12 デスネル村にて――来訪者――
街道を騎乗した一団が駆けて抜けていた。人数は数十名程度だろうか?武装した兵士達である。
それはただの雑兵ではない。見る者にそう思わせる威厳を持っていた。
その一団の中でもひと際目立つ兵士がいる。女性だ。
兜の隙間から見え隠れするその真っ赤な髪は、まるでその人物の心に秘めた情熱をそのまま表しているようにも感じられた。
目利きの者が見れば、その女性が身に着けている装備や騎乗している馬は、周りにいる者より上等である事が分かるだろう。
そして、その一団から偵察に出ていた者が前方から戻ってくると、その女性に対して声を掛けた。
「隊長、この先にある村から煙が上がっているのを確認しました。おそらくは襲撃されていると思われます」
「またか……。わかった、スグに駆けつけなければな」
「思ったより敵の襲撃範囲が広いようですね」
と、声を発するのはこの一団の副長だ。
そして隊長と呼ばれる女性こそがティリスファル・グレイズ共和国の第一ミスリルマスケティアーズ隊長、アーデルハイド・ゼーゼマンだった。
「あぁ……」
呟きながらアーデルハイドの視線は前方から離さない。その村は今だ視界には入らないが、今まで見て来た村々の悲惨な状況が脳裏に浮かんだ。
焼き尽くされ、崩壊した家々。
焦げた匂いに……そしてそれでも嗅ぎ分ける事の出来る血の匂い。
数百人はいたであろう村に対して、生存者は十数人にも満たない。
大人子供、そして赤子すら無残に殺されていた。
そして女は……兵士に犯されたのだろう、衣服が大きく乱れた上で殺されている者も多かった。
数少ない生存者には准銃士を数名護衛に付け、近くの街へと帰投させている。
一つだけでなく複数の村々が襲われていると分かった時、副長からは一度帰還し大統領に報告したうえで、他のミスリルマスケティアーズに応援を頼むべきという意見が上がったがアーデルハイドはこれを却下して自らの隊のみで巡回を続けていた。
生き残った村人を早急に保護する為だ。
時間が経てば経つほど生き残った村人が無事でいる可能性が低くなる。
生きている者を見捨てるという選択肢は、今の所アーデルハイドには無かった。
彼ら、彼女らは無事に街にたどり着いただろうか。そしてその者達の今後の生活はどうなるのだろうか?
ティリスファル・グレイズ共和国には小麦法という法律があり困窮した共和国民に対して一定の食料――小麦法という名前だが実際の所小麦はほんのわずかしか入っておらずほとんどは質の悪いオーツ麦――を無料で給付する政策がある。
が、それは本当に餓死しないギリギリの量で有り、そもそも人は食料だけでは生きてはいけず衣服や住居なども必要だ。
その為もらった食料を売却して現金に換えるものも多く、そのため実際としては餓死者や凍死者などが出ているのが実情だった。
「被害が少なければいいのですが……」
と、副長が独り言のように声を発するが、その声が聞こえる範囲にいた者は決してそんな事はないと思った事だろう。
そしてアーデルハイドも被害の大きさを想像し顔をしかめていた。
アーデルハイドが大統領より受けた命は「王国から少数の先兵が国境を超えるという情報あり、その事実確認と事実であれば速やかなる排除」だった。
本来であれば軍務省が管轄するリパブリカンレギオンを動かしてもらえば良い案件なのだがどういうわけか軍務省はいろいろな理屈をコネて動かなかったらしい。
同じように工務省配下のアイアンマスケティアーズ、内務省配下のゴールドマスケティアーズからの助力も受けられなかったようだ。
「隊長、もういくつも村々がやられてます、決して小さな被害ではないのですよ?なぜ我々のみが動いているのですか?レギオンから千人隊とは言いません、せめて百人隊でも動いてもらえれば……」
もっともな意見だ。アーデルハイドもそう思っていたし、副長だけでなく隊員全員そう思っているだろう。
「……当初の情報では王国の先兵は十数人規模という話だった。それで我々だけでも大丈夫という判断だったのだろう」
