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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

男だけど、双子の姉の身代わりに次期皇帝陛下に嫁ぎます 〜皇宮イミテーションサヴァイヴ〜

公爵令嬢は自らの復讐のために、亡国の姫君を利用する。

作者: ユーリ

 もうどれくらい馬を走らせただろうか、

 帝国の公爵令嬢であった私は、とある情報筋から、自らが皇太子殿下に嫁がされるという情報を得た。

 多くの令嬢にとって、それはとても幸せな事ではあるが、誰しもがそうかと言われればそうではない。

 勿論、結婚すれば自由などないし、私は何より帝国という国に嫌気がさしていた。

 家族には迷惑がかけるだろうが、私にとっては双子の弟以外がどうなろうか、知った事ではない。

 あのトチ狂った公爵家が、止む得ず残してきた私の可愛い弟に対して何をしでかすか、安易に予想できる所にも反吐がでる。


「本当は一緒に連れて行ければよかったのだけど……」


 私は空虚に呟き、苛立ちに歯ぎしりをする。

 弟を共に連れて行く余裕も、そのために事情を説明し説得する時間もなかった。

 そもそも何も知らないあの子は、家族の元を離れるつもりはないだろう。

 私と弟に与えられた猶予は恐らく2年……あの子であれば、きっと切り抜けられるはず。

 そのために私は、幼少期から自らがピエロを演じる事で、早くに亡くなった母の代わりに、あの子を鍛えてきたつもりだ。


「騒がしいわね」


 静けさの漂う夜の森には似つかわしくない、金属が弾きあう音が遠くから耳をつんざく。

 トラブルに会うのは御免被りたいが、利用価値があるならば話は別だ。

 この時間帯であれば、野盗が商人を襲っている可能性がある。

 そろそろ旅の資金も補充しておきたいし、今、手元にある資金は別の用途があるために、できれば切り崩したくはない。

 私は迷わず音のする方に馬を走らせた。







 馬を近くの湖のほとりの木に繋ぎ、私は気配を殺し音の方に近づく。


「くそっ! こんな所で死ぬわけには!」


 立派なローブを纏った手負いの男が、5人の野盗相手に剣を振るう。

 男の周りには、すでに倒された数人の野盗と、護衛だったと思わしき騎士たちが地面に転がっていた。

 野盗たちは見た目こそそれらしく見せているが、戦い方は正式に訓練された騎士そのものである。


「厄介……ね、ただの商人と野盗であれば良かったのだけど……でも、私にとっては幸運だったかしら」


 ローブを纏った男の胸元に輝く、メダルに刻まれた紋章を見て、私は目を細める。

 迷っている暇も、どうやら様子を伺っている時間もなさそうだ。

 私は暗闇の中からナイフを投擲し、敵の死角から戦いの場に突入する。


「ぐぇっ」


 後頭部にナイフが突き刺さった野盗の1人がその場に倒れた。

 まずは1人、私は鞘から剣を引き抜くと、獣のように乾いた唇を舐める。


「なっ!」


 隣の味方が倒れた事で、此方に振り向いた野盗の胸元に勢い良く剣を突き刺す。

 これで2人、残った3人のうち、2人は此方に気づきつつもローブを纏った男と対峙している。


「なんだ、この餓鬼は!」


 私は男の体に突き刺さった剣から手を離し、横から薙ぎ払われた敵の剣を地面に転がり回避する。


「ちょこまかと!」


 転がったタイミングで地面の土を掴み、タイミング良く敵の目に放つ。

 目に砂が入った男は片手で顔を拭い、もう片方の手で私が近づいてこないように剣を振り回す。

 私は低い体勢を取り、相手が顔を拭う間に視界から消えると、即座に相手の背中に回り込み、男の急所を思いっきり蹴り上げる。


「っ!」


 声にならぬ痛みで男は悶絶し、剣を手放し地面にのたうつ。

 私はすかさず剣を拾い上げ、起き上がろうとした男の喉を斬る。

 頸動脈を斬られた男は、喉を掻き毟りその場に倒れこむ。

 これで3人、少し手間取ってしまった。

 魔法で身体能力を上乗せしているとはいえ、元の筋力量が少なく、まだ成長しきっていない少女の体ではこれが限界か。

 私は自虐的な笑みを零す。


「くそぉ、なんだなんだよこいつは!!」


 残る2人のうちの1人が、此方に向き直る。

 戦いにおいて恐れを抱き、慎重になるのは悪い事ではない。

 しかし、相手を畏怖してしまってはもう駄目だ。

 私は受け身に回った男を攻めたてる。


「うわっ」


 押し込まれ男はたまらず後ずさるが、地面から飛び出た枝に足を引っ掛け、仰向けにひっくり返る。

 チャンスとばかりに一歩を踏み込んだ私は、地面に落ち行く男の臀部を剣で突き刺す。

