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クランマスターの異世界冒険生活  作者: 黄龍
1章 Visitor to abyss
14/31

13 デスネル村にて――偵察――

「いるな……」


 物陰から当たりをうかがうアーデルハイドの目には確かに数人の人影をとらえていた。

 それもただの兵士で無いことがその人影から分かる。

 黒いフードを目深にかぶり、その素顔は伺い知れない。

 その手に持つのは杖を模した棍棒であり、その複雑な形状は歩くために使用される杖とは一線を画していた。

 魔法詠唱者スペルキャスターを主な使い手とする両手棍と言われる武器だ。

 そしてそれよりも目に引くのは、付き従う様に帯同している六枚の羽根を持ちおぼろな光を放つ者達……。

 その姿はヨシコには見覚えがあるものだった。


(あれって……マラーイカじゃない?この世界にもいるの?)


 それはソルトアースオンラインではマラーイカという種族のモンスターそっくりだった。プレイヤーの間では天使という言葉でも通じる事ができる。

 モンスターなどでも存在するが、あれは魔術師ウィザード妖術師ソーサラーなどが使用できる魔獣招来サモン・モンスターという魔法によって将来された者なのだろう。

 魔獣招来サモン・モンスターは招来術によって別次元世界にいる存在を招来する、というのがソルトアースオンラインの設定だ。

 そしてマラーイカはその種族上いやらしい特性を持っている者が多く、プレイヤーに好んで狩られるモンスターではなかった。


「先ほど村を襲っていた兵士とはまるで違う者達ですね。あれは何者なのでしょうか?」


 村を襲っていた兵士は鎧姿に身を固め、剣のみで戦っていた。おそらく魔法詠唱者スペルキャスターは居なかったのだろう。


「私にもわからん……が、王国の魔法詠唱者スペルキャスター達ではないのか?しかし……」


 魔法詠唱者スペルキャスターの戦力は貴重だ。少なくとも共和国ではそうだし、王国でも同じだろう。

 それがなぜこのような場所に固まっているのだ?というのは当然の疑問だった。


「なぜそのような者達がこのような村に?あっちを見てください、ここからではよく見えませんがあそこで光っているのもそうですよね?」


 ヨシコの言葉にアーデルハイドが目をやると、たしかにこの位置からではよく見えないながらもおぼろげな光源が見える。


「狙いは私……だろうな。ヨシコ殿が狙いじゃないとすればだが」


 その可能性は低いと思いつつもアーデルハイドは尋ねざるをえない。


「私ですか?それは無いでしょう。王国など行ったこともないですし」


 そんな事はあるはずが無い、と言わんばかりにヨシコは首を振る。


「で、あれば狙いは私で確定だな……。心当たりもあるしな」


 これでレギオンが動かなかった理由もわかった。アーデルハイドをおびき寄せる為だったのだ、と気が付いたのだ。

 軍務大臣が国を売ったとも思わないが、おそらくは国内にいる者が真の狙いは隠して軍務大臣を言い含めたのだろう。……もちろん媚薬も嗅がせた上でだが。


「それで敵の狙いが隊長殿だとしてこれからどうするのですが?」


「……どうとは?」


 そう口では答えながら馬鹿な返答をした、聞かずともわかるではないか、とアーデルハイドは後悔する。


「遠くから来た私達は深くは存じませんが、おそらく隊長殿はこの国にとって重要な人物なのでしょう?相手の狙いが隊長殿というのであれば速やかにここを離れた方が良いのでは無いですか?」


 ヨシコの言う事は正論だった。今この村にいるアーデルハイド率いる第一ミスリルマスケティアーズはここまでに何回かに分けて准銃士を村人の護衛に就けたため人数はさほど多くない。

 また隊員の疲労も色濃く残っている為、おそらくは本来の実力は出せないだろうというのは容易に予測できた。

 ベターな選択としては一旦ここは引き上げ情報を持ち帰り、他の隊と協力した上で再度敵を捕捉戦闘する、というものだろう。

 しかしそれでは村人はどうなってしまうのか?

 騎乗しているアーデルハイド達とは異なり、村人はほぼ全員が徒歩だ。

 もしかしたら馬車ぐらいあるかも知れないが、とても村人全員は乗り切れないし、そもそもとして馬車と騎乗する馬とでは速度差がある。

 結論としては村人を置いて帰還せざるを得ないだろう。

 そしてその場合、村人が無事に済むという想像は楽観的に過ぎだ。


 対して撤退せず戦闘を仕掛けるのはどうか?