そう口にしたアーデルハイドだったが実際は違うのを知っていた。汚い政治上の駆け引きの話だ。元々ミスリルマスケティアーズは数代前の大統領が当時のゴールドマスケティアーズやアイアンマスケティアーズを追い落とすために創設されたと聞く。それまでの歴代大統領は直属の武力をもっていなかったのだ。そしてそのような歴史的経緯から工務大臣、内務大臣と大統領の仲は宜しくない。
それでも軍務大臣は本来は中立のはずなのだが、何かの材料で丸め込まれたのだろう。
「……隊長が口にせずともわかってます。政争の駆け引きの結果なのでしょう?我々が失態すればゴールド、アイアンの両マスケティアーズにとっては望ましい物ですからね。おまけに我々にも被害が出れば万々歳だ」
半ばさげずむような薄ら笑いを受かべ、副長が吐き捨てる様に言う。
「……皆の前だ、そのような憶測を口にするな」
しかしアーデルハイドの顔を見れば、それがおそらく事実であろうということを物語っていた。
そして副長の口は止まらない。
「しかしながらレギオンも動かないとは。いやはや軍務大臣殿はどのような媚薬を嗅がされたことやら。民の危機にすら動かないとはティリスファル・グレイズ共和国軍の中核たる共和国民軍団の名前が泣きますな」
普段なら厳しく叱責するはずのアーデルハイドも今は無言でその言葉を聞いている。
しかし、これ以上口を開くようであれば隊長として再度叱責せざるを得ないだろう。
「それにしても……」
口を開きかけた副長を言葉をかぶせる事で制す。
「憶測もそのあたりにして……!見ろ、煙が見えて来た。おしゃべりはやめだ、辺りを警戒しながら急ぐぞ」
前方をみると偵察の言葉通り、煙がかすかに上がっているのが見えた。しかしその煙の量は今まで見た村々よりも少ない。
今まさに襲っている最中なのだろうか?そんな疑問を抱きながらアーデルハイドは馬を走らせるのだった。
§ § §
しばらくして姿を見せたのは馬にのった兵士――騎兵――だ。それも一体ではなかった。
多くの騎兵が隊列を組むように整然と並びながら進んでくる。
ヨシコにはそれはまるで映画のワンシーンのように感じられた。
その一行はそのまま広場に整列をするが、ただ一人のみそのまま馬を進める者がいた。
兜の隙間から赤い髪をたなびかせた一人の女性だ。その赤い髪もそしてその瞳も何らかの強い意志を感じられる。
恐らく一行のリーダーなのだろうか?騎乗する馬も、その身に着けている装備も他の者よりも上等に思えた。
目ざとく村長を発見したのか、そのまま村長の元に馬を進めるとそのリーダー――女性――は口を開く。
「私は、第一ミスリルマスケティアーズ隊長アーデルハイド・ゼーゼマン。大統領の命により各地を見回っている所だ」
静まり返った広場に女性の声が響くと村長がうわ言のように声を発した。
「ミスリルマスケティアーズ……」
その名はヨシコの記憶にもあった。先ほど村長から聞いたアレコレの中にあったものだ。
(……たしか大統領直属のエリート部隊だっけ?そんな人達がこんな辺鄙な村まで来てくれるんだ)
アーデルハイド・ゼーゼマンという名前に聞き覚えはないがエリート部隊の隊長ということなら戦力はともかく地位はそれなりに高いのだろう。上等の装備を身に着けているのにも納得がいく。
「貴方がこの村の村長で間違いないな?この村の方角から煙が上がっているのが見えた、何があった?それに……」
と、鋭い視線がヨシコやヤスコ、デュラハンに移る。
「その者達とあの異形の騎士について説明してもらおう」
アーデルハイドは視線をデュラハンに向けたまま、村長に対して問いかけると村長はまるで脅しにでもあったかのような表情で説明を始めた。
「は、はい!村が兵士……おそらく王国の者だと思われますが……に襲われました。その際助けていただいたのがこの方々です」
その声を合図にヨシコは軽く礼をすると口を開いた。
「初めまして。私はヨシコという旅の者です。こっちはヤスコと言います。……そしてソレは、私が呼び出した魔獣……そうですね、僕のような物です。心配しないでください、安全ですよ」
と、最後に安全を強調しながらニコリとほほ笑む。
