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クランマスターの異世界冒険生活  作者: 黄龍
1章 Visitor to abyss
19/31

18 デスネル村にて――撤収――

 カレリアーニョの顔が悲痛にゆがむ。

 もはやとても勝ち目は無く、そして今更逃げられるとも思えなかった。

 そして立っている気力すらもう限界だった。

 カレリアーニョはうめき声をあげ、膝から崩れ落ちる。

 それでも心は生き延びたい思いでいっぱいだ。先ほどは失礼な口を聞いてしまったが、謝れば許してくれるのではないか?土下座でもなんでもすればひょっとして今からでも遅くはないのもしれない、そんな思いが心をよぎる。

 そして顔を上げヨシコの顔に視線をやると、その顔は微笑んでいるようにも見える。顔からは凶悪そうには見えない。多くの失礼な態度を取り、また攻撃してしまったことは事実ではあったが、結果としてはなんらダメージを受けているようには見えない。で、あるならばこのまま見逃してくれる可能性もあるかもしれない。


「あ、貴女のような神のごとき力を持った方に数々の失礼な態度を取ってしまい申し訳ありません!ど、どうか、どうか私達……い、いや私だけでもせめて命だけはお助けください!命を助けていただけるなら何でも致します!」


 地面に頭をこすりつけながらカレリアーニョは叫んだ。その姿勢のままチラリと視線を横に移すと、離れた所にいる隊員達の驚いた顔が見えたが今のカレリアーニョにとっては隊員達なぞ赤の他人も同然だった。もし何らかの邪魔をするようであれば冗談でなく自ら手を下すだろう。

 そのまま、何も起きないことを確認しカレリアーニョは言葉を続ける。


「い、命を助けていただけるならば私のすべての財産を……い、いえそれだけではありません!未来永劫、私を自由に扱っていただいて構いません!貴女様には遠く及びませんが私も少しは心得がある者。貴女様にとっても不利益になりません!命だけはお許しを!」


 心臓が口から飛び出しそうだった。これまでにないぐらい鼓動が速くなっている。そして同じように荒々しい呼吸を繰り返しながら頭を垂れた状態で慈悲を願った。その荒い息継ぎをする度、大地に近い口の中へ砂や虫が飛び込んでくるが、もはやそのような事を気にしている状況ではなかった。

 しばらく誰も意味ある言葉を発しないまま静寂があたりを包む。聞こえてくるのはうめくような隊員達の声と荒々しい息遣い、そしてカレリアーニョ自身の心音だけだ。

 その静寂に耐え切れず再びカレリアーニョは口を開いた。


「お、お許しいただけないでしょうか?」


 そのカレリアーニョ必死の懇願に対して、とても美しく聞こえる声で返答が返った。


「ごめんなさい。貴方達を処分して早く帰るってもうきめちゃったの」


 その返答にもしかしてと期待を寄せてたカレリアーニョの顔がひどくゆがむ。


「そ、そんな!」


「悪いけど今日はいろいろあってとても疲れているのよ。いろいろ考えるのも、予定を変えるのもメンドウだし最初の予定通りにさせてもらうわね」


 心底どうでもよい、という感じでヨシコは首を振る。


「正直私達にとって貴方達もモンスターとそう変わりないわ……無害なら放っておく選択肢もあったけど、それを最初につぶしたのは貴方達だしね……。貴方達を生かしておいても、処分してもそう大きく未来は変わらないと思うわ」


 カレリアーニョにとっては絶望的な内容だ。その口調からは、どうあっても生かして返す気はないという意思が強く感じられた。

 なぜこんな事になってしまったのだろう、いつ道を誤ったのだろうか、そんな思いがさっきから頭に浮かんでは消えていく。

 そして悟った。おそらく出会った時点でもうカレリアーニョ達の運命は決定づけられていたのではないか、ということを。


「じゃもう本当にダルいから早く済ませるわね。さようなら」


 それがカレリアーニョ達が聞いた最後の言葉になった。






§ § §






 もう辺りはすっかり闇に閉ざされていた。空に浮かぶのは太陽の変わりに星々と月、この世界の夜空は現実リアルと違って綺麗だ、そんな思いを抱きながらヨシコは月明りの中、極楽鳥マウントに騎乗し、ヤスコのまつデスネル村の中心地へと帰路についていた。