 敵の人数はいまだ定かではないがひそかに国境を超えたのだ、それほど大部隊ではないだろう。

 こちらも幾分人数を減らしているとはいえ、敵の人数次第では互角以上に戦うことができるはずだ。

 隊員の疲労は溜まってはいるが疲弊しているわけでは無い。元々は戦闘も視野にいれて行動していたのだ。

 ……だが確実に隊員の何名かは命を落とすことになるだろう。

 そして敵の人数がこちらより少ないというのは希望的観測に過ぎないのだ。


 と、そこまで考えた所でアーデルハイドはふと隣を見る。この女性は何者だろうか?

 剣を帯てはいるが軽装であるし、あのような異形の騎士を僕にしている所をみると恐らくは魔法詠唱者スペルキャスター……それも高位の者なのだろう。

 そしてもう一人いた少女の装備も見事な物だった。

 彼女らがいればあるいは……、とアーデルハイドが思い始めたとき、同じようにこちらを振り向いたヨシコと目があう。


「……どうかされましたか?」


「……ヨシコ殿、話がある……」


「……お断りいたします」


 即答だ、まだ何も言っていないのにかかわらずバッサリと切られてしまった。


「……まだ何も言っていないが?」


「言われずとも想像は付きます。おそらくあの者達と戦えと言うのでしょう?」


「報酬は望むだけ……とは約束出来ないが、出来うる限りお支払いしよう、私も口添えさせてもらう」


 そう口では言いながらも、もっとも私が口添えしたところで報酬にどれだけ色が付くか分からないがな、と心の中で付け加える。


「……それでもお断りいたします」


「私はヨシコ殿の予想通りそれなりの立場の人間だ。今の返答が不利益を生む可能性もあるぞ?」


「今度は脅しですか?国家権力に対する横暴には全力で抵抗させてもらいますよ?それに私は旅の者、そうなった場合はもうこの国には近づかないだけです。そういった脅しはあまり有効に働きませんね」


「そうか……。いや失礼した、今のは失言だった。詫びさせてもらおう」


「いえ、こちらも隊長殿が本気で言っているるわけでは無い事は気が付いていましたので礼は不要です」


 そう微笑みながらもヨシコは目では笑っていない。もし本当に無理やり何かをさせようとした場合本気で抵抗しかねないだろう。

 この女は強者だ、とアーデルハイドには確証があった。その場合は敵と戦う前に隊が全滅しかねないとも感じる。


「……では別の事をお願いしたい」


「……なんでしょうか?」


「村人をお願い出来ないか?全員とはいわない、しかし一人でも多くの村人を救ってほしい」


「……分かりました。出来うる限り、という条件でよければ微力ながら任されましょう」


「ありがとう……これで懸念事項が一つ減った、感謝するヨシコ殿」


「では選別、というわけではないのですがこれをお渡ししておきましょうか」


 そう言われヨシコから手渡されたのは簡素な首飾りだ。中央には小さな入れ物のような物が付いており、内部で小さな針のような物がグルグルと回っていた。

 変わっているが特別な物のようにアーデルハイドは思えなかった。


「……これは?」


「これは……そうですね、とても貴重な物です。もし隊長殿が無事に戻られたら返していただきます」


「了解した……。再び出会えた暁には必ずや返すことを約束しよう」


「それでは私も無事を祈っております」


 死の淵に旅だとうとする兵士達をヨシコはボンヤリと眺めていた。今彼女らの心境はいかほどなのだろうか?その思いは計り知れないが、最後に託された村人への思いはきっと本物なのだろう。

 この世界にはまだ何も思い入れがないヨシコにとってアーデルハイドにしても村人にしてもどうでも良いことに過ぎなかったはずなのだが、わずかなかかわりを得たことによって何かがヨシコの心にほんのわずかでも影響を与えたようだった。


「お姉様?どうされたのですか?」


 どれほどその姿を眺めていたのだろうか?ヨシコはヤスコに声を掛けられるまで、彼女らが見えなくなってもずっとその方角を見つめていたようだった。


「いえ、人にあまり係わりすぎるのはよくないなって思ってね……他人に思い入れが出来るのはよくない傾向だわ」


(まだこの世界に来て日が浅いうちは特にね……)