「そうか……」
と、呟きながらそのアーデルハイドは馬から降りるとヨシコに対して礼をする。
「共和国の民を助けていただき礼をいう」
それを見たヨシコは「へぇ……」とつぶやいた。
エリート部隊の隊長、おそらくは何らかの特権も持っているのだろう。その人物が身元も定かでないヨシコ達に対して直接礼を取った。わざわざ馬から降りた上でだ。
ティリスファル・グレイズ共和国は理念としてして平和・平等・寛容を謡っていると村長から聞いてはいたがそれはあくまで建前だと思っていた。しかし目の前の彼女のようにそれを信奉し、実践している者もいるのだろう。
「ご丁寧にどうも。その件に対してはもう村長殿からお礼をいただいてます。気にする必要はありませんよ」
「……旅をしていると言われたが何処から来られたのです?アドゥヴェンチャラーなのかな?」
(アドゥヴェンチャラーか……ソルトアースオンラインでもプレイヤーはそういう設定だったけれど、村長の話によればこの世界でもそう呼ばれる人たちがいるみたいなのよねぇ……)
「アドゥヴェンチャラー……。そうですね、まぁそんな感じです。場所は遠くから……とても遠くから来ました。今はそれでご納得ください」
アーデルハイドの表情にわずかに警戒の色が浮かぶ。
「……まぁ良いでしょう。それで村を襲った相手について詳しい説明を聞きたいのですが?」
「旅をしていた所、こちらの村から煙が上がっているのが見えたのです。駆けつけてみると兵士が村人を襲っていましたのでこれを排除しました。……正確にはソコの僕がですけどね」
と、ヨシコは佇んでいるデュラハンを指さして言った。
「死体は一箇所にまとめております。それと兵士に襲われた詳しいいきさつなどは、村の方々に聞くのが適切だと思います」
そう言いながらヨシコは村長に目をやると、アーデルハイドも視線を村長に移した。
「なるほど……では村長、そのあたりを含め詳しい話を聞かせてもらおう。あと、疲れた兵を休ませる場所を提供してほしいのだがよろしいか?」
もう暫くすれば日の光が完全に大地に隠れてしまう。夜の行軍は危険すぎるし、そもそもとして隊員たちの顔にも疲労が色濃く浮かんでいる。これ以上の行軍は無理だろう。
「了解しました。では手狭ですがひとまず私の家にご案内いたします」
と、村長とアーデルハイドが建物に向かって歩き始め、その後ろ姿を見ながらヨシコはほっとしていた。
村に馬に乗った兵士が近づいてくる、その言葉を聞いた村人達は皆血相を変えていた。
そして一様におびえるような、それでいて懇願するような視線をヨシコ達に対して向けたのだった。
そしてヨシコが言葉を発するより早くヤスコが言葉を発したのだ。
「お姉様がいる限り何がこようと、どんな敵でも問題ありませんよ!」と……
それを聞いた村人達からは当然のように「おおおおぉぉぉぉ!」と声があがった。
その歓声を聞いてえっへんというようにドヤ顔になるヤスコ。
そしてその可愛らしい顔にニマニマとした笑みを浮かべヨシコを見る。
その心は「お姉様の活躍を皆に見せつけたい!」といった所だろうか……
そしてそれをみたヨシコの感想は「しょうがないなぁ」という感想と、「かわいげがある」という感想が入り混じったものだった。
もちろん割合は後者が多数を占める。
ヤスコには直接言わないが、ヨシコはこういう事を隠さそうとしないヤスコが大好きだったのだ。
そしてヨシコも敵兵だと思ったのでヤスコの言葉を受ける様に村長には「大丈夫です、先ほどと同じように私が守ってあげますよ」などど大口を叩いてしまったが、正直な所味方――この村にとってはだが――の精鋭部隊と聞き安心したのだ。
疲れていて早く帰りたかったのである。
そして、村長とアーデルハイドが建物に入ろうとしたまさにその時、広場に一人の騎兵が駆け込んでくる。言葉を発する前からその表情で、何か重大な出来事をがあったのだろうと予感させた。
その騎兵は息を整えながら大きな声で叫ぶと、その声を聴いたものたちの顔色が変わった。
「た、隊長!敵と思われる一団がこの村に接近しつつあります!」