 ヨシコはその月夜にぼんやりと浮かぶ風景を眺めながら、今日は想定外の出来事が多かったわ。いや、この世界にいる事がそもそもの想定外ね、等々、様々な事を思い直して苦笑する。


(置いてきたヤスコはどうしてるかしら?連れて行かなかった事を非難されるのかな?やっぱり連れて行った方が良かったかしら……)


 などと考えながら帰路につくヨシコの目に村の中央にある広間が映る。

 そしてずっとそこにいたのか、それとも何らかの気配を感じて出て来たのか、ヤスコが眼下で手を振っているのが見えた。

 その姿を確認するとヨシコはゆっくりと極楽鳥マウントを降下させる。

 そして着地するや否やまだ地面に降りてもいないのにヤスコがヨシコに飛びついてきた。


「きゃ、ちょ、ヤスコ。危ないじゃない!」


 ドスンと肉体がぶつかる音がし、ヨシコの体が揺さぶられる。


「お姉様お帰りなさい!」


 しかし、そんなヨシコの抗議などはヤスコにとっては気にもならなかったようだ。


「どうして私も連れてってくれなかったんですか?ひどいじゃないですか。お姉様と一時でも別れる事になって寂しかったんですよ?」


 ヤスコは挨拶もソコソコに、口を尖らせながら文句を言い始めた。


「……まったく、ヤスコったら……。ます先に降りさせて頂戴」


「はーい」


 可愛い返事と共に、ヤスコは抱き着いた体を離し、ふわりと大地に足を付ける。それを見届けてからヨシコも地上に降りた。


「思ったより皆雑魚だったわよ、ヤスコがいても見るべきものは何もなかったと思うけど……。それよりヤスコには大事な事を任せてあったでしょ?で、彼女らは大丈夫なの?」


 ヨシコが問い返すとヤスコはコクンと頷いた。


「えぇ、幸いにも死者はいませんでした。重傷者が殆どでしたけどね。ですけどそれは村人達が手当しています。その……回復魔法ヒーリングマジックは使わないで良かったんですよね?」


 ヤスコにはあくまで手当は村人達に任すように言ってあった。特に回復魔法ヒーリングマジックは無暗に使わない様に厳命していたのだ。


「そこまではしなくていいでしょう。別に彼女らに借りがあるわけじゃないしね、というより彼女らが私達に借りがある状態でしょ?治療を拒否したところで文句を言われる筋合いもないわ」


