未来の日本家屋、新生活研究所
(* ̄∇ ̄)ノ 一応近未来なので、ジャンルはSFで。
仕事を辞めて退職金で家を買った。
妻と共働きで娘と息子と暮らす四人暮らし。だが、家族の時間をもっと大事にしたい、これからの生活のことなどを考えていたときに、妻が転勤の話が出た。
なので思いきって俺は仕事を辞めて、家族で引っ越しすることにした。
田舎へと引っ越してそろそろ一年。この暮らしにも慣れてきた。
主夫業もそろそろ一年。料理の腕も上がってきた。もともと料理は嫌いでも無いが、娘も息子も、今は美味しいと言ってくれる。以前はイマイチだったらしい。
インターネットさえ繋がっていれば、レシピがいろいろと見れるのは、ありがたい。
台所で朝食の用意。娘が中学生で息子は小学生、学校のある日の朝は慌ただしい。
我が家は学校からは少し遠く、二人の子供は自転車で通学しているが、この通学時間だけがこの家のネックだろうか?
それと、今日は妻の仕事の日でもある。子供は学校で給食が出るが、妻のお昼のお弁当も作る。
朝食を食べた三人を我が家から送り出すときに、我が家に訪れる者がいた。灰色の自動車が近づいてくる。
「おはようございます」
「あら、おはようございます」
灰色の自動車から降りた男に妻が挨拶する。男は俺の昔からの友人だ。
「どうです奥さん? この家に住んで今日で一年目、どんな感じです?」
「うーん、初めは戸惑うこともありましたけれど、なかなかいいですね」
「なかなかいい、と。なるほど。今日はメンテにチェックをしに来ました」
「そうですか、よろしくお願いします。では、あの、私は仕事がありますので、」
「あ、すいません。足止めしちゃって」
いってきまーす、と自転車をこぎ出す娘と息子、我が家の電気自動車に乗り出勤する妻を、いってらっしゃいと送り出す。
「……西田にあんな綺麗な奥さんと可愛い娘ができるなんてな」
「俺には吉村が研究所の所長なんてやってるのが、驚きなんだが」
学生時代には徹夜でカードゲームやってた吉村が、今では研究所なんてやってやがる。新生活研究所所長が今の吉村の仕事だ。
「ただ家を作って売るだけじゃそうそう売れない。家を買おうっていうのが少なくなる時代じゃ、やっていけない。家とセットで新しいライフスタイルを売るとかしないとダメなんだ」
「それで新生活研究所ってのも、怪しい肩書きだよな」
「その怪しい家に退職金注ぎ込んでくれる西田がいてくれて有り難い。モニターもやってくれるし」
「少しは不安もあったが、住んでみればいい家だ」
振り返って家を見る。一見、古臭い日本家屋のようにも見える一軒家。二階の無い平屋の家は黒い屋根瓦に広い庭、家の隣には倉がある。
見た目は時代劇にでも出て来そうな、これぞ日本の家、という風。
これを作った吉村が言うには、
「高齢化になる日本じゃ、二階建てでもその二階が死んでるところが増えている。歳をとって足腰が弱り、階段が辛くなって何年も二階に上って無いなんてのも増えてる。特に二階にしか風呂が無いなんて家は、最悪だ。歳をとっても暮らせる家、これからは平屋の一戸建ての時代になる」
「人口が減って地方の地価も下がっているし、広い敷地も昔ほど高くは無いからな」
「屋根瓦ソーラーパネルはどうだ?」
「今のところ順調だ」
吉村の方を向いて言う。
「俺はこれからやることがあるんだが」
「ついていく。今日は一日、お前の暮らし振りを見せてもらうから」
「それはいいが、なんだそのカメラ?」
「うちの宣伝で使う。新生活を実際に体験している様を撮影して、動画投稿サイトに。そういう契約だろ?」
実験的な新生活家屋。そのモニター。上手くいって吉村の新しい家が売れて行けばいい。
車庫からトラックを出す。サイズは軽トラと同じだがこれも電気自動車だ。うちでは乗用車にこのトラックと、どちらも電気自動車。ガソリンは使わない。
俺が運転席に乗り、吉村は助手席に。
「撮影されてるってのは落ち着かないな」
「気にせずにいつも通りにやってくれ」
トラックを走らせていつもの作業へと。
我が家からは一番近い住宅まで300メートルは離れている。いつものルートで住宅を回る。
やっていることはゴミの回収だ。
「田口さん、こんにちわー」
「あぁ、西田さん、いつもありがとう」
田口さん宅で玄関先のゴミを受け取る。回収するのは燃えるゴミだ。ぶら下げるタイプの重量計でゴミの重さを計る。計った重さをスマホに入力して、ゴミをトラックに乗せる。
