11 デスネル村にて――情報収集――
二人の――ヨシコとヤスコの――表情は見た事のないほど憂鬱な顔をしてた。
「ダメ元で聞くけどヤスコ、なにか知ってることあった?」
「いいえ、お姉様。まったく知りませんでした!」
「……デスヨネー。そうだと思った!」
村長から聞いた話はどれもこれも初めて聞く事ばかりだったのだ。
「どうなってるのかしら……」
「どうなっているんでしょうか?」
先ほどからギシギシと嫌な音を立てる粗末な椅子に座りながらヨシコが呟くと、横で同じようにギシギシと音を立てて座るヤスコも同じように呟いた。
「はあぁ~」と、どっちが発したかどうかも定かではないため息が漏れる。遠くで何か聞きなれない声がしたような気がした。
「ヤスコ……、貴方と一緒に過ごした日々は決して忘れないわ……」
「私もです……。お姉様と過ごした日々は決して忘れる事は出来ません……」
「「…………」」
お互いに視線を交わしながら、しばらく無言で見つめ合うヨシコとヤスコ。
そして二人の手の平が触れあうと、どちらからともなくお互いにぎゅぅ~っと握り締めた。
目の前にあるヤスコの潤んだ蒼い目と火照ったような顔を見つめながら、ヨシコはヤスコの顎にそっと手をやる。
そして、そのまま互いの顔が少しづつ近づいていき……。
と、その時、まるで二人だけの空間に異物が入り込んだのかのように声がかけられた。
「あ、あの?どうされたましたか?」
それは話が中断されたのを不思議に思った村長だった。
「……空気の読めない方ですね……。お姉様、やっぱり助ける必要なかったんじゃないですか?」
「ヤスコ、そんな事言うんじゃないわ」
と、苦笑しながらヤスコをたしなめるヨシコ。
第三者がいると認識すると途端に冷めてしまう。というより、人に見せつけながらいちゃこらして喜ぶ性癖は――少なくともヨシコには――無い。
ヨシコが握り締めた手をそっと離すと、ヤスコも名残惜しそうな感じを残しながらも手を離す。
しかしヤスコの機嫌を若干損ねてしまったようだ。
一方の村長は「えっ?えっ!?」と何が起こったか分からずに困惑していた。
ヨシコ達が直前に聞いていたのは周辺地理だ。
それはやはり聞いたことのない地名、国名ばかりだった。
ある程度予想はしていたものの、現実として突きつけられるとショックが大きい。
村が所属する国家がティリスファル・グレイズ共和国。そしてその周辺にはローデロン王国、クエルサラス連邦、ジルニアス大公国などといった国々があるらしい。
先ほど村を襲った兵士はローデロン王国の兵士だろうという話だ。
ローデロン王国とティリスファル・グレイズ共和国の仲は非常に悪く定期的に戦争になっているという。
そして歴史的経緯からクエルサラス連邦ともそれほど仲がいいわけではないらしい。
ジルニアス大公国は中立を是としている為、良くも無く悪くも無くという感じのようだ。
どれもこれもソルトアースオンラインでは聞いたことのない地名だ。
それ以外にも上記四国家の主権が及ばない場所に様々な国のような物があるみたいなのだが残念ながら村長はこれ以上詳しくは知らなかった。
ヨシコが恐れたのは戦争に巻き込まれないか?ということだ。
村長によれば王国とは定期的に戦争になってはいるものの、この村が襲われたのは初めてだという事だ。
この世界での武力の大きさが分からない限りは出来るだけ敵対行為は控えるべきだ。
たしかに先ほどの兵士たちは拍子抜けするほど弱かったが、国家レベルだとどのような者や兵器があるか分からない。
極端な話、現実にあるようなミサイルみたいな大量破壊兵器が存在するかも知れないのだ。
もちろんミサイルなんて物がある可能性はゼロに近いだろうとヨシコも思っているが、今の段階で全くないと油断するわけにもいかない。
また空を飛ぶ方法について何か知っているか尋ねた所、知らないという返事だった。
ただ村長といえど村の外にでるのは年に数度程度で、その場所も村から最も近くにある都市に行くだけなので知識がないだけかもしれない、ということを補足してくれた。