 そういうと問題無いという体で手をピラピラと振る。


「わかりました。で、あれば何も問題ありません。あとこれを……」


 そう言いながらヤスコは何かを取り出して手渡そうとする。それはアーデルハイドに渡した首飾りだった。


「あのアーデルハイドとかいう兵士から返してもらいました、また必要な時が来るかもしれません」


 そう言うとヤスコは恭しくヨシコに首飾りを差し出してくる。

 この首飾りは『コンパスペンダント』と呼ばれるソルトアースオンラインでのアイテムだ。

 この『コンパスペンダント』の機能を利用する事によってアーデルハイド達を村へ転移させることが出来たのだ。


「あら、無事返してもらえたのね。ありがとう」


 ぶっちゃけこれ自体は大したアイテムではない。機能が限定されているし、ソルトアースオンラインでは店で安価に購入することが出来るのだ。

 だからアーデルハイドにも気軽に渡すことが出来た。

 しかしもう手に入る見込みがないアイテムだ、安易に失うべきではないだろうとヨシコは考え直す。


「私の方からは他には特にありません。今度はお姉様の方を聞かせてください。どんな事が起こったんですか?」


 ヨシコは「うーん」と言いながら口ごもる。その表情は話が長くなるわね、メンドウねといった感じだろうか。


「そ、それはまたそのうちね?ここで長々と聞かせる話じゃないと思うわ」


「えぇ~、そんな~。早くお姉様の武勇伝を聞きたいのに~」


 ヤスコは明らかな不満を口に出しながら、ぷくぅと顔を膨らました。

 その愛らしい顔で精いっぱいの抗議をするヤスコにヨシコは思わず苦笑する。


「クランハウスに戻ったら詳しく話すわね?ヤスコも周りに人がいない時……二人っきりでゆっくり聞きたいでしょ?」


「えっ?」


 その言葉を聞いてヤスコがあたりを見回すと、騒ぎを聞きつけたのか周りの建物からチラホラと人が出てくるのが見えたのだろう。ヤスコも不承不承という感じでうなずく。

 ヤスコが納得したのをみてヨシコもホッとした様子を見せた。

 姿を見せた村人は口々にお礼や感謝の言葉を掛ける。

 そして、その出て来た人影の中にアーデルハイドの姿もあった。

 その姿はまさに満身創痍だ。一人で歩くこともままならないのか女性の村人が一名、肩を貸すように介助している。

 介助が部下でないのは恐らく、部下も全員歩くのもままならないのだろう。

 髪は乱れ、整っていた顔はあざ黒く変色し傷跡が残らないか心配になるレベルだ。

 鎧などは外しているため薄着越しに体の様子も確認できるがあちこちに包帯が撒いてある。

 しかしそのボロボロの体とは裏腹に顔には強い意志を感じさせた。


「……アーデルハイド隊長殿、大丈夫ですか?ご無理はなさらずに横になっておられた方がよろしいのではないですか?」


「心配は無用だ。いや、もちろん五体満足にはほど遠いが恩人に礼を言うために立ち上がることぐらいは出来るさ」


 そう言ってアーデルハイドは介助の者を少し遠ざけて自力で立つと姿勢を正した。やはりかなり痛むらしく顔が一瞬苦痛にゆがむ。


「貴女のおかげで我々は今、命を落とすことなくここにいる。第一ミスリルマスケティアーズを代表して私が礼を言わせていただこう、感謝する」


 そう言いながらアーデルハイドはヨシコに対して頭を下げた。


「だから私は言いましたよね!お姉様に任せておけば何の問題もありませんって!」


 そしてその様子を隣で目をキラキラさせながら眺めていたヤスコが口を開く。


「お姉様は何と言っても無敵ですからね!敵がたとえ何百、いや何千、もっと何万いようが関係ありません!全ての敵はお姉様のよって殺されるか、少しでも理性のある者は足元に跪くでしょう」


 そこでヤスコは一旦言葉を切り、そしてやや不満げな顔をして言葉を続ける。


「はぁ……お姉様の勇姿、私も見たかったなぁ~。もぅ、次は絶対私も連れてってくださいね!約束ですよ!」


 そのキラキラと目を輝かせながら熱く語るヤスコはとても可憐に見える。しかしながら話している内容はその可憐な顔とは対照的にとても血生臭いものだった。

 そしてそれを聞いたアーデルハイドは案の定、顔をこわばらせた。


(ちょ、ヤスコは突然何を言い出すの?ほら、なんか怖い目になってきたじゃない……)


「……それは頼もしいですね。宜しければ我々と一緒に首都までご一緒していただけませんか?ぜひ歓迎させてください」


 アーデルハイド口調はあくまで礼節を伴ったものだったが、その表情とは裏腹に目は決して笑ってはいなかった。


「いえ、せっかくのお申し出ですがご辞退します。現在の気ままな旅を続けたいのです、ご理解ください」


「……そうですか、いえ、こちらこそお引止めするような事を言ってすみません。旅の途中でしたね。それでももし首都に足が向いたのであればぜひ会いたいものですね。歓迎いたします」


「そうですね、もし機会があれば……」


「ところで……私達をこんな目に合わしたヤツラはどうなりました?」


「えーっと……。まぁ排除しましたよ。もしかしたら逃げた者もいるかもしれませんけどね」


 これはもちろん嘘だ。逃げた者などは皆無だった。一度倒すと決めた格下の敵をわざわざ逃がすほどヨシコは甘くなかった。


「そうですか、さすがはヨシコ殿ですね。お見それしました」


「いえいえ、たぶん相手は貴女方との戦闘で疲弊していたのでしょう。隙をついてなんとか、というところです」


 ヨシコは頷きながら会話を打ち切る機会を探していた。

 予定外、予想外の事が多く、肉体的には兎も角として精神的な疲労を多く感じていた為だ。


「ご謙遜を……」


 その言葉に途中で被せるようにヨシコが最後の別れの挨拶をする。


「では名残惜しいですが私達はこれで……」


 そう言って返事も聞かずに村の外へ歩き出すヨシコにヤスコとデュラハンが続く。

 そして距離が十分に離れた事を確認するとヨシコはヤスコに対して言葉を掛けた。


「さて、ずいぶんと遅くなっちゃったけど……私達のクランハウスに帰りましょうか」


 そしてそれに対し「はーい」と返事をしながらヤスコは満面の笑みを浮かべ返事をするのだった。

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