住宅地を回り契約した家から燃えるゴミを回収する。それがいつもの俺の仕事。
合計したゴミの重量を田口さんに見せる。
「田口さん、今月は全部でこのくらいに」
「はいはい、じゃこれ」
田口さんから袋を受け取る。田口さんから貰う袋の中身を確認する、袋の中は玄米だ。
現金を受け取ると収入になり所得が増えてしまう。現金収入を減らすことで所得税、消費税を減らすことができる。
なのでゴミ回収で受け取るのは現物。保存が効くように脱穀前の玄米にしてもらっている。米ならば重量換算もしやすい。
この辺りは農家も多く、玄米以外にも野菜や果物でも支払いを受け付けている。
「人参もおまけしちゃう」
「田口さん、いつもありがとうございます」
「西田さんにはお世話になっているから」
「いや、たいしたことはしてませんよ」
田口さんのとこは老夫婦の二人暮らし。ゴミの回収ついでに少し話をするくらいなのだが、田口さんは喜んでくれる。
俺としても人当たりのいいところとだけ契約していて、面倒そうな人とは契約してない。これも現金が絡まないからできることだろうか。
金の絡まない現物の取引は面倒なところもあるが、現金が絡まないことで好きにやっているところもある。
いつものルートでゴミを回収して自宅へと。
「基本は玄米で、おまけで貰ってる人参やら胡瓜やらけっこうあるのな」
「他のゴミ回収より安くやっているのもあるが、ゴミ処理の民営化で高くなったからなあ」
ゴミの処理費用が年々高くなり、家計を圧迫する時代に。
トラックの荷台の燃えるゴミを家の倉の中へと運ぶ。吉村も手伝って運んでくれる。
外からは倉に見えるこの建物には、煙突がある。
倉の中は家庭用の小型ゴミ燃焼発電機だ。
「毎日チェックはしていて、稼働は順調。蓄電機も問題無しだ」
片手にカメラを構える吉村が、撮影しながらついてくる。
「うちでも毎月検査に来てるし、今のところはトラブルも無し、と。四人家族が賄えるくらいの発電量はキープできてるか」
「ちょっと余るくらいだ」
「だけど、こいつが普及すると皆で燃えるゴミの奪い合いになっちまうか?」
「他のゴミ処理業者より安く回収する、ってなると処理料金のダンピング合戦になるかもな」
家庭用の小型ゴミ燃焼発電機。これに燃えるゴミを集めて入れて動かせば、電気代はゼロ円だ。
屋根瓦ソーラーパネルは予備というか追加というか非常用というか、このゴミ燃焼発電機だけでもうちの電気量には充分だ。
地域の燃えるゴミを処理しつつ、発電も行う。ここで発電しているから災害で送電が止まる心配も無く、地震にも強い。
今のところ維持の為のメンテに、部品の耐久性上昇とか、まだまだ見直すところはあるけれど、電気代ゼロ円で使い放題というのはいい。
これで我が家はガスも使わずオール電化だ。
「次は水か、こっちはどうだ?」
「蛇口を捻ればミネラルウォーターってのはいいな。たまに砂が少し入るくらいだ」
「そのまま沸かせば天然水の風呂だから、肌にもいいか」
「それで妻がよろこんでいる。息子のアトピーも良くなってきた」
日本では水道施設の維持ができなくなっている。水道施設を維持するだけの資金も人材も足りない。
金属の高騰に消費税増税と、資材も値が上がる。
これでついに地方の人口の少ない地域から上水道を廃止している。都市部でも水道料金が軒並み上がっている。
この家では地下水を電動ポンプで組み上げている。天然水でカルキも無く塩素も無い。肌にも優しく、水が目に入っても染みたりしない。
水質は定期的に吉村に検査して貰っている。
水質検査に関しては俺も勉強中。いずれは検査キットがあれば自前でできるようにするつもりだ。
洗濯機などは地下水を使うと保証の対象外になるが、今までうちの洗濯機が地下水で壊れたことは無い。
これでうちの水道代はゼロ円だ。
「今日は午後から谷垣さんが来るんだが」
「谷垣のじーさんが? なんで?」
「谷垣さんから猪猟を教えて貰ってるから」
日本では猪、鹿、熊といった獣害が増えている。これで国も対策をとり始めた。
猟銃の所持資格などは昔よりあまくなり、罠猟などの資格取得に国から支援が出るようになった。
俺も資格を取り先月に自分の空気銃を手に入れたばかりだ。
「谷垣さんに猟の仕方とか、猪とか鳥の解体の仕方とか教わってるんだよ」
「なるほど、これからは肉も自前で狩るのか」
ジビエというのもいい。最近ではスーパーで買った肉ではアレルギーを起こす子供が、天然ものではアレルギーを起こさない、という症例が注目されている。
