17 デスネル村にて――勝利――
目がくらむほどの眩い光、その溢れんばかりの光は闇に閉ざされつつあった周囲をまるで昼間のように照らした。
そしてカレリアーニョが勝ち誇ったような声を上げる。
「ひれ伏せ。崇高なる存在に相応しい、上位……いや、神に近しいマラーイカの姿に!」
光の中心から現れたのは一体のマラーイカだ。その手には淡く輝く、見る者が見れば美しいだけでなく聖なる物を感じさせる聖杖を握り締めている。そして右腕には見る者の目を吸い付かせるような複雑な紋様を刻んだ腕輪。
その神々しい姿に、絶望の淵にいた隊員達から沸きあがるような希望の声が漏れる。
普段マラーイカを使役しているだけに気配からただのマラーイカではない事が分かるのだろう。
「すばらしい!」
「これほどの存在を目にする事が出来るなんて……」
「まさに……まるで神の使途……」
しかし隊員達がそのような驚きを見せる一方、ヨシコの反応は今まで以上の物だった。
もちろん、ヨシコも驚いていたのだが、隊員達とはまた別のレベルの驚きだったのだ。
「……えっ!?これが切り札なの?うそでしょ?」
しかしそのヨシコの驚きはカレリアーニョには目の前の崇高なるマラーイカの存在に狼狽しているように見えていた。
ゆえにそれにふさわしい言葉を発する。
「フハハハハ、どうだこの偉大なマラーイカの姿は!お前の存在など赤子の手をひねるような物よ。しかし私にこの切り札を使わせたお前は誇ってもいいのだぞ?」
「……やっぱりこれが貴方の切り札でいいの?これだけ?」
ヨシコは驚きを見せながらもカレリアーニョを、いやカレリアーニョが所持している収納袋をじっと見つめていた。
そしてその様子を勘違いしたのか、カレリアーニョの口はとまらない。
「命乞いでもするか?フフフフ、もしかしたら気まぐれでお前の命を助けてやるかもしれないぞ。優れた呪文詠唱者は貴重だからな」
だが、とカレリアーニョは口を濁す。
「お前はやりすぎたのだ。ここまでされた以上、お前を許すわけにもいかないな。アーデルハイドの件もあるし、お前にコケにされた隊員達もそれを望まないだろう、それに……」
圧倒的優位になった気持ちからか、カレリアーニョの口は止まらない。が、それを打ち切ったのはヨシコの声だった。
「はぁ……。はいはい、もういいわ」
ヨシコは大きくため息を付き、心底どうでもよいという態度を取る
「なん…だと…?」
神々しいばかりのマラーイカを目にし、カレリアーニョからは先程までは怯えていたような様子にみえたヨシコから発せられた意外な言葉。
どういうことだろうか?今ではすっかり気を取り直し余裕な態度を見せつつある。
「これってOMマラーイカでしょ?こんな敵が切り札なんて思わなかったわね。わざわざ警戒して損したって感じ。それにしても本当にこの程度で切り札なの?それとも本当はあと何か隠してるのかしら?」
若干呆れた様子を取るヨシコの態度に、再びカレリアーニョの感情が爆発する。
「何を言って!自分が置かれている状況を……お前は目の前にいるのがどんなに偉大な存在か分かっているのか!?お前の存在などその一振りで吹き飛ぶのだぞ!」
ヨシコのもはや興味がないと言いたげなその態度。それを受けたカレリアーニョには先程の優越感は消失していた。代わりに心から湧き出てくるのはとらえどころのない不安。
なぜ目の前の女はこのような余裕の態度なのだろか?自分が置かれた状況が分かっていないではないだろうか?それとも分かっていながらその態度なのだろうか?