と、ヨシコは自身に言い聞かせるように呟く。


「なるほど……お姉様はそう思われたから貴重なアイテムを渡されたのですね。私はお姉様以外の者は等しくどうなっても構いません」


 ヤスコにとってヨシコは世界そのものだ。何かの事情でヨシコがこの世から消えてしまったらヤスコは死を選ぶだろう。

 だがその盲目的な信愛はもしかしたらヨシコが作ってしまったのかも知れないと考えると、ヨシコは胸が痛んだ。

 ヤスコの容姿や性格はヨシコが手ずから設定したためだ。


「あれはそんなに大したアイテムじゃないわ。まぁもう手に入らないという意味で貴重かも知れないけど……」


 ヨシコは死を覚悟しながらも強い信念を持って行動する者が発するという魂の輝きをアーデルハイドから感じたのだった。

 だからもう手に入らないという可能性が高い事を知りながらソルトアースオンラインのアイテムを渡してしまったのだろう。


「お姉様、誰かが近づいて……村長達です」


 振り返ると村長が数人の村人と共にこちらへ向かってきていた。


「ヨシコ殿!な、なぜマスケティアーズの方々は何処かに行ってしまわれたのですか?我々は見捨てられたのでしょうか?」


 その表情は一言でいうと悲痛だ。自分たちが見捨てられたと感じているのだろう。


「いえ、違いますよ。マスケティアーズの方々は敵を撃ちに行ったのです。ここにいれば村が戦場になりますからね」


「おお!そうだったのですか……。では我々はここにとどまっても大丈夫なのでしょうか?」


 村長はその言葉を聞き顔を一瞬ほころばせたが、次の言葉を聞き再び顔を曇らせる。


「……おそらくは勝つ可能性はそれほど高くないと思われます。そして負けた場合、この村が見逃される確率は低いと思います……。それでもマスケティアーズの方々が出撃したのはあなた方の逃げる時間を稼ぐためですよ」


 ヨシコは時間稼ぎという事を強調して話す。そう、あくまで時間稼ぎに過ぎないのだ。

 もちろん彼女らには積極的に死ぬ理由も無い。死力を尽くして戦うだろう。だが戦力差によってはそんな物などほぼ無意味だ。

 クランマスターとしてクランを率いて様々なコンテンツを攻略してきたヨシコにはとてもよくわかる。

 戦いの結果は始まる前にほぼ決まっているのだ。そして戦力が整は無い場合は戦いそのものを回避するか、負けを前提として情報収集目的で戦うかどちらかだった。

 もちろんダメ元の情報収集目的で戦った結果、運よく勝った経験もあるが、もちろんごくわずかだ。

 そもそもとして死ぬ事の無いゲーム内だからこそ負けを前提の情報収集目的で戦えるのであり、実際の命がかかっている戦場でいかほどの者がそのように戦えるのだろうか?

 その数少ない者達が彼女らなのだろう


「そんな……。でも逃げると言ってもどこへ行けば良いのでしょう?我々には逃げるべき当てがありません……」


 このあたりの村々は交流が乏しく村から出るのは数年に一度程度の人間も多い。中には生涯村から出ないで過ごす人間もいるのだ。

 そもそもとして村長という立場の者でさえ村から出るのは年に数度、それも一番近くの街に行くだけだ。

 そんな村民に他の村や街などに頼れる当ては無かった。


「とりあえず、村のハズレ、大森林へ近い場所へ避難されるのがいいでしょう。どこか適当な家、もしくは小屋などはありませんか?」


 いざという時は森に逃げよう、そんな事をほのめかしながら提案する。


「それでしたら村のハズレに切り出した木材を保管している大きな小屋があります」


 詳しく聞けばそのあたりには同じような大小の小屋があり、快適とはとても言えないものの何とか全員入る事が出来そうだという。


「ではそちらに村の方々を集めて様子を見ましょう。勝てば問題ありませんし仮に敗れた場合でも、隊長殿に私があなた方を守る為に尽力するとお約束しました。無事に逃がしてあげますよ」


(クランハウスにはまだまだ戻れそうにないわね……)


 と、ヨシコは心の中で呟いていた。

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