空を飛ぶ手段が一般的でない――少なくとも村長はしらない――という事にヨシコは多少安堵する。
誰も空を飛べない様ならいざとなればクランハウス――浮遊島――に引きこもってしまえばいいのだ。
その場合でも食料等の補給問題が生じるが定期的に買い出しに行けばいいだろう。
ただ、今の段階ではそんなあいまいな情報で安心するわけにもいかない。
仮に、何らかの方法で空を飛ぶ手段があった場合、空に浮いている島を放っておくとは到底思えなかった。
特に頻繁に戦争などをしている国家の場合、軍事利用する為に確保しようとする可能性が極めて大きいと思える。
それを考えると、地上との係わりは最小限に抑えた方が良いのかもしれない。
しかしもう一つ大きな懸念事項もある。この世界に来たプレイヤーがヨシコだけなのか?と、いう事だ。
他のプレイヤーがいた場合その者と敵対関係にならないか?というのも重要だった。
プレイヤーはほぼ全員フライングマウントを持っているため空を飛べるというのはアドバンテージにならない。
また本来、ソルトアースオンラインでのクランハウスや、クランが占有している浮遊島はクランマスター、もしくはクランマスターから権限を付与されたクランメンバーが許可しない限り他人は入れないシステムだった。
しかし、今のこの世界でその仕組みが本当に働いているのか?という疑問が残る。
元々は浮遊島から物を落とすとかも出来なかったのだ。敵対したプレイヤーの戦闘力によっては浮遊島ごとクランハウスを奪われかねない恐れがあった。
地上の国々であればまずヨシコ達を発見し、情報を集め、それから戦力と整えて空に上がらなければならないが、プレイヤーであればその段階をすっ飛ばしていきなり浮遊島に乗り込んできてもおかしくない。
また脅威度についても現状ではプレイヤーの方が高い。
ヨシコはクランマスターとしてクランを率いて様々なコンテンツをこなしてきたが、それらはあくまでPvE(プレイヤー対モンスター)が主でありPvP(プレイヤー対プレイヤー)の経験は少なかった。
そのPvE(プレイヤー対モンスター)に関しても人材の適切な配置選択がクランマスターの大きな仕事であり、プレイヤースキルとしてのヨシコの能力は上級者と比べると見劣りする物だったのだ。
魔法やモンスターと言われる存在についてもこの世界には存在しているようだ。
だがこの村には魔法詠唱者はおらず、詳しくは知らないらしい。
ヨシコが今まで現実世界やソルトアースオンラインで得て来た常識は、この世界での常識とはなりえない。
もちろん全てが違うとも思えないが、そう思って行動した方が良いのだろう。
見知らぬ世界、見知らぬ土地、そして敵に回るかも知れない国家や個人、そしてプレイヤー。
もし立ち回りをしくじって本当に全てが敵に回ってしまったらと考えると、ゲーム的な難易度で当てはめるのが馬鹿らしくなるぐらい危機的な状況だった。
失敗の対価は自分達――ヨシコとヤスコ――の命なのだ。
「う~ん。やっぱりもっと情報を集める必要があるわね……」
§ § §
途中休憩を何度か挟みながらも、ヨシコ達が村長――時には奥方の場合もあったが――からあれやこれやと様々な事を質問し、村長の顔に疲労が色濃く浮かぶようになったのに気が付いたころには日の光が大地に接触しようとしていた。
村長が恐る恐る夕食を一緒に取るか尋ねて来たのでそれは丁重に断ると、明らかにほっとした表情を浮かべたのを見てヨシコは苦笑する。
命の……村の恩人とはいえ得体のしれない――それも明らかに強い武力を持つ――者と、一緒に席を共にするのは精神的な疲労が強いのだろう。
また村長と言えど食料にそれほど余裕は無いのかもしれない。
軽く伸びをしながら座り心地の悪い椅子から立ち上がり、村長と共に邸宅を出ると現実世界と違わないような真っ赤な夕日が浮かんでいた。
その夕日をぼんやりと見つめながらヨシコは今日の出来事を軽く振り返っていた。
思わぬ戦闘からの救出劇、そして本来闘獣場以外では呼び出せないはずのモンスターの召喚、そして村長から聞いたこの世界の情報。