と、すると……。
「そ、そんなはずはない!あの崇高な……神に近しい存在に勝てる人間など存在しようはずがない!分かった!お前も実は心の奥底では怯えているのだろう?必死に隠しているその心の内、隠さずとも俺にはよくわかるぞ!」
頭に浮かんだその疑問を必死で振り払いながらカレリアーニョは叫んだ。これは個人に使うべきものではない本当の意味での切り札。それが通用しないなどと考える必要などない。
そしてそれ以上良くない考えが頭を占める前にカレリアーニョは行動に移す。
「いけ!聖なる存在よ。目の前の敵を打ち滅ぼせ!」
この崇高なるマラーイカには人がどれだけ修行を積んでも届かないといわれる魔法を使うと言われている。
と、言ってももちろんカレリアーニョはみたことがない、しかしその言い伝えが本当で有るならばまさに神に近しい存在と言っていいのだろう。
そして今この状況で、カレリアーニョが望んでいる事こそ、その神のごとき魔法だった。
「OMマラーイカってレベル帯に結構ばらつきがあったわよね?このOMマラーイカはレベルどのくらいなのかしら?まぁ被弾してみればわかるのかな?どうせカスダメだろうし……」
カレリアーニョにとってわけの分からない事をブツブツとつぶやきながらも、その女は全くの無防備だった。
それは言い換えれば無防備でも問題が無いという態度にもとれる。
その態度にカレリアーニョはもしかしたらという焦りと、そして先程まで抱いていた恐怖心が心の奥底から再び沸々と湧き上がってくるのだった。
余計な事は考えるな!そんな馬鹿な事があるはずが無い!
しかし一度抱き始めた疑念や恐怖が消える事は……なかった。
これを消し去るにはもはや目の前の敵を撃ち破った時しかないであろう。
そしてソレは今、この時をおいてなかった。
〈神聖記章〉
OMマラーイカの体が光輝くと不思議な紋様な体に浮かんだ。
「〈神聖記章〉ね。効果は神聖魔法の命中率とダメージボーナスか……あくまでソルトアースオンラインと同じ効果ならだけど……と、すると次に使うのは……」
そしてヨシコが言い終わらないうちにOMマラーイカの呪文が炸裂する
〈聖言葉〉
その呪文が発動した瞬間、大地からとも空からともしれない計り知れないほど眩い光の柱がヨシコの体を包み込んだ。
まじかでそれを見ていたカレリアーニョも余りの眩しさに顔をそらす。まるで沢山の鏡で昼間の太陽の輝きを一箇所に集めた、そんな様子がカレリアーニョの頭に浮かんだ。
いや、これが伝説にうたわれる神々が降臨する時に生じる光の柱に違いない。
そしてその時に発生する光の洪水は悪しきものを残らず消滅させるのだ。
その輝きはわずかでも心に悪しき思いのある者はのこらず滅ぼされてしまうだろう。
しかし、伝説ではその光に耐えられる極少数の者から再び世界は再生されるのだ。
それでも――。
実際にその光の柱が立っていたのは極僅かな時間だけだったのだろう。
だが体感では永遠に輝き続けるかと思われたその光の柱は急速にその輝きを失っていき、そしてあたりには再び薄暗さが戻る。
そしてその光の柱が消え去った後も、消滅することなく立っているヨシコの姿がカレリアーニョの目に映った。
そしてその口がゆっくりと動く。
「OMマラーイカ。レベルは16~56。同一種類でもレベル帯の幅が広いので初心者なら注意する相手だわ。通常のマラーイカとの姿の差は若干大きい事とその右腕にはめている腕輪ね。腕輪をはめていないのが通常のマラーイカではめているのがOMマラーイカになるわ。そして基礎ダメージ値は24ね」
そこで一旦言葉を切ると、ヨシコは手を顎に当てながら再び言葉を紡ぐ。
「〈神聖記章〉は神聖魔法の命中率とダメージボーナスがあるけどそのうちダメージボーナスの計算式は基礎魔法ダメージ値×((100+神聖魔法スキル)/100))で求められるわ。そして〈聖言葉〉の基礎魔法ダメージ値は125ね」
あぜんとしているカレリアーニョ達を後目にその言葉は止まらない。
