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クランマスターの異世界冒険生活  作者: 黄龍
1章 Visitor to abyss
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00 プロローグ

「はあぁぁ……」


 もう何度目かになるだろうか?まるでする度に魂が抜け落ちるような溜息が止まらない。

 深夜、もう時間は0時をとっくに回っていた。

 住まうのは家族で暮らすアパート。

 とっくに結婚していう者も多い年齢のトヨヒロの一番の趣味は、もうすでに十数年運営されているとあるVRMMOだった。

 その名をソルトアースオンラインという。


 日本語に直訳すると『地球の塩』となり変な感じを受けるがこれは有名な聖書の一節であるらしい。

 ヴィクトリアと名づけられた世界で、約束された大陸カナンを中心に描かれるその世界観はキリスト・ユダヤ・イスラムをはじめ北欧神話の神々などを設定に多分に盛り込んでいた。


「ソルトアースオンラインの世界が現実です。現実世界リアルは出稼ぎ!」


 と半ば冗談交じりに言ったことが一度や二度ではない。

 しかしながら気づいた者も多いだろうが、そう、『だった』。過去系だ。

 なぜか?それは少し前の出来事にさかのぼる……。






§ § §






「いきなり呼び出して悪いけど、トヨヒロにはこのクランから抜けてもらうわ」


 ここはクラン『Loshforne』のクランハウス。その場所でクランマスターであるヨシコからの突然の除名宣告クビを受けたトヨヒロはあまりの事にそのまま固まってしまった。

 それもそのはず、ソルトアースオンラインにログインしてそうそうヨシコから呼び出された上での宣告だ。


「……は?……冗談……だろう?」


 しかしトヨヒロを突然除名クビにすると言いだしたヨシコやその周りにいるクラン幹部たちの様子は冗談を言っている雰囲気ではなく、淡々と話を進めていった。


「貴方このクランに所属してどのくらいだったかしら?まぁ出席率はそれなりだったわよね。PSプレイヤースキルの方はともかくとしてもね」


 その言い方にはトヨヒロは若干カチンとくる。『PSプレイヤースキルの方ははともかくとして』ってなんだよ。

 しかしトヨヒロの自己評価とこのクランでのトヨヒロの評価は大きく乖離しているのは事実だった。


「……ど、どうして?」


 いまだに状況が呑み込めないトヨヒロはやっとのことでその言葉を喉から絞り出す。


「貴方だって分かっているでしょう!?」


 トヨヒロが『なんで』と口を開きかけた瞬間、ヨシコが強い口調で叫んだ。

 普段のヨシコからはとても考えられない挙動だった。

 そのあまりの強い口調にトヨヒロは開きかけた口から何も言えずに思わず息をのむ。

 そしてヨシコの両隣にいるクランのサブマスターであるアデルとマイルもヨシコを止めようとせず、むしろウンウンと頷いている。


「正直な所、貴方のPSプレイヤースキルは酷いものだったわ。それでもね、下の者に経験を積ませてある程度まで引き上げていくのもクランマスターの義務なの。幸い出席率は悪くはなかったしね」


 強い口調のままヨシコは話す。


「そうだ、俺の出席率が悪いはずはない。飲み会とかも極力断って急いで帰宅して参加してるんだぞ?なんでクラン幹部が揃っている場に呼び出されて非難されなきゃいけないんだよ?それに除名クビ?おかしいだろ!俺は何もしてないよね?」


 それを聞いたヨシコの口調は一層強くなった。


「はぁ?何もしてないですって?……まさかとは思うけれど、それって本気で言ってるわけじゃないわよね?」


 実を言うとトヨヒロにも少しだけ心あたりがあった。数日前のコンテンツでちょっとだけミスをしたのだ。

 しかしそれを『ちょっとだけ』と思っている者はもはやこのクランにはいない。


「もしかして、数日前のアレか?たかがあんな些細なちょっとしたミスで?」


 そのトヨヒロの言葉を聞いたとたん今まで黙って聞いているだけだったアデルとマイルが揃って口を開いた。


「あんた、それ本気マジで言ってるの?あれが『些細なちょっとしたミス』って本気マジでいってるなら常識を疑うわね」


「あのトリガを再び揃えるのに少なくとも一ヵ月は掛かるんですけどね。それを『些細なちょっとしたミス』で片づけるのはどうかと思います」


 アデルはもともとクランマスターであるヨシコのフォローに回ることが多いが、普段はそれとなくミスをしたクランメンバーのフォローに回る事が多いマイルまでもが完全にヨシコの側についてしまっている。


