないでしょ?それに私の傷も直してくれたんだよ。背中をこう『バサッ』って切られて、すごい痛くて、そのまま死んじゃうかも思うぐらいだったんだけど、傷も無く治ってるの」
(攻撃魔法に召喚魔法、おまけに回復魔法の使い手ねぇ。何それ、盛りすぎでしょう)
もし本当にそんな人物がいるとすれば英雄か勇者だ。
ミラから聞かなければ、どこのおとぎ話や娯楽小説の類いかと笑い飛ばしそうな話。
でも実際にその場にいた本人が言うのだから、多少話を持ってはいても、大筋ではその通りなのだろう。
「名前は聞いたの?そこまで凄い人だと私も名前ぐらいは聞いた事がある人かも」
そこまで圧倒的な力の持ち主なら、噂レベルで聞いていてもおかしくは無い。
純粋な興味本位で聞いたカテリーナだったがミラの口から出てきたのは思いもよらない人物の名前だった。
「えーと、名前は確か……ヨシコさんとかおしゃって……」
「えっ!?」
その名前が出てきた瞬間、カテリーナは大きく表情を動かす。
(ヨシコってまさか今回、私の依頼を受けた一人の?彼女がデスネル村とミラを助けてくれたっていうの?)
心の中でカテリーナはそう叫ぶと、再度聞き返した。
「ヨシコ、そうその人――その『女性』は名のったの?」
念の為の聞き返しだったが、返って来た返答もまた同じだった・
「うん、そうだけど……。カテリーナどうしたの?」
カテリーナの表情が大きく動いたため、ミラはそう口にする。
ヨシコなんて名前、この辺りでは全く聞かない名前だ。
なので恐らく同じ名前の別人、という可能性は著しく低いとカテリーナは思ったが、それでも聞かざるを得なかった。
「……まさかとは思うけど、その人たちは二人組でヤスコという人物も一緒にいなかった?」
これ以上確認しても仕方がない、カテリーナはそう思いながらも聞いた事だったが。
「あれ?何で知ってるの?……うん、そう呼ばれてる人が傍にいたけど。その人は少し怖い感じで」
「……」
「どうしてそんなことまで知っているの?私、話したっけ?」
不思議そうな貌をするミラを後目に、カテリーナは考えに没頭し始めた。
……そして、間違いない、そうカテリーナは判断する。
それが何を意味するか?
この村を救った呪文詠唱者がヨシコであり、彼女は熟練の冒険者でも難しい、豚人を一撃で両断するような剣技の持ち主、ということだ。
しかも怪しげな魔物まで召喚して従えていたという。
これら複数の技術を高いレベルでマスターしている存在など、一つの国家に数人いるかどうか、というのはカテリーナでも分かる。
時間は有限であり、技術は高度になればなるほど、身に付けるのに時間がかかるのは錬金術師という畑違いの職に付いているカテリーナにも十分に理解できる事だった。
話半分で聞いても、大変に驚く人物だ。
まるで物語にいる英雄ではないか。
でもだからこそ、疑問に思う事も多い。
なぜそのような人物が城塞都市などという地方都市にいたのか?
なぜカテリーナの護衛などといった、その能力と比べ物にならない小さな依頼を受けたのか?
それに、道中の会話などから察するに、この辺りの地理や一般常識と言ったものに疎いように感じられるのも不思議だ。
(だけど……)
そこまで考えて、思い当たったのは、やはりヨシコ達はどこか遠く、異国からの来訪者ではないか?
という事だ。
何らかの事情で住み慣れた地を離れ、たまたまこの村で事件に遭遇した、だけなのだろうか。
そして、ここからは打算が始まる。
そのような人物と知己を得た自分は極めて幸運ではないか?
ということ。
ヨシコのような人物で有れば自分の職業、錬金術師にとっても極めて有用な知識を持っている可能性も高いのではないか、とも思える。
カテリーナはその考えに思い至ると自然、自身の鼻息が荒くなるのを感じた。
そして、そんな事をカテリーナが考えているのを知ってか知らずか、ミラが不思議そうな貌でじっとみつめる。
そしてはっとする。
大切な友人である、ミラを救ってくれた人物に対し、そのような打算を抱いている事に。
今、ミラの不幸を聞いたばかりの自分が、そんな考えを抱いている事をしったら、ミラはどう思うだろうか?
そう思って、慌てて頭を振り、その考えを頭から放出する。
「どうしたの?急に押し黙って」
「な、何でも無いわ。ちょっと考え事が有っただけよ」
何を考えていたのだろう?
今はミラの――親友のフォローが先のはず。
ヨシコの素性なんて二の次で良いはずだ。
あまつさえ、その知識を掠め取れないか、などと考える自分自身に対し辟易する。
「……本当に大丈夫?」
「えぇ。本当に何でもないから」
カテリーナは無理やりにでも笑おうとしたが、それは引きつったような笑いにしかならなかった。
そしてその貌をみたミラは増々不審な貌になっていくのだった。
「……ごめんなさい。本来であれば私が貴女の力になってあげなければならないのに。頭に浮かぶのは自分の事だけなの。友人失格よね、私」
「……誰にでも、悩み事や考え事はあるよ。それが友人の大変な時でもね。悩み事は時や場所を考慮したりはしてくれないもの。でもね?もしそれがカテリーナの抱えきれない事なら、私に相談してほしいな」
そう言ってミラは少しだけ不機嫌そうな貌をする。
「い、いや。そこまで大変な事を抱え込んでいるわけじゃないの」
「そうなの?それなら良いけど。私が大変な目にあったからって、変に遠慮したりはしないでね?どんな時でもお互いに相談出来るのが良い友人関係だと思うの。カテリーナもそう思うでしょう?」
そしてニコリとカテリーナに微笑むミラの笑顔は、村の襲撃や両親の死などを微塵にも感じさせない、以前の笑顔のままに思えた。
「そうだよね。私もそう思う。それが対等な友人関係だよ」
そう、今は『友人』。
カテリーナはそう言って、こんどはちゃんとした笑顔をミラへとみせた。
それを見たミラは同じく笑顔で頷くのであった。