「そしてそのOMマラーイカのレベルは正確には分からないけど、上限のレベル56だったとすると神聖魔法スキルは186になるわ。つまり357ダメージになるはずなんだけど……。残念だけどそのレベル帯の魔法命中率じゃ私の魔法回避率から大きく乖離してるのよ。1/8レジストの壁を越えられないわね。つまりダメージは1/8……44ダメージ程度になってしまうわね。前にも言ったけど私は60未満のダメージは0にできるのよ、貴方にとっては残念にな事にね」
得意げにウンウンと一人頷きながらも饒舌に話すヨシコ。そしてそれと引き換えに何を言っているのか分からない、ありえないという顔をするカレリアーニョ達の姿は対照的だ。
「本当にアレで終わり?その……貴方が持っているその袋にまだ切り札はないの?」
どのくらい呆然としていたのだろうか?しかしいち早く我に返ったのはやはり隊長たるカレリアーニョだった。
「そ、そんな馬鹿なばかなバカナ!聖なる存在の聖なる一撃を受けて平然としている人間がいるはずがない!……そうか!お、お前は人間ではないな?――シャイターン!いや、ただのシャイターンではない!伝説にある暗黒の女王の配下だろう!」
暗黒の女王、全ての竜王の祖、神の末裔たる竜王の化身ともいわれ人の姿を取る時は美貌の妖婦の姿で現れ、誘惑するという伝説の存在。
そしてその配下もまた人の姿で地上に現れ、様々な陰謀を企てるという。
だが、神々と同等の存在と言われる暗黒の女王ならいざ知らず、その配下のシャイターンであればまだ打倒する可能性があるはずだと自分に強く言い聞かす。
平然として見えるのはあくまで見た目だけの事、内情は大きなダメージを受けているかもしれない。いや、そうに違いない。
で、あれば倒せるのは聖なる存在がいる今だけなのだ。
「もう一回。……いや、何度でも倒すまで攻撃を続けるのだ。聖なる存在よ!」
もしダメージを受けているのであれば休ませる必要などない。いや、休ませてはならない。
一撃で倒せなかったのは確かだが、次の攻撃で倒せるのではないか?
いや、二撃でも三撃でも食らわせてやる。
そう思わなければ、もはやカレリアーニョの精神は崩壊してしまっただろう。
しかし、その思いは次のヨシコの言葉で見事に打ち砕かれる事になった。
「検証はこれ以上はいいわね。次はこっちから攻撃させてもらうわ」
〈炎嵐〉
渦を巻いた小さな炎がOMマラーイカの体にぶつかる。と、その瞬間、体全体を包み込むような大きな渦がOMマラーイカの体を包む。
そしてその炎の渦に切り刻まれるようにOMマラーイカの体がバラバラになり光の粒子となっていく。
やがて炎の渦は空気に溶け込むように消失していったが、そこにはもちろんOMマラーイカの姿は影も形もなかった。
そして、光輝いていたOMマラーイカや炎といった光源が無くなったその場所は、一気に闇が深まったように思えた。
「ほ、本当にシャイターンなのか……」
かすれ声でカレリアーニョがポツリと漏らす。
「私は人間よ……さっきから気になっていたんだけどシャイターンもこの世界にいるの?本当にソルトアースオンラインと同じモンスターがいるのね。だとすると貴方達はNPC?とてもそんな風に思えないけれど……」
「嘘だ……。聖なる存在を一撃で倒す人間などいるはずが無いではないか……」
カレリアーニョはヨシコの言葉に力なく反論し、そのまま膝から崩れ落ちる。
「本当に人であるならば、お前は何者なんだ……」
「……まだちゃんと名乗ってなかったわね。私はヨシコ。クラン『Loshforne』のクランマスターよ。ソルトアースオンラインではそれなりに名前が知られてたようね」
ヨシコなどという呪文詠唱者をカレリアーニョは聞いたことが無かった。そして後半部分は相変わらず何を言っているのかは分からなかった。
だが相手はこちらの理解をはるかに超えた存在だということを今更ながら認識する。
本来であれば例え勝てずともギリギリまで諦めずに離脱して情報を本国へ持ち帰らなければならない。
しかしそのような気力はもはやカレリアーニョには無かった。
もう何も考えられない。
「じゃ、予想より時間かかっちゃったけどそろそろ全てを終わりにするわね。あんまり遅くなるとヤスコが心配してしまうから」
その言葉はカレリアーニョ達の運命を決定づけるのに十分だった。
今まで数多くの命を奪ってきたカレリアーニョ達だったがついに奪われる時が来たのだ。