「トヨヒロにはもともと多くを期待してはいませんでした……。多くの人が問題なくこなせる簡単なポジションに割り振ってあったはずです。それなのに……」


 と言ってチラリとトヨヒロの方に目を向けた後、首を振るマイル。


「それはそうだけど……。だ、誰だってミスぐらいするだろ、俺だってわざとやったわけじゃない!」


 必死に弁明をするトヨヒロ。しかしその場にいる誰もがまともにトヨヒロに視線を合わせようとしなかった。


「ミスはまだいいわ。一ヵ月分の苦労がパーになったから本当は良くないけどね……、問題はトヨヒロのその後の行動よ」


 再びヨシコが強い口調で口を開く。


「……」


(その後?その後ってなんだ?そういえばミスった事をいろいろ攻められてカッとなってなんか言い返した気もするが……覚えてないな……。なんかまずいことやったか?)


 必死に思い出そうとするトヨヒロだったがどうしても思い出すことは出来なかった。


「あー分かった、あんた自分がなに言ったか覚えてないんでしょう?言っとくけどね、あんたがミスして暴言吐いたのは今回が初めてじゃないのよ。ヨシコ、コイツはそんな奴だったのよ。様子を見ないでもっと早く除名クビにしてればよかったんじゃん?」


 アデルがフンッと鼻を鳴らすと軽蔑したような目でトヨヒロを見る。


「言った事は覚えてなくても、何をやったかぐらいはまだおぼえてると思います。……まさかとは思いますが、もしそれも覚えてないようなら早めに認知症検診でも受けに行った方が良いと思いますね」


「ちょ、なにそれ、マイルうまいこと言いすぎ」


 アバターに似合わず辛辣な言葉を吐くマイルのその言葉に、アデルはケタケタと笑い始めた。

 その言葉に再度怒りを覚えながらもトヨヒロは数日前の出来事を必死に思い出そうとしていた。






§ § §






 それは数日前のクランでの固定活動の日、俺は聖騎士パラディンとして活動に参加していた。

 と、言っても俺は聖騎士パラディンらしい役割はさせてもらえなかった、いつもそうだが腹立たしい事にクランマスターであるヨシコのお気に入りのメンバーがいつもその役目なのだ――実際はそう思っているのはトヨヒロ本人だけであり、実際はPSプレイヤースキルも装備もそのメンバーがかなり上なので任されているだけなのだが――。


 そしていつものようにサブスキルで回復ヒール系をセットした俺は聖騎士パラディンでありながらヒーラーとして参加していた。

 もちろんクラン内には専門のヒーラーが何人もいる、ぶっちゃけ俺の役割はサブのそのまたサブの役割でしかない。はっきりいって俺は一度も回復ヒールしなくともコンテンツ攻略には問題ないのだ。

 おかしいだろ?なんで俺にこんないてもいなくても構わないポジションやらせんだよ!――これは上位者のコンテンツでの動きを観察してもらい経験を積ませたかったのと、出席率だけは悪くないトヨヒロを形だけでも参加させることによりロットに参加するチャンスを与える為のクランの恩情だったのだが――。


 こんなんでやる気が出るわけないよな?そんな思いで参加していたのだがちょっと眠くなってしまった。

 といっても寝落ちとかはしてねーぞ。寝落ちしたらロットできねーからな。……だけどちょっとした操作ミスをしてしまったんだ。

 気が付いたら俺は範囲移動魔法テレポート呪文スペルを使っていたんだ。

 これは主にヒーラーが使用する魔法だがヒール系のサブスキルをセットすることにより多くの職業ジョブが使用できる、移動魔法は便利だしな。

 範囲移動魔法テレポートは詠唱時間が二十秒と長めで消費MPマジックポイントも多いものの、周りにいるパーティーメンバーをまとめて転移させられる呪文スペルだ。


 コンテンツ攻略中にクランメンバーの大半が消えてしまったら……あとは分かるな?