予想外の事が多かったが掛けた手間の見返りは十分にあったと思える。
しかし一の情報を得ると同時に複数の疑問点が増えるのはどうしようもないのだろうか?と思ってしまう。
話を聞いた相手は小さな集落の代表でしかなく、持っている情報も取り立てて特別な物ではなかったのだろう。
しかし、そんな者からでも今のヨシコ達にとっては聞くもの全てが初めて知る物、という感じだったのだ。
何もかもが足りない、情報不足だ。スキルやアイテムの考察、物資の調達、そして敵になりえる存在の強さ。
しかしどれも一度には出来ず時間をかけて調査するしかないだろう。出来ない部分は妥協するしかない。
(とりあえずはまずは物資ね……)
ヨシコもヤスコも戦闘用の装備品は兎も角、普段着と呼べる衣服はそれほど多く持っていない。
なによりソルトアースオンラインの衣装はここにいる村人の格好と比較して目立ちすぎた。
華美で装飾が多い、所謂おしゃれ着という衣服が中心なのだ。
もっと情報を集めたりする為、将来的に大きな街に行く必要を感じるが、あまりに現地人と差がありすぎる格好では大なり小なりトラブルを招くだろうと予想された。
(地上で調達する場合は……まずはお金か……)
ソルトアースオンラインでの通貨――ゴールド――は使えない。となると他の換金性の高いもので代用するしかないのだが……。
(まぁ、それについてはあてがあるし多分大丈夫かな?それと……)
「お姉様、先ほどから何か考えているようですが大丈夫ですか?」
気が付くとのぞき込むようにヤスコが私の横顔を見つめていた。
「ちょっと今後の事を考えていたの」
「今後……ですか?」
「えぇ……。ここでの暮らしが長引くようなら何人か現地人を雇った方が良いかもしれないかなって」
「えっ!?」
「浮遊島の空いてる場所にガーデンを拡張して畑を作ろうかなって思ったのよ。クランハウスの食材はいずれ枯渇するし、その度に地上まで食材を買い付けに行くのも大変だしね……。ただその場合って私達だけじゃ大変でしょ?農業の知識もないし……」
「そう……ですか……」
「それに現地の食材買うにしてもどう調理するか分からない物があったりするかもしれないじゃない?……でも現地人を雇うのもそれはそれでリスクがあるのよねぇ……」
と、そこまで言ってからヤスコが何かを訴えかける様にもじもじしながらヨシコの顔を見つめているのに気が付いた。
「私は……私はずっとお姉様と二人きりでも……」
そう言うと今までほのかに赤い顔をし、上目づかいでヨシコの顔を見つめていたヤスコの顔が、耳や首元まで真っ赤になっていく。
「あ、はい、そうですか、ソウデスヨネー、知ってた!」
「お姉様、これからどうしましょう?もうすぐ日が沈んでしまいます」
若干疲れたような感じが混じる声でヤスコは尋ねる。
「そうね……今日の所はこのぐらいかしら?浮遊島に帰りましょうか」
「はい、わかりました」
ヨシコも疲れていた。一刻もはやく自室のベッドに寝ころびたい衝動を抑えながら帰る前に村長を探す。挨拶を交わすためだ。せっかく接点を持ったのだ。出来るだけ友好的な関係を維持していきたい。
幸いな事に村長はスグ発見できた。広場にいる村民と何やら話しているようだった。
「それでは私達はこのあたりで失礼するわね、いろいろとありがとう」
「いえいえ!こちらこそ村を助けていただいたのです。礼など不要ですよ」
最後まで友好的な関係を保ったまた村を離れられる――少なくともヨシコ視点では――と、思っていた矢先のことだった。
村長の顔に緊迫感が浮かぶ、その視線の方角に目をやると一人の男が遠くからこちらに駆けてくるのが見えた。
それは何かに急き立てられかのような必死の形相だった。
恐らく村人の一員なのだろう。何事かと顔をこわばらせる村長の元へたどり着くとまるで糸の切れた人形のように大地へ倒れこんだ。
息も絶え絶えなその男はそれでも何かを必死で伝えようとする。
そして、しぼりだすような声で発したその言葉は、聞いた者に大きな衝撃を与えた。
「う、馬に乗った兵士が……近づいてきます!」