原因については専門家が調べているところで詳しいことはまだ解っていないらしい。
「あとは、この家は庭が広いから、鶏を飼おうかと」
「卵も新鮮なものを、か?」
「金を出して買うものをいかに減らすか、それを可能にする家作りが新生活研究所、なんだろ?」
「西田をモニターにして良かったみたいだ」
世界規模で経済減少となる時代。
オリンピック特需の終わった日本ではついに平均年収が300万を切った。
大量生産、大量消費が世界中の武装組織、テロリストを活気づけたことから、消費の減少が世界平和に繋がる、という思想が広まっている。
日本でも節約を兼ねて不買デーが普及し、消費を減らすことがゴミ問題を解決し、世界平和に貢献できる、個人でも参加できる運動と呼ばれている。
クリスマス前には不買運動のマスコット、禅タクロースが駅前で不買運動を訴えるのがよく見られるようにもなった。
金を使わず、そのための創意工夫に時間をかける為に、仕事の時間を減らす。
支出を減らす工夫に知恵を使い、収入を減らしても暮らせるようにすることで、所得税も減らす。
働く時間を減らすことで、保育園などに子供を預ける必要も減り、保育園不足という状況も改善されてきた。
低収入で暮らせるライフスタイルの確立から、生活保護の支給額なども減少。
オリンピック前後に進んだキャッシュレス化から発展し、今はマネーレス化が進展し始めている。
「で、吉村、この新しい家は評判はどうだ?」
「手間は増えるが生活にかかるコストはグンと安くなる。それで新生活研究所の作る家を欲しがるのもいるが、」
カメラを下ろした吉村が苦い顔をする。
「この家が普及するのを国は嫌がっている」
「なんでだ? ゴミ問題もマシになるし、家庭で発電できたら脱原発にもなるだろ?」
「国としては、原発をやめたら電気が足りなくなるって主張で原発を正当化したいんだろ。それに低所得で暮らせるライフスタイルが広まると、税収減だ」
「そんな金のかかる暮らし方がいい、なんて言うから人口減少するんだろうに」
「バブルを経験した年寄りは金はかかっても便利な暮らしがいい、と言う。その便利さの為に未来にゴミを残してきたのを見てきた若い世代とは、その考え方にズレがある」
吉村はニヤリと笑う。
「これからの時代に求められるのは、金を稼がず金を使わなくとも、そこそこの暮らしができるライフスタイルだ。公務員が文句をつけてもその流れは変わらないだろうよ」
「政府は循環型社会を作ろう、とか言ってなかったか?」
「金の回らない循環型社会は、ダメらしい」
「ふざけた話だ」
「国に頼った暮らしをしていれば、増税に苦しむことになる。これからはいかに他人の作ったインフラに頼らない暮らしをするか、だ。電気に水も自前でどうにかできればタダになる」
新しい我が家ではガスもガソリンも使わず、電気代ゼロ円、水道代ゼロ円。燃えるゴミの処理費用もゼロ円。
発電機の燃料になる燃えるゴミを回収するついでに、玄米と野菜を得る。庭でトマトに茄子を育てつつ、そのうち鶏を飼って卵も得る。
肉も猟で得られるようになれば、天然物が手に入る。
今では妻の収入で家族四人が暮らしている。それほど稼ぐ必要も無くなり、来月からは妻の仕事は四勤三休に減らすことに。
月八万円の収入でも家族四人が余裕で暮らしていける。
今の暮らしに俺は満足している。この家が日本に広まれば喜ぶ人も多いだろう、と思う。
困るのは電気会社、水道会社、そして公務員か。反対するのも多そうだ。
時代とは変わるものでは無く、吹き荒ぶものだという。大きく円安ドル高でも起きない限り、日本の産業の低迷は止まらない。
これからはローコストが更に求められる。その上、自然に優しいエコで脱原発にも繋がる。
自前で発電して電気会社に金を払わなければ、いずれそうなる。
「西田、近々、この家のことを取材したいってのがイギリスから来るんだが」
「海外からか?」
「昔も今も日本は外圧に弱いから、他所の国の報道で取り上げて貰えば、うちのいい宣伝になる」
さて、この家は次の時代にどのように受け止められるのだろうか?
(* ̄∇ ̄)ノ 2019.6.8.追記
知り合いの建築業界関係者より新エコ家屋について聞いてみました。
「自給自足が流行ると困る奴がいるから建築許可が下りないかも。建築業界って馴れ合いと上から順に利益をかっぱいでなんぼだからね。ほんと、建築業界は最悪」
( ̄▽ ̄;) 現実は……、