 そんなこんなでその日のコンテンツは俺の『些細なちょっとしたミス』で失敗してしまったというわけだ。






§ § §






「わ、忘れるわけないだろ。俺がミスって使った範囲移動魔法テレポートにクランメンバーを巻き込んだんだ。だ、だけどその手の呪文スペル暴発ミスはたまにある事だろ!以前だって他の奴が……」


 トヨヒロは必至の表情で弁明する。


「へぇ……、思ったより物覚えがよさそうですね。関心しました、えらいえらい」


 マイルが追い打ちをかける様にあおり台詞を吐く。その言葉にトヨヒロはさらに怒りを覚えたが必死の思いで感情が暴発するのを耐えた。


「私達が問題視したのはそのミスのことじゃないわ……。もちろんそのミスは『些細なちょっとしたミス』とは言えないけれどそれで除名クビにしたりはしないわね」


「だ、だったらなんで!」


「問題はその後の発言よ。その分じゃあんたは自分で何をいったか覚えてないんでしょう?」


「お、俺が何を言ったっていうんだよ!」


「……あんたの第一声はね『まぁケアレスミスですな』よ。それはミスををしたあんた自身がいう事じゃないでしょ?ごめんなさいの前に『まぁケアレスミスですな』なんてね」


 そう呆れるように言うアデルの言葉に頷くようにマイルが追い打ちをかける。


「そうですよ、私なんて自分の聞き間違いと思ったぐらいですからね、同情の余地はありません」


「……しかもその後それを指摘したクランメンバーに対して言った言葉が決定的になったわ」


「あれもすごかったわよね。『何ゲームでむきになってるんだよ』とか抜かしたのよ、あんたは!」


「……俺そんな事いったのか……?」


「素直に謝罪していればともかく……頭を冷やして出直した方がいんじゃないでしょうか?もっとも貴方を拾ってくれるクランがあれば……ですけどね」


「トヨヒロの除名クビに関しては私達だけの意見じゃないわ。少なくてもあの場にいた者全員、トヨヒロの除名クビについて反対した者はいなかったことを付け加えておくわね」


「あんたはLoshforneウチに来る前によそのクランでももめごとを起こして除名クビになったんだっけ?ヨシコ、やっぱり変に同情してこんな奴入れる必要なかったわよ」


 アデルのその言葉に「そうね……」と苦笑するヨシコ。


「……分かった。俺はこのクランから出て行くよ」


 トヨヒロがこの場から去ろうとするその姿を見る皆の表情が、やっと厄介者を追い出せてすっきりしているようにみえた。そんなヨシコ達に、トヨヒロは殺意しか溢れてこなかった。


「あ、それと……」


 ヨシコ達に背を向け歩き出そうとしたトヨヒロに背中から声がかかった。まだなにかあるのか?と睨むようにしたトヨヒロに対してヨシコは淡々と言葉を紡ぐ。


「貴方への個人部屋やクラン専用収納へのアクセスはもう制限してあるから。それと貴方にはクランから貸し出した装備やアイテムがあったわよね?それはこの場で置いて行ってちょうだい」


「──っ!!」


 トヨヒロが気が付いた時にはカバンの中身……譲渡可能なものは全て叩きつける様に返却していた。

 今にも爆発しそうな怒りが次から次へとトヨヒロの心から湧き出してくる。それは例えるなら活火山からマグマがあふれ出るような感じだ。

 そうしてクランハウスのある浮遊島から出たトヨヒロはソルトアースオンラインからログアウトしたのだった。






§ § §






 ソルトアースオンラインでは基本的にパーティやクラン単位で遊ぶ事が原則であり、個人ソロで出来る事は非常に限られている。

 それに個人ソロで出来る事は闘獣場やマウントレースようなミニゲーム的な事が中心でありそれらではトヨヒロの望むような高性能の装備品は得られないのだ。

 『Loshforne』を含めて多くのクランから除名クビになった悪名高いトヨヒロを受け入れてくれるようなクランはもうソルトアースオンラインには無かった。

 その後トヨヒロの姿をソルトアースオンラインで見かける事は稀になった。

 何をしていることもなく、街にてぼっーと突っ立っている姿が時折目撃されたという。


 そして逆恨みをしたトヨヒロはネットの掲示板でひたすらクラン『Loshforne』やクランマスターであるヨシコを誹謗中傷する書き込みを続けるのだった。

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