 残るは1人……と言いたいところだけど、向こうも終わった見たいね。

 どうやら最後の1人は、ローブの男が自力でどうにかしたようだ。


「助かった、礼を言う……が、君は何者だ?」


 ローブの男は礼を述べつつも、片手に持った剣は此方に構えたままだ。

 どうやら直ぐに警戒を解く馬鹿ではないようね。


「ただの旅の者よ、貴方を助けたらお礼の路銀が幾ばくか貰えると思って」


 私はわざとらしく、彼の身につけている宝飾品に視線を送る。


「そうか……ならば良かったな、私が今持っている財産は全て君のものだ」


 ローブの男は口元を少し緩ませ、悲しげな笑みを零す。


「なんならオマケで、野盗と護衛の者達の物もプレゼントしよう」


 男が腹部から手を離すと、焼け落ちて穴の開いたシャツの先に、新しい火傷の跡が見て取れた。


「傷は焼いて塞いだが、毒が回っている、おそらく助からないだろう」


 毒の治療は少し厄介だ。

 何もないこの場で、毒の種類を判別して治療するのはまず無理だろう。

 全ての毒に対応できる解毒魔法など、そんなのを使える化け物は、片手で足りる人数くらいしかこの世にはいない。


「そう……最後に誰かに言い残すことはある? 気が向けば伝えてあげるわ」


 男は首に掛けたメダルを触る。


「私の名はモル・バゼフィ・フォン・トロイエンベルク、ここから西に行った先の街に居るクセルという少女に、最後までお仕え出来ずに申し訳ないと伝えてくれ」


 私は緩み掛けた口元を引き締める。

 彼が首からぶら下げているメダルは、同じ者に仕える証である。

 だからこそ私は、目的に少しも近づければよいと、彼がどの身分かもわからず助けた。

 ただの路銀を手に入れるつもりの寄り道だったが、狙っていた獲物にチェックをかける事ができるとは幸先がいいと言えるだろう。


「会ったばかりの私を信用するの?」


 ここで焦っては駄目だ。

 私は、急に警戒を解き身分を明らかにしたモルの様子を訝しむ。


「何故だろうな……君になら騙されてもいいかと思ったのさ」


 モルの視線は、私の姿を通して誰かと重ねているようだった。

 ああ、なるほど、そう言うことか。

 彼が信頼したのは私ではなく、私の……。


「このメダルを見せれば、我が君に謁見できるはずだ」


 モルは首に掛けていたメダルを外し、私の方に差し出す。

 しかしそのメダルを中々受け取らない私に対して、モルは戸惑う。


「……運が良かったですね、ラーヴェンスベルク伯」


 私は彼と同じメダルを胸元から取り出し、表の王家の紋章ではなく、裏の家紋が見える様に彼の方に見せる。

 モルは驚き目を見開くが、自然と全てに腑が落ちたように優しく穏やかな表情になっていった。


「そうか……そうかっ……!」


 涙を零し喜ぶモルを見て、私は咄嗟に顔を背ける。

 いい大人の男性が、こうやって感情の全てをさらけ出す事を、何故か見てはいけないような気がした。


「悪いけど時間がないわ……ラーヴェンスベルク伯、貴方、今すぐ私を養子にしなさい」


 彼の毒が回って死ぬ前に、私は私の目的を果たさなければならない。


「……いいだろう、こっちに来なさい」


 モルは此方に来るように私を手招きする。


「理由は聞かなくていいのかしら?」


「構わないさ、君のやりたいようにやればいい……クセル様を頼むよ、ええっと」


 言い淀むモルに対して、私はまだ彼に自らの名前を名乗っていない事に気がつく。

 私はモルに自らの名を名乗り、できれば、“男性”としての名を与えてほしいとお願いした。


「……いい名前だ、よし、君に養子としての名を与えよう……」


 与えられた名前に、よりにもよってその名か、とも思ったが、これはこれで悪くない。

 幼い頃に何度か入れ替わっては使っていた名だから、慣れていて間違う事も少ないだろう。

 モルはメダルと、親指につけた指輪に魔力を込める。


「これでいい、君は正式に私の血筋となった、指輪の方はラーヴェンスベルク伯としての証明となる」


 私はメダルと指輪をモルから受け取った。


「……そろそろだな、すまないが、最期の時を看取ってくれないだろうか?」


 私は無言で頷く。

 それから暫くして、彼は最後に大きく息を吐くと、穏やかな表情で息を引き取った。


「お疲れ様……貴方の主は任せなさい、私にとっても彼女は利用価値のある人間だから……」


 顔を上げると、陽の光に空が白んで行く。

 まだまだやる事は多い。

 私は手に持った指輪とメダルを握りしめた。







 中央の壇上を囲む多くの民衆が息を呑み、私の前を歩く1人の少女に視線を向ける。

 異様な雰囲気の中、手枷をつけられた裸足の少女は、足がもつれその場に倒れた。


「何をやっている! さっさとしろ!!」


 男は少女の腕を乱暴に掴み立たせる。

 周囲からは男に対して野次が飛ぶ。


「早く登れ!」


 少女は一歩一歩、自ら死に向かって進んでいく。

 壇上に上がると、周囲からは悲鳴やすすり泣く声が聞こえた。

 少女はまだ10にも満たないだろうか……幼い容姿とは対照的に、その表情はとても大人びている。


「生意気な餓鬼め……最期に何か言う事はあるか?」


 小太りの男に対して、周囲からは“裏切り者”と野次が飛ぶ。

 この国の正統血筋を引く少女は、ずっと身分を隠し、市井に紛れ生き抜いてきた。

 しかし裏切り者のこの男のせいで、少女はその身分がばれ処刑される事となる。


「見ろ、このゴミどもを! 誰もお前の事なんか助けてくれない、せいぜい野次を飛ばすだけだ」


 見せしめのために解放された広場には、彼女を慕う者たちが詰めかけていた。

 しかし、この者達にはどうする事もできない。

 戦うための牙を捥がれ、生きるのにも精一杯、彼女を助けたとしてその後に何ができるのか。

 自らが動いた結果によって、犠牲になるのは家族だけではないかもしれない。

 それがわかっているから、彼女は嘆く事もなく、誰かを責めることもしなかった。

 その気位の高さに、瞳の力強さに、小太りの男、ハマンは歯ぎしりをする。


「くそっ、何か言え!」


 ハマンは苛立ちから少女の頬を手の甲で叩く。

 少女は口の中の血を吐き捨てると、ハマンの目に視線を合わせる。

 全てを見透かしたような少女の視線に、ハマンは思わずたじろぐ。


「ここで死ぬなら私はそれまでだったと言う事、特に言う事は何もないわ」


 幼い少女に気圧された事に気がついたハマンは、顔を真っ赤にして周囲に怒鳴り散らす。


「もういい、さっさとしろ!」


 両脇の兵士によって、少女は断頭台に首を突き出した状態で押さえつけられる。

 周囲の悲鳴や野次が一際大きくなると、数人の勇気ある若者が駆け出そうとした。

 しかし警備の兵士によって。数人が槍によって串刺しにさせれると簡単に大人しくなる。

 斬首人である私は身の丈より大きな斧を背負い、ハマンと入れ替わりに断頭台へと足を踏み出す。

 私が少女の横に立つと、もう駄目だ、見るに耐えないと多くの者が顔を手で覆う。

 しかし次の瞬間、倒れたのは少女ではなく彼女を押さえつけていた両脇の兵士であった。


「な、なにをやっている、貴様!」


 多くの者が状況を飲み込めぬ中、ハマンが声を荒げる。

 私は騒ぐハマンを放置し、少女へと手を差し伸べた。


「お迎えにあがりましたよ、クセル様」


 クセルはこの状況にも動じず、私の手を取る。

 その間に怒鳴られた兵士達は、私達のいる壇上を取り囲んだ。


「貴様、何者だ!」


 私は空に向かって、顔を隠していた銀仮面、羽根つき帽子とマントを放り投げる。


「私の名はエステル……エステル・ハダッサ・フォン・トロイエンベルク……この国の正統なる後継者、クセル様に仕える者である」


 長かった髪は切り落とし、ドレスではなく男性が着る服をその身に纏う。

 もうエスターであった私はここにはいない。

 この少女……クセルやこの国がどうなろうと私の知った事ではないが、私の目的のために利用できるるのであれば使わせて貰うだけである。

 私の号令と同時に、会場に味方がなだれ込む。

 民衆に紛れこませていた者達も行動を開始し、関係ない民衆達は巻き込まれないように逃げ惑う。

 混沌とした最中、私は奇しくも弟と同じ名を名乗り、たった1人の戦いへと一歩を踏み出した。



 さぁ……私の復讐を始めましょうか。

 お読みいただき有難うございます。

 本作は、以下の作品の大元となった作品になります。


 ≪連載版≫

 男だけど、双子の姉の身代わりに次期皇帝陛下に嫁ぎます

 〜皇宮イミテーションサヴァイヴ〜


 https://ncode.syosetu.com/n7475fn/


 これが正史となるとか、パラレルとなるか。

 本編ちょくちょくシリアスになりますけど、基本コメディーなので毛色が違いすぎるので悩んでいます。

 また、本編にエスターとクセルが出るとしたら、2年後なのでだいぶ先かもしれません。


 本編の方にはまだ追記してませんが、向こうも読んでてたまたま此方に気づいた人はようこそ。

 エスター側のもしもの話、お楽しみいただければ幸いです。


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